1日目後半 蓮華のお料理
今回は長くなってしまいました´д` ;
一日目 昼食後
「はーい、じゃあ改めて仕事の確認をするわね?ちょっと説明してないこともあるから」
三人が昼食後の一時を過ごしていると、突如、女神が説明の続きを始めた。
「なんや、食事の余韻を味わっててんのにもう仕事の話かいな?」
「ふふっ、ごめんね?でも伝えとかなきゃいけないことがあるの。とっても伝えづらいんだけど…」
女神が言葉を濁したのに康一は気づいたが、話を遮ることもないと思い、あえて追求しようとはしなかった。
「とりあえず内容は一つ、私と一緒にこの家で暮らすこと。ただし、何らかの理由で続けられなくなった時はバイト代は一切支払われないから。その辺気を付けてね?はい、ほとんど説明終了!何か質問ある?」
女神の問いかけに、康一は三秒ほど悩んだ後、ゆっくりと手を上げた。
「あら、康一くん。質問?」
「は、はい。えっと、何らかの理由でって…例えばなんですかね?」
康一の質問に、いままで柔和な笑みを浮かべていた女神の顔がほんの少し厳しくなった。どうやら伝えそびれたことの核心に迫る質問だったらしい。
「…それ、答えてもいいけど…後悔しない?」
女神の意外な返答に康一は多少の疑問を感じたのだが、首を縦に振り、了承の意を示した。
「ま、いつか説明しなきゃいけないとは思ってたけどねー。じゃあ覚悟して聞いてね」
「大丈夫やって、わいはどんなことがあっても、女神はんの側におるつもりやから!」
疑わしい関西弁を話す平太の純粋な言葉に女神はさらに顔を曇らせる。
「ちょっと言いづらいんだけど…さっき私って天界から逃げてきたって言ったじゃない?だから今、天部の人に追われててね?それで実は天界って人間に知られちゃダメだったりして…つまり…君たちは天界にとって存在して欲しく無いってわけなんだよねー…」
康一の脳裏に、前日に聞いた、友人からの助言が浮かび上がった。
(呆れた。僕の予想では君は逮捕されるか、最悪死ぬね)
しかし、友人の助言は少し外れていた。死ぬことは最悪ではないという点で。
「それでね?天界に君たちの事が知れれば、最悪君たちの存在が消されちゃうかも…」
「はっ!?」
康一と平太の声が再び重なる。蓮華も声は発しないものの、二人に近い顔をしている。そして、徐々に眉間に深くシワがよっていった。
「おい、私の存在を消されるってどういう意味だ」
蓮華の決して大きくはないが、鋭い声に、女神はゆっくりと三人から顔を背けていく。
「え…えっとねー…あのー…死んでも生まれ変われないってゆうか…天国にも地獄にも行けないっていうか…」
「なっ!?なんですかそれ!?俺そんな話聞いてないですよ!」
「で、でも大丈夫よ!見つかりさえしなければね?ここにいる限り、多分大丈夫!たぶん…ね」
女神は気まずそうに、三人から顔を背けたままでいたが、平太と蓮華の返答は女神の予想していたものとは大きく異なっていた。
「……そか、大丈夫か。ならええよ」
「えっ?」
「まったく、万が一見つかったら、全力でカバーしろよ!そこの馬鹿はほっといて私だけでもな!」
どうやら平太と蓮華は驚きはしたものの、それほどの動揺はないらしい。
「は!?心の切り替え早くないですか!?存在を消されるんですよ!?死ぬよりも確実にまずいですって!」
「大丈夫やって。こんなに広い地球やで?人を一人見つけんのにどんだけ苦労すると思ってんねん」
「ま、まあ確かに…でもそれにしたってリスクが…」
「大丈夫って言ってるやろー?なんとかなるってわいの中の何かが言っとるで?それより女神はん、言いたいことがあるんやけど」
「……え?この話…もう終わりでいいの?私この事伝えるのに大分ためらってたのに…」
「ええよ、ええよ。そんで言いたいことなんやけど、飯のことでな?やっぱ飯は作るもんやと思うねん。なんかパッと出されるとどうにも味気なくてなぁ。作る人は当番制にして料理せーへんか?」
「べ…別にいいけど…」
女神は拍子抜けするほどあっさりとした平太の態度に、口をぽかんと開けていたが、数秒の間を置いて、顔に笑みが戻っていった。
「ふっ…ふふっ!やっぱ思い切って言ってみるものね!あースッキリした!あら?まだ康一くんはスッキリしてないみたいだけど…ま、あまり深く考えないでいきましょうよ!」
女神はすっかり元に戻った満面の笑みで康一に励ましの言葉をかけるが、
「深く考えないでって…俺には無理な気が…」
「よーし、じゃあ料理係は当番制でええな?早速今日の当番をじゃんけんで決めよか」
「おい、何で私がお前の為に料理なんてしなきゃ…」
「あれー?ひょっとして蓮華ちゃん料理苦手なのー?女神的には女の子は料理できた方がいいと思うなー。私が優し〜く料理教えてあげようか?」
肩の荷が降りて気持ちが高ぶっているのだろうか、顔色を濁らせた蓮華をここぞとばかりにからかう。
「良かったなー。女神様に料理教えて貰えるなんて、そうないでー?今から料理の勉強して、がんばって得意になろうや!」
「勝手に苦手って事にするな!りょっ、料理ぐらい私にだって出来る!」
そう言って蓮華は勢いよく平太の胸ぐらをつかんだ。
