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その14

 健康診断も終わってホッとする。特に体には問題もないみたいだし。

 心配事がなくなると、やっぱり食欲も増す。あ、でも体重には気をつけないと。


 気のせいか、わき腹のお肉の摘み具合が良くなってきているような。勿論悪い意味で……。


 でも、だけど!今はお腹も減ったので、まずは夕飯にしませんか?

 今日の晩餐はすき焼きです。


 なぜ献立がこれなのか?それは、どんな食事がいいのかを聞かれた僕が「ごく普通の家庭料理がいいです」と答えたから。

 このままだと毎日毎日、宮廷料理的な豪勢な食事が続いちゃいそうなので、できれば普通っぽいのがいいかなー?みたいな?


 はい。その結果が目の前で湯気を立てている、すき焼きさんです。

 イメージしてた普通の家庭料理よりも、ちょっとだけ贅沢かもしんないけど家庭料理の範疇には入ってるよね。

 この国にもあったんだ。なんて感想は、そろそろ抱かないほうがいいのかもしれない。

 むしろ僕の国にあって、この国にないものを探すほうが難しいんじゃないだろうか。


 それはそれとして、このすき焼きは美味しそう。きっと肉もすごくお高いのを使ってるんだろうなー。

 あー、でもお腹減ってるし、早く食べたい。

 あんまりガツガツするのもなんだし、すまし顔で席についてるけれど。

 うー、あー、いいねー。具材がグツグツと蠢いてるのが、なんとも食欲をね……。


 牛肉……牛かー。そういえば、王国でドナさんが「野牛は野趣溢れる味で美味しい」とか言ってたっけ。

 もうあの国の土は二度と踏みたくないけど、ドナさんはどうしてるのかな。性犯罪者のいやらしさから、一度は僕を庇ってくれたドナさん。

 あのひとは男なのに女の子みたいな可愛い顔をしてたから、変態王に目を付けられずに元気でいてくれればいいんだけど……。


 あれ?なんか誰かに、声を掛けられている気がするけどなんだろ?


「光よ!聞いていたか?吾輩の素敵夢ボイスを!」

「……あ、はい。なんですか?魔王様」


 やばい。すき焼きに意識を集中しすぎて、魔王様の話をスルーしてたっぽい。

 あははは?やだなー。べつに食べ物のこととかで頭がいっぱいになってて、話を聞いてなかったなんてことないですよおー?


 魔王様は気を悪くするでもなく、ニッと笑う。ごめんなさい。今度から、ちゃんと聞いてます……。


「うむ!食事のあとには星を見に行こうではないか!」

「星?天体観測ですか?」


 子供の頃に、家族で天体観測に行った事を思い出す。

 父さんの車に乗って、家族三人で山まで星を見に行ったっけ。秋の夜の山がとても寒かったけど、星の多さに驚いて感動した記憶が蘇る。

 ……あのときは母さんも生きてたんだな。ちょっとだけ母さんの記憶が薄れてきてるのが悲しい。


 やばい。また妄想に耽りそう。

 えーと、なんで急に星を見ることに。なんか天体イベントでもあるんですか?


「ちょうど今夜がミズガレイ座流星群のピークなのだ!御許とふたりで浪漫チックな天体ショーを見物しながらイチャイチャしようと思ってな!」

「わぁ…流星群ですかー。いいですね、見たいです。でもイチャイチャのサービスは僕としては全然必要ないんですよ?」


 異世界での天体ショー。ミズガレイ座にツッコんじゃだめなんだろう。

 あっちだと家族で見に行ったとき以外で、星空を意識したり天体観測をするなんてこともなかった。


 でも、ここは異世界。

 僕の世界では考えられないような星空のイベントが起きるかもしれない。

 やっぱり、この世界ならではの不思議現象はいいよね。魔神とかは勘弁してほしいけど、精霊と触れあうみたいな楽しいことなら大歓迎です。


 うしろに立つテミスさんを見上げる。

 気軽に接してくれて構わないと言ってくれたんだし、彼女はそう思ってなくとも、僕のほうは友達って思ってもいいってことなんだよね?


