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39/111

中 両親と私 三

私のために赤い(めし)()いて客をするという相談が父と母の間に起った。私は帰った当日から、あるいはこんな事になるだろうと思って、心のうちで(あん)にそれを恐れていた。私はすぐ断わった。

「あんまり仰山(ぎょうさん)な事は()してください」

 私は田舎(いなか)の客が嫌いだった。飲んだり食ったりするのを、最後の目的としてやって来る彼らは、何か事があれば()いといった(ふう)の人ばかり(そろ)っていた。私は子供の時から彼らの席に()するのを心苦しく感じていた。まして自分のために彼らが来るとなると、私の苦痛はいっそう(はなはだ)しいように想像された。しかし私は父や母の手前、あんな野鄙(やひ)な人を集めて騒ぐのは()せともいいかねた。それで私はただあまり仰山だからとばかり主張した。

「仰山仰山とおいいだが、(ちっと)も仰山じゃないよ。生涯に二度とある事じゃないんだからね、お客ぐらいするのは当り前だよ。そう遠慮をお()でない」

 母は私が大学を卒業したのを、ちょうど嫁でも(もら)ったと同じ程度に、重く見ているらしかった。

「呼ばなくっても()いが、呼ばないとまた何とかいうから」

 これは父の言葉であった。父は彼らの陰口を気にしていた。実際彼らはこんな場合に、自分たちの予期通りにならないと、すぐ何とかいいたがる人々であった。

「東京と違って田舎は蒼蠅(うるさ)いからね」

 父はこうもいった。

「お父さんの顔もあるんだから」と母がまた付け加えた。

 私は()を張る訳にも行かなかった。どうでも二人の都合の()いようにしたらと思い出した。

「つまり私のためなら、()して下さいというだけなんです。陰で何かいわれるのが(いや)だからというご主意(しゅい)なら、そりゃまた別です。あなたがたに不利益な事を私が強いて主張したって仕方がありません」

「そう理屈をいわれると困る」

 父は苦い顔をした。

「何もお前のためにするんじゃないとお父さんがおっしゃるんじゃないけれども、お前だって世間への義理ぐらいは知っているだろう」

 母はこうなると女だけにしどろもどろな事をいった。その代り口数からいうと、父と私を二人寄せてもなかなか(かな)うどころではなかった。

「学問をさせると人間がとかく理屈っぽくなっていけない」

 父はただこれだけしかいわなかった。しかし私はこの簡単な一句のうちに、父が平生(へいぜい)から私に対してもっている不平の全体を見た。私はその時自分の言葉使いの角張(かどば)ったところに気が付かずに、父の不平の方ばかりを無理のように思った。

 父はその()また気を()えて、客を呼ぶなら何日(いつ)にするかと私の都合を聞いた。都合の()いも悪いもなしにただぶらぶら古い家の中に寝起きしている私に、こんな問いを掛けるのは、父の方が折れて出たのと同じ事であった。私はこの穏やかな父の前に拘泥(こだわ)らない頭を下げた。私は父と相談の上 招待(しょうだい)の日取りを()めた。

 その日取りのまだ来ないうちに、ある大きな事が起った。それは明治天皇のご病気の報知であった。新聞紙ですぐ日本中へ知れ渡ったこの事件は、一軒の田舎家(いなかや)のうちに多少の曲折を経てようやく(まとま)ろうとした私の卒業祝いを、(ちり)のごとくに吹き払った。

「まあ、ご遠慮申した方がよかろう」

 眼鏡(めがね)を掛けて新聞を見ていた父はこういった。父は黙って自分の病気の事も考えているらしかった。私はついこの間の卒業式に例年の通り大学へ行幸(ぎょうこう)になった陛下を(おも)い出したりした。(青空文庫より)



青年の大学卒業祝いのために、赤飯を炊いて饗応する「という相談が父と母の間に起」こる。「帰省当初から、あるいはこんな事になるだろうと思って、心のうちで(あん)にそれを恐れていた」「私はすぐ断わった。」

なぜなら、「田舎(いなか)の客」は「飲んだり食ったりするのを、最後の目的としてやって来る」からだ。本来の目的のためではなく、その心は飲み食いという意地汚さが、青年は「嫌いだった」のだ。「田舎(いなか)の客」は、本来の目的・用事などには興味がない。「何か」言い訳があれば、何でも構わない。とにかく最終的には飲み食いのために用事をこしらえると言ってもよいほどの食い意地の張りよう・野鄙(やひ)さかげんだと、青年は思っている。

ただ、自分の卒業を祝おうと考えている「父や母の手前」、あからさまにそう言うことはできない。だから、「あんな野鄙(やひ)な人を集めて騒ぐのは()せともいいかね」る。

