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幽霊殺しの探偵事務所  作者: 出口有人
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イントロダクション&第一話 「犬神憑き」その1

イントロダクション


 オレはマンションの屋上にいた。そして、飛び降りる瞬間の姉を見た。

「優、覚えておいて」

 柵からそっと手を放し、夜の谷底に落ちる瞬間、彼女は言った。

「私はきっと、あなたのことを守るわ。あなたに救いを」


 オレと姉は、幼い時から少し変わった物が見えた。それは最初、薄暗い霧のようだったり、靄のようだったりした。

 しばらくすると、それらはもっと具体的な形を持って見えた。

 どんなものか?一言では言えない。 ある時は人だった、ある時は獣だった、そしてある時はどれでもなかった。 ただ、それらは自分達とは違う何かだった。

 オレはそれらに驚かされ、脅かされ、泣きじゃくった。そしていつも、姉の元に向かうのだ。

 姉はオレを抱きしめ、慰めた。

 彼女もまた、ヤツらが見えていたんだ。

 そして、幼いオレを慰める彼女もまた、追い詰められていた。

  

 後悔してるかって?

 してるさ。だからオレに救いはいらない。

 だが、彼女は救い出す。必ずだ。


 第一話 犬神憑き


 黒木優介は、事務所のソファーで目が覚めた。

 仕事が途絶え二か月が経ち、今やすっかり自堕落な生活が身についている。

 昨日はウイスキーのボトルを一本空け、そのまま眠ってしまったようだ。

 痛む頭を抑えながら、ゆっくりと身を起こす。吐き気とダルさが身体を襲い、視界が揺れる。

 「嫌な夢だ」

  ゆっくりと呟くと、おぼつか無い足取りで洗面所に向かった。

 顔を洗い、ついでに蛇口から水をがぶ飲みしていると、事務所の電話がけたたましいベルを鳴らした。

 壁にかかった時計を見る。午前10時20分。

 フラフラと、電話の置いてあるデスクまで向かう。鳴り続けるベルの音が、除夜の鐘のように頭を重低音で殴りまくる。

 受話器を掴むと、不機嫌な声でお決まりの挨拶を言った。

「……はい、こちら黒木「怪奇」探偵事務所」

 黒木怪奇探偵事務所、所長・黒木優介にとって久々の仕事は、二日酔いの朝に来た一本の電話から始まった。


 ※


「オッハヨー。優介君いますかー?」

「……オレが優介君です、博士」

電話口から聞こえた能天気な成人男性の声に、黒木は目頭を指で押さえた。

「何の用だ」

「いやねー今日ねー、多分女の子が君んとこの事務所に行くと思うんだ」

「どういうことだ」

「チャットルームで知り合った子でさー、いやー若い子って今チャットってやんないじゃん?だのにまー今時古風な子ですよあなた。おじさん、ちょっぴり感動しちゃって興奮しちゃってだって若い女の子と話すことなんて最近無いからグフフフ」

「……で、そのチャットルームはどういうあれだ?」

「えーとね、都市伝説とか扱ってるようなね、これまた古風なオカルトサイトよ。僕常連なんだよね。最近は三重県の山ん中でツチノコが出たらしくって、常連連中もその話題で盛り上がっちゃってさー、三重県っつったらお伊勢さんじゃん?やっぱり神々の住む山はツチノコを引き寄せるパワーが……」

「そいつはもういい。その女性はどういう?」

「いや、何か突然サイトにやってきてね。誰か、東京で霊媒師っつーかなんつーか、そういうことが出来る人を知りませんか?って聞くもんだからさ、君んトコを紹介したわけ」

「……言っておくが、オレは霊媒師でもイタコでもないぞ」

「似たようなもんじゃん?」

「……違う」

 何度言っても、この博士と呼ばれた人物は黒木の仕事を理解することがない。

 黒木は頭痛を堪えて話を聞いた。

「まーとにかくさー、一回話を聞いてあげておくれよ。物腰穏やかな感じで、良い子っぽいしさ。ついでに可愛かったら改めて紹介してよ。この天才発明家「久留井崇平」のことを!あ、そうそうそういや「アレ」の調子はどう?天才の僕が作った発明品を使えるなんて君も—」

 黒木はいよいよもって腸が煮えくり返り、渾身の力で受話器を叩きつけた。

 ソファーに戻り、勢いよく腰を下ろす。

 博士の話だと、詳しい要件はまだわからない。

 何時に来るのか知らないが、よりによって二日酔いの絶賛グロッキー状態の日である。

 「こんなことなら昨日は飲まなきゃ良かった……」

 苦虫を噛み潰しながら、また横になった。

 少し休まなきゃ、クライアントの話を聞いてる途中に吐いてしまいそうだ。

 黒木はゆっくりと目をつむると、あっと言う間に二度寝へ入った。

 

