ジャミング・ゾーン
オフサホに導かれるまま、しばらく進んだ。やがて、新しく増設された地下街へ入った。
『傘尾市博覧会サテライト』
と表示されたパネルがあった。オンサホが居れば、詳しく内部を案内してもらえたかもしれないが、ここではパネルを読むことぐらいの内容しか分からない。テーマは次のように書かれていた。
『不老へ導く長寿社会のデザイン』
不老? 長寿? 高齢者が好きそうなテーマだったが、俺はまったく興味がなかった。
「どうやらここが、デートの目的地になりそうだな」
オフサホは何か閃いたようだった。二人は、といっても実体は俺しかいないが、そのサテライトの区画へ進んで行った。サテライトの入口には、大量のマスコット 縫いぐるみが置かれていた。マスコットは、『デバちゃん』と呼ばれているようだ。何かモグラのような形で、顔には大きな歯がある。オフサホはこれが欲しいというのか? この縫いぐるみを抱いて冷たく微笑んでいるオフサホ! 何かちょっと寒気がしてきた。
「先へ進もう」
オフサホは先導するように進んでいく。だが、このサテライトは何かおかしい。ここに来るまでの地下街は非常灯のみの照明だったが、この一角は照明も普通である。さらに、解説用の3Dスクリーンは、正常に表示され博覧会の事をダラダラと解説している。別電源、非常用自家発電? いずれにせよ、何かを意図した特別な区画であるようだ。これが世間で言われいるパワースポット? いやいや、恐らく人工の何かだろう。何かって? 自問しても答えは出てこない。
「オフサホはここに来たかったの?」
質問したが答えは返って来ない。ARだから聞こえているはずなのだが、なぜ返答しない。想定していない質問だから、返答できないのか。目的地とは言わず、目的地になりそうだと言っていた。このARは状況を見て推論しているのか。それにしても、オフサホの表示が消えないということは、電気は来ているがネットワークの通信は断しているということか。
ガタガタと小刻みな音を立てて、キューブ状のものが列をなして通り過ぎていく。これは、地下街を自動走行する運搬車両であった。
「運送してる経路も時間も不自然だ」
オフサホはこのキューブが、通常ではありえないスケジュールで運行されれいることを疑った。俺はそれよりもネットワークが断しているのに、どうして運行できるのか、そのことが気になった。明らかに別のネットワークによってコントロールされている。何をどこへ運んでいるのだ。
「こいつがターゲットだ!」
オフサホが叫んだ。キューブは『staff』と書かれた扉の手前にある荷物用エレベータへ乗り込んでいく。
「後を追うのだ」
オフサホは俺に命令してくる。勝手にどうぞ、と言いたいが物理的に存在していないオフサホには無理な話か。後を追おうとしたが、荷物用エレベータの入口が狭い、入り損ねた。程無く荷物用エレベータの扉が閉まってしまった。もう駄目か。
「ここに非常用の扉があるはずだ」
オフサホは荷物用エレベータの扉のすぐ横を指差した。何だって? ただの壁にしか見えない。
「入口なんか見えないけど」
「壁に赤く細い線が見えるはずだ」
うん? 俺は目を凝らして壁を見つめたが、やっぱり何も見えなかった。
「5m離れてみろ」
俺はオフサホに言われるまま、5m離れてから再び壁を見た。そうすると、何か薄っすらと赤い線のようなものが見えた。これか。だが、こんなものをどうやって開けるのだ。その扉と思われる箇所を、両手で思い切り押してみた。ビクともしない。
「この赤い線にそって、熱を加えればいい。そうすると、異常を検知した扉のセンサーがロックを解除する。その状態で強く押せば、扉は内側に開く」
成るほどと思ったが、どうやって熱を加えればいいんだ。
「どうやって熱を加えるつもりだ? ここには燃えるものもないし、俺は原始タバコは吸わない」
「考えて! ショウは人間だ。わたしと違い新しい問題の出口を探す能力があるはずだ」
「ARには問題を解決できる力があるんじゃないの」