田舎者の下品さ、意地汚さを批判する青年の様子。


「仰山仰山とおいいだが、(ちっと)も仰山じゃないよ。生涯に二度とある事じゃないんだからね、お客ぐらいするのは当り前だよ。そう遠慮をお()でない」

 母は私が大学を卒業したのを、ちょうど嫁でも(もら)ったと同じ程度に、重く見ているらしかった。


息子の祝いごとを客と共有することが「当り前」であるとする母親。息子の「大学を卒業したのを、ちょうど嫁でも(もら)ったと同じ程度に、重く見ているらし」い母親にとって、祝いの席を設けることは、「当り前」ということになるだろう。当然、青年はそのようには考えていない。


「呼ばなくっても()いが、呼ばないとまた何とかいうから」という「父の言葉」は、地方の人なら実感することだろう。狭い地域の出来事は、うわさ話や「陰口」によって流通している。ささいな情報でも、あっという間に広がるのだ。「実際彼らはこんな場合に、自分たちの予期通りにならないと、すぐ何とかいいたがる」、どうしようもない「人々であ」る。

「東京と違って田舎は蒼蠅(うるさ)いからね」ということだ。

もっと言うと、人の息子が大学を出ようが、そんなことは関係ない。関心などない。ただ単に、それを契機に飲み食いしたいのだ。祝う気持ちなどさらさらない。ただ自分の腹を満たしたい。そのような地方の人々の様子を述べた部分だ。


「お父さんの顔もあるんだから」と付け加えた母親の言葉は、父親の面目を慮った言葉だ。つくづく田舎は暮らしにくい、ということになる。


青年の、「つまり私のためなら、()して下さいというだけなんです。陰で何かいわれるのが(いや)だからというご主意(しゅい)なら、そりゃまた別です。あなたがたに不利益な事を私が強いて主張したって仕方がありません」という言葉は、両親を思って言った言葉だ。自分の「我」が原因で、両親が「不利益」を被ることは本意ではないということ。

だから、「そう理屈をいわれると困る」と、「父は苦い顔を」する必要はなかった。息子のこの言葉を、「理屈」と捉えるところは、父親もやはり地方の人の習慣や考え方に染まっているということになる。青年は、母親が言う「世間への義理ぐらいは」ちゃんと「知っている」のだ。それが両親には伝わっていない。


「学問をさせると人間がとかく理屈っぽくなっていけない」


父親のこの言葉は、息子に対する恨み言だが、学問が、人間形成や成熟に役立っていない気持ちを表している。学問をした結果、親の言うことを聞かない子供になってしまった。だから学問も良くない、ということになる。学問は、悪い理屈を息子に与えてしまった。これでは何のために高い学費・生活費を払ってまで東京に出してあげたのかわからない。世の中には、理屈では通らないこと、理屈抜きのことがある。理屈以前に配慮しなければならないことが、世の中にはある。学問をして学び・身に着けたものが、人を言い負かしたり、親を困らせたりする「理屈」という道具になってしまった。と、父親は考えている。


私はその時自分の言葉使いの角張(かどば)ったところに気が付かずに、父の不平の方ばかりを無理のように思った。


これは、大人になった青年から見て、この時の自分はこうだったと振り返った言葉だ。まだ若かった「その時の自分の言葉使い」は、今思うと「角張っ」ていた。その時には、そのことに気づかなかった。その時にはただ、「父」に対する「不平の方ばかり」に目が行き、それを「無理」と思っていた、ということだ。

「無理」というのは、ここでは、そんなことを言ってもしようがない。そんなことを言われても困る。大学で学んだ学問は、別に両親に反論するために身につけたものではない。その能力でもって、今、両親に反論しているのではない、ということだ。だから、父に「不平」を言われる筋合いのものではない、ということになる。


「その()また気を()えて、客を呼ぶなら何日(いつ)にするかと私の都合を聞」く父親に、青年は、「父の方が折れて出たのと同じ事」と感じ、「この穏やかな父の前に拘泥(こだわ)らない頭を下げ」る。

「理屈」と感じる父親。「無理」と感じる青年。ふたりはここで、互いに歩み寄りの姿勢を見せる。親子の妥協点ということだ。


しかし、「明治天皇のご病気の報知」により、青年の「卒業祝い」は、「(ちり)のごとくに吹き払」われる。「眼鏡(めがね)を掛けて新聞を見ていた父は」「自分の病気の事も考えているらしかった。」

明治天皇、青年の父親、先生は、死に向かう道を歩いているという点でつながっている。

青年は、「ついこの間の卒業式に例年の通り大学へ行幸(ぎょうこう)になった陛下を(おも)い出」す。自分の父親も、今は元気に見える。しかしこれから先、どうなるともわからない。と、この時は思っていた。


手記を書いている、大人になった青年には、明治天皇も父親も先生も、すでに亡くなった人だ。この部分は現在形で書かれているので、読者はつい、物語の現在に起こっていることのように思ってしまう。しかし、この部分は、大人になった青年が回想して語っている部分だ。現在形は、臨場感があるので、そこをつい忘れてしまいがちだ。

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