 ニカー。ちょっと笑いかけてみる。

 テミスさんは一瞬驚いたように身じろぎしたけど、表情は変わらない。無表情のいつもの彼女。


「どうしたのだ、光よ!御許の極上スマイルが炸裂して、テミスにダメージを与えているぞ!」

「いえ…私はダメージなど与えられておりません…」

「ふふふー。こないだ彼女と友達になったんですよー。ね?テミスさん」

「……友達、では…ありません」

「ほほう!友達、か!光は夫に続いて友もその愛らしい腕にかき抱いたのだな!」


 言ったモン勝ちだよね。側仕えとかヤだもん。僕はそんなご身分じゃないんだしさ。

 あと、あなたをかき抱いたことなんてありましたっけ?魔王様。僕が抱っこされたことはあったけれど。


 テミスさんは、無表情で困るという面白いものを見せてくれる。

 そんな彼女を魔王様はニヤニヤしながら「ヌハハ!そうか、テミスは友達!よいのだな?」とからかっている。

 テミスさんにとって、育ての親でもあり王でもある魔王様。でも、それだけの関係なのかな。


 テミスさんて、よく魔王様をじっと見てる。それとおなじく僕もよく見つめられてるけど……。

 うーん、なんだろ。なんなのかはわかんないけど、なんか違和感が。


 グウウゥウ。


 あ、そろそろ、すき焼き食べてもいいですか?いろいろ考えてたらお腹へっちゃって……。




 時刻は夜の九時五十分くらい。

 目的地はこないだ泉に行く途中に見かけた小山の上にある塔。リムジンのような縦に長い車に乗って移動する。

 どんだけ魔王城の敷地は広いんだろ。あるなら地図でも見せてもらいたいな。

 いつかこの中を全部まわれる日がくるのだろうか。


 僕たちは塔の屋上にきている。簡易な照明の、ほのかな明かりだけが灯る空の庭園。

 この建物は塔というより普通にビルだった。屋上までエレベーターで来たし。

 なんでもこのビルは、聚落にいる竜族が遊びにきたときの宿泊施設として建設されたそうだ。

 でも、竜族は基本あまり外の世界に関りを持ちたくないそうで、ここは滅多に使われないとか。もったいない。


 遠くに魔王城が見える。中世のお城と寺院と近代ビルが混ざったような不思議な建築様式。

 あのお城にも高い塔が、何棟かそびえ立っているのが見える。

 そういえば、お城の外観は初めて目にしたかも。あんなシルエットだったんだ。歳月を重ねるうちに、増改築を繰り返しているのだろう。


 夜景は窓から見たけど星空は気にしてなかった。夜はすることもないから、すぐ寝ちゃうしね。

 テレビもあるから見てもいいんだけど、まだ視聴したことはない。

 異世界のテレビ番組が僕の感性に合うんだろうか?この世界のなら合いそうだなー。


 うわー…、星空がよく見える。

 屋上でまわりが開けているからかな?開放感があってこの場所が、より高く思える。


 都会だと星ってあんまり見えないって話だけど、頭上にはギッシリ星が散りばめられた夜の空。

 星降る夜とは聞くけれど、ここは驚くほどの星の数。家族で見た星空が霞んでしまうほど驚異的な星。

 いまにも零れおちそうな星々が眩く輝いている。


 流星がなくてもこれは凄い。んー、圧倒されちゃうな。

『大袈裟なリアルプラネタリウム』

 ズレた感想だけど、そんな風に思ってしまう。


 ホントに綺麗だなー。ピンク色や真っ赤に輝く星まである。LED?


「よし。では、ここからは吾輩と光のふたりきりにしてもらおうか!」


 魔王様が高らかに言う。なぜか拳を振り上げて。

 天体観測はそういうテンションでするものだったっけ。


「魔王様!」

「ナーガ。慇懃を通じたりはせん。吾輩は自重できる大人なのだからな!」


 夜のビルの屋上にふたりきりて……。


 あ、もしかして、これヤバイ?

 誰もいない屋上で、そういうアレとかされちゃう……のかな。

 いままで優しくしてくれたり、美味しいもの三昧にしてくれてたのって、この日のソレ目的だったとか?

 釣った魚に餌を与えて、ストレスはなるべく与えないみたいなかんじの。


 さすがに僕も体を差し出すのは…。あと、いきなり屋外で、ってどうなんですか?

 この世界ではそれが普通?やっぱ異世界は違う。この世界の常識を疑いますよ?


