台風ーモヤモヤ=X
野球の決勝戦が近づく中、洋介の肩の異変に気付いた森山・・・彗はその事に気付かなかった。そして落ち込む彗・・。
7月20日 火曜日
《東平高校 グラウンド》
「集合っ!」
「はい。」
監督の前に集まる野球部員。
「今日の練習はここまでとする、明日は台風の予報が出ているから休養日として休みにするから、下手に外に出て怪我しないようにしろよ。」
「はい。」
「じゃぁ片づけして帰宅しろ。」
「お疲れ様でしたっ!!」
一年はグランド整備を行う。
「明日休みかぁ~。」
トンボをかけながら、彗が言った。
「でも台風じゃな。」
あまり喜べずにいる金井。
「ほんとに台風なんて来るのかよ。現実味のない空だな~。」
「ほんと、甲子園が間近なのに現実味わかない俺らと一緒だなぁ。」
2人は空を見上げながら遠い目をした。
「何してんだ?おまえら。さっさとグランド整備しろよ。」
ボケっと突っ立ている2人の隣を変な目で見ながら通り過ぎる森山。
グランド整備も終わり、1年が部室で帰宅準備をしている。
「洋介帰ろうぜ~。」
着替えを終えた彗が洋介に話しかける。
「あぁ。俺今日寄るとこあるんだけど。」
着替えながら洋介が言った。
「あん?どこに?」
「プラザ。」
「買い物か?じゃあ付き合う♪暇だし。」
「プラザ行くなら、俺も行く~買いたい物あんだよ。」
金井が彗に言う。
「じゃぁ一緒に行くべ!」
「じゃぁ俺も~♪」
ヨッシーが大きく手を挙げた。
「じゃぁさぁ、皆でついでに遊んで帰らね♪ボーリングとかさぁ♪」
彗の目が輝いている。
「いいなぁ~最近練習漬けだったし、明日は台風だし!」
「行こう行こう!!」
ノリノリの3人。
「バーカ、あんまはしゃいでんじゃねーよ。」
冷めた口調で3人に向かって言う森山
「なんだよ~バカって。」
悲しそうな目で森山を見る彗。
「森山も行くか~♪」
ヨッシーはウキウキモード
「はぁー・・。」
深い溜息をつく森山
「なんだよ森山感じ悪いな。」
金井は眉間に皺をよせて、森山を睨む
部室に緊張感が走った。
「おいおい。やめろよ、喧嘩じみたこと。」
冷静な口調で仲裁に入ったのは、赤松 仁だった。
「別に喧嘩してねーよ。」
森山は呆れたように赤松を見た。
「たく、お前は言い方がイヤミで遠回しなんだよ、金井達が気を悪くするだろ。」
「はいはい。」
「遠回しって何だよ、赤松。」
イライラする金井
「洋介の肩にあんまり負担かけさせるなって事が言いたいんだよ、こいつ。」
皆に背を向けて帰り支度をする森山を指さして言った。
「・・・あぁそういうことか。確かにそうだけど。」
言われて当たり前の事に気付いた金井は渋い表情をする。
「でもよーたまには気分転換もありじゃね?」
彗は笑顔で言った。
「それでもお前、洋介のの相棒かよ・・。呆れてなんも言えねー。」
帰り支度を整えた森山は、無表情で、3人の横を通り過ぎた。
「え・・・???」
目を丸くして森山を目で追う彗。
「おい・・森山?」
恐る恐る声をかけるヨッシー
それを無視して、洋介の前に行く森山
「洋介、買い物の後でいいから俺んち来い。」
「なんで。」
「少しは体のケアしとけ。無理し過ぎてんじゃねーよ。後で、住所メールしとくから。」
そう言って、森山は部室を出て行った。
「なんだよあれーー〈怒〉」
当たり所のない怒りが込み上げる金井。
「まぁまぁ、怒るなよ~金井~。」
なだめるヨッシー
「・・・ケアって・・。」
彗は神妙な顔もちで洋介を見た。
「森山の言う通りだ。洋介、今日は買い物終わったらあいつんち行って来いよ。」
赤松が諭すように言う。
「つーかあいつんち行ってどーなるってんだよぉ!」
「森山スポーツ整体。あいつんち。」
笑顔で答える赤松。
「スポーツ整体?そーなの?」
ヨッシーは納得。
「あぁ、結構有名な店だよ。歴代の先輩たちも利用してるんだ。」
「そんな疲れてんのか?」
