表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

「一年二組の教室」



 6月第2週の火曜日。


 そんな今日はとりわけ何の変哲もない平日なわけだけど。


 こうして廊下を歩きながら、どこか懐かしくもほこりっぽい香りに充てられながら、もう6月に入ったんだなと気温を肌で感じてはどこか憂鬱な気持ちにさせられる。



 6月。


 こうして思い返すと4月、5月と来たわけだから教員になってもう2ヶ月が経つ。


 一言で言い表せられないぐらいには目まぐるしい2ヶ月で、おそらく今までの人生で一番やらかした2ヶ月。

 

 自分一人で簡潔するならまだしも周囲の人間にまで迷惑を掛けたわけだから、質の悪さで言うならワーストを更新していてもおかしくはない。



 色々なことがあって今だ精算仕切れたか怪しい部分は残るけど、その後の話を後日談風に語るなら大きな変化が二つあった。



 一つは、一年二組の教室の雰囲気が良くなったこと。


 雑に言うなら平和になったと言える。

 


 これまでは村上グループの視線を気にして明らかに萎縮してるなって生徒達がちらほらいたけど、今となっては周りを気にせず大騒ぎしてる光景をよく目にする。


 きっと生徒達の中には、教員の立場からだとわからない閉鎖的な関係や序列があって、嫌でも意識させられていたんだと思う。


 その枷を外して教室の空気を入れ替えたのが自分一人の力なら少しはイキってみせるとこだけど、残念ながらこれに関しては竹先生の功績があまりにも大きい。



 騒動の後、立場を示すためにもしばらくの間は話し合いをとか何とか言っていたのが、想像以上に効果があったらしい。


 聞くところによると、生徒指導の名目で週に二回の面談を実施しては学校生活全般における活動内容を監視、把握してるとか。



 睨みを効かすのが俺の役割なわけだから、そこまで行くともうこっちの領分なんじゃって思わなくもないけど。

 


 ただ……たぶん、それも含めてあえてここまでの対応をしてくれてるのかもしれない。


 やり方を示して、そのうちお前自身がやれるようになるんだぞって竹先生なりのメッセージだったり。



 

 勘違いだけはしないようにしよう。


 もたれ掛かって甘えるようなマネをしたら同じことの繰り返しになる。


 今は見て学んで、バトンを託されたときに同じことが出来るようにならないと。



 ずっとは続かないから。

 

 竹先生がいるから村上達が大人しくしてるんじゃなくて、俺がいるから大人しくする。


 目指すはここだ。


 



 と、まあ仮染めの平和と言えど教室の雰囲気が良くなることは素直に喜ばしくて。



 ついでに、もう一つの変化はというと。






「春宮くぅ~ん!」




 薬師寺が、学校に復帰したこと。




「おはよう薬師寺。ずいぶん急いでるな、まだ時間はあるけど」



「えっ……う、うん。は、春宮君が見えたから……い、一緒に……きょ、教室までって」




 薬師寺が復帰して、何故だか妙に懐かれてしまっていること。


 拙いながらも距離感が縮まっていたり、突然の春宮君呼ばわりだったり、薬師寺との関係に変化があった。




「いいよ、一緒に行こうか。……薬師寺、めっちゃ汗欠いてるけど大丈夫か?」 



「う、うんっ。階段登ったし……いっぱい走ったし」






 あ、変化と言えばもう一つ。


 生徒に対しての苦手意識がなくなった。



 村上達と対峙して色々と吹っ切れたかことがきっかけか、それとも自分を見つめ直す機械を得られたことが大きかったのか、割り切るということを学んだ気がする。




 言うならば、自分にとってはこれもまた大きな変化。





――――(♠️)――――





 黒板真上に位置する何の飾り気もない掛け時計の針が、8時25分を示す。



 朝のホームルームまで後10分と言ったところ。

 

 

 元気よく挨拶を交わしながら席に着く生徒もいれば、眠気眼を擦りつつ雑に椅子を引いては着席する生徒もいる。



 高々教室に入って自分の席に着くという行為一つ取って様々な風景があるわけだから、傍観者に徹するのも実はそこそこ面白かったり。


 とはいえ、自分にも彼ら彼女らと同じ時代が確かにあって、当時の先生は昔の俺を見て同じことを思っただろうからこれを面白がるのは少し滑稽でもあったり。



 まあそんな感傷は置いといて、今日も今日とて習慣となりつつあるホームルーム前の監視作業を始めよう。



 竹先生との契約以降、睨みを利かすならまずは徹底した生徒への観察が必須だと思った。

 

