その10
食堂にいくと魔王様とナーガさんが既にいた。
朝食を摂りながら、気になったことを聞いてみる。
「起きて窓から街並みを見ました」
「ヌハハ!いい街だろう。吾輩たちの二千十八年の結晶なのだ」
二千十八年……うん、まぁいい。先に進もう。
「この国の文明って、どんなかんじなんですか?街もそうですけど、ペットボトルにスマホとか。僕にとって見慣れた物ばかりです」
「うーむ、どんなかんじと聞かれても説明しづらいな!」
たしかに言われてみれば、僕も日本の文明や文化を説明しろと言われても困る。
食事中に行儀が悪いかもだけど、自分のスマホを見せてみた。
「僕の国では、こんな道具を大抵のひとが日常的に使っています。科学が発達しているというか。魔法は一切存在しませんけど」
僕が知る限り魔法は二次元にしか存在しないはず。
話を照らし合わせると、二十一世紀の地球――日本とほぼ同じと思って間違いないみたい。なんでさ?
「王国は中世みたいだったのに」
「あの国は文明のレベルが停滞していますので。昨日もお話しましたが、建国以来同じような暮らしを繰り返していると思われます」
なんでも王国は島国で、周囲の海域には大型の海洋魔物がウヨウヨしているとか。閉ざされた暮らしをしていてあまり発展しないのだろうと。
昨日、この国が進歩してるって聞いたけど、文明水準が王国と桁ちがいだ。そりゃ、魔王国に夢見ちゃうだろうなー。
でも、海洋魔物にパックリ食べられないで、魔王国に辿りついてた歴代勇者さんたちって激幸運だね。
異世界に攫われた時点で激運が悪いのかな?
「あと、昨日飲んだお茶に『茶』って漢字が書いてあったんですけど」
ひらがなとカタカナ―それにアルファベットもラベルに書いてあったのがチラッと見えた。
魔王様バーサス魔神の真っ最中だったから見なかったことにしたけど。
「茶は竜文字です。あとはそれぞれドワーフ文字。獣人文字。最後はエルフ文字ですね。それらが長年混ざり合ってひとつの言語体系が生まれました。今、魔王国で使われる言語は魔王国語です。王国の人間が同じ言語なのも彼らの先祖が、遠い昔にまだ動乱が続くこの地より逃れて島へと移り住んだからでしょう」
「人間も元々はこの土地で暮らしていたんですか?」
「と、思われます。『箸にも棒にもかからない連中がいたような気がしないでもないけど、知らない間にどこかに消えていたね』くらいの認識の種族がいましたが、あれが島の王国民の祖なのでしょう」
「そうですかー」
腑に落ちないことは満載だけど、まぁいっか。日常生活が便利で困ることもないんだし。
話に飽きたのか、僕の右隣に座っていた魔王様がちょっかいをかけてきたから、そっちに気を取られてしまう。
優しく髪を撫でるのを止めてくれませんか?ナーガさんとテミスさんの視線が気になります。
はい、みんなでテラスに移動しました。
僕たちは、テラスに置かれた椅子に座ってる。魔王様と僕、ふたり向かい合って、ではなく。
彼は僕の右隣に座ってる。食事のときも右に座ってたけど、なにか理由があるのかな。
「吾輩の指定席は血の盟約により、ここと決まっているのだ!」
誰と、なにを誓ったか知らないけど、聞くと面倒だからほっとこう……。
彼はご機嫌に体を揺らし始めた。細マッチョの巨体がユラユラしている様は、ちょっとヘンです。
このテラスも僕が借りてる部屋と同じく高層にある。
どのくらいの高さだろ。地上二百メートル?高層建築って行ったことないから、よくわかんないかも。
高所恐怖症じゃないけれど、あんまり真下を覗き込むような真似はしたくない。見晴らしは最高だけどね。
気持ちのいい風が吹いてる。天気も快晴で気分も良くなるなー。
あれ?こんなに高い場所なのに、ぜんぜん風が強くない。っていうか心地よいそよ風だ。
高い場所って風が強かったりするんじゃなかったっけ。
「魔法で居心地がよい風に微調整しているのだ!つねに御許が快適に感じる風量だぞ!」
都合がいいときに異世界感を出してくる。さっきまで文字まで日本全開だったのに。
いえ、たしかに快適だから不満はないんですけどね。
そんな僕を見て、ナーガさんはウンウンと満足そうに頷く。どういうことかな?