心配気味に聞く彗。
「・・・・。」
「何にも言わないってことはそうなんだ・・・。」
視線を落とす彗。
(一体どーゆーことだよ・・・。)金井・赤松
「まぁ、ベンチ入りのプレッシャーもあるから頑張るの分かるけど、最近洋介の球威は確実に落ちてるし、それをかばおうとして、フォームも乱れてる。肩と肘にきてんじゃねーか?」
赤松が洋介の右腕を掴み、上にあげようとすると
「やめっ・・・っつ・・。」
一瞬強張る顔を見せた洋介。
その表情に顔面蒼白になる彗と金井とヨッシー。
「ほら、肩上がってねー。マジで壊すぞ。」
そっと手を離し、心配する赤松。
「洋介っ!何で言わねーんだよ、痛いなら練習休めよ!!」
「今すぐ行けっ!森山んちに行けッ!!」
焦る金井とヨッシー
その隣で、放心状態の彗。
「・・・彗?」
その様子に逆に心配する洋介
「あ・・・俺・・帰るわ。洋介、今からちゃんと森山んちで見てもらえ。絶対見てもらえよ!!」
ダダダッ
「彗っ!?」
彗は部室を飛び出して行った。
金井が呼ぶ声にも反応することなく走り去った。
「・・・なんだあいつ・・。」
突然のことに固まる金井。
「とりあえず今日は、洋介は森山んちで、俺らは買い物行こうぜ。」
ヨッシーが金井に声をかける。
「・・あぁそうだな。それでいいよな、洋介。」
「・・・あぁ。」
どこか上の空の返事をする洋介。
「じゃ、俺が森山んちまで連れてく。近所だから。」
「うん、頼んだよ赤松。それと、森山に・・わりぃって伝えといて。」
「オッケイ。じゃ、行くか洋介。」
そう言って2人は部室から出て行った。
「じゃあ俺らも行くか~。」
「そうだな。でも彗大丈夫かな?」
一抹の不安を抱えながら、金井とヨッシーも部室をでた。
その頃、彗は
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・。」
ダッシュで駅前通りまで来ていた。
息を整えながらトボトボと歩く。
(何で俺気づかなかったかな・・・相棒とか言っといて・・。他の奴が気づいて・・俺が気づかないって・・洋介も洋介だ・・何で俺にも言わねーんだよ。今までだったら・・今まで・・?)
彗はハッとした。
(今までとは違う・・洋介とバッテリーを組むのも・・洋介が安心して投げられる相手は俺だけじゃなくなる・・。つーか、安心してたのは俺だけ?今までろ何も変わんないって思い込んでたのは・・俺だけ。今回は1年だから仕方ないって思って、ただ洋介がレギュラー入りしたことだけに喜んで・・あいつの心配なんて・・実際してなかった・・。大事なとこ見逃して・・バカじゃん俺・・最悪じゃん・・。)
泣きたい気持ちに押し潰されそうになる彗。
溜息が途絶えることなく・・彗は一駅分歩いて家路についた。
《東平駅》
「あれ~?彗いないなぁ?そんな時間差無いから駅で会うかと思ったんだけど。」
赤松はホームをキョロキョロしていた。
「・・・。」
森山整体は、松木駅の一つ先の鹿倉駅。
「なぁ、洋介。何かしゃべれよ・・〈汗〉」
赤松は終始無言の洋介に戸惑っていた。
「あぁ。」
(・・・普段こんなに話さないとは・・・)
ちょっと気まずい赤松
「そーいえば買い物は大丈夫なのか?連れて来ちゃったけど。」
「大丈夫・・かな・・。」
ハッキリしない表情
「何買う予定だったの?」
「誕生日プレゼント。」
(・・・こいつでも誕生日とか気にするんだ・・意外・・。)
予想外の回答だった。
「じゃぁ、鹿倉駅の近くにも、モールがあるからそこで探してらいいんじゃん。付き合うよ。」
軽い口調でいう赤松
「いいのか?」
「いいよ。森山には買い物終わったら行くって伝えるし。」
「わりぃな。」
「いえいえ。」
《鹿倉駅近くのヤンバラモール》
「で?どんなの買うの?」
「ピアス。」
「ピアス・・??」
聞き間違いかと一瞬思う程の意外なワードに眉をひそめる赤松。