「ARは過去に行われた思考のパターンを蓄積しているだけだ。そのパターンからマッチする判断を行っているに過ぎない。これは知能と呼ばれるものだ。だから人工知能と言われる。しかし、人間には経験していない問題を解決する力がある。これは知性と呼ばれる」
「人工知能があっても、人工知性はないというわけか」
「そうだ。だから、ショウはこの問題を解決して、突破できるはずだ」
またオフサホから振られてしまった。熱を出すもの、何かないか。持ってきたボディバッグへ手を入れ探してみた。地下街で買った金平糖に手が当たった。金平糖ってショ糖で出来てるんだ・・・
ショ糖といえば、学校でやった実験があったな。そうだ、灰を探すんだ。俺はさっき通り過ぎた無人店舗にお香の店があったこと、そこには香炉が置いてあったことを思い出した。急いでお香の店まで戻り、灰の入った香炉と着火器具を買った。そして、赤い線の扉の前まで帰ってきた。
ここでせっかく買った金平糖を使うのは勿体なく感じたが、今この状況を突破するにはこの方法しかないと思われた。俺は金平糖を袋に入ったまま、粉々砕いた。その中へお香の灰を入れてよく混ぜた。この混ぜたものを、扉の赤い線の上に添って丁寧に塗っていった。
「よし・・・」
全部塗り終えたあと、そこへ着火器具で火を付けた。ぼっと、赤い線上に火が付いた。しばらくして、ガシャという音がした。熱を検知して非常事態と誤認した扉は、ロックを解除した。透かさず俺は、扉を思い切り押した。扉はゆっくりと内側へと開いた。
「魔法でも使ったか、ショウ」
「魔法じゃない。化学の力を使っただけだ。ショ糖は灰が触媒になると燃えるんだ」
「面白い。そんな使い方があるのか。知性のおかげだな」
「オンサホなら、簡単に調べられるはずだ」
「オンサホは知識として調べられても、身の周りのものから思いつくことはできない。さあ、先を急ごう」
扉の向こうには小さく狭い非常階段のようなものがあった。本当ならこの地下街の地下はないはずだが、この階段はさらに下に向かっていた。キューブはエレベータで上に登ったと思っていたが、どうも下ったようだった。俺は階段を降りて行った。そして、降り切ったところの扉から中へ入った。
体育館のような広くて平らな場所である。そこには沢山のキューブがあり、搬入と搬出と思われる動作がすべて自動で行われていた。工事用の資材を運ぶ大型キューブもある。大型キューブは、専用トンネルを通って行き来していた。
「ここは、何をするところだ・・・」
俺は有り得ないものを見てしまい、上手く言葉にできなかった。
「やはりな。これらのキューブは、地下街以外の何か別の施設のために動いている」
「別の施設? それはどういうこと」
これがマッチョなヒーローだったら、『面白くなって、きやがったぜ』と言う場面であろうが、俺はマッチョでもヒーローでもないので、この先どうすればいいのか、まったく見通しが立たない。
「面白くなって、きやがったぜ」
オフサホがその台詞をしゃべってしまった。
「答えはこの先にある」
オフサホは、大型キューブが出入りする専用トンネルの先を指差した。やれやれまだ先があるのか。しかし、どうやって先へ進むのだ。まさか、あの大型キューブの後ろに、しがみ付く気じゃないだろうな。
「さあ、行こう。あのキューブの後ろには、保守要員用の手すりがある。それにつかまるのだ」
やっぱりそうなるのか。俺はキューブの動きを目で追った。トンネルへ向かおうとしている一つのキューブがある。それへ目掛けて走り寄り、手すりを持って体をキューブへ密着させた。オフサホはそれでいいと言うように、軽く頷いた。
キューブは平らな氷上を滑るように、トンネルに向かって進んだ。トンネルに入ると急に速度を増した。まるで絶叫マシンだ。
「何だよ、これ、ヒーッ」
絶叫マシンは苦手だ。トンネルの中は暗く、先がどこまで続いているのかまるでわからない。何でこんなことをしてるんだ。オフサホは右手の人差し指を立てて、『このまま行って』という風にくるくると指を回している。体のない奴は楽でいいよなァ・・・
数十分ほど乗っていたであろうか、そのあと減速が始まりトンネルを抜けて、また広い空間へ出て来た。ここのキューブの数は少なく、ガラガラの状態であった。
