遠征中の冷酷王子がストーカー並みに手紙を送ってくる件について
十八歳の誕生日、婚約者がレイン・アルフォース様になると聞かされ、私は心臓が飛び出しそうになった。
レイン様はこの国の第三王子で、王国の秘剣などとも呼ばれる英雄だからだ。
凄まじい魔法と剣の腕前があり、二十歳にして国のどこにも彼に勝てる武人はいないという。
そんな身分も高いハイスペな彼が、なぜ没落寸前の子爵家の娘である私などと婚約を結ぶというのか。
明日の未来にも怯えていた私や家族からすれば朗報でしかないが、不気味でもあった。
もしかして私、何か大きな陰謀に巻き込まれてる? そんな恐怖を抱きながら初めての顔合わせの日がやってきた。
噂に聞いていた何倍もの美しい顔。
筋肉質でいながら均整のとれた体型。
思わずずっと眺めたくなるような金髪。
私は黒髪なこともあって、しばらくボーッと彼のことを眺めてしまったほどだ。
二人きりになった部屋で、彼は開口一番告げてくる。
「言っておくが俺は遠征ばかりで家にいることはない。愛など期待するな。金はくれてやるから勝手に生きていろ」
ん……? いくら身分が違いすぎるとはいえ、さすがに一言目がそれでは度肝を抜かれる。
彼は背が高いこともあるのだろうが、会ってからずっと私を見下したような目をしている。
「聞こえなかったか? 名は何だったか、お前は」
「アネッサと申します」
「ああ、そうだったな。リルドホーン子爵家のアネッサだ。お前の家は貧乏なのだろう。俺と結婚すれば家は助かる。お前も楽な生活ができる。何の不満がある」
吐き捨てるように話す彼を見て、私は嫌われていると悟った。
……いや、そういえば噂で聞いたことがある。
この人は誰にでもこんな感じだと。
同時に私の中に一つの強い感情が湧き上がってくる。
喜びだ。
やったー! 私はなんてラッキーな女なのだろう。
主人が家にいないってことは自由に過ごせるし、愛想笑いだってしなくていい。
おまけに何もしないのに生活費までもらえるし実家も助かるですって? 神様ありがとうございます。
私はなんて恵まれた女なのでしょう。
私は背筋を伸ばして答える。
「承知しました。確かに愛など不要ですよね。ただ一つだけ気になるのは、レイン様が留守中、屋敷の管理や予算運用などは如何なさいますか。私が扱ってもよろしいのでしょうか」
さすがにガメつ過ぎただろうか。
感情が動かないと言われているレイン様が、引きつった顔で一歩後ずさっている。
「いや、まあ、お前の好きにすればいいさ。どうせお前に与える権限など知れている。それとあまり俺に話しかけるなよ」
こうして私と彼の顔合わせは終わった。
この後私が彼の住む屋敷に入り、そこで一緒に住むことになるらしい。
いわゆる試験期間みたいなもので、二年間問題を起こさなければそのまま結婚という流れになる。
そして後日、なぜ私が婚約者に選ばれたのかを父から告げられた。
彼は第三王子なのだが、その圧倒的な武力をもって国中を駆け回っている。
魔物を倒したり賊を倒したり、時には蛮族と交渉することすらある。
その積み重ねで得た名声は強固であり、やがて国王にと推す声も多いらしい。
それに危機感を覚えた陛下や第一、第二王子が、何の権力も持たない没落寸前の子爵家との婚約を進言したらしい。
武力マックスの彼に権力までついてしまったら、それこそ次の国王にふさわしいと民衆が騒ぎ出すからだ。
レイン様も国王になりたくないようで、それを渋々だが受け入れたとのこと。
その話を聞いた私は、お父様に言う。
「千載一遇のチャンスですね。こんな甘い話、私の人生では二度と訪れないと思います。死んでもこのポジション死守したいと思います」
「アネッサよ、頼んだぞ。お前だけが頼みだ」
「はい。お任せください」
こうして私は、レイン様の婚約者として彼の屋敷へ入ることになった。
私が屋敷に引っ越すと同時にレイン様は遠征に出発する。
馬車まで見送りにいくと、彼は相変わらず冷めた目で私を見下してくる。
「どう生きようが勝手ではあるが、俺に迷惑がかかるような生活はするなよ」
「はい。それとレイン様の戦況や現地の状況などを手紙で教えてくださいませ。こちらも何かと支援がしやすいです」
