38話・紫の思い
悠人は去っていく卓郎の背中を、黙って見つめていた。自分の幻想入りによって元いた人間に不幸をもたらしている気がして、なんとなく気分が重かった。彼は溜め息を一つついた。
「別に俺も自分が望んで幻想入りした訳では無いんだがな…」
彼はやがてゆっくりと歩き出した。
彼が練習を終え、練習場から出ようとした時、彼を呼び止める声がした。振り向くとそこには紫が立っていた。
「悠人、練習お疲れ様」
「ああ、紫か。 どうしたんだ?」
紫はあたりをさっと確認すると、悠人の耳元でこう言った。
「…今日これからなんも無いでしょ? …卓郎の事について話したいんだけど」
悠人は静かに頷いた。
「まずは謝るわ。 この揉め事の原因を作ったのは間違いなく私。 ごめんなさい」
紫は椅子に座るなり開口一番そう言った。
「私も卓郎の事を忘れてた訳じゃないわ。 でも幻想郷のプロレスのこれからを考えると、ついついこういう事をしてしまうのよ…」
いつもの明るい彼女からは考えられないような思いつめた口調で、紫は言葉を絞り出していく。
「ふふ、私の性格って、こういう職業には向いてないのかもね」
「確かにそうかもしれない。 だがおたくが誰よりもプロレスのこれからを考えている、そのことは幽香から聞いているさ」
紫が自嘲気味に笑ったのを見て、彼は慌ててそう言った。
「だがな、おたくは猪突猛進すぎるんだよ。 どんなにプロレスのこれからを考えていても、周りの人間の事も考えていかないと絶対に受け入れないやつがでてくる。 特におたくはそれが極端なんだよ…」
「そうね、そうなのよ。 そんなことは重々承知の上よ。 でもつい、面白いプランを考えるとやりたくなるのよね」
「別にそれは構わん。 だがな、もうちょっと物事を遠くから見てみろ。 とくに周りには敏感になれ。 大体俺の時だって強引にこっちに連れてきたよな…」
その時の事を思い出し、二人は思わず笑ってしまった。




