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僕の好きな人

「ねえ、貴博。こんなところで何してるの?」

「あ、綾小路先輩!? 授業で使った地図を倉庫に片付けようと思いまして。綾小路先輩こそ、受験生なのにこんな放課後に居残ってまで何してるんですか?」

「別に深い意味はないよ。ただ、貴博が小さいくせに自分よりも明らかに重いものを持ってしんどそうにしてたから気になってさ。案の定、後ろから見てたらコケてるし」

「ほ、放っておいてくださいっ」

「気にしないで。ほら、持って。僕が後ろを持つから」

「いや、綾小路先輩にそんなことさせるわけにはいかないですよ!……僕の好きな人ですし」

「ん? なんか言った?」

「…いいえ、何でもありません」

「貴博、今日疲れてるの? 元気ないよ」

「疲れてなんかいませんよ。それよりも、これを置いてきて早く帰りましょうか」

「……そうだね」


今、自分でも驚くぐらい声が低めになった気がした。


「綾小路先輩、ごめんなさい。付き合わせちゃって」

「ん? 別に気にしてないよ」

「そ、そうですかね」

「当たり前じゃん。先輩っていうのは、後輩に頼られるものなんだよ。だから、貴博が頼ってくれないと僕は先輩になれない。

 というわけだから、いくらでも僕に頼っていいんだからね。1人で色々背負い込みすぎだよ」

「あはは、お説教はこれを置いてからにしましょうか」

「お説教じゃないよ、これは……」


と言いかけて、倉庫の部屋までたどり着けた。

2人同時に、ふう、と地図を床に置く。

この部屋は教材が所狭しと並んでいる。

体育に使うマットが立てかけてあった。

貴博がそれに寄りかかり、僕も向かいのマットに寄りかかって立つ。


「やっと着きましたね。ありがとうございます、わざわざ」

「気にしないでって言ったでしょ。僕に頼ればいいんだよ、素直に」

「そう言ってくれるのは嬉しいことですけどね、なかなかそれが苦手でして…」

「貴博」

「え?」


気付いたら僕はマットから勢いよく貴博の方へと向かってタックルしていた。

倉庫に壮大な音が響き渡り、倉庫の物が所狭しと僕達に降り注いできた。


ドンパラパラガッシャーン!!


マットが上にあって、カバーみたいになってるからいいことだけど、全く身動きが取れないような感じになり、僕と貴博の体勢がありえない形になっていた。

貴博が、僕をかばおうと僕の上にいる。

僕と貴博は今、ものすごい近い距離で重なっている。

顔を少しでも近づけたら、顔と顔がくっつく。

唇と唇がくっつく。

どうしてこうなってしまったのだろう。


「ごめん。貴博の方に向かおうとしたら、足元にある板に気付かなかったんだよ」

「いや、それは別にいいんですけど……」


僕の脳内思考は、目の前の貴博の唇に触れたいというよこしまな考え一色に染まってしまう。

いけないいけない、と僕は抑えている。

というか、貴博の顔を改めて見ても可愛い!

何なんだ、可愛く微笑みつつも顔がちょっと赤くなってたりとか、なんだそのおでこ! どうしてそんな風におでこ可愛いんだ、いや、もちろんおでこ以外も可愛いけど、そのおでこにどうしようもなく僕の唇を触れさせたいという新たな欲望が出てきちゃったじゃないか、どうしてくれるんだ! 責任とって僕と結婚してくれないか……なんて、どれもこれも口には出来やしない。


「大切なことは、口にはできないものですよねぇ」

「え? いきなり何を言ってるの?」

「いいえ、何でもないですよ。どうしましょう、この状況」

「この状況楽しいじゃん。僕はずっとこのままでも良いよ」

「いやいやいや! よくないです、全然よくないですよっ」

「貴博、なんでそんなに慌ててるの。僕のことそんなに嫌い?」

「なんでそんなに突っかかってくるんですか」


僕は大きくため息をついた。貴博の胸中がまるで分ってこない。

そりゃ貴博は特に意識してないだろうし、男同士だからこういうスリルあるシチュエーションに楽しめているかもしれないけど、僕はというと今にも貴博の唇に触れたい、おでこに触れたい、などそう言う考えしか思い浮かばない。