「支援? お前に何ができるというのだ。ふん、まあいい。適当な部下に手紙を送らせよう。変に動かれても面倒なのでな」
そう言い残して彼は出発していく。
私は馬車を見送りながらずっと考えていた。
すべてに恵まれているはずの王子なのに、何一つ幸せそうに見えない。
それどころかその辺を歩いている人よりもずっと不幸そうだ。
なぜレイン様はああなったのだろう。
私は、彼のことを調べることにした。
また想像力を最大限働かせて、どういう気持ちで生きているのだろう? とも考えてみた。
引っ越してきて数日。
私は元の生活と比べるとだいぶ豪華な生活をしていた。
毎日着替える服も変わるし、食事だって信じられないほど豪華なものが出てくる。
ベッドもフカフカだし庭も広い。
だいぶ贅沢しているつもりなのだが、執事たちの私への評価は節約家らしい。
えぇ……これで節約してることになるの? 王族ってすごい。
さて、それはともかく手紙が届いた。
彼の部下からだ。
あちらの気候や戦況など、事細かく記載してあった。
私はすぐに、それに応じたものを準備していく。
私が使える予算などを使って、気候などに適した防寒具や、傷薬を多少改良して送る。
貧乏の知恵というやつで、傷薬などはうまく改良できているはずだ。
これはレイン様にというよりは、その部下の人たちに向けて送ったところもある。
いくらレイン様が強かったとしても、周りがそれについて行けてるとは限らないからだ。
一週間後、また手紙が届いた。
そこには部下たちからの感謝の言葉が添えてあった。
送られてきた防寒具や傷薬が非常に役だったらしい。
特にうちの子爵家に伝わる薬草などを組み合わせた傷薬は治癒効果が早く、兵士たちが驚いていたとのこと。
ああ、よかった。
役に立ったのであれば嬉しい。
さらに数日後にはこちらに帰ってくるという。
そこで私は、レイン様が帰ってきたときのことを考えて色々と準備をしておく。
三日後、夜中の三時にレイン様は帰還した。
血と汚れにまみれた服で屋敷に入ってきたので、私はすぐに待機させておいた者たちに準備をさせる。
「お帰りなさいませ。お風呂の準備はできております。それともお休みになられますか?」
レイン様は最初、なにを言っているかわからないような驚いた顔をする。
「……夜中の三時だぞ。待っていたのか?」
「いつ帰ってきてもいいように、シフトを組んでおりました」
「そう、か。なら風呂を頼む」
すぐに指示を出して風呂を用意する。
待っている間、私は紅茶を差し出す。
「……ほう」
一口飲んで、彼の表情が緩くなった。
「かなり良いものだな」
「はい。レイン様から許された予算で買ったものです」
「……送ってきた防寒具と傷薬もか?」
「はい。ただ傷薬は改良しております」
「それで、効きが良かったのだな」
「貧乏貴族の知恵です。どうぞ、お風呂に入ってくださいませ。寝室の準備も整えておきます」
「ああ」
彼がお風呂に入っている間、私は彼のベッドシーツなどを整え、さらにはリラックス効果のあるお香も焚く。
レイン様はあがった後、髪を乾かしてすぐに眠りについた。
かなり限界だったのだろう。
私も別室で休みを取ることにした。
お昼頃になるまでレイン様は眠っていた。
少し寝癖をつけながら、起きてきたので挨拶をする。
「おはようございます。朝食はすぐお食べになりますか?」
「そうだな。もらおうか」
「では準備いたします」
「待て。お前が準備をするのか? 使用人にやらせばいいだろう」
「ええ、ですがスープは私のお手製ですから。少々お待ちください」
野菜や穀物を鍋でしっかりと煮込んだものに香辛料も多めに加えてある。
体力を使う人なので、味付けは少し濃いめにした。
出された料理をすごい勢いで、レイン様は食べていく。
「ふむ。このスープ、美味いな」
「お口にあったようで安心しました。リンゴの焼き菓子も用意しております」
「俺が好きだと、知っているのか?」
「失礼ながら勝手に調べました。少しでも羽を休めてほしいと思いまして」
「……そうか。夕方から夜会だ。ドレスの準備をしておけ」
「わかりました」
私はすぐに準備に入る。
待っている間、予算の範囲でドレスは買っていたのでそれを使う。
次女たちが化粧もしてくれるから楽だ。