「ここが終点なのか?」
俺は困惑しながら呟いた。オフサホは周りを見渡している。といっても、バイザーの両端についたCCDカメラと超音波センサーによって、立体視しているだけなんだろうけど。
「この乗り物はここまでだ。ショウ、降りてくれ」
俺はキューブから床へ飛び降りた。ここは照明も薄暗く、非常灯程度の明かりがあるだけだった。どうやら役割を終えつつある施設、つまり店じまい中の施設だということか。
「大したものは無かったなあ。来るだけ無駄だったようだ」
俺は愚痴を言ったが、オフサホは、まだ辺りを見ている。これ以上、何を探そうというのか。その姿は、まだ絶叫マシンに乗り足らないと、駄々をこねている少女のようであった。
「左の下、工事作業者用のトンネルがある。あれを進もう」
「オフサホは見つけなくてもよいものを、見つけるなァ。その先へ行く必要がある?」
「ある。今までの疑問の答えが、全てそこにある」
「本当かなァ」
「ショウは、それを知りたくないのか?」
「知ったところで、俺とは関係ないし。俺に何かできるはずもないじゃないか」
「関係がないか・・・なぜ、そう言い切れる?」
「どこの誰がこんなバカでかい施設を作ったか知らないが、施設があろうとなかろうと、俺の生活とは何のリンクもしていないさ」
「そんなことはない。世界はバタフライ・エフェクトに支配されている。とっかかりの違いが結果を大きく変える、つまりカオス理論のことだ」
「カオスだかカラスだか知らないが、何も変わらないさ」
「そのカオスの正体を見たくはないのか?」
「つまらない!」
俺は吐き捨てるように言った。
いきなりオフサホの顔がすぐ前にアップで映った。えっ、俺は一瞬状況が把握できなかった。左を見ると、オフサホの手が俺の頭の横へ伸びている。ひょっとして、これってオフサホに壁ドンされている?
「ショウのことは信頼している。だから、最後まで協力してくれないか」
俺は壁ドンで説得されているのか・・・
「・・・ショウ・・・」
耳元で優しくささやくように聞こえた。ここまで来ると、説得から誘惑に変わっている。俺はゾクッとした。耳元に息遣いが感じられるのだ、ARの幻覚なはずなのに。
こうなったら、一蓮托生だ。俺は工事作業者用トンネルへ歩いて向かった。トンネルの中は何の照明もない、吸い込まれるような桎梏の闇に包まれていた。
「わたしが先導する。このトンネルの壁の両側には、配管や金属の梁が棘のように剥き出しになっている。真ん中を歩かず、少しでも壁面に近づけば、生身の人間には命に関わるからな」
「そんな危険な闇トンネルを、どうやって歩くんだ」
「わたしの姿がバイザーに映るから、その歩く足跡へ、後からショウの足を置いて欲しい」
「ムカデ競争みたいなものか・・・」
俺はオフサホの歩いた足跡を懸命に追った。いち、にい、いち、にい・・・子どもの頃の運動会に戻ったかのように、ひたすら無心に足を進めた。運動会何十回分も、ただ歩いている。バイザーにはオフサホの白い水着が、幽霊のように浮かんでいる。ただ、足はちゃんとしっかり有り、その足を私は追いかけている。足は綺麗な曲線で構成されており、歩く様はファッションショーのモデルのように、しなやかで艶やかだった。一歩一歩、まだ俺は歩いている。
時々オフサホは後ろを振り向き、乾いた瞳をこちらへ向けながら、手を少し上げ四本の指を波打つように折り曲げてみせた。『こっちヨ』という素振りである。ご愛敬プログラムでも動いているのか。だがそれが、俺が歩いていることに意味を持たせているように思えた。と同時に、何か少しの安らぎを感じた。
何十分過ぎたであろうか。オフサホの姿に横線のノイズが入り始めた。初めはピリピリという単発的なものだったが、次第にノイズ量が増加し、画像がパチパチと点滅を繰り返すようになった。おい、ちょっと冗談ではない。この状態でオフサホの表示が消えてしまえば、俺はどうやってここから脱出すればいいんだ。やめてくれ、俺は生活の中で祈ったことはなかったが、本当に祈りたい気持ちになった。