「おー、やる気マンマンやな!じゃあ最初の当番は蓮華ちゃんでええな?」
「なっ…!?」
「嫌ならええでー?わいの美味し〜い料理食べさせたるからな」
平太は胸ぐらをつかまれたまま意地の悪い顔でニヤニヤと笑っている。
「くそっ…分かったよ!やるよ!やってやるよ!絶対に美味いっていわせてやるからな!」
「じゃあ蓮華ちゃんよろしく頼むで?あー楽しみやなー蓮華ちゃんの手料理。あ、買い出しは康一くんとわいで行ってきたるわ」
「じゃ、じゃあ…えと…か、カレーだ!カレーを作るからカレーの材料を買ってこい!」
「よつしゃわかった!じゃあ康一くん!一緒に買い物行ってこよーや!」
「なんでそうポジティブなんですかね…なんか悩んでる俺が馬鹿みたいな気がしてきた」
そう言いながらも気持ちが落ち着いてきたのか、平太と一緒にシブシブと買い物の準備を始めた。
「そいじゃ行ってくるで〜」
平太はそう言うとやけに早い足取りで出かけていった。康一も後を追うように急いで部屋を出る。
二人がマンションを出たのを確認した後、蓮華はおもむろに携帯を取り出し、料理の勉強を始めた。
(まずは…包丁の持ち方からかな…)
「え!?そのレベルなの!?」
蓮華はコッソリと調べたつもりでいたのだが、いつの間にか背後にいた女神に携帯を覗き込まれてしまった。
「か、勝手に携帯を見るなー!!」
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30分後 帰り道
「よく考えると、平日から男二人でスーパーて、周りから見れば大分おかしいよな…」
康一はスーパーからの帰り道でなんとなしにそんな独り言をつぶやく。
「まあ、ええやろ。それよりあっちで蓮華ちゃんがわいらのために今頃は必死で料理の勉強してるやろうから、早く帰らなな」
「もしかして、それで急いで部屋を出たんですか?」
「せやでー。蓮華ちゃんどう見ても料理したことないって顔してたやんな?早くレシピ見たいって雰囲気がピリピリしてたで」
「本当に詳しく分かるもんなんですか?そんなこと?俺は全然分かんなかったけど…」
「まあ職業柄やな。蓮華ちゃんなんて一番分かりやすいわ」
康一は平太の解答にある疑問を感じた。
「あれ?平太さんって…確かフリーターじゃなかったっけ?」
「……………………………………」
「……………………………………」
二人の間に何とも言えない空気感が漂う。平太の顔は無表情のまま固まっているが頭の中ではおびただしい量の考えが巡っているようだ。
「…そ、それは…まぁあれやな、バイトでな?いろいろあったんやー。そ、それより康一くん!わいにはタメ口使ってええで!と、年も二つしか違わんようやし!」
「そ、そうですか」
「タメ口でええで!!」
「わ…分かった」
康一にはどう考えても誤魔化しているようにしか思えなかったが、必死の弁解に押し切られたのか、それ以上深く考えることをやめたようだ。
「さ、さあ見えてきたでー!早く蓮華ちゃんに食材届けようやー!」
「そ、そうだな…」
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マンション内 キッチン
蓮華は包丁の握り方をマスターし、使う器具の確認をしているところだった。高級なマンションだけあって、多機能なキッチンになっているのだが、当然それらを使いこなす技術はない。
「えーっと、使う器具は…コレと…コレ…」
「ただいまー!材料買うてきたで!」
勢いよく開けたドアの音と平太の大きな声が家中に響く。
「も、もう来たの!?」
「あっ、蓮華ちゃん!材料買うてきたで!コレでよろしく頼むわ!」
「わ、分かった。じゃあすぐ作るから待ってろ」
「おう!期待しとるで!」
そう言ってキッチンを出ると、すぐにUターンをして蓮華を見守る体制に入った。
「えーっと、平太?何やってんだ?」
キッチンの入り口でこっそりと姿勢を低くしている怪しい関西人を見て、康一は思わず話しかけてしまった。
「しーっ!康一くん声でかいっ!見ればわかるやろ?蓮華ちゃんを見守っとんのや!」
「なんで??」
「いやなんでって…こうやって料理してる蓮華ちゃんを見て……なっ!?何やっとるんや!?」
「どうした?」
「蓮華ちゃん、人参の皮むいとらん…」
「えっ!?それは…ま、まぁでもそれぐらいは…」
康一からの返答があったが、平太はなお、考える仕草をしている。
「違うで、康一くん。問題はそこやない。人参の皮を剥かんゆうことは、その…もしかするとやなあ、ジャガイモの芽をとらへんのとちゃうか?」
康一は唖然とした。まさかそんな小学生でも知っているようなことは分かると思っていたが、皮も剥かないとなればその危険性はでてくる。
「確かに…あのレベルの料理下手なら、ジャガイモの芽が毒だということを知らない可能性はある…てか知らない気がする」
「このままでは、比喩でもなんでもないただの毒入りカレー食わせられてまうで!」
「じゃあ、こういう作戦はどうだ?」
康一は作戦の内容を耳打ちすると、平太はうなづき、すぐさま作戦を実行した。
「し、知っとったか康一くん!なんとな!ジャガイモの芽には毒があるんやで!