「シンプルで可愛いの・・ってどんなの・・?」
「いや、お前ひょうひょうと言っちゃってるけど・・・もしかして彼女?」
「おさな・・・友達。」
幼馴染みと言いかけたが、友達と言いなおした洋介。
「友達にピアスねぇ~・・まぁいいけど。」
そう言って、アクセサリー売り場へ
「やっぱ、女子ばっかだな・・・。」
少し恥ずかしそうな赤松だが、洋介は平然とピアスを選んでいた。
(・・・マウンド度胸もこういうとこから・・来てるのか・・。つーか・・こんな光景見ることがあるとは・・。)
違和感が拭いきれない赤松
「シンプルで可愛いのだっけ?その子の希望。」
コクン
亜美は、誕生日を過ぎたらピアス開けるから、プレゼントはピアスがいいと、洋介の誕生日の買い物の時に言っていたのだ。
「ん~・・その子がどんな子か分からないからあれだけど・・。」
一つのピアスを手にする赤松。
「こんなんどう?」
洋介はそのピアスをじっと見た。
・・・・・・・・・・・
(・・・ダメ・・・なのか・・・。)
10秒後
「いいかも・・。」
(よかったぁぁぁ・・ってなんだろこの安堵感〈汗〉)
「じゃぁ買ってきなよ。」
「あぁ、さんきゅう。」
意外に早く決まったプレゼント選び。
モールを出て、森山整体へ向かう。
《森山スポーツ整体》
「こばんわ~。」
赤松が挨拶をしながら、店へ入っていく。
「よう、仁待ってたぞ~。」
愛想よく話かける先生らしき人
「おっ、来たか洋介。」
奥から森山が現れた。
「お世話になります。」
「何で敬語だよ・・。あっこれ親父。」
「初めまして、洋介くん。色んな人から話は聞いてるよ。」
(色んな人・・・?)
「宜しくお願いします。」
「赤松は俺の部屋にでもいるか?」
「いや、施術見とくわ。ちょっと症状気になるし。」
「じゃあ俺も。」
そしてさまざまな方法での診察が始まった。
全てが終わると
「う~ん・・。」
森山父は悩まし気な表情
「親父やっぱあんま良くないよな・・。」
「そうだな、1週間ぐらいは投球は控えた方がいい。」
真剣な表情で洋介を見る。
(一週間・・・。)
「決勝戦は28日だぞ?」
赤松が不安そうに言う。
「まぁ、でも決勝戦で洋介が投げる確率は低いだろ。今回無理する必要ないんじゃないか。」
心苦しいが洋介を気遣う森山
「息子と仁の言う通りだな。今無理をすると、いい事はひとつも無いよ洋介くん。炎症がひどいし、肘は筋を痛めているから・・・。」
3人は洋介をジッと見た。
「はい。」
表情一つ変えずに答える洋介。
「止めといて何だけど、意外とあっさりだなお前。」
拍子抜けする森山
「洋介くん、投げ込みも大事だけれど、これからやっていくなら、上半身のインナーマッスルを鍛える事をすすめるよ。筋力が追い付かないとまた同じように故障してしまうからね。下半身はよく鍛えられている。」
森山父は優しい目つきで言った。
「はい。」
「あっでも3日間は完全に肩と肘を休ませるように。今からテーピングしておくから、3日後にまた来なさい。分かったかい?」
「はい。」
赤松と森山に見守られながら、テーピングの施術をうける洋介。
ショックを受けている様子が無かった事に2人はホッとしていた。
「ありがとうございました。」
「じゃぁ、気を付けて帰れよ。」
「またな。」
「あぁ。」
そう言って洋介は家に帰って行った。
電車の中で、一度だけ溜息をついた。
《翌日》
ビュウ――――
ザザァァァ・・・
天気予報通り、滝のような雨と強風が吹き荒れる。
《橘家 朝10時》
「すっごい風・・・うるさくて寝てらんないわ」
寝ぼけ眼で起きてきた愛華
「ほんと凄いわねぇ。どこにも行けないわ。」
母もウンザリした様子
「あれ?あの早起きバカと愛実は?」
「洋介はさっき出かけたわよ♪愛実は寝てるけど。」
「はぁ?こんな天気で出かけるって・・あいつマジ頭大丈夫?」
引き攣った顔の愛華