急にオフサホが後ろを振り向き、戻れと合図した。俺はゆっくりと慎重に後ずさりした。
「ジャミング・ゾーンだ。このままでは前に進めない」
オフサホは状況を説明した。
「ジャミング・ゾーンって?」
「簡単に言えば、部外者の侵入を防ぐための妨害電波ゾーンだ。あらゆる電子機器が使用不能になり、かつ破壊される」
「じゃ、ここから先へは進めないというわけか」
「考えて! ショウにはその能力があるのだから」
またか。バイザーが破壊されるんなら、もう駄目だということではないのか。考える余地なんて無いんじゃないの。
「この状態を万事休すというんだ。オフサホ、潮時だよ」
「簡単に諦めるな。方策はある、ただ見つからないだけ。知性のある人間なら、見つけることができるはず」
「強引だな。俺を『良き羊飼い』にでもしようとしているのか?」
「羊飼いはわたしよ・・・」
オフサホは初めて小さな呟くような声で言った。しばらく沈黙が流れた。
「考えて!」
仕方がない、方法を考えるか・・・でも、何か思いつける・・・
「ジャミング・ゾーンって、どれくらいの長さなんだ?」
「電波状況から推定すると、約十メートルぐらいの直線だ」
「通路の傾斜は?」
「ゆるやかな下り坂だ」
ということは、直線をたどれる何かガイド的なものがあれば良いのか。高いところから低いところへ、流れる・・・つまり、液体のようなものを流せばよい。そして、流れた跡が暗闇で分かるものか・・・
視覚がなければ、聴覚。しかし、少量の液体では音は出ないしな。
では、臭覚? こんな所で匂いの出る液体、そんなものある分けないし。いや、無意識にボディ・バッグにまた手を入れていた。長い円筒形の物が手に当たった。うん? 俺はそれをバッグから取り出した。暗闇だから何も見えないが、バイザーには暗視カメラ機能があるようで、その円筒形の物体を薄暗く映し出していた。
『コロン・・・』
そうか、地下街でコロンを買ったんだった。このコロンの瓶からコロンの原液を流して、その流れた跡の匂いを辿ればいいじゃないのか。犬程の臭覚がなくても、この原液の匂いなら人間でも十分に認識できるはずだ。俺はオフサホに提案した。
「ここにコロンの原液がある。これを流して、その跡を匂いを嗅ぎながら、十メートルの距離を進もうと思う。どうだろうか」
「その案で行こう。だが、ジャミング・ゾーン内では、すべての電子機器の電源を切らなければならない。だから、わたしも十分間、スリープ状態にする」
「それって、まったく真っ暗の中を、俺が一人で歩かなければならないということ?」
「そうだ、それとショウのスマホの電源も切っておくように」
俺は即座に行動した。コロンの瓶のキャップを開け、通路の真ん中と思しき場所にうずくまった。
「準備は整った。GOだ」
「了解した。これから十分間、わたしはスリープ状態となる。十分を過ぎてもジャミング・ゾーンを抜け出していなければ、バイザーは破壊され、わたしは二度と起動できなくなる」
「OK!」
次の瞬間、バイザーの視界はブラックアウトした。はやっ! 時計もスマホもなしで十分間か・・・
悩んでいる場合ではない。俺はコロンの瓶を手探りで傾け、液体を垂らした。ちゃんと流れていることを信じて、這うように、しかも鼻を地面に近づけながら前進した。クンクンと匂いを嗅いで、犯人を探す警察犬のように。
この姿勢で進むのはかなり苦痛だ。だが、十分以内にこのゾーンを通り抜けなければ、俺の人生もブラックアウトしてしまう。必死に前進し続けた。液体が手の指先まで垂れていた。その気持ち悪さに、指をちょっと動かした瞬間、コロンの瓶が滑って手元から離れた。
『しまった!』
後悔したが遅い。カラカラと小さく鈍い音を立ながら、コロンの瓶がころがって行った。闇の中ではどちらへ転がったのか、まったく見当がつかない。時間は大丈夫なのか。俺はかなり焦ってきた。仕方がない、瓶は傾斜に沿って転がっていったと仮定しよう。再び匂いをたよりに前へ進んだ。とにかく無心に前へ進んだ。
もう、ゾーンを抜けたのか、知る術は何もない。そのとき、バイザーの起動音がした。もう十分たったのか! 大丈夫なのか?