前は自分で全部やっていたので。
夕方になり、夜会の会場に馬車で向かう。
降りる際など、レイン様はエスコートしてくれた。
さすがに人前だしね。
婚約者を雑に扱っていると噂にはなりたくないのだろう。
いざ夜会が始まると、私はレイン様の人気ぶりを知らされることになる。
あっという間に人に囲まれてしまったのだ。
人の波に押されるように外側に出てしまう。
すると、待ち構えていたかのように、私は若い女性たちに取り囲まれる。
みんな、とにかくドレスが派手だ。
「あなたがレイン様の婚約者なんですって?」
棘のある口調で、私のドレスを下から上まで品定めするように見てくる。
「なんと、安っぽいドレスですこと」
「本当にレイン様の婚約者なのかしら?」
「ええ、私も思っておりましたわ、この方には全く気品がないと」
「美しいレイン様とは不釣り合いにも程がありますわ!」
この人たちはレイン様のファンで、あわよくば婚約者のポジションを狙っていた人たちなのだろうと推察する。
私に対する憎しみが半端じゃない。
「何か言ったらどうですの? そのお口は飾りだとか?」
「ふふふふふ」
「……私はアネッサと申します。以後お見知りおきを」
「アネッサさん、お家が随分と経営が苦しいらしいですわね。そのドレスも予算がなくてそうなったのかしら」
「私にとっては必要十分なものです。あまり派手に飾る必要も感じませんので、皆様方みたいに」
私が言い返すと令嬢たちが揃ってムッとした顔をする。
「まあ、なんて失礼な人!」
「失礼なのはそちらも同じです」
「フン。あなたなんてただ運が良かっただけの女じゃない」
「はい、それは否定しませんよ。ただ、仮にレイン様の婚約者にあなた方が選ばれたとして、それはふさわしいと言えるのでしょうか? 先ほど気品がどうとかおっしゃっていましたが、皆様方から一度も品位を感じてはおりませんが」
むしろどっちかっていうと、邪悪な気すら感じるのよね。
さすがにそこまでは言わないでおくけれど。
「あなたね、生意気なのよッ」
怒りが限界を迎えた体格の良い令嬢が、私の肩を突き飛ばそうとする。
けれど横から入ってきた誰かによってその手は止められた。
「それくらいにしてくれないか。彼女は俺の婚約者なんだ」
「レ、レイン様ッ……!?」
いつの間にか近くまで来ていたらしい。
令嬢たちはだいぶ戸惑っていたが、それでも一人が意を決したように質問をぶつける。
「レイン様、どうしてこの方なのですの!?」
「それを君たちに説明する理由はない。彼女は俺の婚約者だ。その事実だけで十分だ。理解したなら、去れ」
凍りつくような鋭い目に睨まれた令嬢たちは顔を真っ青にしながら散り散りに離れていく。
彼女たちがいなくなると、レイン様は深いため息をついた。
「夜会の間は俺のそばにいろ。他の方々に紹介したいし、ああいう面倒な女たちに絡まれずに済む」
「承知しました」
それは私としても、ありがたい提案だった。
その後、私は夜会の間中レイン様のそばについていた。
おかげでさっきみたいな令嬢たちに絡まれることもなくなった。
帰りの馬車の中、レイン様は私のドレスを見て不思議そうに言う。
「なぜもっと高価なドレスを買わなかったのだ?」
「予算の範囲内でしっかりとしたものを買ったつもりです。それにあまり高すぎても、私には着こなせないと思いますし」
素直に答えると、レイン様はしばらく考え込む。
「まさか、俺の部下に支援を送ったせいで予算がなくなったということか?」
「それもあります」
レイン様はしばらく私を見つめてきた。
顔が綺麗でかっこよすぎて、近くで見られると私は何もやましいことがないのに目を逸らしてしまう。
こんなに胸がドキドキしたのはいつ以来だろう。
「アネッサ、明日は時間あるか?」
「はい、あります」
「ドレスを買いにいくぞ」
高いドレスを買えるほどの予算はない。
戸惑う私の額を、レイン様は指でちょんと押す。
「心配するな。俺が出す」
「ありがとうございます!」
いただけるものは、ありがたく頂戴する。
それが我が子爵家の教訓だ。
⭐︎
婚約者といっても、私とレイン様の寝室は別になる。
同じ二階ではあるけれど。
明け方、廊下を歩いていく足音で目が覚めた。