 でも、いま魔王様は「自重できる」って言ってたから、信用していいんだよね?自重ってアレに対してでしょ?違うのかな。

 どっちにしても嘘はつかないんだし、ここは魔王様を信じよう。


 僕は彼を信じる気でいる。うん…なにをいまさらだ。

 王国から助けてくれたあの時から、魔王様をはじめ、ここにいるみんなを疑ったことなんかなかったかもしれない。


 理由はなんだろ……特にない。


 この世界で会ったのが、いい加減な王国の人たちだった。おまけに性犯罪者まで、あそこにはいた。

 次に出会ったのが魔王様だった。彼は僕を様々な意味で救ってくれた。

 彼は悪人ではない、そして僕に好意がある。


 理由を挙げたら色々あると思う。


 あの王様の変態言動には嫌悪感しかないけど、魔王様がアレなアレとか見せてくるのは、呆れはすれど不快感はない。

 不快感がないってだけで見たいわけじゃないからね!?

 魔王様的には、男同士のじゃれ合いの延長みたいなものだろうか。いや、さすがに違うか。


 自分でもよくわからない。たぶん感覚的なものだと思う。

 魔王様が全世界史上最高の詐欺師だったら、僕はここで花を散らすわけなんだけど。


 ナーガさんは、しばらく黙っていたけど「本当に……よろしいのですね?」と言って屋上を後にした。

 なにがいいんだろう?やっぱアレの話?いや、ダメですよ!僕には、まだまだ覚悟ができてません!


 テミスさんは、いまだ残って魔王様を見つめている。

 視線で穴を開けるのが目的なの?って思うくらいのガン見だ。魔王様は特に気にしたそぶりもない。


 ついと彼女は僕に目を向ける。なにを考えてるかわからない目。

 つられて視線を合わせると、深い瞳の奥に吸い込まれそうな錯覚に陥る。


 しばらくすると彼女はクルリと背中を向けて、この場から立ち去った。

 ……なんであんなに、じーっと僕たちを見てたんだろう。


 あとには僕たちだけが残された。


 彼と僕のふたりきりの夜の屋上。なんの音も聞こえない。

 ちょっとだけ怖いな。


「静かだな。ここは御許と吾輩のふたりの世界なのだ!」

「そ、そうですね。ふたりきり、ですね」


 う…。やっぱ緊張する。

 大丈夫だ、よね?信じてはいるけど、心臓がバクバクいってる。

 変態紐パンギンギン青年だけど、たぶん平気。


 だってもし、魔王様が……そういうアレ目的だったとしたら、このお城にきたあの日に僕は致されてしまってるはず。

 うん大丈夫。明日の陽は、いまと変わらない僕で拝めるはず。

 信じてますよ、魔王様……。


「寒くはないか?」

「……大丈夫です。ちょうどいい気温っていうか…うん、平気です」

「うむ!そうか。屋外でも魔法で温度調整するまでもなく、今は過ごしやすい時期なのでな!」


「吾輩の温もりで、御許の冷えた体をぬくぬくにするのだ!ついでに吾輩も御許を使ってヌクヌクしちゃうのだ!」とか、始まんないでよかった。

 うー、でも緊張は解けない。だって、その。こんなほの暗い場所だしさ…。


 そんな緊張をする僕には気づかないのか。彼と僕だけしかいない、この星空の下。変態チックになるでもなく、ただ星空を見上げている彼。

 口元に嬉しそうに微笑を浮かべて、夜空を見上げる異世界の魔王様。

 ……ヘンな想像しちゃって申し訳なかったな。


 星空を見れるのが嬉しいのか。僕といれるから嬉しいのか。


 このひとは。本当のところは僕をどう思っているんだろう?嫁だなんだと言ってはいるけれど。

 僕が嫁なら、このひとは僕の旦那さん。だんなさん。

 僕は「あなた」と呼んだほうがいいのかな…って、なんでもう夫婦になってるみたいに考えてんのさ?


 なんだこれ?僕は中のひとは男のはずなんだしさー!ねえ?意味わかんないよ!ヘルプ!


