その9
目が覚めるとやっぱり女の子のままだった。
期待はしてなかったからまぁいっか。……イヤいくない。
昨日は短時間で変態達に振り回されて、ツッコミ役にもなって疲れた。
異世界がどうこうも疲れたけれど。
でも、グッスリ眠れたみたいでスッキリしている。
朝日が差し込む窓から外を見る。
今日はいい天気みたいだけど、どうしても気になる所がある。
「あれって普通に日本の街並みだよね」
日本に帰ってきたわけじゃないのはわかるよ。
けど、窓から眺める景色は、高層建築から見た街のような…例えばス○イツリーから見た東京とか。
どう見ても日本の街並みそのものだ。夜景を見たときもそんな感想だったけど。
思えば、昨日も魔王様が吸水速乾がどうとか言ってたし、ナーガさんが明らかにスマホを使ってた。僕と魔王様が飲んでいたのはペットボトルの飲料だ。
ウオッシュレット付きのトイレまであったし。
そして風景より気になることが。
「えーっとあなたは一体」
部屋の中にエルフがいた。
耳が尖って腰まであるサラサラの銀髪。「あ、エルフさん」と、すぐわかる外見の、レディーススーツの華奢な美少女。
超美青年に続き超美少女の登場だ。
肌すっごい白いなぁ。背は僕より頭一つ大きいだろうか?大きな、ちょっとだけ釣り目のエルフさん。
表情ひとつ動かさないのがちょっと怖い。
「初めまして姫様。魔王様からあなた様の側仕えに任命されたテミスと申します。以後お見知りおきを……」
「お世話係、ですか?」
「はい、姫様の起床から就寝まで。生涯に渡り、その身を捧げるべしとのことです」
いやいやいや、とても困る。昨日まで男だった僕としては、女の子に身の回りを世話してもらうことなんかひとつもないよ。
しかも生涯て。帰れないの確定ですか。
「僕から魔王様に取り下げてもらいましょうか?聞いてると思いますけど一応は男なんですよ、僕。体は女の子になっちゃってますけど」
そんなやつのお世話するなんて、この子も本当はイヤなんじゃないかな?
「……わかりました。では死にます」
「えぇ!?」
どうしよう。話がかみ合わない。
「私にとって魔王様のお言葉は絶対。覆すことなど許されない私にとっての大切な言霊なのです。魔王様の命に従えないのなら、この身を消してしまう他ありません……」
いやいやいや!とっても困る。お世話を断ったら辞世の覚悟を決められた。
なんだろう。昨日までとは違う危機感を覚える。
「もの凄く助かります!ちょうど着替えの服をどうしようかなって思っててー?。あははは」
「こちらに本日のお召し物を揃えてあります。その前に御顔を洗い御髪を整えましょう……」
死にます――から――御髪を整えましょう――の会話の流れで、テミスさんは眉一つ動かさなかった。
そして着替えもされるがままになってしまった。
誰かに着替えを手伝わせるとか凄い恥ずかしい。僕のほうが死ぬ。
すでに朝から疲れた。なんだろうこの遣る瀬なさは。
大切な言霊……。
テミスさんが例のスマホにしか見えない機器で、どこかとなにやら連絡を取ってる。
身支度を整えたので魔王様に朝の挨拶をしたいと言ったら、とある部屋に案内された。
「こちらです」
ピアノの音が聴こえる…。音楽に詳しくない僕だけどメロディが心地いい。
王室専属のピアニストとかいるのかな?
テミスさんがドアを開けて、そのまま中に通される。
魔王様がテレビで見たことがあるピアニストみたいな感じでピアノを奏でていた。
うん、あんた誰ですか。
流れるような指使いは繊細に、ときにダイナミックに(いや、知らないけどね)彼は優雅に演奏する。
かなり絵になるのが許せない。
なぜ許せないかというと、そこでピアノを弾いているのが昨日、自分は僕専用肉便器だと高らかに宣言した男だからです。
でも、いい曲だな……切なくなってくるっていうか。
静かなピアノの調べ。この世界の音楽なんだろう。
ウォッシュレットトイレがあるんだから、ピアノで驚きはしない。
演奏が終わった。拍手したほうがいいのかな。
パチパチパチ。
魔王様は目を開くと柔らかな微笑みで僕を見る。
ちなみに今朝の彼はパンイチではなく燕尾服のお兄さんです。
おかしい。今の魔王様と、昨日の紐パンギンギン男が別人に見える。
これは夢?
