初代国王の残した言葉のせいで、没落させられそうになっています
王宮主催の夜会会場の隅から、こんな言葉が聞こえてきた。
「なぁ、あの令嬢」
「ああ、そうだな」
貴公子達の視線は、少し離れた場所にいるアボット伯爵令嬢のシェリーに向けられている。
その視線に気がつかない振りをしながら、シェリーは飲み物を取りに行ってくれた婚約者であるハウエル侯爵令息レイモンドの帰りを一人で待っていた。
(あそこの人達、私のことを話しているような気がするわ。おかしな格好はしていないはずだけど……)
家を出る前に鏡で確認したが、シェリーの波打つ金色の髪に寝ぐせはなかったし、しっかり寝たので緑色の瞳も充血していなかった。
(迎えに来てくれたレイモンド様は『きれいだよ』って言ってくれたから、大丈夫よね。しかも、このドレスやアクセサリーは、レイモンド様が贈ってくださったものだもの)
青いドレスは、レイモンドの瞳と同じ色だし、銀色のアクセサリーは彼の髪色と同じだ。
シェリーが気にしないようにしていても、貴公子達のヒソヒソ話の声は大きく、こんな言葉が聞こえてくる。
「アボット伯爵家は、財を成す才能がない」
アボットの名を出されたので、シェリーは思わず貴公子達がいるほうを振り返ってしまった。シェリーと目が合った貴公子達は、ニヤニヤしながら近づいてくる。
(嫌な感じだわ)
貴公子達がシェリーに話しかける前に、シェリーを庇うように彼らの前に立ち塞がったのは銀髪の美しい青年だった。
シェリーが「レイモンド様」とホッと胸を撫で下ろすと、それに応えて手に持っているグラスを軽く挙げてから、レイモンドは貴公子達を睨みつけた。
「俺の婚約者に、何か用でも?」
貴公子達は「あ、いえ」などと言いながら、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「まったく、油断も隙もない」
普段より低い声でそう呟いたあと、いつもより甘い声で「遅くなってごめんよ。シェリー」と微笑みかける。
レイモンドが渡してくれたグラスには、リンゴジュースが入っていた。
「お酒じゃないのね」
「ほろ酔い姿の可愛い君なんて、誰にも見せたくない」
そう言いながら、レイモンドは同じくリンゴジュースが入ったグラスでシェリーと乾杯する。
口に含んだリンゴジュースは、甘くて美味しかったが、シェリーの表情は暗いままだ。
「シェリー、あいつらに何かされた? だとしたら、絶対に許さない」
「いいえ、あなたが来てくれたから大丈夫。でも……」
「でも?」
「またアボット家のことを悪く言われてしまったわ」
「ああ」とレイモンドは、ため息をついた。
「あのクソ歴史書のせいか」
侯爵令息にあるまじき言葉遣いだが、シェリーも同じ気持ちだった。
最近、王都でこの国の初代国王が記させたという歴史書が、ある歴史研究家の手によってまとめられ発行された。
歴史的価値が高いとされるその書物は、多くの知識人に求められ、あっという間に国中に広がっていった。
その歴史書の中に、なんと初代国王がアボット家について語った文章が載っていたのだ。
それが先ほどの貴公子達が言っていた【アボット伯爵家は、財を成す才能がない】だ。
シェリーの口から重いため息が漏れていく。
「初代国王陛下からの悪口を、今になって聞くことになるなんてね」
「気にしなくていい」
そう言うレイモンドの眉間には、シワが寄っている。
「何を言われようがアボット家は、初代国王陛下から爵位を賜った歴史ある名家なことに変わりない。皆、アボットの栄光をやっかんでいるんだよ」
「ありがとう……」
飲み終わったグラスを会場内にいる使用人に渡していると、背後から「やぁ、レイモンド」と声をかけられた。黒髪の青年が、こちらに向かって手を振っている。