「一応止めたんだけどね~怪我してるし。」
「怪我?」
「そうなの、練習し過ぎたみたいでドクターストップみたいよ。」
「えぇっだって28日決勝でしょ!?」
「うん。でも1年だから出れないだろうし、今回は諦めるって。」
「はぁ~・・ついてない奴ね。」
「仕方ないわよ~残念だけど。」
その頃
ピンポーン
「えっ!誰か来たわよ!こんな日にっ〈怒〉」
インターフォンの音に驚く一家
急いで玄関のドアを開けると
「あらまっ!どーしたの洋介くんっ!!」
「どうも・・。」
「どうもって、びしょ濡れっとにかく入って!」
家の中に招かれる洋介
「お父さーん、タオル持ってきてぇぇ」
「あぁ、って洋介くんじゃないか・・どーしたのこんな日に・・。」
「いいからタオル!」
「おぉ、そっか。」
父がタオルを持ってきて、洋介は軽く頭と服を拭いた。
「彗ならまだ寝てるから、部屋に行っておこしていいわよ。それで服もかりなさいね。」
「はい。」
洋介は彗の家へ来ていた。
そして、慣れたように彗の部屋へ
ガチャ
くーーくーー。
気持ちよさそうに眠る彗。
バサッ
「・・ん・・つめってっっ〈焦〉」
濡れたタオルを彗の顔にかけた洋介。
いきなり冷たい感覚が顔にきた彗はバッと起き上がった。
「雨漏りっっ!???」
慌てて天井を見上げる彗。
「起きたか・・。」
「えっ」
聞き覚えのある声の方へ顔を向ける
ビクッ!!
「な、なんでお前ここにいんだよっ!」
「服かして。」
「突っ込みどころ満載だなっ!お前ッ!」
洋介がここに居る事、びしょ濡れなこと・・・そしてやっぱりここに居る事・・・。
彗はクローゼットから服を出し、洋介に渡した。
「ありがと。」
「・・・で、なんでここに居んだよ?」
彗はベッドに腰掛け聞いた。
「まぁ・・・ちょっと・・・。」
着替えながら、歯切れの悪い回答。
「肩、どうだった。」
「・・・休養することになった。一週間は投球するなって。」
「そっか。」
彗はさえない顔で窓に目をやった。
「彗のせいだな・・。」
イラッ
「なんだよそれっ。なんで俺のせいなんだよ!」
「お前とバッテリー組んでたら、こうならなかったから。」
「森山とバッテリー組んだって、森山なら気づくだろ。今回だってあいつは気づいてた。」
「それもそうか。」
「なんだよ、慰めてんじゃねーのかよ。嘘でも違うとかいえねーかな。」
彗は辛い気もちを抑えながら言った。
「俺は、彗を信頼していろいろ任せてきたから、今回自分でペース作れなかった。頼ってたから彗を。」
(信頼・・。俺を洋介が頼る・・・)
洋介の言葉に今にも涙が出そうな彗
「う、うそ言うなよっ・・つーか今日お前、よくしゃべるな・・。」
一切洋介を見ない彗。
「まぁ・・落ち込む暇あったら、俺がまた頼れるようになれよ。相棒。」
その言葉に
ダラダラダラ
「ようすけぇぇー〈泣〉」
ギュウ~
号泣で洋介に抱き付く彗
「俺はいつまでもお前の女房だぁ~!浮気出来るのも今だけだからなぁ~〈泣〉本気になる前に絶対俺が奪い返してやるーーー!!」
「あぁ。分かったから・・離れろ・・〈汗〉」
部屋のドアの外では・・
〈お、お父さん・・・彗が・・変な道へ走ってるわ・・・〈恐〉〉
〈男同士・・はマズイ・・・な・・・。〉
最後の会話だけ聞いた父と母は、お茶菓子と飲み物を持った手を震わせた。
その日の夕方に台風はさり、綺麗な夕焼けが街を照らした。
翌日は晴天。
野球部の練習前に、洋介は監督に事情を説明し、ベンチ入りメンバーから外れた。
その枠には、3年のピッチャーが穴埋めに入った。
亜美もそのことを、親から聞き、洋介に『残念だったね。でも次頑張れ』とメールをした。
洋介からは『次頑張るよ。』といつもと変わらない返信。
直接洋介から聞いたわけでは無かったけれど、それにももう慣れてきた亜美。
素直に、受け取ることが出来た。
台風に乗って、彗と亜美の心も快晴になっていた。