 どれだけの時間が過ぎただろうか。眠る黒木の体に突然、強烈な悪寒が走った。

 何かが、境界を越えて入ってきたのだ。この事務所と、外の世界の境界を。

 

 この事務所は、オフィスビルの二階にある。

 オフィスビルと言っても、黒木の事務所以外存在しないビルだ。

 何故なら、ここにオフィスを構えるとある「原因不明のトラブル」が続出し、ある会社は従業員の半数が死亡する事故が発生した。

 ただ唯一、黒木だけがここに事務所を構えることが出来る。

 だからこそ、ここは黒木にとって一つの「城」なのだ。

 外部から入った異物を、このビルは感じ取っている。それは黒木にも伝わる。


 黒木の城に侵入したそいつは、明確な悪意を持っている。殺意と言い換えても言いだろう。

 明らかに人間離れをしたその悪意の塊は、このビルの階段を今まさに上がっている。

 近づいている、ここに。


 チャイムが鳴る。

 瞬間的に、黒木は跳ね起きた。チッと舌打ちをして、朝よりはいくらか冴えた頭でドアに向かう。

 ロックを外しドアを開けると、ドアの向こうには制服を着た少女が立っていた。

 短く切りそろえられた黒髪の隙間から、おどついた瞳がこちらを見上げている。

「あの……私、「オカルト博士」さん……と言えばわかるってあの……その人から紹介されて来たんですが……えと、池上瑞樹と申します……あの……こちら黒木探偵事務所……いえ、黒木怪奇探偵事務所さんでよろしかったでしょうか?」

 たどたどしく話す少女の顔ではなく、黒木は足元を見ていた。

 細長いヘビのような姿をした白い獣が数匹、少女の足元を這いずり回っている。

 それに目は無く、獲物を探すようにクンクンと鼻を鳴らしている。

 この女ではない。悪意の正体は「コレ」だと直感した。

 ようやく、黒木は少女の顔に視線を向けた。

 訝し気な、緊張したような、そんな表情のまま固まっている。

 黒木は深くため息をつくと、少女を迎え入れた。

「ようこそ、黒木怪奇探偵事務所へ。中に入ってくれ」


「今インスタントコーヒーしかないんだが、飲めるか?」

台所で湯を沸かしながら、黒木は来客用ソファーに座ると池上瑞樹と名乗った少女の方を振り返った。

「はい……大丈夫ですあの……お構いなく」

瑞樹は居心地が悪そうに、視線を泳がせている。

「散らかってて悪いな、この事務所はオレしかいないから……男1人だとどうしてもね」

 黒木が愛想笑いを浮かべてそう言うと、ぎこちなく笑顔を返した。

 昨日はスーツを着たまま眠ってしまったため、シャツには皺が寄っている。

オマケに事務所は散らかり放題、瑞樹をデスクに通す時にウイスキーの空ボトルが目に入り、急いで片づけただけだ。

 とてもじゃないが、「まとも」には見えないだろうと思うと、黒木は情けない気持ちになった。初っ端からクライアントに不信感を植え付けるなんて、最悪だ。


「今回はどのようなご依頼で?」

 テーブルを挟んで、向いに腰を降ろした黒木が聞く。

 瑞樹は湯気を立てるコーヒーを一瞥すると、軽く礼を言ってから口を付けた。

 一呼吸置き、切り出す。

「あの……その前に怪奇探偵さんっていうのは、一体どのようなことをしてくださるんでしょうか?私、そんなにオカルトっていうか……そういうの詳しくなくて。紹介してくださった方も行けばわかるって……お祓いなんかとはまた別なんですか」

 とつとつと、こちらの様子を伺うように言葉を繋げる。

 黒木はふむ、と逡巡するが、ある程度は「いつもの質問」である。慣れた様子で答えた。

「お祓いとか、霊能力者とか、そういうのとは違う。オレはあくまで探偵に過ぎない。オレが相手にする怪奇ってのは、この世に存在する科学的な考証が不可能な全ての事柄だ。その怪奇に対し、「何らかのアプローチの元、クライアントから依頼された条件を出来る限りで達成する」のが、オレの仕事だ」

 この説明がつまり、黒木の仕事の全容である。しかし、黒木の予想通り少女は猶更疑問を深くした様子で、再度質問した。

「あの、つまりそれは具体的に言うとどういう……」

「まず君が聞きたいことは、オレの仕事内容についてじゃないだろ」

 少女の言葉を、黒木は遮った。少女が驚き、身をすくめる。

「あの、もしかして黒木さん、これが……」

「見えるさ」

 黒木が答えると、瑞樹はゴクリと生唾を飲み込む。今も足元を這いずりまわる「それ」に目を落とすと、意を決したように話し出した。

「……この子達は、犬神です。私は、犬神憑きの家系に産まれたんです」

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