その11
最終回予定だった話を分割します
たしかに、もっと知りたいと思いました。
起床から就寝まで、お世話するとも聞きました。
「だからって!なんで、お風呂にテミスさんがいるかなー!?」
部屋に隣接した、広いお風呂。
寝る前に入ろうと思って、脱衣所で服を脱ぐ。
うん、あなたまで服を脱いで、浴室に入らないでくださいな、テミスさん。
なんで、僕の前に裸で立つんですか?湯浴み着とかないの!?隠して!隠して!
はー。でも、この子、肌綺麗だな……。
くすみなんか全然ない艶々の透き通るような白肌。出ることは出て、括れているとこは括れている、女の子らしい体。
随分と、僕とは体の出来に差がおありのようで。
ヤバイ、つい見とれちゃった!ごめんなさい!記憶から抹消しないと。
「姫様のお世話の、すべてを仰せつかっておりますので」
「いやいやいや!すべてっても限度ありますよ?僕は、こないだまで男だったんですから!」
「……男、ですか」
「あー、たしかに体は女になってますけど、一応はちゃんとした男だったんですよー?」
「姫様、シャワーをおかけしますが…適温ですから大丈夫です……」
「そういう話してませんでしたよね!?」
なんで、女の子と裸のお付き合いしてんだろ、僕。てか、せめて、湯浴み着を着させてください。
「あの、恥ずかしいから、あんまり見ないでくれませんか?テミスさん」
「恥ずかしいのですか?男の体ではないのに」
「いや、だって今は女の体ですし、やっぱりなんかこう、ね?」
「同性なのに恥ずかしい、のですか……」
あー、なにいってんのか自分でもよくわかんないです。ごめんなさい!
ひとが十人は余裕で入れそうな御影石の縁の湯船。息ができるくらいのギリギリまで、体をお湯に沈める。
テミスさんは後ろにまわって無言で僕の髪をお湯で梳いてる。お湯が髪にかかる音が、やけに耳に響く。
どうすりゃいいのさ、これ……。
「姫様は本当に綺麗ですね」
「えーっと、どうも」
「本当に綺麗……」
そのまま沈黙が、ふたりの間に漂う。女の子と裸で無言でお風呂。気まずい…。
ここはテミスさんのことを聞いてみよう。色々と知りたいのは本当だし。
「へえ、テミスさんのご両親は、ハイエルフの族長だったんですか」
「はい…ハイエルフは最初、竜族と敵対していました。魔王様と父が拳と拳で語り合い、そこから友情が芽生えたそうです」
ハイエルフなのに拳で語る武闘派なんですか。
いや、いいんですけど。ハイエルフの定義も知らないし。
「両親と魔王様は永い間ともに戦いました。ですが、激しい戦いのさなかに父も母も死にました」
「……」
「私は争いは嫌いです。みんな、いなくなってしまうから。ですけど魔王様だけは私の前からいなくなりませんでした。ずっと一緒にいてくれたのです……」
「……はい」
「魔王様は私を親のかわりに育ててくれて、あらゆる危険から守ってくださいました」
子供のころからのカッコいいリアル王子様。数々の本物の危険から助けてくれたひと。
僕も彼女も魔王様に助けられた。もっとも僕の場合は、性犯罪者の魔の手からなんだけど。
テミスさんは無表情で言葉も平坦だ。彼女の心情はわからない。
でも、魔王様のことを話す彼女はうれしそう、な気がする。
「魔王様の言葉は私の命。私の生そのものなのです。だって、あのひとに生かされて、私は今まで生きてきたのですから」
「そう、ですか」
「姫様、あなたにとっては退屈なお話でしたね…言葉が過ぎてしまったようです」
「いえ、そんなことないです。色々と聞けて……えっと、話は変わりますけど、テミスさんは今までは、普段なにをしてたんですか?」
「そうですね、お部屋の掃除ですとか、庭園のお手入れ。池の浄化や、冬は暖炉の支度などを……」
「んとー、メイドさんですか?」
お城仕えのお抱えメイドみたいなもんなのかな。
「私は精霊魔法の使い手です。精霊はお友達。友達は彼らしかいませんけれど……」
「…しかいない、ですか」
「朝起きてすることがないのも体裁が悪いですから、精霊の力を借りて適当になにかしてるふりをします」
「してるふり?」
「それらをたまにしていれば、お城でダラダラとした食う寝る生活をしてても、誰にも小言は言われませんでしたので」
それ、ただの無職ニートなんじゃないの?本当の意味で今も生かされているんですね…。
ビシっとスーツなんか着て登場したから、できる才女エルフさんかと思ったら、お城のニートエルフ少女だったよ。
でも、精霊しか友達がいないって。
「じゃあテ、ミスさん。僕と友達になってくれませんか?」
「……姫様とですか?」
「です。知らない世界に連れてこられて不安ですし…。テミスさんと仲良くなれたら楽しいかなーって」
「できません」
ええ!?即答された。
「私は姫様の側使えです。友情など必要ありません」
「そんな畏まったかんじじゃないほうが僕としてはうれしいっていうか」
「魔王様のお言葉は私には絶対なのです。それに……」
「それに?」
彼女の言葉が続かない。うしろを振り向く。
僕と違って頭にタオルを巻いて綺麗な銀髪を包んでいるテミスさんが、じっと僕を見ていた。
無表情に。そこには、なんの感情も見えない。
「あなたには、魔王様がいるではないですか…魔王様がいるのに、不安を感じるのですか?」
「……」
そういう話じゃないんだけど…うーん、なんて言えば。
「恥ずかしくはないのですか……?」
「……え?」
どういう意味だろう。彼女の目を見る。 僕たちは、しばらく無言で見つめあった。
「私は他人とお風呂に入ったのは幼少以来です。いまは姫様のお世話をするために入っていますけど、少し恥ずかしいのです……」
「あ」
「姫様はさきほど「見ないでくれ」と私に言いましたが、私の体はじっくりと見るのですね」
「ごめんなさいごめんなさい!すみません!!」
あわてて前を向く。やばい。また、ずっと見てた。いや、でも、いま見てたのはテミスさんの顔だよ、顔!そもそも恥ずかしいなら、湯浴み着を持ってきてくださいよ!
「ふふふ…申し訳ありません、姫様。自身が男性だったと仰るのに、いやらしい目で私を見ないのですね……」
無表情だったテミスさんが笑った。
でも、僕は恥ずかしくて―――振り向いて彼女の顔をみることは出来なかった。
「そういえば、ナーガおじさんも私の前からいなくなりませんでした。このお城のひとたちは全員、私と昔からずっと一緒だったのを今、思い出しました」
そうですか。ようやく思い出してくれて、お城の人たちも喜んでいると思いますよ。