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地下街アテンダント・サービス

「見えますか?」

 若い女性が両手のひらを開いて、小さく振っている。

薄紫から黒へのグラデーションのスーツ姿で、首には緑のスカーフを巻いている。

「あっ、よく見える・・・」俺は言った。


 ここは地下街。それも、とてつもなく複雑で、迷路のようにあちこちの建物と地下で繋がっているところ。他の街の人からは、一度迷うと脱出不可能とも言われている。だから、アテンダントがいるのだ。


「地下街アテンダントのサホです。今日はよろしくお願い致します」

 彼女は言った。彼女と言っても、人間ではない。この地下街で貸し出しているバイザー(visor)に表示される、拡張現実(AR)のAIアバターなのだ。声はバイザーの骨伝導でハッキリ聞こえる。

「よろしく・・・」

 か細い声で俺は答えた。バイザーに映った女性は、可愛い笑顔でニコニコして、こちらを見つめている。ちょっと、目をそらしてしまった。かなりの美人だからだ。俺の通っている専門学校の男どもには、彼女に会うためにここへ通い詰めている奴もいる。だが、なぜこんな場所に来てしまったのだ?


「今日のご予定を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ショッピング? ご休憩、それともお知り合いの方とお待ち合わせでしょうか?」

「何なりとご相談くださいませ。このサホに、ご案内できない地下街の場所はございません!」

 力こぶを作るポーズをして見せた。ああ、天真爛漫な女性、いや、ARアテンダントだ。塞いでる気持ちのときに、陽気に振舞われるとよけいに滅入る。本当に滅入る・・・


 俺は今、重い気分なのだ。来年卒業というのに就職先が決まっていない。お祈りメールだけを受け取る毎日だ。自分が不用品として切り離されている、世界から。

「特にご希望がございませんでしたら、そぞろ歩きモードでご案内を開始致します」

 サホが言った。そして、こちらに向き合ったまま、後ろずさりを始めた。

「えっ? 後ろ向きに歩くの」

「さようでございます。ARアテンダントは、人にも物にもぶつかりませんので、いつでもお客様とお話できるよう後ろ向きに歩きます」

 ああ、そんなもんか。でも何か違和感があるような・・・

「しばらくお待ちください」

 サホが片手を軽く上げて制止するポーズを取った。そのとき、前をバイザーを付けた別の通行人が通った。

「どうぞ、お歩きください」

 手を下ろしてサホがまた歩き始めた。そうかサホは通行人の誘導も行うのか。しばらくこの地下街へは来たことがなかったけれど、色々なサービスができているのだ。


 突然、怒鳴り声が聞こえた。見ると六十代ぐらいのおじさんが、床に対して暴言を吐いて怒鳴っている。何をしているのか?

バイザーを付けているということは、床にはサホがいて謝罪させられているのか。やれやれ、カスハラ(カスタマーハラスメント)とかいうものみたいだが、こちらからは、おじさんを相手しているARが見えないので何だか分からない。すると俺の視線を読み取ったのかサホが言った。

「ご心配ございません。ちょっとしたこちらの不手際で、あのお客様をご不快にしてしまいましたが、あちらのサホが丁寧に対応致しております」

 何事もないという風にサホはまた進み始めた。これだけ怒鳴られると人間だとめげるけれど、ARアテンダントだと痛くもかゆくもないという訳か。凄いというか、人間の愚かさだけが周りに見えるというのは、なんだか滑稽だよな。あのおじさんも還暦を過ぎて怒るエネルギーがまだあるのなら、別のことに使えばいいのに。怒るというのはコスパの悪いものなんだ。


「お名前をお聞きしておりませんでした。よろしかったら、お名前を教えて頂けますでしょうか」

「ショウだけど」

 俺はちょっと面倒に思えたが、答えてしまった。

「それでは、ここからはショウ様とお呼び致します」

 明るくサホが答えた。そして、マニュアル通りかもしれないが、地下街の哲学について聞かせてくれた。

「ショウ様、地下街を歩くコツをお教えしますね」

「遠くのお店は見え難いので、眼に入ってくるお店だけを見てください。そこで興味があるお店があれば、立ち止まってよく見てください。そして、気に入ったらお店に入ってみてください。通り過ぎてしまったお店は気にしないでください」