トイレかとも思ったが、しばらく経っても戻ってくる様子はないので、私は起き上がる。
まだ朝の五時頃かな。
庭にレイン様の背中を見つけたので、勇気を出して外に出る。
「おはようございます。ずいぶんお早いですね」
「疲れは完全に取れたからな。それに朝の空気が好きなんだ」
朝露が葉っぱから落ちるのを見ながら私も深く頷く。
「私もです。新鮮な空気や静かな時間が心地よくて。それに広い空を見ると心が洗われるようで」
「わかるぞ。俺も血に染まったこの身が幾らか綺麗になったような気がしてな」
どこか物憂げな様子で彼は遠くの空を見つめる。
私が調べたところによると、レイン様は幼少より武の才を発揮していた。
それもあって十歳の頃には遠征して魔物を打ち倒していたようだ。
英雄といえば聞こえはいいが、見方によってはあちこちに派遣される便利屋のようでもある。
彼はそういう生活に少し疲れているのではないかと私は想像した。
「レイン様のおかげで国中が助かっております。ですが婚約者の私としては、そのお体を休めていただくことが一番の願いです」
実際、レイン様が倒れでもしたら私は元の貧乏貴族に舞い戻る。
それはちょっと勘弁してほしいんだよね……。
私が微笑むと、どういうわけかレイン様は少し動揺したように視線を逸らした。
ここで、執事が早足で庭にやってくる。
「旦那様。城から使いの者が来ております」
レイン様は露骨に嫌そうな顔をしながらも玄関の方へ向かった。
五分ほどすると、肩を落としながら私のもとへ戻ってくる。
「……悪い。ドレスを買いに行く話だが、また今度でもいいか?」
「また要請があったのですね」
「ああ、しかも緊急らしい。またしばらく家を空けることになる」
「すぐに準備をいたします」
「助かる」
メイドたちを起こして回って、レイン様が出発する支度を総出で行う。
馬車の準備が終わって入り口で見送ろうとすると、不意にレイン様が私の手を引いた。
「お前も来い。街の入り口まで見送ってくれ」
見送ってほしいんだ……。
私は意外に感じつつも、もちろん婚約者の要望なので快く答える。
馬車の中では、次に帰ってきた時はあそこに行きたい、こんなことをするという話ばかりだった。
また、私の扱える予算をだいぶ増やしてくれたともいうので、それは本当にありがたかった。
少しだけど認めてもらえたということだろう。
街の入り口に到着して、私は馬車から降りる。
「次にお帰りになった時、ゆっくりとくつろげるように屋敷の方は準備しておきますね。どうか、お体を第一にお考えください」
「ああ、楽しみにしている」
ドアを閉じ、私は馬車から少し離れる。
そのタイミングで老人に話しかけられた。
「おおっ、やっぱりアネッサじゃな! 久しぶりじゃな〜」
「あっ、アルジャおじいちゃん!? 久しぶりね〜、元気だった?」
彼は父のお世話になった人で、昔はよくうちに遊びに来ていた人だ。
「わしは元気じゃよ。あれは、お主が婚約したレイン様の馬車か?」
「うん、見送りなの」
「なるほど」
おじいちゃんは馬車の方に向かって、胸に手を添え頭を軽く下げる。
敬意を表しているのだが、私は馬車の窓から見えたレイン様の顔を見てぎょっとする。
こちらを睨みつけていたように感じたからだ。
え? 気のせいよね
馬車が街の出口へ走り出していく。
「おじいちゃん、レイン様に嫌われるようなこと過去にした?」
「わしは王家にもよく仕えた男じゃ。感謝される覚えはあっても恨まれることはないぞ」
おじいちゃんは笑い飛ばしながら唾も飛ばす。
昔と変わらないな〜。
さっきのは気のせいってことかな。
それから一週間後、私の元に手紙が届いた。
なんと今回は部下ではなくレイン様が直筆で書いてくれたらしい。
字がとても綺麗だ。
あちらの戦況や状況、それに加えて彼の思いなどが書いてあった。
『正直、俺はもう家に帰りたい。こっちの料理はいくらなんでも酸っぱすぎる。お前の作った料理をこいつらにも教えてやりたいくらいだ。それはそうと、この間話していたあの男は誰だ? 街の入り口でのことだ。早急に返事を出すように』
「何のこと?」
身に覚えがない。
私はレイン様を送り出した日のことを思い出す。
──まさか、アルジャおじいちゃんのこと?
