最後の晩餐
JR目黒駅から徒歩一分圏内に聳え立つタワーマンションの最上階の一室。それが、日本でトップクラスの人気と収入を誇る漫画家・福田純の住居兼作業場だった。
まどかが角松に到着を伝えると、若い刑事が駐車場まで誘導してくれ、そこからエレベーターで最上階へ向かった。
高級ホテルを思わせる絨毯敷きの廊下を歩くと、一室の前でスーツ姿の刑事が二人、立ち話をしていた。彼らに挨拶を交わし、玄関を上がり、シャンデリアが吊り下げられた広いリビングへ入ると、ほかにも捜査員が数名いて、まどかは、そのなかに角松の姿を見つけた。
「ご苦労さまです」と声を掛け合うと、
「ちょっと見てもらいたいものがあるのですが、いいですか」
角松に案内され、普段はアシスタントを入れて作業場にしていたらしき部屋に入った。
スチール製のデスクが左右に三卓、向かい合わせで並べられ、それらを監視するように、窓を背にする位置、部屋の奥に置かれたウォールナット材の机が、福田が利用していたものであることは、説明を受けなくても一目瞭然だった。
角松は部屋の奥へ向かい、ブラインド越しに柔らかな秋の日差しが降り注ぐ、福田の作業机の上を指差した。そこには、描きかけのキャラクターやメモ書き、その上から大きなバツがつけられ、創作に苦心惨憺する様子が露わな紙が数枚、置いてあった。
「アシスタントの方々に話を伺ったのですが、福田さんは『無敵のリヴァイア』の最終回を早々に描き上げると、次の作品に向けてアイデア出しをしていたそうです」
「上手くいってなかったみたいですね、これを見る限り」
まどかは率直に感想を述べた。中村は、幼少の頃から好きだった作家の作業部屋に足を踏み入れた感動に浸っているらしく、あちこちを見回していた。
「次の作品のアイデアが出なくて悩んで、それで自死を? だとしても、それならなんで、『無敵のリヴァイア』を終わらせてしまったんだろう?」
まどかの呟きが、三人以外に誰もいない作業場に空しく響く。主がいなくなってしまったいま、この部屋が以前のような活気を取り戻すことは二度とないのだ。
「逆に、新たな作品を生み出そうと考えるほど、前向きであったとも捉えることができます。それに、すぐに次の作品を連載できなくても、生活費に困ることはないでしょうし」
数秒経ってから、角松が持論を口にした。
「編集の長塚さんの話では、なにかに怯えるような様子だったとか。明るくて豪胆な性格だった福田さんの、そんな姿を見るのは初めてだったと。……もしかして、表には出ない莫大な借金をしていたとか?」
「それに関してですが、一ヶ月ほど前、ここに差出人不明の封筒が届いたらしく、アシスタントの一人が開いて見たところ、『最後の晩餐』が写った写真が一枚、入っていたそうです」
「『最後の晩餐』て、レオナルド・ダ・ヴィンチの、ですか?」
美術に興味がないまどかでも、『最後の晩餐』がイタリア生まれの天才画家によるもので、イエス・キリストと十二使徒の最後の食事の様子を描いた壁画であることは知っていた。
「そうです。ただ、しっかり着色されているため、偽物の絵を撮ったものではないかと、そのアシスタントはいってました」
「どうしてそんなものが?」
「それはわかりません。送り主の名前も住所も記載されてなかったため、不思議に思い、福田さんに見せたそうです。福田さんも一瞬、ワケがわからない様子を見せたようですが、急に血相を変えて、ひったくるように写真を奪い、『なんでもない。ただのイタズラだろう』といって、この部屋から出て行ってしまったそうです」
「怪しいですね。福田さんの様子が変わったのはそれ以降ということですか?」
「そうです。その写真を見てから塞ぎ込んで、余計なことは一切、口にしなくなったそうです。そしてその二日後、アシスタント全員が集められ、『無敵のリヴァイア』の連載を終わりにすることと、リヴァイアが死ぬ結末を言い渡されたそうです」