「では、あとは若いおふたりに任せましょう」
ナーガさんが仲人みたいなことを言いだした。要は、ふたりで会話して親睦を深めろってこと?
そうだよね。昨日助けてもらって、この国に来たけど魔王様のことはまだよく知らない。
紐パン履いてるのは知ってるけど。
強いとか、この国の王なんだろうってのはわかったけど、彼がどんな人物なのか全然知らない。
なんか、すでに知った気がしないでもないけど、ひとってそんな簡単なものでもないだろうし。
あ、そういえば、ひとじゃなくて竜だったっけ。
とりあえず、ナーガさんとテミスさんは席を外すっぽい。
ナーガさんが退出してテミスさんも…そのままピクリともせずに場を動かない。
じー……。
彼女は魔王様を、じっと見つめている。
テミスさんは魔王様のうしろにいるから、彼は気づいてないけど。
どうしよう。声をかけたほうがいいかな?
「あの」 ゴンッ。
ナーガさんに軽く小突かれて、引きずられるようにテミスさんが連行された。
彼女の頭から煙が出てるのが気になる。
なんだかなー?
「さて、光よ」
「はい」
「吾輩たちは出会って間もない。お互いのことも、まったく知らない」
「そう、ですね」
「なので、まずはお互いを知ること…相互理解が、大事なのだと思うのだ!」
てっきり、紐パン姿になって「吾輩のすべてを知るのだ!」とか、するのかと思った。
ふーん。うん、でもそうだよね。このまま、いつまでお世話になるのかわかんないけど。
お世話になるからには、僕の人となりを知ってもらおう。
僕も魔王様…この人たちのことを、もっと知りたい。
「では、吾輩からだ。吾輩、魔王アバドンだ!職業は魔王!年収は詳しくは知らんが、世間的には桁違い過ぎらしいぞ!」
「えーと、月守光…県立高の一年です。んとー、あと半年で十六になります」
「それはめでたい!ちなみに吾輩の年は万を超えたのだ!」
万年も生きてたんだ。このひとは『若い』の?見た目は青年だけど、人間でいうとおいくつくらいなんだろ。
そういえば、この世界と僕の世界の時間の流れって同じなのかな……。
浦島さん状態はヤだなー。
できればここで一日過ごしても、あっちではまったく時間が経過していないってのが理想なんだけど。
でも、それだと僕はお爺さん、このままならお婆さんか。それも困る。
やばい。妄想に耽っちゃいそう。いまは魔王様との会話に集中しよう。
「えっと、あとは、なんでしょ。好きなものは、んー?食べることでしょうか。それと勉強も嫌いじゃないです。あんまり成績に結びついてませんけど」
「そうか!吾輩は光が好きだ!あとは光のことを勉強するのも大好きだな!」
昨日会ったばっかですよね?あ、顔が気に入ったんだっけ、僕の。
「あとはー……趣味はない、かもです。家に帰ると家事をして、父と夕飯を食べて宿題をしたりすると一日がおわりますねー」
「吾輩の趣味は光、御許だ!城に帰ると御許と食事をして、御許でしたりすると一日がおわるのだ!」
どうしよう。魔王様のことがまったくわかりません。
僕で、したりするってなにをするんだろ?んー………深く考えるのは止めとこ。
なんだかなー。僕に対するテンションが物凄い高いのはアレな意味でも伝わってくる。
「そうですかー……」
「うむ」
「……」
「……」
話がおわっちゃった。このあとどうすりゃいいのさ?
