「面談」
人間、色んなものを割り切っていざ解放してみればとことんまでレベルを下げられるんだって、伊藤のおかげで学びを得た。
ホント皮肉も皮肉でここ数日の自分があらゆる人間に対して、いったいどこまでの評価を落としてしまったのか計り知れなさ過ぎて恐ろしく怖い。
愛沢先生からは性犯罪者予備軍的扱いを受け、校長からは伊藤に対するストーカー疑惑を掛けられた上、伊藤への面談を行う前にまず自分自身が校長からの面談を受けた。
それを知った竹先生から睨みを利かすべきは己自身かもしれませんね、なんて目の笑っていない笑顔で強く肩を掴まれ、各教員陣からもそれとなく不祥事を起こした問題教員に接するような対応を受けるなどの仕打ち。
教員だけじゃない、伊藤との攻防はクラスの生徒達からも白い目を向けられ、挙げ句の果てには敵対勢力の中枢を担う南原や村人といった不良児にまで割りと真剣に引かれたりと想像外にショックを受ける機会も多くあった。
まぁ、それでも何だかんだ楽しくはあったけど……。
これが自分の中学生時代だったら、なんて思わなくもない。
まるで創作の世界から飛び出してきたみたいな、可愛いらしい少女と織り成す小競り合い。
同級生の女子とじゃれあう機会なんて一度たりともなかったから、どこか対等な目線で今青春してるな……なんて錯覚を持ちそうにもなった。
実際問題、仮に中学生の自分がこういう立場にあったとして、周りの陽気な生徒達を前に可愛い女子とまともに接することが出来たかと言われれば間違いなく出来なかったわけで……悲しい話、機会があろうとなかろうとどのみち錯覚に終わっていたであろう事実はこの際置いておくことにする。
かくにも、今の自分は教師であって生徒じゃない。
伊藤のことを本当の意味で対等に視れる時代はもうとっくに過ぎてしまっている。
今、求められるのは目の前の伊藤に向かって立場ある大人としての対応。
これまでの全ては、そのための数日間だったはずだ。
「伊藤、単刀直入に言うぞ。1年担当の全教員から伊藤に対するクレームが来てる。そろそろ我慢の限界だそうだ……。俺は、周りの先生達に怒られて色々どうしよもなくなりふり構わず止めに来た。頼むから大人しくしてくれ」
「は……全員? ヤバすぎだろ…」
そうだ、ヤバいことをしてきたんだよ。
立ち上がって、伊藤との距離を一つ詰める。
大の字にまでなってずいぶん気持ち良さそうに……ここまで汚れを気にせず寝転がれる女子もそれはそれで珍しい。
天気も良くて空気も澄んでるけど、何がそこまで気持ち良いのか……。
見方を変えれば、気だるそうに見えなくもないけど。
「伊藤さ、前にも言ったけど、やっぱ今のままってわけにはいかないよ……。どれだけ今の伊藤が楽しくても、これから先周りがそれを許してくれなくなる。最後に困るのは伊藤自身だと思うぞ?」
素直に淡々と感想を述べる要領で。
せっかくここまで追い詰めたわけだから、立ち回りは慎重に。
「またその話か……。同じこと言うなぁ……みんな」
ぐったりと、どこか夢見心地であるかのように小さく呟く伊藤。
さっきからずっとこうだな。 憂鬱気味だな
眠たそうに表情も言葉も妙にふわふわしてるというか……。
なんだか、ずいぶんと浸っていらっしゃる。
「今までだってさんざん注意されてきたんじゃないか? 自覚がないってことはないだろ。それでも、そんなにイタズラすることが楽しいか?」
「たのしい……。今さら辞めろって言われてもムリ」
ムリ……か。
まあそれこそ無理な話だけど、やっぱ面談の中身は伊藤のイタズラをどう説得して控えさせるかが鍵になる。
何とか面談に漕ぎ着けたまではいい。
だけど、肝心の面談そのものを深く考えていなかった……。
ここに来るまでが大変すぎて、来た後、どうしようって。
一筋縄で丸め込める子でもないし、ここからが正念場か。
「例えばだけどさ……辞めるんじゃなくて、そもそものところで変わる努力をしてみないか? もう少し周りを意識して足並みを揃えるとか」
「そういう話するんだったらいい。……帰るぞ?」
「帰るな。さっきも言ったけど、ちゃんと話がしたいよ。話せるまで帰さないから」
「……うぜぇ」
どのみち今は授業中、サボってしまった手前、伊藤自身も戻り辛くはあるだろう。
時刻はまだまだ日中で、日は高く次のチャイムが鳴るまで30分は残ってる。
ここを逃すと次にまた面談出来る機会がいつになるのか検討もつかない。長いようで短い30分。
「………」
様子を見るに、やはりどこか憂鬱気味。
心地良さそうではあるものの、ほんの少し陰りを感じるような……根拠はないけど。
仮に。
仮に、目の前の伊藤が不安なる何かを抱えてるとして、まずはお悩み相談でも始めてみるか?