レイモンドは、自身の胸に手を当てながら黒髪の青年に頭を下げた。
「第三王子殿下にご挨拶を申し上げます」
それと同時に、隣でシェリーも淑女の礼をとる。
「堅苦しいのはなし。いつも通りウォーレンと呼んでよ」と第三王子は、レイモンドの肩を叩く。
レイモンドはと言うと、「公式の場だから一応、正式に挨拶しただけだ」と、もう態度を崩している。
(この二人、幼馴染なのよね)
二人の会話の邪魔をしないように、シェリーは少しだけ距離をとった。
レイモンドが「夜会に出るなんて珍しいな?」と尋ねると、ウォーレンは「それがさ、陛下に『いいかげん婚約者を決めろ』って、無理やり引きずられてきたんだよ」とため息をつく。
「ウォーレンは、部屋に籠って相変わらず本ばかり読んでいるのか?」
「研究だよ、研究! この国の歴史を研究しているんだって!」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな」
レイモンドは、シェリーのほうをチラリと見てから、ウォーレンの腕を掴み、太い柱の後ろに連れていく。
「な、なんだよ! 暴力反対!」
「そんな無駄なことはしない。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
レイモンドが例の歴史書について話すと、ウォーレンは眉をひそめた。
「ああ、あれか。あれはだいぶ問題があるんだよ」
「問題?」
「そう。初代国王陛下の時代は、戦がまだ頻繁に起こっていたから、書物が焼けたり失われたりして、これといった正式な記録が残っていなくてね。創作されたものや、あとから捏造されたものも多いんだ。それなのに、その本はそれら全部ひっくるめてまとめ上げ【歴史書】なんて言っちゃってるから、こっち界隈でだいぶ問題になっている」
「どうにかできないのか?」
「どうにかって?」
「その歴史書にあることないこと書かれて、俺の愛しの婚約者が胸を痛めているんだ」
「なるほど」
ウォーレンは、真面目な顔で腕を組んだ。
「王家に残されている資料とその歴史書を比べて、歴史書が明らかに間違っている箇所を見つけられたら、発行を差し止めできるし、本の信憑性もなくせる」
「やってくれるか?」
「面白そうだけど、私に利益がない」
「くっ、仕方ない」と言いながらレイモンドは、嫌そうに話し出す。
「俺の妹が、どういうわけだか、おまえのことを気に入っている。妹も本が好きだし、社交をするより静かに過ごすことを好むから、おまえと気が合うかもな」
「妹って、マリア嬢?」
「俺の妹はマリアしかいない」
「マ、マリア嬢が、私のことを……」
頬を赤く染めるウォーレンを見て、レイモンドは舌打ちをした。
「本当は嫌だが、あの歴史書をどうにかしてくれたら紹介してやる」
「やる! 私に任せて! あっ、陛下に結婚して臣籍降下するから爵位がほしいって言わなきゃ!」
「待て、気が早すぎる! まだ、おまえとマリアの婚約すら決まっていないからな!?」
ウキウキでその場から去っていくウォーレンを、レイモンドは忌々しい気持ちで見送った。
(腐れ縁のあいつが義弟になるなんて、想像したくない……)
しかし、愛するシェリーのためだ。レイモンドは覚悟を決めた。
取引を終えたレイモンドが、急いでシェリーの元へ戻ると、シェリーは令嬢達に囲まれていた。
*
数分前。
レイモンドとウォーレンが、少し離れた場所で盛り上がっているのを、シェリーは微笑ましい気持ちで見守っていた。
(幼馴染って素敵だわ。私も久しぶりに、マリア様とお出かけしたり、仲の良い子達とお茶会でもしたりしようかしら?)