「光よ」

「うひゃい!?」

「茶でも飲むか?持ってきたのだ!ところで、今の返事はなんだ?異世界の発音なのか?」

「い、いえ。なんでもないです。ちょっとボーっとしててー!あはははははー?」


 魔王様の顔を見上げてたら、また妄想に突入してた。最近ボケっとするのが多い気がする。

 あらためて星をみる。僕の住む町で見るよりも沢山の星。星座に詳しいわけじゃないけど、知ってる星座がないかを探してみた。

 ……全然わからない。というか星が多すぎて星座がみえない。


 ミズガレイ座なんて冗談なのか、こっちで星座がそう見えて命名されたのかと思ったけれど、僕が知っている星空とは、そもそもが違うように思う。

 星のほうが夜の黒い空よりはるかに多いし、真っ赤やピンクに輝く星を地球にいて肉眼で見れるのかな?


 僕が一度も見たことがない夜空。


 ここは地球より遠いどこかの星なのか。それとも宇宙そのものが別の世界なのか。

 わかったところで帰れるわけじゃないんだけれども。


 父さんと、さっちゃんは元気かな……。

 せめて、僕は無事だから心配しないで。と、伝えたい。


「はぁ……」思わずため息が出る。


「光」

「……なんですか?魔王様」


 やば。せっかく連れてきてくれたのに、ため息なんかついちゃった。気をわるくしちゃったかな。


「帰りたいだろう。元の世界へ」

「え……」


 なんで、そんなこと言うんですか?


「静かな暗闇で感傷的な気持ちになっているかと思ってな。…この星空はおそらく御許の世界へは繋がっておらんだろう」


 あー、父さんたちのことを考えて浸ってたのが顔に出てたかも。

 すみません。ちょっと家族の事を思ってました。べつに退屈だったわけじゃないんですよ。


「いつか帰れる。そう信じていれば叶う日もくるだろう!」

「魔王様は……僕を嫁だって言ってませんでしたっけ?」


 聞くまでもなく言っている。僕が、あっさり帰っちゃってもいいんですか?

 彼は僕の頭を子供にするみたいにポンポンと軽くたたく。


「夫婦は離れていても夫婦なのだ。そこに偽りがなければ、二人は永遠に結ばれているのだ」

「……なんですか、それ」


 元の世界の話になったら「吾輩は御許を離さん!なにがあっても絡みついて光にアレコレするのだ!」とか言うのかと思ってたのに。


「光の幸せが吾輩の幸せなのだ。吾輩たちも王国を調査している。過度の期待は禁物だが、な」

「……ありがとうございます」

「以前と変わらぬ日常を御許が笑顔で過ごせることを我輩は願っている」

「……」


 流星群は、まだなんだろうか。この屋上にずっといるとダメな気がする。


 特別に、なにか素敵なことを言ってくれたわけじゃない。聞いたこともないような心に響く感動的なセリフを言ってくれたわけでもない。

 でも、彼は真剣だ。真剣に僕のことを考えてくれている。このひとが本気なのだけは、わかってしまう。そんなに深い付き合いでも、知った仲でもないはずなのに。


 だから、ここにずっといちゃダメだ。

 早く流星を見て早く寝よう。寝坊するわけにもいかないもの。


 星が綺麗だからなのか、宵闇の中に身を置いているからなのか。今夜の僕はいろいろおかしい。

 やっぱり人間は夜になったら、おとなしく寝るべきだ、うん。

 二言、三言。優しいっぽい言葉をかけられただけなのに。


 僕はこんなにチョロいやつだったんだろうか?自分で自分のことがわからない。

 そもそも、僕は男だった。こないだまでは確かにそうだった。

 なのになんだろう…彼に対する、今のこの気持ちは。


「なにか飲むか?」

「いえ、いまはなにも。……このままでいいです」

「そうか」


 ありえないくらいに眩い夜空。やっぱりここは、僕の世界じゃない。


 いますぐ紐パン姿になって、暴れてくれればいいのに。そしたら僕も怒って笑って、それでこの時間をおわらせれるのに。


 不思議と元の世界のことを思い出しても涙は出てこない。父さんやさっちゃんのことを考えてみる。やっぱり涙は出てこない。

 異世界に攫われて女の子になっちゃって。家族や友達にも会えずに、そのうえ異世界の魔王のお嫁にされそうになっている。


 それなのに悲しくならないのは、この星空のせいかもしれない。

 異世界人の僕にとって、この輝きは精神の何かに作用する性質があるとか。だから、魔王様は、ここに僕を連れてきたの?


