大衆に愛される彼が嫌いなたった一人
誰にでも優しくて、いつも笑顔で、弱音も吐かない。
そんな誰からも愛されそうな人間が、彼が、
大嫌いだ。
そんなことを言えば周りから顰蹙を買うだろうか。
それとも優しい彼に嫉妬しているんだろうと哀れんだ目で同情されるのだろうか。
県内でも有数な進学校の高校に必死で勉強して合格し、既に2年経ち、木嶋 桂斗はすっかり色褪せはじめた制服と荒んでしまった自分の心を重ねてため息を一つついた。
2年前は未知なる世界への不安と期待を胸にここの高校の門をくぐったものだが、今はそんな純粋さもなくなり、むしろ世界が濁って見える。
2年2組。桂斗と同クラスの山根 薫
彼こそが桂斗の嫌いで、苦手な人物だ。
彼は成績もいい、運動神経も“それなりに”いい。
男女共に分け隔てなく接し、誰にでも優しくいつでも笑みを絶やさない。弱音は吐かないしどんなこともやり遂げる。
見るからに誰からも好かれるタイプなのだけれど、桂斗は薫のことが好きではない。
「なぜ?」と問われると上手く言葉に出来ないのだけれど。
クラスの中心でいつもへらへらと笑ってふざけているような自分だってやるときは真面目にちゃんとしているのに、同じことを成し遂げても薫だけが評価されるのは気に食わない。と桂斗は思っているし、実際そうなのだ。
何かを言えば拍手喝采、何かをすれば感嘆のため息が溢れかえる。
それ以上のことを桂斗が成し遂げても一度ついた“お調子者キャラ”というレッテルはいつまでもまとわりつき、最後には笑われるのが常だ。
嫉妬、なのかもしれない。
しかし今回は、今回くらいは、彼以上の頑張りを見せつけたいと黒板に書かれた文字を見て思う。
毎年恒例の文化祭。
2年生はクラスごとに演劇をするのだが、台本は生徒制作のオリジナルのみと決まっている。
今は6時間目のホームルームの時間を使ってクラスメイトそれぞれの役割決めをしていた。
後はもう残り数人の役割を決めるだけで、もう役割が決まってすることもない佳斗はぼんやりと窓の外を眺めていたが、ふと目に入った黒板に書かれた
“主役 山根 薫、木嶋 桂斗”
という文字を見て、なんとも言えぬ緊張で自然と背筋が伸びた。
元々主役なんてする気は無く、なんなら裏方に回ろうと思っていたくらいだったのだが、そう現実は甘くなかった。
自分の“キャラ”を考えたら周りの期待をこめた眼差しや、“その場のノリ”を無視してまで裏方に回るなんてことはできない。
それに、脚本は幼稚園からの幼馴染で親友の木田 洋輔が手掛けることになり、その“脚本家様”に後押しされるように指名されては断ることもできなかった。
実は佳斗•洋輔と薫は中学からの付き合いで、一緒につるんだり遊びに行く程度には仲が良い。
特に洋輔は、佳斗と薫、2人を同じくらい大事に思っているらしかった。
それは佳斗にとって辛いところでもあるのだが。
様は脚本を書くことになった洋輔の推薦により主役2人が決まったも同然だった。
いくら親友と言えども「誰にでも好意的印象を与える人間が、しかもお前が大切に思っている友達が苦手だ。」なんて口が裂けても言えずに、洋輔は『自分と同じで佳斗も薫を大切な親友と思っている』と信じて疑わない。
ちなみに、佳斗と薫は仲が悪いわけではない。
談笑もすれば、一緒に遊びに行ったりもする。
と、いうよりもついこの間までは佳斗にとって薫は“好き”に分類されていたし、佳斗自身人を嫌いになったことがあまりなく、正直自分自身の今の気持ちに混乱している部分もある。
そして、不安でもあった。
文化祭の演劇披露にむけて稽古が始まれば、薫と一緒に過ごす時間が増える。
顔に出てしまうのではないか、これ以上嫌いになってしまうのではないか。
しかしそんな不安と共に、一緒に過ごすことでまた彼のことが好きになるかもしれないという期待も少なからずあった。
もちろん、自分の気持ちの問題はあるが、主役を任されたのだ。何があっても成功させるつもりでいる。
そうやって考えを巡らせている間に、残り数名決めかねていたクラスメイトの役割が、軽快なチョークの音と共に黒板に連ねられた。
そして役割決めを取り仕切っていた生真面目な委員長の締めくくりの言葉が終わってすぐ、見計らったように終礼のチャイムが鳴り響いた。