そんなことを考えていると、ドンッとぶつかられてシェリーの足元がふらついた。
ぶつかってきたシェリーと同じ年頃の女性は「あーら、ごめんなさいねぇ」と言いながら笑っている。
シェリーは「カミラ様、ごきげんよう」と挨拶しつつ、内心でため息をついた。
クロネリー公爵令嬢であるカミラは、レイモンドに好意を寄せている。そのせいで、婚約者のシェリーは一方的に憎まれていた。
(また、ぞろぞろ引きつれて、私に嫌味を言いに来たのね……)
カミラの後ろに、公爵家の派閥に属する貴族令嬢達が取り巻きのように並んでいるのもいつものことだ。
「シェリー様は、一人でお暇そうね? 私達とお話ししましょうよ」
カミラは、柱の後ろにいるレイモンドに気がついていないようだ。
(レイモンド様とウォーレン殿下の邪魔をしたくないわ)
仕方なくシェリーは「……喜んで」と微笑む。
カミラの取り巻き令嬢が「ねぇ、アボット家のお話を聞きまして?」と言うと、カミラが「初代国王陛下に、卑しいと言われたんですって?」と意地悪く笑う。
(卑しい? さすがに、卑しいとは言われていないわよ)
シェリーはそう思ったが、わざわざ口には出さない。
カミラは、パッと扇子を開き、シェリーを睨みつけた。
「卑しい家柄のアボットは、麗しくお優しいレイモンド様にふさわしくないわ。分かるわよね、シェリー様?」
「分かりません」
そのとたんに、カミラの瞳が吊り上がる。
「レイモンド様にふさわしいのは、この私よ!」
すぐにカッとなるのは、カミラの欠点だ。シェリーは、あくまで淡々と返した。
「カミラ様。以前もお伝えしましたが、婚約のことは父に話していただかないと、私にはどうすることもできません」
「あなたが、レイモンド様との婚約をやめたいと言えばいいでしょう!」
「心にもないことは言えません」
カミラは「このっ!」と言いながら扇子を持つ手を振り上げた。
(叩かれる!)
固く目を閉じたシェリーは、いつまで経っても痛くならないので、おそるおそる目を開けた。
そこには、カミラの腕を掴みながら、怖い顔をしているレイモンドがいた。
「どういうことなのか、説明してもらおうか?」
怒りを含んだレイモンドの声を聞いたカミラの顔から、血の気が引いていく。
「わ、私はアボット家のよくない話を聞いて、それで……」
「それで? どちらにしろ、あなたには一切関係がない話だ」
「そんなっ、私は……ずっとレイモンド様のことを」
カミラを見下ろすレイモンドの瞳は冷たい。
「我が侯爵家は、あなたのクロネリー公爵家からの婚約打診を正式に断っている。俺自身もその気はないと説明しましたよね?」
「で、でも……」
カミラの瞳に涙が滲む。それを見たレイモンドは、不快そうに目を細めた。
「泣けば許されるとでも? そもそも、俺は――」
白熱してきたレイモンドの腕に、慌ててシェリーがしがみつく。
「レイモンド様、そのへんで!」
フゥと息を吐いたレイモンドは、「ありがとう、シェリー」と表情をゆるめた。
(レイモンド様は、普段はお優しいけど、敵と判断した相手には容赦がないのよね)
いくら相手に問題があっても、王宮主催の夜会で公爵令嬢を徹底的に追い詰めて泣かせるわけにはいかない。
「シェリー」
レイモンドは、シェリーに向かって手を差し出した。シェリーにだけ向けられる甘い笑みに胸がときめいてしまう。
「今日は、もう帰ろうか」
「はい」
シェリーは、その手にそっと自分の手を重ねた。
*
それから、ひと月経っても不確かな歴史書のせいで、アボット伯爵家はいわれのない非難にさらされ続けていた。
歴史書には『アボット伯爵家は、財を成す才がない』と書かれていたはずなのに、噂に尾びれ背びれがついて、何がどうなったのか今では『アボット伯爵家は、卑しい愚か者の集まりだ』と書かれていると言われている。
家族は一堂に集まり、頭を抱えていた。
「どうしてこんなことに……」と嘆く母の隣で、シェリーは黙々とたくさん届いている手紙を読んでいた。その中には、レイモンドからの手紙もあった。
――歴史書の件は、必ず解決してみせる。心配しないで待っていてほしい。
(ありがとう、レイモンド様。でも、私達にも何かできることはないかしら?)