私はすぐに返事の手紙を書いて送り返した。
同時に食事の支援もしておく。
日持ちのする干し肉、堅パン、硬質チーズ、ドライフルーツなどをレイン様と部下の分もまとめて送った。
予算がかなり拡充されたので、だいぶ楽に支援を行える。
数日後、すぐに手紙が返ってきた。
賢い鳥を使った配達方法なので到達が早いのだ。
『なるほどな。あの男は君の父の知り合いだったのか。だが、だからといって油断するのはどうなのだろうな。子供の頃ならいざ知らず、アネッサはもう婚約者の身だぞ。お前のほうに何もなかったとしても、相手もそうだと限らない。そう思わないか?』
「──はい?」
素っ頓狂な声が漏れる。
どういう意味か、解釈に少し時間がかかった。
もしや男女の仲的なのを示しているのだろうか。
ないない。相手は昔から知ってるおじいちゃんだよ?
おじいちゃんが私にそんな変な気を起こすわけがないし、私だってそう。
だいたいあそこでちょっと会話してただけで、そんな風に見えてしまったのだろうか。
私は首を傾げつつも、やましさはゼロだということを返した。
それからしばらくして、また手紙が届いた。
今回は文が非常に長かった。
まず私が送った支援は非常に役立っていると、感謝の言葉が述べてあった。
部下たちも大喜びしていたらしい。
問題はそのあと。
今の心境が長々と書かれているのだ。
とにかく早く帰りたい。
現地の奴らには繊細な心がない。
気遣いがあっても細かいところに行き届いていない。
寝付きが悪い。
早く家に帰ってお香に包まれながらベッドで眠りたい。
ドレスはいつ買いに行く? 帰ったらその日のうちに買いに行くか? などなど。
筆圧も乱れている。
だいぶお疲れっぽいので、私はリラックス効果のある香水を送ってもらうことにした。
少しして、また手紙が届いた。
んん? ちょっと待って、なんか頻度高くない?
私はそう感じつつも手紙を開く。
この間とは打って変わって歓喜あふれる文章だった。
どうやら近いうちに帰って来れることが決定したらしい。
一時帰還だが、それでも嬉しさが伝わってくる。
氷のように冷たい王子なんて呼ばれているのが嘘のようだ。
あの人ってこんな人だったっけ? と私は驚きつつも、いつ帰ってきてもいいように準備を整える。
数日後、本当に彼が帰ってきた。
「お帰りなさいませ。ずっとお待ちしておりました」
「ああ、ようやく帰ってくることができた。我が家は……やはりいい」
「お座りになってください。食事をお持ちします」
私が料理人たちと一緒に作った食事を出すと、レイン様は実に美味しそうに全て食べた。
満足そうにする彼に、私はさらに提案する。
「レイン様は、お体をマッサージされるのは嫌ですか? 良い整体師がいるのです」
「正直人に触らせたくはないが、お前が用意したというのであれば受け入れよう」
「私もお世話になってる方で、すごく疲れが取れますよ」
「ほう」
家に招いていた女性の整体師を呼んで、早速レイン様に施術してもらう。
眠ってしまうほど心地よかったようで、施術が終わったと言うと慌てて起きた。
「……素晴らしい技術だった。このような整体師がいたとはな。アネッサもよく見つけたな」
「お役に立てたようで何よりです」
「それはそうと整体師というのは男もいるのだろう? まさか男に施術してもらってやしないだろうな」
「ええ、私は先ほどの方だけですが」
「それならばいいだろう。整体であろうとなんだろうと、婚約者以外の男に体を触らせるなど言語道断だからな」
なんか話の流れがよくわからないけれど、頷いておいた。
それから数時間はどこへ出かけるでもなく、 二人で会話を楽しんだ。思った以上に自分のことをあれこれ話してくれるので、私は驚きつつ嬉しくもなった。
夜になると、彼はまた着替えだした。
「まさか、お泊まりにならないのですか?」
「今出ないと間に合わないんだ」
滞在期間はたった半日。
これは日帰り帰宅とでも言うのだろうか。
レイン様は勝ち気な笑みを浮かべる。
初めて見た笑顔だった。
「実は、最高級の配達鳥を多数購入したんだ。これで今までよりもスムーズに手紙のやり取りができるぞ!」
今までもだいぶスムーズでしたよ……?