 極々当たり前のことで、されどぬかることが許されないこと。


 村上グループを筆頭にその周辺も含めて、薬師寺にちょっかいを掛ける存在が他に現れないとは限らない以上、生徒全員に気を配る必要がある。


 もちろん気を配る対象は薬師寺自身にも当て嵌まっていて、表情に出やすい子だから何か感じた祭にはこっちから声を掛けられるように準備は怠れない。




 よし。


 こうやって頭で整理しては気を引き締めながら観察することが大切だと思う。


 ダレないために、継続するために。



 当然目の前の光景にも意識を向けて。





「薬師寺さん、おはよ」



「お、おは……よぅ。さ、相良さん」



「薬師寺さん髪サラサラだね。遠くから見ても艶みたいなの見える。トリートメントとか高いやつ使ってるの?」



「ぇ……? う、う~ん……普通に、家族のやつ使ってるよ? 普通のやつ」



「へぇ……。質なのかな? いいなぁ」




 

 挨拶の直後すぐさま髪の話題に移行するのが女子らしい。そんな会話を振る生徒、相良もも。


 このクラス最大の優等生にして薬師寺愛護団体の一員でもある。個人的に一番評価してる生徒。



 成績優秀ってだけならまだしも、リスのような小動物を思わせる愛くるしい容姿に周りを気遣えるだけの優しさ。


 助けを呼んでくれた恩義もある。


 馴染めずあたふたしていたところに声を掛け助言をくれたこともある。


 このクラスの誰より聡く気の利く生徒、そんな彼女の名前を改めて繰り返そう。



『優等生、相良もも嬢』



 ちなみに薬師寺愛護団体というのは俺が勝手に呼んでいるだけで、要は復帰した薬師寺が少しでもクラスに馴染めるようにと率先的にサポートしてくれる有志による支援団体を指す。


 この子達なら大丈夫だろうって生徒に声を掛けては集まってもらったという経緯もあって、真っ先に快く引き受けてくれたのがこの相良でもある。



 たぶん、相良なりに薬師寺のイジメを止められなかった罪悪感なんかもあってのことだと思う。


 どう考えても担任という立場で止めなかった俺が悪くて、相良はそんな罪悪感を背負う必要なんてないのにそう考えてくれることがもう優しい。



 二年三年とこの学年を担当するかわからないけど、仮に三年になって相良の内心を評価する機械が与えられるなら問答無用で満点の評価を与えよう。





「ういっ、薬師寺!」



「はよう。相良もいんじゃん」



「………お、おおう薬師寺」




 一応愛護団体のメンバーは他にもいて、それが今薬師寺に声を掛けてる乙部、中巻、吉田の比較的円のある三人組。

 

 中巻は元々気付いていたし、乙部と吉田も事情は察していたらしく嫌な顔一つせずすんなり愛護団体の職員として迎え入れることが出来た。



 担任である俺が薬師寺を支えるのは当然のことで、だけど俺一人の力じゃ出来る範囲に限りがあるからそういった部分を生徒同士による連携で埋めてもらえるのは本当に助かる。


 

 誰か一人がじゃなくて、みんなで。




 相良も中巻も乙部も吉田も、普通にみんな良い生徒なんだよな。





「調子どう、薬師寺。また村上達に絡まれたりしてない?」



「う、うん。い……今は、誰も話し掛けて来ないよ」



「一時期ヤバかったもんな~。見てて辛かったわ~」



「あいつらマジくそだからな。や、薬師寺……も、もし何かされたら……い、言えよ? 助けるし」



「……ぅ……ん。あ、りがとう」





 中巻、乙部、吉田の順で薬師寺に声を掛けていく。


 気を使ってのことだろう、同時に話すことなく一人一人が軽く会話を振る程度で、話すことがあまり得意でない薬師寺への配慮が感じられる。



 薬師寺自身もたどたどしくはあるものの、決して邪険な対応はしていない。


 復帰して二週間も経っていない今、この教室で過ごすことに心細さを感じる部分はあると思う。


 そんなタイミングで向こうから声を掛けてくれるわけだから、多少なりとも不安を和らげることぐらいは出来てるんじゃないかな。


 

 