シェリーは、そっと手紙を閉じた。
「お父様」
「シェリー、どうした?」
「歴史書の件は、レイモンド様がなんとかしてくださるそうです」
ハウエル侯爵家が動いてくれているとなると、解決は時間の問題のように思えた。
「それは頼もしいな」
「はい、なので私達は、私達にできることをしましょう」
「しかし、下手に動くとレイモンド卿の邪魔をしてしまわないか?」
「それもそうですね……」
しばらくの沈黙のあと、シェリーが「と、とりあえず、たくさん届いているお手紙に返事でもしましょうか」と呟いたので、一同は「そうだね」「そうね」と頷いた。
*
シェリーから手紙を受け取ったハウエル侯爵令嬢のマリアは、その瞳を輝かせた。
「シェリーお姉様に、やっと恩返しができるときがきたわ!」
人と競ったり争ったりすることが苦手なマリアは、社交があまり得意ではなく、よく兄レイモンドに付き添ってもらっていた。
銀髪碧眼の麗しい兄は、その場にいるだけで目立ってしまい、兄に好意を寄せるカミラに目をつけられてしまった。
初めはカミラも、想い人の妹マリアにすり寄ろうとしていたが、どう見ても兄目当てのカミラとマリアが仲良くなることはなかった。
その結果、カミラはあろうことか、パーティー中にマリアを呼び出し「レイモンド様との仲を取り持たないと、ひどい目に遭わせるわよ」と、取り巻き達を使って脅してきた。
(そのときに助けてくださったのが、シェリーお姉様なのよね)
シェリーは、マリアが侯爵令嬢だと知っていて助けたのではなかった。
「なんだか、あなたが困っていそうだったから」と微笑んだシェリーを見た瞬間、マリアは大好きになった。そして、こうも思った。
(お兄様のお相手は、この方がいいわ)
それから「助けていただいたお礼に」とシェリーを侯爵家に招き、それとなく兄とシェリーを会わせた。
マリアは、レイモンドが一目でシェリーを気に入ったのが分かった。その日のうちに、兄から「シェリー嬢との仲を取り持ってくれ」と懇願されて、今に至る。
(シェリー様に助けられたのは、私だけじゃないのよね)
実は困っている人をついつい助けてしまうのは、シェリーだけではなく、アボット一族全体の性質でもある。
(さぁ今こそ、アボット伯爵家に恩返しをするときよ!)
*
不思議なことに、少しずつアボット伯爵家へのいわれなき非難はおさまっていった。
シェリーの父であるアボット伯爵は「レイモンド卿のおかげだな」などと言っているが、実際はアボット家から丁寧な手紙の返事をもらった貴族達がそれぞれに動いたからだった。
ある貴族はアボット家の悪評を流した新聞社への投資を打ち切り、ある貴族はアボット家を悪く言いふらしている令嬢達を突き止め、その家々に抗議文を送った。
誰も彼もアボット一族に恩を感じている者達だったが、当のアボットは助けることを当然だと思っているので、助けたことすら忘れている。
そうして、多くの貴族がアボット家のために動いた結果、とうとう王家が問題解決へと重い腰を上げた。
今日は、関係者一同が謁見室に呼び出されている。
その場には、アボット一族だけではなく、婚約者のレイモンドや第三王子のウォーレン、カミラやカミラの父であるクロネリー公爵までいた。
王座に座る国王が「この場は、ウォーレンに取り仕切らせる」と告げると、なぜかフラフラしながらウォーレンが前に出た。その顔には疲労が濃く出ている。
「陛下に申し上げます。今、話題になっているこの歴史書は、正確なものではありません。今すぐ流通を止めて回収すべきです」
その言葉に反論したのは、クロネリー公爵だ。
「その歴史書をまとめた研究者の後援者は、私です。殿下は、何をもってそのようなことをおっしゃるのか、ご説明いただきたいですな」
不機嫌を隠そうともしないクロネリー公爵に、ウォーレンは恨みがましい目を向けた。
「証拠ならありますよ。まったく、このために私がいったい何日徹夜したと思ってるんですか? 今までレイモンドに王宮図書館内に軟禁されていたんですからね!?」