「何かあったら、いや何かなくても手紙をよこすように。それではな」
彼は急いで出て行ってしまった。
かなり時間が押している中、家に帰ってきたのだとわかる。
どんだけ家に帰ってきたかったんだろうあの人。
それからも手紙がよく来るのだが、私の方が忙しくなってしまう。
「アネッサ、うちの領地経営を手伝ってくれ。無駄が多すぎて困っている」
父からの要請を受けてそちらに着手する。
そのため、しばらくは実家に戻り屋敷を開けていた。
ようやく落ち着いたのが二週間後だった。
久々に屋敷に帰ると、執事が困った顔で私に駆け寄る。
「アネッサ様、旦那様から手紙が届いております」
「こんなに!?」
十通を超える手紙を渡され、私も困惑する。
部屋で恐る恐る中を確認していく。
『最近、アネッサの夢をよく見るんだ。困るのが悪夢というか……お前に嫌われるパターンが多い。もしかして俺のことが本心では嫌いか?』
この次にきていたのは……
『なにかあったのか? 手紙の返事がこないのでな。もしや忙しいのか。それでいうと俺もなかなかでな。魔物を倒したり賊を倒したり。家で早く寛ぎたいものだ』
この次くらいから、だんだんと文体が乱れていく。
『返事がないのはなぜなんだ? 返事がないのが答えということか? だとしたら、なぜ怒っている? 俺がなにかしたか? それとも他にそちらで誰か新しい男でも見つけたのか? 至急、返事をくれ』
うん、なんか激しく乱れている……。
最新のものは……
『近々帰ろうと思う。一度、顔を合わせて話し合おう。この間のように。そちらの意見もちゃんと聞くつもりはある』
「アネッサ様、さらに新しい手紙が届きました」
執事から声がかかり、私は新しい手紙を受け取る。
レイン様ではなく、部下からだった。
『アネッサ様、以前お手紙を書かせていただいた者です。折言ってご相談があり、こちらを送らせていただきます。レイン殿下のことについてです。アネッサ様からのご返信がないことで、近頃荒れております。すぐに屋敷に帰ると言うのですが、今殿下に抜けられると非常にまずい事態になります。どうか返信を書いていただけないでしょうか? 夜もよくうなされているようです』
ああ、これはまずい。
私は急いで手紙を書き綴っていく。
家の仕事で空けていたこと、手紙は今確認したこと。
当然、他の婚約者など見つけていないことなど。
書き終わると、執事に頼んですぐに送ってもらった。
「レイン様って冷酷絶氷とか言われているけど……意外とメンタル脆いのかな」
あの手紙を見ていると不安になってくる。
返事は二日後に、二通届いた。
『そういう事情があったのだな。いや、取り乱していたわけではない。ただ俺には実は敵が多い。アネッサが憂さ晴らしに狙われたのではないかと心配してな。いつ帰れるかわからないが、次はなにかプレゼントでも持って帰ろう』
ひとまず筆跡が普通に戻っているし、落ち着いたのかな。
さて、残りの一通は……
『部下の者です。お手紙、ありがとうございました。ここ二週間、鬼神の如く剣を奮っていた殿下が、完全に落ち着きました。どのようなお言葉をおかけになったのでしょう。信じられません。本当に助かりました。 追伸 殿下がつけている香水、とても良い香りです』
この様子だと、無理に帰るって言い出さなくなった感じかな。
安心したので、庭に出て草むしりなどの作業を始める。
しばらくすると、頭上から配達鳥が近くに下りてきた。
「ありがとう」
賢い鳥にお礼を告げ、私は手紙を受け取る。
『三倍の速さで敵を倒したことにより、特別に三日休暇をもらうことにした。もうすぐ帰る』
「結局帰ってくるんじゃないですかー!」
私は頭を抱えつつ、彼を受け入れる準備を始めるのだった。
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