 そんな中巻達との交流を見て。


 拙いながらもどこか尊いなと、そう思った。






「うぃぃいいいいいっす! ちょりっちょりっちょりぃぃ! じゃまだべどけっ!!」    



「うあっ」




 そんな心暖まる有志達による薬師寺支援活動、その雰囲気をブチ壊すかのように大きな塊が乙部を弾いた。




「……っ……てぇ。な、南原?」



「大丈夫か乙部……。止めろよ南原! いきなり何すんだよ!」



「あぁん? 普通に通っただけだけどおっ!?」



「普通ってお前……乙部ぶっ飛ばしながら」



「群れて道塞いでるおめぇらが悪いんしょ。なんか文句あっか? ……ん、おっ、舞舞じゃん!」



「……ぅ」





 村上グループの構成員が一人、南原の登場。

 

 南原は薬師寺をイジメた加害者サイドの人間でもあり、今の俺が睨みを利かせるべき最優先対象の一人でもある。



 ここで止めに入るのも選択肢の一つだけど、実験的な意味で少し様子を見よう。


 予め手は打ってある。仮に南原が愛護団体の面々を舐めた上で意図的に絡みに行ってるというならそれは逆に舐めすぎだ。



 なあ南原、お前は自分の立場を自覚しているか?





「おはようさんっ!」



「ぃ……ひっ」



「おはようさんって! 耳付いてないのおっ?」



「お、おは……っ……おは」



「やめなよ南原。薬師寺さん恐がってるし」



「あぁっ、相良お前なに? 挨拶してるだけなんだけどお? 挨拶ぐらいいいっしょ?」



「ダメだけど? 竹先生に言われてるはずだよ、薬師寺さんにちょっかい掛けるなって。報告しに行った方がいい?」



「それな。南原さ、竹先生から目付けられてるよな? こんなことして大丈夫なわけ?」



「……か、絡むな。む、向こういけ」



「あぁっ?」





 愛護団体の面々には諸々の情報を共有してある。 


 俺が睨みを利かせる役割を担うこと、有事の祭には竹先生が飛んで来て制裁を加えてくれること。


 薬師寺に絡む連中が現れるようなことがあれば、教員の陰を散らつかして牽制しても構わないと通達してある。



 明確な後ろ楯があるから恐い相手にも物申せる。


 薬師寺の側で薬師寺のサポートをしてくれる相良達には、一人一人に対してそういう保険を掛けてあげることが大切だと思う。



 実際に何かあれば竹先生ないし俺が対応するし、仮に教員を呼べない状況でももう一つの保険は掛けていて……。





「あぁあああんっ、おめぇらめっちゃ調子乗ってんじゃんっ。なにが竹だおらっっ」



「……っ」



 

 とまあ反抗的な態度を取る場合は。




「ぢょおおおおっ、助けて舞舞! こいつらイジメてくんだけどおっ」



「ぇ……えっ?」



「……は、離せ。や、薬師寺に、触んな」



「はあ? 誰お前?」



「つ、次はないぞ? や、薬師寺から手離せ。向こういけ」



「なんこの陰キャ……。でさぁ舞舞! おめぇのせいで今ちょお大変でさぁ! 面談とか言って竹のじじいにちょおイジメられてんどけどおっ! 舞舞の口から許したしこれ以上面談とかすんなって言ってくんねぇ!? なああっ!?」



「うっ……ぁ」



「言うまで一生離さねえぞ?」



「……やぁ」





『にぃぃいいいいいいいっっ!!!』




 バッッヂィィィィィィイイン。




「づぁあああああああっっっ」




 こんな感じで武器による威嚇を許可している。


  

 中巻、乙部、吉田の三人組は地味ながら体育会系の部活動に所属していて、中巻が野球部、乙部と吉田が剣道部ときた。


 中でも吉田の剣道の腕前は相当なものと聞いていて、今実演してくれたように言葉による対話で理解して貰えないようなら威嚇射撃をしても構わないと伝えてある。


 今回はたまたまちょっと当たってしまったみたいだけど、咎めるつもりはない。




 そうだな。


 中巻がバットで乙部と吉田が竹刀だから三人まとめて『騎士団』なんてどうだろう?