異世界に拉致られて女の子になっちゃって、エルフの女の子に案内されたら魔王様がピアノを弾いていた夢。
覚めるのかな?これ。
「おはようございます」
「うむマイスイートよ。よく眠れたか?」
あなたのせいで朝から疲れるはめになりました。あとでコッソリ文句を言ってやろう。
「素敵な曲ですね」
一応褒めておこう。実際いい曲だったし。
「魔王様は国内最高の呼び声も高いピアニストです。演奏会などはされませんが…」
「そうなんですかー。凄いお上手だったからビックリしました。なんて曲なんですか?」
魔法と格闘以外に音楽の才能もあるのか。褒めたらちょっとドヤってるよ、この人。
「光に捧げる曲だ」
「そういう曲名だったんですか」
「……」
「……」
「光に捧げる曲だ」
「はい、今そう聞きました」
そういう曲名なのはわかったけどなんで二回言うの?
「吾輩が御許のために即興で演奏したのだ!この朝の出会いを記念して!!」
「えー!いまこの場でですか?」
へー、なんか凄い。朝の出会いを記念してってのがよくわかんないけど。
部屋に案内されて顔を合わせたのが記念になるのかな?
「ど、どうなのだ?」
なんでちょっと上擦った声で聞くのでしょう?どうなのだ?って言われても…。
「素敵でした」
「そ、そうか……うむ、ありがとう」
はにかむ魔王様。
てっきり「ヌハハハハ!!吾輩の演奏に酔いしれたであろう!!」とか言うかと思ったのに意外だ。
「で、どうだ?」
「いえ、ですから素敵でした」
「……」
「はい、以上です」
彼はバン!と鍵盤を叩き椅子から立ち上がる。
うわ、ビックリした。なに?急に。
「惚れたか!?」
「え、なんです?」
魔王様がグワっと目を見開いて迫ってくる。え、なにどういうこと?
「吾輩が御許に捧げる曲を演奏して、御許は吾輩に惚れぬのか!?」
「え、いやべつに?素敵だなーとは思いましたけど」
「もしや吾輩、騙されたのか!!」
「誰になにを聞いてこんなことしたんですか」
なんでも、とある部下に「ピアノが弾ける男性は女性に好感を持たれる」と聞いたんだって。
なるほど、たしかにピアノが弾ける男性は素敵だ。
実際、彼の演奏は上手でとても絵になっていた。
うん、でもさ?
「僕、昨日まで男ですし。こんな女の子の体になっちゃいましたけど、それだってまだ二十四時間も経ってませんし」
「……」
好感を持たれるのと惚れるのとは、なんか違うんじゃないかな?
「あの、なんかご期待に添えなくてごめんなさい」
「食事の用意がしてある…テミスに案内してもらうのだぞ」
あ、もの凄い落胆して部屋を出てっちゃった。
どうすればいいのさ?こういうとき。
だって出会って間もないし。
どんな人かもわかんないのに惚れるとかないよね。うん。
「なんて言えばよかったんでしょーね?」
テミスさんに聞いてみる。
「素直に『あなたが好きです』と伝えればよかったのではないでしょうか」
「ピアノを演奏しただけでですか」
「きっかけは、なんでもいいのではないですか」
「うーん…そもそも僕は魔王様に恋愛感情は持ってませんよ」
悪い人ではない、と思う。ちょっとテンションに付いてけないとこもあるけど。
たしかに昨日、身の危険から助けてもらった。本当にありがたかった。
でも、だからって助けてくれた人を急に好きになるなんてないんじゃないかな?
それとこれとは別問題だもん。
「姫様は」
「え?」
「姫様は昨日まで男性だったと仰いますが、あまり悲観されてないように思えます……」
「え、そんなふうに見えます?…下着姿とか、その…裸の自分の姿に、けっこう落ち込んだりしたんですよ」
テミスさんがじっと僕をみる。
「……そうでしたか」
そう言うと、それきり彼女はなにも言わなかった。
えー?わりとショックだったんだけど、テミスさんから見たらそんなに呑気に構えてるように見えるのかな。
うーん。でも、あからさまに落ち込んで不貞腐れるのもね?魔王様に助けてもらったんだし、態度悪くしてるのもなー。
彼に悪い気がするし。うん、感じ悪いよね。
なんとかなるって思ってたほうが気が楽だ。
けど、体に引きずられるみたいに、中まで女の子にならないように気をつけなきゃ。とは一応再確認しとこ。
…僕の中でなにかが変わったのか、それともなにも変わらないのかあんまりピンとこないけど。
自分を見失わないように?そんなかんじなのかなー。
とりあえず頑張って!僕。
「でも、あんなにピアノが上手なのに演奏会も開かないってもったいないですよねー」
「そうですね、姫様。私がさきほど適当に思いついた『国内最高の呼び声高いピアニスト』の設定が生かされる日がくることを願っています……」
あれって彼女の思いつきだったんだ。