1日目前半 メンバー顔合わせ
都内のマンション(廊下)
檜山 康一は立ち尽くしていた。
自分を取り囲む圧倒的に場違いな空気が、ドアへと向かう手をためらわせる。
「本当にここなんだよな?絶対にあってるよな?」
独り言を呟いてみるが、聞いてくれる者も、答えてくれる者もいない。
その後も悩み続けていたようだが、ようやく決心したのか、深く深呼吸をすると、小刻みに震える手でドアを開けた。
「あ、来た来た!遅かったけどなんかあったの?まぁいいや、じゃあ仕事の説明するからみんな集まって〜」
長い廊下の先に見える広いリビングで、バイトの依頼人であろう女性が号令をかけた。
どこかのゲームにでてきそうな白い服や、神々しく金色に輝く髪飾り、長くおおげさにウェーブのかかった茶髪は、まさしく女神のようなのだが、幻想とは程遠いこの高級マンションの一室には不似合い極まりない。
康一は女性の格好がもちろん気になったのだが、何も言わずに言われた通りリビングへと行くと、そこにもう二人の男女がいることに気がついた。どちらも自分と同い年か、年下のようだ。
「説明の前に店長さん、どうしてそないな格好してるのか聞きたいんやけどなぁ。コスプレイヤーなら場所と時間をわきまえんと」
質問をしたのは二人のうちの男の方だ。
茶髪で優男風の大学生のような外見なのだが、かなり疑わしい関西弁を使う。本当に関西人かどうか怪しいものだ。
「ふふっ。それについても説明するわ。まず話を聞いてね?」
女性はそう言うと一呼吸置いてから、仕事の説明を始めた。
「まず仕事の内容だけど、とっても単純!あなたたちは私と一緒に今日から30日間ここで暮らしてもらいまーす!」
「なっ⁉」
男二人はその説明を聞いて驚愕の声を発した。
女神はそんな様子など気がついていないかのように、説明を続けた。
「そして30日が過ぎた後、あなたたちには、24×30×9500円つまり684万円を支給しまーす!」
「684万…」
康一は普段耳にすることのない金額に息を飲んだ。横にいる関西人も同じようだ。
その時、ソファの上の女の子が不機嫌そうにゆっくりと手を上げた。髪は短く、恐らく人口的に染められたであろう金色をしている。服はTシャツにジーパンというボーイッシュな格好、割と整った顔立ちなのだが、何故か不機嫌そうに顔を歪めている。
「あら、どうしたの?何か質問?何でも答えちゃうよ〜」
「私が聞きたいのは3つだけ。まずこの仕事の目的。それとその金はどこから来るか?最後に…そのフザケた格好の説明がない!」
女は顔に現れていたイライラを声としてぶつけた。決して大きくは無いが、鋭く、まるで威嚇をするかのような声だった
「も、もう、これから説明しようと思ってたのに〜。じゃあ私がこれから何を言っても信じてもらえる?」
「早く言え!」
女性はちょっと怯んだ様子を見せたがすぐに様子を変え、誇らしいかのように説明を始めた。
「じゃあ言うけどね、実は私女神なの!それでね、天界での仕事が嫌になってこっちの世界に逃げてきたんだけど、一人で寂しくなっちゃったから、こうやってみんなを呼んだのー……って何よその顔」
部屋の静寂が包む。声を荒げ問いかけた筈の彼女ですら何がなんだか分からないという顔をしている。
「いやそらそんな顔にもなるやろ!なんやそれ?女神さんやて?新手の詐欺師か!もう騙されるって次元やないでそんな話!」
空気に耐えられなかったのか、少々の間を空けて関西人の男は一息に吐き出した。
「もう、だーから信じてくれるか心配だったのー!いいわよ!証拠を見せるわよ!これでどうだ!」
そう言って自称女神は両手を水を組むようなかたちにして差し出した。すると掌の上が光りだし、どこからともなく現れるまばゆい緑の光が女神の掌の上に集まっていく。