今日カレーらしいからつい思い出してもうたわ!」
「へ、へぇー!それは知らなかったなぁ!あっそれと野菜には皮があって剥かないと食べれないってこと知ってた?」
「あー!それは知らんかったわ!えー事聞いたなー!ハッハッハッ」
「俺もジャガイモの芽のこと知らなかったからいい事聞いちやったなー!ハッハッハッ」
どうやら作戦というのは大声で会話してるように見せかけて、蓮華に聞いてもらうということらしい。
「どうや。蓮華ちゃんどうしてるんや?」
「えっと…あっ!野菜の皮剥いてますよ!」
どうやら作戦は成功したらしい。
「ほんまか!?やったなー!これでもう大丈夫…なんかな?」
「大丈夫…だと思いたいですね…」
こうして、この作戦はカレーが出来上がるまで続いた。
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「ふぅー、なんとか終わった!まあ、形にはなってるな!それにしても…外の平太と康一が偶然にも作り方を教えてくれていたような気がしたが………気のせいだな!」
蓮華は今は二人の事を疑うよりも先に、自らの料理の完成を喜びたいようだ。
「お、おーできたよーやなー。なんや、うまそーやん」
「なんか棒読みになってないか?まぁいい、私でも一人で料理ぐらいは出来るってことが分かっただろう」
(どの口が言うんやろうな?)
蓮華の自慢げな口調に心の中では反論して、もちろん口には出さなかった。康一と女神は食器類をテーブルの上に出している。
「それじゃあみんな座ろか!康一くんもはよ座りいや!」
食器を出し終えたところでみんなが座り女神がいただきますのコールをしたところでそれぞれが一口目を食べた。
(これは…食感がジャリジャリする!?)
(なんやこれは…!?味の濃い砂食ってる気分や…)
「ふん、まぁこんなもんだろ」
「「なっ!?」」
蓮華の自己評価を二人は理解できなかった。
(どう考えても加熱が足りんやろ!?なんでそんな感想になるんや!?)
(この人、筋金入りの味オンチ…いや味オンチってレベルじゃないだろ!)
「うん、まぁいいんじゃない?結構美味しいわよー」
「「えっ!?」」
二人はまたしても現れた肯定派に驚き、もしかしたら自分が間違えているのではないかという疑いをもったが、すぐにそれはおかしいと自らの考えを払拭した。
「騙されへんで!女神はん何かの力で美味しくしてるやろ!」
「なんだ?それは私の料理が美味くないってことか?」
蓮華の眉間にしわが深く深く寄って行き、表情が見るからに不機嫌になっていく。
「はっ!しまった!」
「なぁ、康一?私の料理美味いよな?」
「は、はいっ!とっても美味しいです!」
「あっ、裏切りよったな!ズルイわ!アホッ!」
「おい、平太…歯ぁ食いしばれ!」
「ちょっと!待て!やめ…グホォ!」
平太の頬にクリーンヒットした右ストレートはその後5分間平太の意識を失わせた。
「なぁんでこんなに美味しいのにそんなこと言うのかしらねー、蓮華ちゃん?」
(まぁカレーを美味しくしたのは本当なんだけどね)
「ふん、味オンチにはわざわざ作ってやるかいが無いな」
「そうね〜。ふふっ!今日は楽しかったわ!こんな毎日が続けばいいわね〜!」
「そ、そうですね〜」
康一は蓮華の剣幕に怯えながらも、何と無く予感していた。こんな日は続かない。もって後1週間だろうと。