「ぢょおっ、なんこいづぅ……。はあああんっ!? おい春宮ァ、こいつ棒で殴ってくんぞォ! 障害だろこれっ!」




 で、今度は俺か。



 春宮……ね。


 竹先生からずいぶん絞られてるみたいだけど、名前の呼び方まではまだ矯正出来ていないらしい。


 

 いいと思うよ。

 この一回一回を経験して学んでいけばいい。




「なん……無視ぃ? はっ?」 




 今回は観測することに徹してみたけど、次回以降は俺も加わって相良、騎士団、俺の5人組で制圧を試みるのも悪くはない。


 ひたすらにしつこく監視を続け、ことあるごとに前に現れては阻み続ける。


 二度と薬師寺に絡んで来ないよう根っこの部分で諦めを覚えさせることが肝心だ。




「いいわ……。死ねっお前ら!」




 さ、諦めてくれたみたいだしそろそろホームルームの時間といこう。



 月末の体力測定に向けて数点説明しないといけないこともある。


 薬師寺を守ることが一番の仕事ではあるけど、立場上教師としての本分も疎かには出来ない。



 あれやこれやとやるべき事を頭に浮かべて……ふと、無意識で教室の隅へと目を向ける。

 








 おっ。



 村上か……。





 本鈴まであと2分といったところでギリギリの当校。


 そういえば、さっきまで顔を見なかったな。





「………」



「…………」

 




 習慣と言えば、これも習慣なのだろう。


 先日の騒動以降、村上とは全く口を聞いていない。代わりに今みたいなふとしたタイミングで目が合うことがあって、その度に毎回睨まれる。



 少し前の俺ならこの時点でひよりながら顔を背けていたんだろうけど、今は絶対にひよらない。


 何となくだけど、ここで退くと村上はまた同じことを繰り返すんじゃないかってそんな気がするから。



 村上が5秒睨むなら、10秒睨み返そう。

 


 どんなことがあっても絶対に、俺の方から目を反らすことはない。

 




 

「チッ……」




 はい俺の勝ち。


 舌打ちしたいのはこっちだよ、クソガキが。







「先生さ、ちょっと強くなった?」




 うおっ。


 

 教卓前、最前列の席からさっきまで聞いていたはずの声でぼやく女子生徒が一人。



 相良……戻って来てたのか。




「や、別に強くはなってないよ。ただ……まあ、色々なことがあったから改めようかなって」



「……へぇ」




 今の睨み合い、見られてたのかな。


 自分にとっては意思表示のためにも意味があってやってることだけど、第三者に見られるというのはどこか子供っぽくて少し恥ずかしい。




「前にちゃんとしてないって言ったの覚えてる? ゴールデンウィークのちょっとあとぐらいに」



 

 え?



 これまたいきなりというか何というか、妙なタイミングで気まずい思い出に触れてくる相良。



 ゴールデンウィーク明けの……。



 もちろん覚えてる。


 例のちゃんとしてない発言はあまりにも的を射ていて、今思い返してみても凄くピンポイントに図星を突かれたなって……。




「あれ、ごめんね。あとありがと」




 今度はごめんとありがと。


 突拍子が無さすぎて、全く読めない。



 

「謝る必要なんかないよ。怒ってないし、そもそもちゃんとしてなかったのは本当のことだから」



「でも最後はちゃんとしてくれた……だからごめん。あと薬師寺さんを学校に連れてきてくれて、ありがと」














「これ、あげる」





 リボンで結ばれたピンク色のふわふわした包み紙を手渡される。




 これは……。





「クッキー焼いたの。たくさん焼いたから、お裾分け」



「……………」



「……ん? チャイム鳴るよ?」







 どんな。



 どんな言葉で返せばいいのだろう。




 ごめんもありがとうもまだピンと来てないし………これ、お菓子。



 いいの?



 いいのって言うか………いいの?




 初めて女子からお菓子なんて貰った。


 しかも手作り。




 いかんいかん……いかん。




 朝出勤してまだホームルームすら始まってないのに、色々と情報量が多すぎる。



 薬師寺及び愛護団体の面々の尊い交流があったりそれを南原がブチ壊したり村上にガン飛ばされたり。



 おまけに、相良から手作りのお菓子を貰ったり。

 


 

 最後が、最後だけが特別すぎる。


 驚いて、驚いて……少し遅れて溢れだすこの幸せな気持ち。




 お礼……。


 お礼を言わないと。



 目の前の、生徒の皮を被った本物の女神にどうかお礼を。





「相良……これ、ありが」



「ぢょっとおおおおおおっっっ。春宮先生ぇぇっ!! なんなんですかこの子はぁあ!?」







 いっ……。



 は?





「ちょ……伊藤さんっ、離してください! もっ……あっ……やぁ、変なとこ触らないで…」



「そ・れ・は、ムリぃ!」




 最後の最後で、本当にわけのわからない情報がもう一つ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