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その12

 魔王様とダラダラと過ごす日々。とりとめのない会話。なんでもない時間。穏やかすぎる日々。

 彼は普段はスーツを着ている。もうあの紐パン男はどこにもいない。


「我輩は、ヘクシよりもドカ・コーラが好きなのだ!」

「僕はドクトル・デッパーが美味しいですねー」


 彼は僕をどうこうするでもなく、ただ会話を楽しんでいる。変態になるでもなく、まるで最初から会話することが目的だったみたいな魔王様。話したそばから内容を忘れるくらいの、どうでもいいような話。緊張しない会話。


「光といることが我が竜生。御許の微笑があれば我輩はなにもいらぬ」

「竜生って人生みたいなもんですか?またまたー。なにもいらないって大げさですよ?ご飯を食べないと大変なことになっちゃいますよー」

「我輩は本気だ」

「えっと……」

「赤ちゃんプレイなるものが興味深い。光よ。我輩に離乳食を食させてくれ!」

「ナーガさんに頼んでおきましょうか?魔王様がナーガさんにママになってほしいって言ってましたよって」


 会話は得意ってわけではないけど、魔王様が喜んでいるならいいのかな、と思う。お世話にもなってるんだから。


「そのとき、ミノタウロスの王は言ったのだ。「お前のような漢とは、九千九百九十年年先もマブダチだ」とな!」

「はぁ、年月のスケールが大きすぎて、僕なら忘れてそうな先の話ですねー」


 魔王様が幼少のときに戦って友情が芽生えた、ミノタウロスの王様の話を聞いたりもした。幼少で、一種族の長と戦うこの人って。


 ゆったりとした時間だとリラックスしていたら、思い出したように会話の途中で彼が昂ぶって、アレがアレしたりすることもあるけど、なんか慣れてしまった。今日は全裸にもなっていた。