「な、なんや?手品か!?」
そして、光が一瞬にして消えた。
「どーよ!これでわかったでしょ?」
満面の笑みを三人に向けた女神の手には溢れんばかりの札束があった。そして、札束は次から次へと滝のように溢れ出してくる。
「な、なんやそれ!?一体どうやったんや?一体…どんな手段を…」
「だーかーら、神の力なの!そこにはタネも仕掛けもCGも目の錯覚もなーんにもないの!もー、じゃあ誰か一人こっち来てよ」
女神の怪しい呼び出しには誰も応えようとしなかった。何が起きるか分からないものに手をあげるものなどいないだろう。
「んに〜。何もとって食べようって訳じゃないわよ!じゃああなた!あなた来なさーい!」
そう言って指差した先にいたのは康一だ
「お、俺ですか?」
「そう、あなた。ちょっと来なさい」
おそるおそる近づいて行く康一の頭に女神は手を置いた。
「お、なでなでしてもらえるんとちゃうか?良かったのぉ」
「もう、冷やかさないでくださいよ」
「あら、私はしてあげてもいいわよ?ふふっ」
「結構ですよ!」
「あら、そう?じゃあ始めるわね」
そう言って女神の手が再び光りだしたかと思うと、今度はすぐに光が消えた。
「あなたの名前は康一…檜山 康一くんね。年は19歳、今は大学生ね。誕生日は2月7日、出身地は秋田。当たってるでしよ?」
「…嘘っ。な、何で知ってるんですか?」
「かーみーのーちーかーらーって、何回言わせんのよ!もうっ!ほら、あなたたち二人もやってあげるわよー」
「い、いや。わいはいらん。女神さんの実力はよー分かった。ハハッ、すごいんやなー神の力」
「私もパス。女神かどうか知らないけど30日ここに居ればいいんだろ?さっきは怒って悪かったな。ちょっと嫌なことがあってイライラしてたんだ」
「ちょっ、ちょっと!僕だけ個人情報ばらされたんですか!?」
「なんや、バラされてもたいしたことない個人情報やろ。同じような奴が何人いると思ってんねん」
「あら、じゃああなたは特別な何かがあるのかしら?」
「まあ、それは秘密やな。さて、ワイはちょうど今フリーな身でな?30日程度なら全然構わんで。それじゃあ自己紹介させてもらいますわ」
そう言って一呼吸置くと、関西人の男は自己紹介を始めた。
「ワイの名前は二宮 平太。年は21で、今はフリーター生活ですわ。そんな生活に困ってる訳やないけど、時給九千五百円に惹かれてな?まぁよろしゅう頼んます」
「はい良くできましたー。じゃあ次はそこのあなたお願い」
女神はそう言って、ソファーの上の女の子を指名した。女の子は少し考えると、短く言った。
「御剣 蓮華。以上」
「なんや、それだけかいな」
「いろいろ事情があんの。名前だけでもちょっと嫌なんだけど」
「そか、ならしゃーないな。よろしゅうな。蓮華はん」
「…下の名前で呼ぶな…バカ」
そう言って蓮華は顔を背けた。その頬は僅かだが染まっているように見えた。
「それで、康一はんは?やるんか?この仕事。きっと面白いと思うで〜?なんてったって女神様と同棲できるんやからな!あ、もちろん蓮華ちゃんもやで?」
「ちゃん付けするのは止めろ!バカッ!で、どうするんだ檜山。この馬鹿と一緒にくらすのか?」
「俺は…やります。大学生活はちょっと危なくなるかもしれないけど、こんな面白そうなバイト捨てたら勿体無いですよね」
「よく言ったわ!決まりね!それじゃあ654万目指して逃げ切ろー!」
女神の言葉に3人は疑問符を浮かべた。
「逃げ切るって、なんか訳有りそうやなー?面白そうやんか!ほな気張っていきましょー」
「ふふっ。その意気よ!じゃあ早速昼ご飯にしましょうか!」
そう言ってテーブルの上に手を置き、何もないところから料理を生み出した。