男というのはろくな考えを起こさない。

だから男というのは嫌いだ……、と、自分で自分に毒づいている。

馬鹿なのか僕は。馬鹿なのかもしれない。

据え膳くわぬは男の恥だっていうことわざがあるけれど、僕にはとても実行できるようなものではない。

貴博がそれによって泣いたりする姿を想像すると、胸がどうしようもなく痛んでくるのだから。


「ねえ、貴博。好きな人いる?」

「え? 好きな人、ですか」

「そうだよ。この際、話したほうがいいよ。こんな機会はもうないかもしれないから」

「……そうだ。綾小路先輩は誰が好きなんですか?」

「僕? そうだなぁ、僕の好きな人はだいぶ鈍感らしいんだよ」

「鈍感ですか、それは面倒くさいですね。僕は鈍感な人間は苦手ですよ」

「そうなんだ。でもね、すごく優しくて大好きなんだ。ちゃんと気遣いが出来る人間なんだよ。僕よりも小さくて可愛いけど、そう言うところはかっこいいんだ。あと、1人でなんでも頑張ろうとするんだ。まだまだ幼いくせに」

「なんだか不思議な人間ですね。そんな人なら、綾小路先輩が惚れた理由がわかる気がしますよ」

「でしょ。ねえ、貴博の好きな人は誰なの? 僕は言ったよ」

「好き、か……」


気にしすぎて伝えられないのだろうか。

だんだんイライラしてきた。


「言えないです、言えないです。僕は、好きだって言われたい側なんですよ」

「ずいぶんとワガママだなぁ。先輩の命令なら、それを答えるのが後輩の役割だろ」

「何を言ってるんですか。そんな傲慢なこと言われても後輩は慕ってきませんよ」

「あーもう! 腹立ってきた! 貴博、よく聞いて!!」


くるりと体の位置を変えて、貴博の下に押し倒されていた体勢から、逆に押し倒されるような格好になる。

重たいと思っていた上の荷物は、僕が勢いよくうつ伏せから腕立て伏せのような格好で立ち上がって、あっという間に吹き飛ばされていく。

下にいた貴博はぽかーんと口を開けていた。


「好きって言いなよ! もう知ってるんだよ、貴博が僕を好きなの知ってるの! 僕だって貴博がずっとずっと好きなの!! でも恥ずかしくて言えないんだよ。だからわざと貴博と2人きりになれるチャンスを狙って、それとなく貴博が僕を好きって言うようにしてるのに!! 何なんだよ!! それでも男か?! ふざけないでくれ!!」

「……え……? 綾小路先輩……?」

「好きなんだよ、貴博が好きでしょうがないんだよ。でも、貴博の口から、好きって言われたかったんだよ! 悪いか? だから今だって帰ろうとする貴博を引き留めようと勢いよく言ったら、こうなっちゃったんだよ、予想外だったけど嬉しかったんだよ、僕は……ねえ、貴博!? 僕のこと、好きじゃないの?」


貴博はしばらく黙ってボロボロと涙をひたすらにこぼしていたが、ついに口を開いた。


「綾小路先輩のこと……と、とぅき、です」

「……」

「か、噛みました」

「はははははははは!!! 何それ! ロマンチックのカケラもないな!? あはははははっ」






「貴博。悪かったよ、笑って。嬉しかったよ。僕は貴博が噛んでいようと僕にちゃんとそう言ってくれたことが」

「もう、綾小路先輩。キスしていいですか」

「いいけど、歯を当てたりしない?」

「そ、そこまではいかないですよ!」

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