恋に落ちて(千文字お題小説)PART3
お借りしたお題は「スマートフォン」「大豆」「新書」です。
松子は唐揚げ専門店で働く元フリーターである。
その店にイケメンが通って来るようになり、松子はスマートフォンに彼の写真を保存し、それを一人で眺めては恍惚とする日々を送っていた。
ある日、イケメンの名前がわかった。長谷川さん。名字だけだが、松子は満足だった。
ただ、その情報を提供してくれた若くて可愛い女の子、萌の存在が気にかかった。
長谷川さんにとって萌は顔見知りに過ぎないようなのだが、萌は違う感情を抱いているのが、かつて恋愛マスターの二つ名を持っていた松子にはわが事のようにはっきりわかった。
「あんた、私があげた新書のダイエット本、実践してるでしょ?」
親友の光子とランチをした時、いきなり見抜かれた松子は嫌な汗が全身から噴き出すのを感じた。
「ああ、あれ? あのまま放りっぱなしよ。読んでもいないわ」
思わず嘘を吐く松子である。本当はスーパーで大量に大豆を買ったのを知られたくないのだ。
「嘘吐かないの。あんた、この一週間で見違えるように痩せたじゃないの? 大豆効果ね」
光子はからかっているのではない。親友として喜んでいるのだと感じた松子は自分の独りよがりな思い込みを恥じた。
「あんたには敵わないわ、光子。ええ、実践してる。怖いくらい効果があったわ」
松子はバッグの中から表紙がボロボロになった新書を取り出した。
「随分読み込んだわねえ、あんた。そんなに真剣なんだ、今回は?」
光子は目を細めて尋ねた。松子は俯いて、
「うん……」
今まで生きて来た中で一番小さい返事をした松子だった。
「頑張りなさいよ、松子。応援してるから」
光子が涙ぐんだので、松子も泣きそうになった。
更に一週間が過ぎ、顎割れ芸人と乗りが一緒の店長が気づかないくらい松子は痩せた。
(これでようやく長谷川さんにアタックできる)
松子は自分で自分を誉めたかった。
「いらっしゃいませ」
そこへ長谷川さんが現れた。松子を見て、目を見開いている。
(やった!)
心の中でガッツポーズをした松子だったが、
「随分痩せましたね。病気ではないですよね?」
長谷川さんに初めて声をかけられた。卒倒しそうだ。
「いえ、健康のために減量したんです」
松子はキリッとして応じた。すると長谷川さんは、
「そうでしたか。ふくよかな貴女が好きだったのですが」
思ってもみない言葉に松子は今まで生きて来て一番の後悔をした。
(デブ専だったの、長谷川さん……)
松子はその日、売れ残った唐揚げを全部買い取った。
もしかするとまだ続くかも知れません。