「じゃあ、その写真がきっかけになった線が濃厚というわけですね。その写真はいまどこに?」
「不明です。が、もしかしたらここに保管されているのではないかと思い、福田さんのお父様の許可を頂いて、鍵を開けることにしました。すでに業者は手配しているので、もうそろそろ到着すると思いますよ」
角松はデスクの下を指差す。そこには、扉の中央にダイアル式の鍵が設置された、電子レンジほどの大きさの黒塗りの金庫が置いてあった。
「封筒のほうは?」まどかは顔を上げた。
「残念ながら捨ててしまったそうです」
「そうですか」
もし福田が何者かに殺されたのであれば、その封筒を送りつけてきた人物が犯人の可能性があるかもしれない。だとすれば、その人物を特定する貴重な情報源をひとつ失ってしまったことになる。
突然、外からドアがノックされ、全員の視線がそちらに向けられた。ドアが僅かに開き、リビングで見かけた刑事が顔を覗かせ、
「金庫屋さんがお見えになりました」
タイミングよく業者の到着を告げた。
「入ってもらって」
角松が応じると、青いツナギを着た中年男性が、工具類の入った鞄を手に入室して、数分足らずで金庫の鍵を開けた。
業者を帰らせると早速、
「なかを見てみましょうか」
角松が代表して金庫の扉を開けた。先程の刑事も含めて全員がしゃがみ込み、角松の背後から金庫のなかを覗き込む。最初に目に入ったのは、百万円ごとに帯がつけられた一万円の束が三つ積み重ねられたものだった。それからクリアファイルがひとつ。角松がそれを手にして中身を取り出すと、マンションの賃貸契約書や税務関連の書類であることがわかった。
「あれは?」
金庫の奥に、大学ノートが保管されていることに、まどかは気づいて指差した。それを角松が取り出す。かなりの年代物なのか、大学ノートの表紙は色落ちし、端々が切れてボロボロだった。なかの紙は黄ばんでしまっている。
「無敵リヴァイア?」
中村が呟くように指摘したとおり、大学ノートの表紙には、『無敵リヴァイア・アイデア集』と、几帳面な字で書かれていた。
「無敵〝の〟でないのは、最初のアイデア出しのノートだからかな?」
まどかが口にした疑問に答えるように、角松がぱらぱらとめくったページには、イラストや漫画の世界観をメモした文章がびっしり書かれていた。それらはどれも、まどかの素人目には、プロの漫画家というより、絵を描いたり物語を考えるのがどうしようもなく好きで、その情熱を紙面にありったけぶつけている、という印象を受けた。絵心も想像力もないまどかには、とてもマネのできそうにない、特別な才能を持った人物が手がけた創作物であることが、ひと目でわかる。
「ちょっと見せてもらってもいいですか」
堪らず、といった様子で、中村は素早く白い綿手袋を装着すると、角松からノートを受け取り、一ページ目を開いた。そこには、髪型や顔立ち、体格、果ては性別まで、大きなものから細かな点に至るまで、リヴァイアのキャラクター・デザインの変遷が描かれ、それに伴う性格や特殊能力の設定変更が書かれていた。
「最初のリヴァイアは女性だったんですね。それが最終的にあの姿に。やっぱり天才だなぁ。どのバージョンもかっこいい」
感嘆の声を漏らしながら、中村が次のページを開いた拍子に、ノートのあいだからチャックつきの小分け用のビニール袋が床に落ちた。裏返っていて画像面が見えないが、どうやら写真が入っているらしい。
「もしかして、これ!」
まどかは興奮で声を高くして、中村よりも先にビニール袋を拾い上げた。
「やっぱり!」
一枚だけ保管された写真には、『最後の晩餐』が写っていた。キリストを中心にして、左右に十二使徒が列席する様子が描かれた絵だ。そしてそれは、先程、角松がいっていたように、着色が鮮やかに見えた。
