勇者は竜巻に巻き込まれ、沼に沈んでいきます。
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
夕暮れの金色が、ムスク・アマルの石畳に静かに溶けていくころ、リョウはようやく一日の仕事を終えた。
振り返ると、そこにはキアラが立っていた。いつもの明るい笑顔ではなく、どこか思いつめたような、それでいて穏やかな表情だった。
「リョウ、ちょっと歩かない?」
その声はどこまでも柔らかく、風に溶けるようだった。
二人は村の外れへ向かい、夕陽に染まったクスコの山々を見渡しながら歩いた。小さな草花の匂い、遠くでゆっくり鳴る家畜の鈴、土の温もり――すべてが静かに心を撫でていく。
「芸術ってさ…人の心を映す鏡みたいだよね」
キアラがぽつりと言う。
「うん。ここに来てから、景色を見ているだけで、なんだか胸が落ち着く気がするよ」
リョウもつぶやく。
「クスコは…静かだけど、生きてる。そういうところが好き」
その言葉に、リョウは横目でキアラを見る。
彼女の頬は残光を受けて赤く染まり、目はどこか揺れていた。
しばらく沈黙が続いた。
だが、その沈黙は不安ではなく、寄り添うような優しい気配を帯びていた。
そして――
キアラが足を止めた。
「ねえ、リョウ。」
彼女は胸に手を当て、深く息を吸った。
震える肩。けれど、その瞳だけは真っ直ぐだった。
「……私、あなたのことが好き。
あなたの言葉も、不器用なところも、誰かを大切にしようとする気持ちも――全部。」
夕風が、キアラの声を包むように通り抜けた。
リョウは息を飲んだ。
驚き。喜び。温かさ。そして…不安。
「キアラ…俺……うまく返せるかわからない。
期待に応えられる自信、ないんだ。」
それでも、キアラは笑った。ほんの少し涙ぐみながら。
「返事は急がないよ。ただ伝えたかったの。
あなたが、ここに来てくれてよかったって。」
リョウの胸に、静かで大きな何かが広がった。
***
その夜。
リョウは深い眠りに落ちたが、暗闇の中に冷たい声が響いた。
「――ほら見ろよ、リョウ。
お前が誰かに好かれるわけがないだろう?」
システマが姿を現す。
指を鳴らすと、景色は一瞬で変わった。
そこは、日本のオフィスビル。
蛍光灯の白い光。コピー機の匂い。汗ばむスーツの感触。
同僚の足音、電話のベル――
すべてが、あまりにも“現実”だった。
「な? この世界がどれだけ甘すぎるか、わかるか?
お前にはふさわしくない。
全部、都合よくできた幻だよ。」
リョウは歯を食いしばり、息を荒げた。
胸の奥が締め付けられる。
「やめろ……。やめてくれ……!」
システマは薄く笑い、リョウの肩を叩いた。
「かわいそうにな。
目を覚ませ、リョウ。」
***
リョウは跳ね起きた。
額から汗が流れ、喉はからからに乾いていた。
暗い部屋の中で、彼は胸に手を当てる。
キアラの言葉だけが、かすかな温もりとして残っていた。
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