「ショウ。おめでとう、ジャミング・ゾーンは抜けた」
オフサホの声がし、ノイズのない姿が表示された。賭けに買ったか・・・
それからまた、オフサホの先導で前進を始めた。しばらくは今までと変わりのない歩みだった。
「あれを使おう」
オフサホ手が示す方向に、暗視カメラが何かを捉えていた。こんなものがあったのか!
それは、手で押すタイプの台車のようなものだった。
「これを使うって、どういうこと?」
俺は合点が行かなかった。
「ここから先は、ゆっくりとした下り坂だ。また、途中には平らな場所もあるようだ」
「それは、バイザーのセンサーで読み取った情報で、判断したというわけ?」
「そうだ。これを乗り物にすれば、スピードアップが図れる」
「荷物の台車が・・・乗り物に?」
「そうだ。この台車の前部の車輪は、どの方向へでも回転できるようになっている。そこで、台車の後部の取っ手を持って後のステップに立ち、体を右に傾けると重心が移動して右に曲がる。左はその逆だ」
「しかし、例え曲がれたとしても、この漆黒の闇では左右どちに傾けていいかなんて分からない。どうするんだ」
「それは問題ない。私がセンサーの情報を分析し、どちらに傾けるべきかを判断する。それをショウに合図するので、ショウはその通り体を傾ければよい」
そんなもので上手く行くのか。まあ、ARの計算なら信じるしかないが。俺は台車の方まで進んだ。
「まず、その台車を通路の中央まで移動させるんだ、ショウ」
俺はやれやれという顔をしていたはずだが、誰からも見えていないだろう。とにかくこいつを通路の中央まで持っていかねばか。バイザーに表示される薄白い画像を頼りに、台車の取っ手を掴んだ。オフサホが手でここまで移動するようにと指示している。それに従い、台車を通路の中央とおぼしき場所まで押した。
「よし、こうする。わたしが右手を振ったら、右に傾ける。左手を振ったら、左に傾けてくれ」
「うん、分かった」
「では、出発だ」
俺は急かされるように、台車のステップに片足を置いた。それから、もう一方の足で地面を軽く蹴った。台車がガタガタと音を立ながら前に進み始めた。
サホが後ろ向きに表示されている。向かい合うと目が合って、操作の邪魔になるからか。しばらくして、サホが右手を振ったので、俺は右に重心を移した。台車はキキッと金属音を立てながら、右に曲がった? 壁に接触することなく通路を進んでいるかは、オフサホがモニタリングしているはずだから、たぶん大丈夫なはずだ。その後は、左、左、右、という風に細かく指示して来た。それに合わせて、俺は体を傾けた。
単調な作業だったので、次第に操作に慣れてきた。所々に坂道ではなく水平になった箇所があるため、適度に減速されて、加速し過ぎるということはなかった。
それにしても、オフサホの後ろ姿が、妙にリアルに表示されているように感じる。左右を指示するときに腰が揺れるのだが、その揺れが太腿に伝わっていく皮膚の振動が、何となく誘惑されるようで注意が削がれていく。
ガチャ! 大きな音と振動が伝わった。台車の左側が壁側にある廃材と接触したようだった。台車が転倒しかけたが、どうにか踏ん張れた。
「どこを見ている! わたしの手の動きを見逃すな」
オフサホから強い叱責を浴びせられた。
「うるさい奴だなあ、いつまでこんな操作を続ければいいんだよ」
俺は悪態をついたが、オフサホは反応しなかった。尚も手で左右の重心の移動を指示してくる。どこまで行く気なんだ。暗闇の中に車輪の回転音だけが、どこまでも黒い筋となって俺の前後に伸びていく。
こんな下り坂の連続だということは、到着点は地下のかなり深いところ、いったいどこの地下を走っているのだ? 揺れが少し激しくなったかと思った瞬間、ガ、ガ、ガーガッ、という音とがしたと思うと前方に薄明るいトンネルの出口のようなものが見えてきた。
ガラガラガラと、車輪の回転数が落ちてきたような音に替わった。薄明りが、どんどん大きくなってきた。出口に来たのか? 台車は、そこへひたすら向かって行く。
ブンというように、その薄明りの中へ飛び込んだ。工事作業用通路へ入る前の空間より、さらに広く天井が高い空間に出た。
何なんだココは。そのとき俺の見たものは!・・・