「明らかに偽物の絵ですね」
とはいいつつも、まどかは確認のため、スマホをポケットから取り出して、『最後の晩餐』をネット検索してみた。
『最後の晩餐』は、イタリア・ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれた壁画で、420×910センチメートルにもおよぶ巨大な作品を、レオナルドは1495年から1498年にかけて、約三年で完成させたという。
レオナルドは、当時の主流だった、壁に塗った漆喰がまだ〝フレスコ(新鮮)〟な、生乾きのままの状態で、その上から水または石灰水で溶いた顔料を用いて描く『フレスコ画』という手法を選ばず、『テンペラ画』という技法を選択した。これは、完全に乾いた漆喰の上から、卵で溶いた顔料を用いて描く画法で、漆喰が乾き切る前に描き終わらなければならなかったり、重ね塗りや描き直しができないといった、フレスコ画の制限をレオナルドが嫌い、採用した描法だった。
利点がある一方で、テンペラ画には、温度や湿度の変化に弱いというデメリットがあり、現地の湿度の高い気候が原因で、完成から二十年以内、レオナルドが存命していたときからすでに、顔料の剥落などが進んでいたという。
現在に至る五百年以上に渡る長い年月のあいだ、何度も大規模な修復や細やかなメンテナンスにより、大洪水で水浸しという危難や、第二次世界大戦中には損傷を受けたものの、『最後の晩餐』は奇跡的に現存している。だが、スマホの画像で見る限り、壁画の着色は薄れ、全体に渡って損傷していることがわかった。
「誰がなんのために、この写真を? 福田さんはどうして、この写真を見て怯えて、金庫のなかにしまっておいたんだろう?」
まどかは誰かが答えてくれるのを期待してそう口にしたわけではなく、実際に角松も彼の部下の刑事も中村も、誰も反応しなかった。
壁画に込められた意味を知るべく、まどかはネット検索した情報に目をとおした。
『最後の晩餐』は、キリスト教の新約聖書の『マタイによる福音書』第二十六章や『ヨハネによる福音書』第十三章などの記述を題材にしており、自身が磔刑に処されるきっかけをつくった裏切り者が、十二使徒のなかにいることを、キリストが予言した場面を描いたものだという。
「ユダ……裏切り者……」
まどかは小声で口にしながら、福田は誰かを裏切ったのだろうか? と安直に考えてみた。だとしたら、一体なにを? この写真を送りつけてきた人物は誰なのか。福田がこの写真を恐れ、誰の目にもつかないように、わざわざ金庫のなかに保管している意味もわからなかった。
「鑑識に回しましょう。もしかしたら、送り主の指紋や、人物を特定するなにかが検出されるかもしれない」
といいながら手を差し出す角松に写真を預けたものの、恐らくなにも検出されないだろうな、とまどかは心のなかで思った。
「リビングに部下たちを集めます。奥津さんたちが得た情報を共有してもらえますか」
角松に促され、リビングに集まった湾岸署の刑事たちに、中村がメモ書きした内容を伝えた。
「かなりの人数ですね」それが、福田の女性関係を聞いた、角松の率直な感想だった。「家のなかを隈なく捜索したのですが、どこにもスマホが見当たりませんでした」
「誰かが意図的に持ち去った……福田さんの知人による犯行ですかね?」
まどかの推測は、その場にいる全員が共有しているらしく、声を立てずに頷き合った。
事情聴取と各自のアリバイ捜査を分担することになり、まどかと中村は引き続きペアを組み、福田の直近のお目当ての女性だったという、六本木のキャバクラ『花月』のレイカとアイ。それから、福田の父親を担当することになった。
役割分担が決まり、各自が動き出そうとしたときだった。インターフォンが鳴らされた。一瞬、全員が静まり返り、互いの顔を見比べた。――一体、誰だろう?