 見上げると彼は僕を見ていた。

 なんでもないように。ごく普通に、いつもそうしてるように。

 でも、なんだか寂しそうに見える。帰ることに結びつく話題をしたからなんだろうか。


 ここで「帰ってほしくないですか?」なんて聞いたら駄目なんだろう。

 彼は嘘をつかないと言った。彼の答えを聞いたら、たぶん僕も駄目になりそうな気がする。……体はやっぱり無理だけど。

 こんな気持ちも星の瞬きのせいだ。あとでナーガさんに絶対に文句を言ってやろう。



 あーあ!流星はまだなんですかー?魔王様。僕はもうダメですよー!



「うむ?おかしいな…。今頃は流星で真昼のような明るさになるはずなのだが」


 やっぱりここは異世界だ。なにそれ白夜?

 ちょっと不思議そうな顔をする魔王様に思わず笑ってしまう。……よかった。いつもの僕たちだ。


「立っているのも疲れるな。そこのベンチに座るとするか?」

「そうですね。まだ見れそうもないですし」


 ふたりで並んで腰かけた。

 特別なにか会話が弾むこともない。ちょっと会話をしたら、また静けさが訪れる夜。

 そういえば僕たち密着しているな。最初からそんな距離感だったから、なんとも思ってなかった。だって、のっけからお姫様抱っこだったし。


 さっき、ふたりだけになったときは緊張したけど、いまはなんとも思わない。お肌の接触も今さらだもの。

 そのうちまた、いきなり膝の上に乗っけられたりするのかな…誰かが見てる前ではやめてくださいね。


 このひとといると心地いい。なんでだかはわからない。


 ハイテンションに付いてけないときはあるけど、イヤな気分にはならない。

 癒されるわけでも安らげるわけでもないけど、ただ心地よい。

 知り合ってまだまだ日は浅いのに、これはなんなのだろうか。……よくわからない。


 いまわかるのは、「流星さーん?」って出番を待ってる僕と、時間が経つにつれて『?』マークを顔に浮かべる魔王様の二人が、屋上で寄り添うようにベンチに腰かけていることだけ。


「退屈か?」

「いいえ。こういう静かな時間も好きですよ。魔神襲撃より全然好きです」

「ふふ、たしかにそうだな」


 結局、彼も僕も喋らないまま静かな時間が過ぎていく。

 なにもしないで、ただ、満天の星を見て座って過ごす。


 うん。寝るのは遅くけど、こういう時間もいいかもね。星が綺麗だもの。


 無言の魔王様が右手を、そっと握ってきた。僕もなにも言わずにちょっとだけ握り返す。

 静寂がBGMの天体ショー。異世界の他愛ない不思議を見つけた気がした。






 ナーガさんが魔王様に「流星群は来週からです。「イベントはない夜ですが、本当によろしいのですね?」。そう私は伺いましたよ」なんて、しれっと言ってる。


 嘘だー!あの時、「本当によろしいのですね?」としか言わなかったよね?

 そこは普通に「流星群は来週からです」って言えばいいだけの話じゃないですか。

 てか、流星を見る話が出た段階で教えてくださいよ!

 そのせいで僕は!あんな……その、お、おかしな気持ちになっちゃったんですからね!


 え?星の輝きが異世界人の精神に作用した報告は過去に存在しない?

 いや、だって、じゃあ僕はなんであんな……。

 え?これが過去に、この世界の星空を見た異世界人の精神状態と脳波のデータ?


 なんで、こんなピンポイントな調査記録が残ってんですか!?

 え?星空に感動する勇者が多かったから、興奮状態のデータをなんとなく記録しておいた?

 いや、いいです!プリントアウトなんかして頂かなくても結構です!わかりました!


 僕の文句をスルーされて「浪漫チックな夜は過ごせましたか?姫様」と、ナーガさんに聞かれる。


 いーえ?ふたりでベンチに座ってボケーっと時間が過ぎるのを、ただただ待ってただけでしたよ。

 あれでロマンチックなお時間なら、世の恋人たちはどんだけ小洒落た時間を過ごしているんですか?


 いや、僕たちが恋人だとか、そんな話ではなくって。

 なんで、そんな目で見るんですか?ナーガさん!その目をやめてくださいな。

 例えば、の話です。だって、友達同士で星空なんか、普通見ないですよね?

 あ、見るんですか。普通に見るんですか。そうですか。


 じゃあそれでいいです。




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