 紐パン男が消え去ったと思ったら、今度は全裸男のお出ましだ。でも、あまり気にならない。

 ナーガさんは、魔王様にお小言を言ってたけど。


 慣れるって怖い。どんどんと異世界に染まっていく自分が怖い。

 なぜ怖いかというと、ギンギンに昂ぶったりする全裸の変態を目の当たりにしても、スルーできる能力を異世界で入手してしまったからです。



 この能力も原因も、全然いらなーい。





「調子はどうだ?よく眠れているか」

「ええ、とても。この世界にきてから、ものすっごい熟睡できるんですよー」

「そうか。不安や悩みを抱えて眠れぬ夜を過ごしてはいないかと、心配していたのだが」

「大丈夫です。悩みはないこともないですけど、不安は…ないようなあるような?」


 ないわけはないんだけどね。異世界だし、女の子だし。


「不甲斐ない我輩で心苦しい」


 ……なんで、そんなこと言うんですか?右隣に座る魔王様の上着の左袖をちょっとだけ摘まむ。


「安らぐことができない光の助けになれない…我輩を許してほしい」


 許すってどういうことですか?こんなにも毎日を穏やかに過ごしてるのに。あなたのおかげで。

 真剣な魔王様。いつもの色物キャラじゃない彼。


「大丈夫です。不安がないってことはないですけど。その……魔王様がいてくれるじゃないですか?」

「光……」

「ありがとうございます。うん、きっと大丈夫です。それに僕は楽しいんですよ?いまはとっても」


 そのうち、なにもかもなんとかなりますよ。


 少し冷たい手をとってギュッと握ってみた。彼は全裸になるでもなく、黙って僕を見ているだけだった。







「今日は姫様の健康診断を行いましょう」


 ある日、ナーガさんに案内されて、お城の敷地内の病院に連れてこられる。

 立派な大きい総合病院。建物内は、僕以外に患者さんなんかは見当たらない。


 魔王様とテミスさんの他に、いままでは会ったことがない男の人たちが十数人いる。


「彼らは誉れ高い魔王様の親衛隊です。代表者二名、前へ。さあ、ふたりとも、姫様にご挨拶を」


 背の高いエルフの青年と、強面で岩みたいなガッチリとした体格の、魔王様より大きなおじさんがビっと敬礼する。


「私は魔王様親衛隊隊長のスレイブ!この男は副隊長のミョルニルです!以後お見知りおきを!」


 エルフのスレイブさんが隊長。ミョルニルさんは魔王様やナーガさんと同じ竜族なんだって。


「初めまして。いつまでかはわかんないですけど、よろしくお願いします。親衛隊だなんでカッコいいですね」


 あの、とんでもない化け物の魔神を楽々倒す魔王様の親衛隊なんだし、彼らも相当の強さなんだろう。

 褒めたら皆さん、ちょっと嬉しそうに口元をピクピクさせてる。


「普段は、なにをされてるんですか?」


 魔王様に付き従って各地を渡り、凶悪な魔物と戦ってたりして。


「……」

「…………」

「………………」

「……………………」


 あれ、なんか空気が重い。みんな黙って明後日の方向を見てる。

 スレイブさんとミョルニルさんは、泣きそうな顔をして俯いてしまった。


 えーと……ごめんなさい。


 普段は云々って話は魔王城だと、しちゃダメな気がしてきた。


「さ、姫様こちらです。医師や看護師の指示に従って、検診を進めてください」

「あ、はい」

「申し訳ありません。本来なら、すぐにメディカルチェックを行うべきだったのですが」

「いえ、なんかお手数かけちゃいまして」

「今のところ何かお困りのことはありませんか?心身の健康状態に関わるご自身のことで」


 元の世界に帰れなかったり性逆転の状態が困ってますけど、そんなことを聞きたいわけじゃないですよね。


「んー、今までと感覚が違うのが困るかもです」

「感覚ですか?」

「はい。食事のとき違和感があったんですけど、例えばコップを取ろうとして、こう……今までの感覚で腕を伸ばしても、ちょっと届かないんですよね」


 微妙に届かない。意識して取れば問題なさそうだけど、慣れるまでは少し困りそう。


「あとは歩幅も違って、歩いても今までより進んだ感じがしないとか、そんなところです」

「ふむ、それ以外はお困りでない?」

「え、ええ。まぁ細かいところをあげれば色々ありますけど」

「……そうですか。不調なことや不安な要素がありましたら、必ず問診でお伝えください」


 魔王様が僕の手を握りしめて、大音量でこう言った。


「吾輩が御許の手!吾輩は御許の足!そして御許のコップとなって支えていくことを誓うぞ!!」

「ありがとうございます。でも、コップになっていただかなくても全然大丈夫ですから」


 あなたは僕になにをどうやって飲ませる気なんですか。あ、言わなくていいです。ええ、絶対に言わないでくださいね?


 魔法の飛び交う世界の魔王城で、科学的な健康診断…。

 まいっか。今の自分の体の状態を知るのは大事なことだ。性別が変わっちゃったんだし、なにか体の中で想定外の異常があるかもしんない。

 この数日間、魔王様とお話しをして、あとは食っちゃ寝をするだけの生活をしてたから、できれば不意打ち検診は止めてほしかった。

 体重増えてないかな…。この体になった直後の体重がわからないけど不安だ。お腹ブニブニしてないよね?もっと、運動をしないと危険かもしれない。


「光よ。不安なら吾輩が付き添ってもいいのだぞ!」

「いえ、大丈夫ですよ?」


 検診中は、あなたには見られたくないこともありますから。


「吾輩付き添いたい!」

「ヤですよ、恥ずかしい」


 健康診断って、他人と随伴してするもんじゃないよね?

 多少、上とか裸にもなるだろうし。

 うん、困る。お医者相手なら仕方ないけど……。


 うーん?中は男なんだから、気にすることないのかな。

 でも、堂々とする気にもなれない。普通に恥ずかしい。


「大丈夫なのだな?」

「え?」


 魔王様は、とても不安そうに僕に尋ねた。


「光が不安に思っているかと思ってな…なにもかも不慣れだろう?」

「いえ……ただの健康診断ですし大丈夫です。ありがとうございます」


 魔王様のキャラが掴めない。


 最初の彼の印象だと「吾輩、光の裸が見たいぞ!」ってゴロゴロ転がって駄々をこねるパターンかと思ったのに……。

 僕よりも魔王様のほうが、よっぽど不安そうなんですけど。


「ご飯もおいしく食べれてますから平気です。体も、特に調子悪いとかないですし」


 明るく言った僕を魔王様はしばらく黙って見つめていた。真剣な眼差しが、ちょっと怖いくらい。

 僕も黙って視線をあわせる。たぶん、あなたは本気で心配してるんですよね。

 彼はそのまま無言で、おでこの生え際の髪を漉くように撫でてくる。

 撫でられた生え際が気持ちいい……。


 しばらく、されるがままに撫でられていた僕に、魔王様は「ヌハハハ!」と笑って言った。


「そうか。うむ!わかった!光のCTスキャンの画像は吾輩の宝物にするので、安心していってくるがいい!」

「ナーガさん、魔王様には絶対渡さないでくださいね?」

「かわりに吾輩の全裸の写真を、御許に授けようではないか!」

「魔王様、絶対にいらないですからね?そんなの貰って僕はどうすればいいんですか」

「如何様に使ってもかまわないぞ!寂しくて夜に眠れないときとかにな!」



 やっぱり、魔王様のキャラが掴めない。



 幸いというか、お医者さんと看護師さんは全員女のひとだった。ホッ、よかった。

 テミスさんは「私は側仕えですから」と、よくわからない宣言をして検診に付き添った。

 もうお風呂まで一緒に入っちゃったけど、あんまりガン見されると恥ずかしい。

 採血のときは僕の両肩にそっと手を置いてたけど、痛いのが怖いとかで逃げないからね?



 検診結果は、全身極めて良好だそうです。体重は、むしろ痩せすぎの域だそう。太ってないなら別にいいです。今後は気をつけようっと。

 人間ドッグって、こんなかんじ?あらゆることを検査された。当たり前っていうのも変だけど、どこをどう調べても百パーセント女の子の体でした。

 なんか健康体なら、もうそれでいいです。はい。


 僕の中の諸々が、女の子になってなければ今はそれで良しとしよう!


 その日の夜に、魔王様の全裸写真が僕の部屋に届けられた。

 テミスさんに用意してもらった封筒にその写真を入れて、ナーガさんに届けてくださいとスレイブさんにお願いしてからフカフカのベッドで眠りについた。


 おやすみなさい。魔王様。




タイトル回収はしましたが、まだ続きます。

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