そう言いながら睨みつけられたレイモンドも、ウォーレンに負けず劣らずひどい顔をしている。
「だから、俺も寝ずに資料探しをしただろうが……。俺がシェリーに会うのを我慢していたのに、おまえはマリアが手伝いにくるたびにデレデレして……」
「そ、それはともかく!」
咳払いをしたウォーレンは、わざとらしく話題を歴史書に戻した。
「陛下、この歴史書が明らかに間違っている箇所を見つけました。こちらをご覧ください」
国王は、侍従から資料受け取り、ウォーレンは手に持っていた資料を周囲にいる人達にも見えるように掲げた。
「問題の歴史書では、アボット伯爵家についてこう書かれています」
――アボット伯爵家は、財を成す才能がない。
「しかし、私が見つけた資料には、このような続きがありました」
――アボット伯爵家は、財を成す才能がない。しかし、彼らの善良さは、どんな宝石よりも価値がある。
「私からは以上です」
ウォーレンの言葉に、国王はゆっくりと頷いた。
初代国王陛下に言われてしまった通り、アボット伯爵家はそれほど裕福ではない。しかし、それはアボット一族が困っている人を見捨てられず、助けてしまうからだ。
どこかで災害が起これば、一番に人材を送り資金援助をする。お金に困っている人がいれば貸してしまう。
レイモンドは「おそらく初代国王陛下は、アボットのそんな誠実さを褒めたのでしょう。それがなぜか別の意味で発表され広まってしまった」と言いながらクロネリー公爵を睨みつけた。
そんなレイモンドを、クロネリー公爵は鼻で笑う。
「私がわざとそうしたとでも言いたいのか? 歴史書から言葉が抜け落ちてしまうなど、よくあることだ。それこそ、私がやったという証拠は?」
「ありませんね。研究者の方はご高齢で亡くなってしまったようですし、確かめる術はありません」
クロネリー公爵の口元がニヤリと上がる。
レイモンドは、なぜかシェリーを見た。そして、優しく語りかける。
「ねぇ、シェリー。君はカミラ嬢にアボットについて、なんて言われたっけ?」
「あっ、えっと」
『どうして、そんなことを聞くのかしら?』と思いながら、シェリーは答えた。
「卑しい一族だと言われました」
「他の人には?」
「それは……。【アボット伯爵家は、財を成す才能がない】と」
レイモンドは、満足そうに頷く。
「実は、問題の歴史書は、大人気のために増刷されました。その際に、【アボット伯爵家は、財を成す才能がない】の箇所が違訳されて【アボット伯爵家は、卑しい者達だ】に変更されたのです」
クロネリー公爵は、「それがなんだ!」とイライラしている。レイモンドは、涼しい顔でこう答えた。
「アボット一族が卑しい者だと書かれた本が出回る前に、カミラ嬢は本に卑しい者だと書かれていることを知っていました。どうしてでしょうか? それは、この箇所を違訳するように指示したのが、クロネリー公爵家だからではないですか?」
サァとカミラの顔から血の気が引いていく。
「そんなことは、レイモンド卿の妄想に過ぎない!」と叫んだクロネリー公爵に、レイモンドは「そうですね」と微笑んでから、国王を見上げた。
「陛下。どちらにしろ、今回の件が、もし偶然ではなく故意に、初代国王陛下のお言葉を偽造したとすれば、王家に対する侮辱です」
国王は「そうだな」と頷く。
「王家の名誉にかけて徹底的に調べさせよう。そして、今後は安易に歴史書が発行され、歴史の改ざんが行われないように王立の歴史研究所を設立する。責任者は、ウォーレンだ。そのためウォーレンには、公爵位を与える」
「有難き幸せ」と嬉しそうに頭を下げたウォーレンとは対照的に、クロネリー公爵は今にも倒れてしまいそうなほど顔色が悪い。
最後に国王は「真相が判明するまで、問題の歴史書の発行は差し止めとする」と言い渡し、その場はお開きとなった。
謁見室から出たとたんに、レイモンドはシェリーの手をとった。
「時間がかかってごめんよ、シェリー」
「いいえ。ありがとうございます」
シェリーは、やつれてしまったレイモンドの頬にそっと触れた。
「レイモンド様……」