角松が代表してエントランスからの通話に繋ぐと、モニターに現れたのは、大手運輸会社のユニフォームを着た若い男性だった。福田宛に宅配便が届いているという。彼は小脇に小さなダンボールを抱えていた。
「ちょっと待ってください」
角松は一度、通話を切り、スマホを手にしてどこかに電話をかけた。すぐに応じた相手に向かって、
「度々、失礼します。先程お電話した、湾岸警察署の角松と申します……あ、そうです。お願いできますか」と丁重に話す。どうやら、老人ホームにいる福田の父親に連絡を取っているらしい。
宅配便の受け取りと、中身の確認の許可を取り、角松は先方に礼をいって通話を切りかけたが、ふと気づいたようにまどかを見ながら、
「あ、すいません、もうすこしだけ、お時間よろしいですか。息子さんについて話を伺わせて頂きたいのですが、いま担当の者と代わります」
そういって、スマホを差し出してきた。まどかはそれを受け取り、宅配サービスの男性との通話を再開させた角松を横目に、
「お電話代わりました。警視庁の奥津まどかと申します。この度は誠にご愁傷様です」と、福田の父親に声をかけた。
『いえいえ、みなさまにはご迷惑をおかけします』
打ちひしがれ、生気のない声が返ってきた。大事な一人息子に先立たれ、相当なショックを受けている様子。しかし、福田の遺産目当てに殺害した疑いも抱いているだけに、演技かもしれないと、まどかはフラットな気持ちで、アポの段取りを組んだ。
明日の午前中なら大丈夫とのことで、彼の終の住み家、神奈川県三浦郡葉山町にある老人ホームへ出向き、当施設内で事情聴取することが決まった。
まどかが通話を切り、スマホを角松に返すと、エントランスまで宅配便を受け取りに行っていた若手刑事が戻ってきた。手にしたダンボールをダイニングテーブルの上に置くと、全員でそれを囲んだ。
「まさか、爆発物でも入ってやしないですよね」
湾岸署の刑事の一人が、冗談と本気が相半ばする調子で口にした。
ダンボールは、サッカーボールが丸々入るくらいの大きさで、表面に大手通販サイトのロゴがプリントされ、上面に貼られた宛名シールの送り主の欄には、同サイトの配送拠点の住所が記入されていた。品名の欄には『サプリメント』の文字。とくに怪しいようには見えなかった。
ダンボールを凝視していた角松は、みんなに静かにするよう、口元に人差し指を添えながら、耳を近づけた。
数秒の間。
「開けてみる」角松が決断をくだした。「みんな、すこし下がっててくれ」
ほかの刑事と同様、まどかと中村も一歩退いた。
角松が慎重な手つきでダンボールの上部に張られたガムテープを剥がす。室内に緊張が走る。が、開封してもなにも起こらず、
「大丈夫だ」
ひと足先に中身を覗いた角松が、安堵の息を漏らすようにいうと、彼の元にみんなが近づいた。
「どうやら、本当にサプリメントが届いたらしい」
角松がダンボールのなかから、チャックつきのアルミ袋を取り出す。コンビニや薬局などでまどかも見かけたことがある、日本の製薬会社が販売するブルーベリーのサプリメントだった。角松はそれを耳元に近づけ、慎重に揺らした。小さな錠剤が数十錠、ガラガラと動く音がした。
「福田さんがネット注文したのは間違いないようですね」
一人の刑事が、ダンボールのなかから注文書を取り出して、角松に報告した。その紙面には、福田の名前と、注文した日時が明記されていた。福田はこれを、十月十日の十時二十五分、つまり死亡した日の午前中に注文したことになる。
「死亡推定時刻は、同日の十三時から十五時のあいだでしたよね?」
まどかが指摘しなくても、誰もがおなじ考えを抱いているようだった。
「これから自殺をしようとする人間が、サプリメントを注文するとは思えない」
角松が代表してそう口にすると、全員が無言で頷いて同意を示した。自殺路線が消滅しつつあり、残されたのは事故か他殺。しかし、事故だとしたら、福田はなぜ一人でお台場へ? もし他殺だとしたら、真っ先に犯人だと考えられるのは、『最後の晩餐』の写真を送りつけた人物だった。
「一応、これも鑑識に回して、中身を調べてもらうことにしよう」
角松がそういって、サプリをダンボールのなかに戻すのを見た瞬間、まどかはふと疑問を抱いた。
「これって、本当にこの通販サイトの梱包なんですかね? サプリも、本当にこの製薬会社のものなんですかね?」
一瞬、〝この女はなにを言い出しているんだ?〟という全員の視線がまどかに集まった。最初にその発言の意味を悟ったのは、まどかの予想外に中村だった。
