二人の女神の過去
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
リョウは、あいかわらず悪夢に苛まれていた。
夜になると、あのディーゼルパンクの機械人形――システマが、まるで彼の脳のどこかに直接入り込むように、低い声で囁く。
「目が覚めたら、日本に戻っていたらどうする?
過労死寸前のあの日々に……。
ここが“良すぎる”と思わないか? ならば現実ではないんじゃないのか?」
その声は、乾いた鉄の摩擦音に似ていた。
リョウが否定しようとしても、夢の中で何度も何度も、彼は古びた社畜寮のベッドで目を覚まし、天井を見つめる。
「全部夢だった」と絶望し、叫んだ瞬間に――
リョウは再びクスコの朝に目覚める。
だが、そんな悪夢の連続にもかかわらず、リョウは仕事に没頭した。
──なぜなら、彼は本当に今の生活が大好きだったからだ。
Musuq Amaru にいると、長いトンネルの先でようやく空気を吸えたような気持ちになる。
悪夢さえなければ、きっと人生最高の季節だった。
■「赤い蟻の王」の制作
今、Musuq Amaru は初のクレイメーション・アートハウス作品
『赤い蟻の王』
の制作に全力を注いでいた。
原作は謎多き漫画家、テセイカ・オサマッティの同名コミック。
物語は、**サイケデリックな異世界**に連れて来られた
ひ弱そうな日本人青年と、
深い知性を持つ爆乳系アフロアメリカ人ジャーナリストを中心に進む。
プロスペリタスには、地球中の戦火・貧困地帯から、毎日子どもたちが転移してくる。
プロスペリタスの世界は美しく、食料も豊かだが――無限ではない。
そのため王ヨハンセ三世は、人口爆発を避けるために
「あまりにも過激で残酷な政策」
をとるようになった。
制作はつらくも楽しかった。
粘土をこねるたび、照明を調整するたび、
世界が形になっていく瞬間の温かさに、リョウは胸がいっぱいになった。
■静かな夜、三人の影
作品完成の日、Musuq Amaru の中庭には静かな風が吹いていた。
祝宴ほど大きくはないが、みんな満足げだった。
だが――
キアラとルセリの表情だけが、どこか曇っていた。
リョウは気になって、夜の休憩中に二人と一緒に
チチャ・デ・ホラを少しだけ飲むことになった。
「ねぇ……二人とも。今日、なんだか元気ないよね?」
問いかけると、キアラとルセリはしばらく沈黙した。
やがて、ルセリがぽつりと口を開いた。
■キアラとルセリの痛み
「……私たちね、すごく似てるんだよ。
どっちも貧しくて、兄弟姉妹が多い家に生まれて……
でも、本を読むのが好きで、考えるのが好きで……
そういう子、貧しい家だと“浮く”の。」
キアラも静かに続けた。
「私たちは、自分たちの国の現実を自分で調べた。
貧困の根源は……人口の多さなの。
人が多すぎる場所で、一人の価値はどんどん下がる。
経済だって同じでしょ?
供給が多すぎるものは、粗末に扱われる。」
ルセリはグラスを見つめたまま言う。
「ペルーは自給できるほどの資源がない。
それなのに、ずっと貧しい人たちが増やされ続けて、
その人たちは使い捨ての“労働力”として扱われる……。
私たちがどれだけ家族にそれを伝えようとしても、
“変なこと言うな”で終わりだった。」
キアラは、少しだけ笑った。
「だからね……気づいたら家族と距離ができてた。
私たちは、“考えすぎる子”だったから。」
リョウは胸が締めつけられた。
二人の声は静かだが、深い傷が滲んでいた。
■二人の「剣」
そして、ルセリは空を見上げながら微笑した。
「でもね、アートに出会ったの。
“現実”に勝てないなら……
新しい現実を作ればいい。
アートはそのための“剣”。」
「だから私たちは Musuq Amaru にすごく感謝してる。」
とキアラ。
「ここでは……“世界を創っていい”って言われた。
今まで誰にも許されなかったことを、
三人の創業者が、当たり前みたいに認めてくれた。」
二人の横顔は悲しみではなく、
静かな強さに満ちていた。
リョウは思わず息を呑んだ。
システマの囁きで現実を疑い続けていた自分とは違い、
二人は現実を直視し、そして新しい現実を作っている。
それはどこか――美しかった。
■そして、夜は深くなる
チチャ・デ・ホラの甘い香りが漂う中、
リョウはふと、自分の胸の奥に
温かい灯がともったような気がした。
悪夢は続くかもしれない。
システマは消えないかもしれない。
だが――
それでも、この世界には戦う仲間がいる。
彼がずっと求めていた“居場所”が、確かにここにあった。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。