「これって、人生と同じです」

「つまり、遠くのお店は未来。未来を心配し過ぎない。眼に入るお店は、現在。これに真剣に取り組む。そして、通り過ぎたお店は、過去。過去は後悔しない、適当に忘れる」

「そう思いませんか? ショウ様」

 同意を得るというか、そうでしょと畳み掛けるような目線をサホは向けてきた。

「ん、そう・・・かも」

俺は答えていた。納得はしたつもりはなかったのだけれども。


 地下街の店の前を通り過ぎるたび、サホはその店の宣伝コスチュームに変わった。何のお店かすぐ分かるのか、なるほどね。少し歩いて手作りクロワッサンのお店に来た時、ピンクのセーラ服と片手にクロワッサンを持ったポーズになった。

「ショウ様、左!」

 サホは急に大きな声を出した。見ると、店のカウンターに積んであったクロワッサンボックスがこちらに倒れかけて来ていた。俺は何だか分からなかったが、とっさに手をボックスへ添えて、床に落ちるのを防いだ。

「ありがとうございます。よろしかったら、これをどうぞ」

その店の店員がお礼を言って、クロワッサンを一つ差し出した。

「ああ、どうも」

 俺はクロワッサンを受け取った。焼きたての匂いがとても香ばしい。口に入れてみた。外のサクサク感と中のしっとり感、バターの味の調和が取れていてとても美味しかった。

「小さなクロワッサンですが、三つ折りを三回繰り返して二十七層になっております。たわいもない食べ物に見えますが、この美味しさを作るために、お店の人がたくさんの手間をかけてくれているのです」

 サホが解説してくれた。そのあと、コロン専門店でサホの勧めの男性用コロンを買ってしまった。なんで?


 その次にサホに案内されて来たのは、コンペイトウ専門店だった。

「ここには五十種類以上の金平糖フレーバーがあります」

「気分がリフレッシュしますよ。いかがですか、ショウ様」

 また、サホに勧められてしまった。コンペイトウなんていつ食べたんだっけ。幼児だったころ食べたような記憶があるが、今は食べたいとも思わない。しかし、この店に並んでいる数々の金平糖を見ていると、その突起、いや角? がある独特な形が不思議な世界の食べ物のように思えてきた。

「ザラメから金平糖になるまでは、十四日間も掛かります。じっくりと手間暇かけて作られているのですね。そして不思議なことに、金平糖には必ず二十四個の角があるのです。ご存じでしたか?」

「知らないけど」

「そうですか。角のあるお菓子なんですが、この角ってどこが一番だか分かりますか」

「角に一番とか二番が決められているってこと?」

「角にはそんなものはありません。一番を決めたがるのは人間ということです」

「つまり何?」

「人は金平糖のようだということです。みんな同じように二十四個の角があるのに、ある角が上を向いていることに拘ります。つまり学力なんかですね。」

「でも、どの角が上を向いていても、味は同じなんです」


 俺はサホに案内されているのか、説得されているのか、説教されているのか。お客のメンタル面もサポートするように、サービスが拡大されているということか。ひょとして俺の悩みも相談できるのか。サホに聞いてもらいたい気もするが、所詮ARに話しても一般的な心理学書の回答みたいなことを言われるだけだろうし、無駄なような気がする。

 まあ、このコンペイトウも気になったので、十種類フレーバー入りを一袋買った。おもむろに、一粒取り出して食べてみた。甘くて穏やかな味だった。どこかなつかしい。


 突然、画面が横に揺れた。いや、地面が揺れているんだ、地震だ。バイザーの画面に文字が表示された。


『地震が発生しました。落ち着いて指示に従ってください』


それと同時にサホが画面で同じことをしゃべった。

「これから避難通路へ誘導致します。私についてきてください。大丈夫です。地下街は地面と同じに揺れるので、比較的被害が少ないのです」

 サホの説明にそうか安心した、と思った次の瞬間バイザーの表示が消えた!


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