「うむ。で、どうだ?」
「え?なにがですか?」
「将来的にも安泰だぞ」
「はぁ」
魔王国の王なんだろうし、まぁ安泰なんだろう。
万年も生きてる彼の将来が、この先いつまで続くのか、人間の僕には見当もつかないけど。
「御許への想いも本物だ!絶対に違わぬ誓いなのだ!」
「そ、そうですか。えーと、そのどうも……」
「惚れたか?」
「え?」
朝のピアノのときと同じようなことを言ってる。今度はなにさ?
魔王様は椅子から立ち上がると、両手で頭を抱えて絶叫した。
「どういうことだ!?お見合いパーティーでは、自分の職業と年収をアピールして、相手への好感度が高いことを伝えれば上手くいくと聞き及んだぞ!」
またか。
参謀役は、よくよく選んだほうがいいと思うんだ。今の話は、どこの誰に聞いたんだろ。
でも、ここでまた「僕は男ですし」っていうのもね…。
この人は僕が男だったのは知っている。何回も言わなくても、それはわかってる。
わかった上で僕のことを知りたいと思ってくれたわけで。
それに僕も彼のことを知りたいって、さっき思ったんだから。
「えーと魔王様」
「なんだ、光よ」
なんで、微妙にイジケてる感を出してるんですか。
「昨日のことは本当に感謝しています。変態から、僕みたいなやつを助けてくださって」
「僕『みたいな』と言うな!光は光なのだ!」
「はい?」
「光が光であることが大事なのだ!」
「……ありがとうございます」
どういうこと?褒められてんの?これ。
「あの、とりあえず魔王様」
「なんだ、光」
「まずはゆっくり知っていってください。僕のことを」
「……ゆっくり」
「僕はこれといって、『自分はこういうやつです』って言えるものが全然ない……没個性なやつなんです」
「そんなことはないぞ」
「ふふ、ありがとうございます。でも本当なんです。だからゆっくり知っていってください」
「……そうか」
そんなに急にお互いのことってわからない。竜でも人でも。
焦ったってしょうがない。まだ時間はあるんだし。
「僕も魔王様のことは、ゆっくりわかっていきたいって思いますし」
「うむ、そうか!そうだな光!吾輩、焦りすぎていたようだ!ヌハハ」
あれ?ゆっくりしてたら、僕は帰れないんじゃないかな?
でも、魔王様の満面の笑みを見たら、そんなこと言う気もしなくなっちゃった。
……うん、まぁいいよね。
「では光よ!さっそく手を握らせてくれ!!」
ゆっくり焦らずから、なぜ、そういう結論になったんでしょうか?
「相互理解というのは触れあいなのだ!拳を交えてわかりあう!王道ではないか」
拳と拳でわかりあうバトル漫画って、手を握る展開あったっけ?
あんまり読んだことないから詳しくないけど。
でも、魔王様なら、手くらいは別にいいのかな……。
「わかりました。はい、どうぞ」
右隣にいる魔王様に、自分の右手を差しだす。
あー、握手がしたかったのかな?と思ったけど、彼は壊れ物を扱うみたいに右手も左手も掴むと。
少しだけ冷たい。でも、心地よい体温が、そっと僕の手を包み込んだ。
「……うむ、温かいな」
「そうですか?魔王様の手はちょっと冷たいですね」
おっきい手だなー。僕の手がちっちゃくなったのを抜きにしても、とても大きい。
「しばらく、このままでもよいか?」
「ええ、かまいませんよ。魔王様が、そうしたいなら」
恩人だしね。貸し借りっていうと違うかもしれないけど、僕も別にイヤではないしさ。
手だけなら。手を握られるくらいなら。それだけならいいです。
まさか、一小時間も握りっぱなしだとは思いませんでしたけど。
お知らせ。
一話を投稿した時点では、この話の次で投稿終了の予定でした。
ですが、別視点での話を投稿した際に「もうちょっとだけ続けよう」と思い立ちました。
まだ少しだけ話は続きますので、よろしければ今後ともよろしくお願いいたします。
それにともない、ジャンルを異世界/をローファンタジーから、異世界/恋愛に変更させていただきます。
(内容の変化はありません)