「シェリー……」
甘い空気を誰もが、見て見ぬ振りして立ち去る中、カミラだけは噛みついた。
「シェリー・アボット! 全部あなたのせいよ! あなたのせいで、私はっ」
「いいかげんにしろ!」
そう叫んだのはレイモンドだ。
「シェリーは何も悪くない! なぜなら、そんなことは絶対に起きないが、万が一シェリーに婚約解消されてしまっても、俺はカミラ嬢とだけは婚約しないからだ!」
「ど、どうして……」
涙ぐむカミラに、レイモンドは冷たい視線を向ける。
「おまえが俺の妹を脅していたことを知らないとでも? ハウエル侯爵家をバカにするのもいいかげんにしろ」
「そ、それは……だって、私はあなたのことを」
「俺はおまえを心の底から軽蔑している」
「あ、ああ……」
軽蔑するとまで言われて、ようやくカミラは自分がレイモンドに嫌われていることに気がついた。
泣き崩れるカミラに声をかける者はいない。
その後、王家の調査により、クロネリー公爵は歴史書の改ざんを指示していたことが判明した。
しかし、歴史書をまとめた研究者は、予想外にそれを良しとはしなかったそうだ。それでも、公爵家からの圧力を完全に無視することができず、文章の一部を書かないという選択をし発行。
高齢だった研究者が亡くなったあとで、クロネリー公爵家がさらにアボット家に不利になるような違訳を指示したとのこと。研究者を始末した可能性もあり、クロネリー公爵は今、貴族牢に入れられている。
当主の座は、息子に引き継がれた。しかし、今回のことで王家を侮辱した罪に問われ、公爵家から伯爵家へ降格されている。さらに、土地の半分を没収され、没収された土地は臣籍降下する予定のウォーレンに与えられた。
当主に可愛がられ問題ばかり起こしていたカミラは、あの日以降、とても大人しくなったそうだ。
新しいクロネリー当主の指示で、カミラは親戚筋の厳格な老婦人の元、淑女教育を受け直すらしい。
ことの顛末をレイモンドから聞いたシェリーは、小首をかしげた。
「クロネリー元公爵は、何がしたかったのかしら?」
「アボット家が没落したら、次に歴史が長いのがクロネリー公爵家だからね。一番になりたかったのと、どうやらアボット家の持つ土地が新しい商売に適していて、どうしてもほしかったそうだよ。しかし、どれだけ頼んでもアボット伯爵が首を縦に振らなかったから、強硬手段に出たようだね」
「領民が暮らす土地を簡単に手放すわけがないでしょう……。結局、クロネリー元公爵は、求めたものと真逆の結果になってしまったのね」
そう呟いたシェリーをレイモンドが抱きしめた。
「とにかくシェリーが無事でよかったよ。ああでも、どうしよう」とレイモンドがため息をつく。
「今回のことで、アボット伯爵令嬢が【どんな宝石よりも価値がある】って国中に広まってしまった。今までも君を狙うライバルが多かったのに、これからさらに増えそうだ」
「フフッ、それは私が善良だから?」
そう微笑んだシェリーに、レイモンドは首を振る。
「いいや、君が素敵すぎるからだよ。シェリー」
レイモンドの整った顔が近づいてきたので、シェリーは微笑みながら静かに目を閉じた。
おわり
お読みくださり、ありがとうございました!
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『年齢制限付き乙女ゲーの悪役令嬢ですが、堅物騎士様が優秀過ぎてRイベントが一切おきない』④巻
マンガ:藤こよみ先生
『社交界の毒婦とよばれる私 ~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~』②巻
マンガ:霜月かいり先生
12/17にも、コミックス1冊発売です♪
『田舎者にはよくわかりません ぼんやり辺境伯令嬢 は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする』
マンガ:みくに莉子先生
どれも、本当に素敵にコミカライズしていただているので、どうぞよろしくお願いいたします♪