「つまり、中身はまったく別物で、それを偽装してるってことですね?」
まどかが頷くと、
「麻薬……」みんなの脳裏に浮かんでいるであろう言葉を角松が口にした。「でも、解剖の結果では、その痕跡はなかったと」
「何者かに脅迫されてから、断っていたのかもしれません」
まどかが反論すると、
「福田さんの様子がおかしかった、という証言にも合いますね。禁断症状に至っていたのではないでしょうか」
一人の刑事が呟き、
「じゃあ、さっきの『最後の晩餐』には、そのことを咎めるか、脅迫するメッセージが?」
もう一人の刑事が加勢した。それに応えるように、角松が『最後の晩餐』の写真が入ったビニール袋をダンボールの隣に置く。
「この写真を見ただけで、福田さんはどうして、そんなメッセージを読み取ったんでしょう?」
まどかが率直に疑問を口にすると、数秒のあいだ、考える間があり、
「相手のニックネームが、キリストか、十二使徒の名前とおなじだったのかもしれません」中村が自分の意見を述べ、「サイトのカスタマーセンターに問い合わせてみます」とスマホを取り出した。
みんなが見守るなか、照会を終えて通話を切った中村は、
「福田さんのアカウントで、ブルーベリーのサプリメントが注文されたのは間違いない、とのことでした」
落胆した様子でそう告げた。ため息が広がるような空気になったが、
「でも、自殺の可能性が低くなった、という収穫にはなりましたよね」
まどかの発言によって、捜査員たちの士気が戻ったようだった。
「それに、福田さんが麻薬を常習していた可能性も捨てきれない」
別の刑事がいうと、角松は『最後の晩餐』の写真が入ったビニール袋を手に取り、
「とにかく、ここは引き上げることにして、各自が割り当てられた捜査をするように。なにか重大な情報を得たら、すぐに連絡して欲しい」
解散を告げたことで、刑事たちは退室する準備をはじめた。
「行きましょうか」
まどかが中村に声をかけると、
「奥津さん」と角松が呼び止めてきた。「もしかしたら、本庁にはお二人以外にも、増援を頼むことになるかもしれません」
ベテラン刑事の勘なのだろうか。角松の顔には、今後の捜査が難航する予感を抱いているような表情が浮かんでいた。まどかもまた、そんな直感が働いていたため、
「上の者にそう伝えておきます」と答えると、中村を引き連れ、その場をあとにした。
駐車場へ戻り、捜査車両に乗り込むと、
「『花月』の二人にアポを取りましょうか?」と中村がスマホを手にしながらいった。
「私のほうが話がスムーズにいくでしょ」
キャストの個人情報を探ろうとする男性客からの電話だと店側が疑うのではないか。そう思い、まどかは自分で『花月』に連絡を取ることにしたのだが、時刻は現在十四時過ぎ。店の公式サイトを開くと、営業時間は十九時からと表記されているため、
「誰かいるかな?」
期待せずに電話をかけた。が、すぐに繋がった。眠たげな男性の声が返ってきた。しかし、まどかが名乗ると、
『本当に刑事さんですか?』相手は声を大きくして疑った。
余計な段取りを踏まなければならないことにイラ立つのを抑えつつ、まどかは彼に、警視庁に奥津まどかという刑事がいないか問い合わせ、連絡先を訊いて電話するよう促してから通話を切った。
数分後、『花月』の店の電話番号がまどかのスマホの画面に表示された。通話ボタンを押すと、
『本当に刑事さんなんですね』
相手の男は眠気が覚めたのか、先程よりも明瞭な声音になった。
まどかが事情を伝え、レイカとアイにコンタクトを取りたい旨を伝えると、折り返し連絡をもらえることになった。
「起きてるんですかね?」と中村。
「昨日は休みだったみたいだからね」
『花月』の公式サイトには、日曜が定休日と記されている。仕事で夜遅くまでお酒を飲んでいないのなら、この時間には起きているのではないか。まどかはそう考えたが、二人との連絡に手間取っているのか、折り返しの電話はなかなかかかってこなかった。
「悪いけど中村、青柳さんにこれまでの経過を報告してくれない?」
わかりました、と中村が青柳に電話をかけて話している途中で、まどかのスマホが鳴った。『花月』の電話番号。応じると、アイのほうは連絡が繋がり、すぐに会えるという。レイカはまだ寝ているらしく、電話が通じ次第、また連絡してくれるとのことだった。
中村が電話を終えるのを待ち、アイが待ち合わせに指定した六本木のカフェへ向かうことになった。その移動中に『花月』から再び連絡が入り、レイカとは出勤前の美容室でだったら、という条件でアポを取ることができた。