適当に大人の私見で答えてやって、後は流れで……みたいな、いけそうな気がしなくもない。
まずは自分の中学時代と照らし合わせるところから話の主導権を握るとして、先生が中学生のときは……なんて、探りを入れてみよう。
そうだな、寝そべる伊藤に対して立ったままというのは頂けない。
同じように大の字になって空を見上げるのも悪くないけど、そこは教師という立場上控えるとして……。
せめて、同じ目線で。
きちんと目が合わせられるように。
「先生もな、中学生の」
「変わるって、なに……?」
消え入りそうで、どこか耳に響く声。
先回りしたわけではないと思う。
たまたま言葉が重なって、呑まれた。
今の伊藤の声だよなって、普段の伊藤からは考えられないぐらい弱気で儚さを感じる。
話を振ろうとした手前、聞き取ることは出来たけど突拍子がなさすぎて上手くリアクションが返せない。
変わる?
ここで言う変わるって周りと足並みを揃えろ的な、さっきの発言に対する意味での変わるで合ってるか?
わからない。
いきなり過ぎてどう解釈したらいいのか、どう返事をすればいいのかわからない。
何か、何かは答えないと。
「……知るか。ごまかすな」
「ごまかしてるのはおまえだろ」
そうなるよな。
わからないからチャチャを入れてみるけど、これは良くない。
雰囲気に、言葉に、吸い込まれそうになってしまう……。
どうして。
「どうしてわからないの……大切なことなのに」
なんで
あぁ……、この声。
完全に流れ変わったな……。
伊藤を見るに、隠すよう手で顔を覆ってその表情が読み取れない。
ここで逃げるようだと次には進めない……そう言われてる気がする。
こういう方向に進むのか……。
もっとこう、指導して改心させる方針で舵を取りたかったけど。
仕方ない、これも面談と言えば面談か。
ここで向き合えないなら、それこそ今までの意味がなくなってしまう。
伊藤のことを知りたいと言ったのは他の誰でもないこの自分自身で、その伊藤が何かを伝えようとしてくれてるならこっちの話はひとまず後でいい。
少し、支えてみるか。
「大切なことならもっとわかりやすく説明してくれ。伊藤の言う変わるってなんだ?」
「……あん? 変わるは変わるだろ。周りの奴らみたいに先輩にビビって大人しくしたり、元々はそうじゃなかったクセにいきなり空気読んだりとか、そういう変わる。変わるってなに? なんで変わる?」
たどたどしいな……意味はわかるけど。
意味はわかるんだけど、ずいぶん抽象的な内容で決まった解答がないような気がする。
こんなものは。
「何って言われてもな……。それこそ、そういうものなんじゃないのか? 伊藤ぐらいの歳になるとみんな何となくで変わっていくよ。周りを見て足並みを揃えようとする。浮きたくないから」
「だからそれの意味がわからない。浮きたくないならそういうフリをすればいいだろ、変わる必要ないじゃんか……。ちゃんと考えろ」
相変わらず生意気だな。
だけど、変わる変わらないで揺れてるということは察せた。
普段の伊藤と今の伊藤、揺れに揺れてわからなくなっちゃってるのかな……。
やっぱり、何だかんだ気にはしていたと。
「変わりたいのか」
「あぁん? 変わるつもりとかねえからっ」
変わるつもりは、ないらしい。
そんな伊藤が勢いよく起き上がる。
日に照らされて眩しいぐらいの光る髪に、大きくてほんのり青い瞳。
目が合ったかと思えばまたすぐに逸らされて……。
「わたしは、今のわたしがいい……変わりたくなんかない………。でも……でもぉ、ずっと……ずっと気持ち悪かった」
「みんなが、違う人みたいになっていって……おまえもなれって………こわかった」
「聞いてもちゃんと答えないし、意味わかんないのに………なんか、わたしだけになってて……ずっと、モヤモヤしてた…」
「モヤモヤして……モヤモヤして、モヤモヤモヤモヤしててっ………なんだこれって、ずっとずっとずーっと気持ち悪かったのっ!」
運動場に向かって、溜めに溜め込んだ気持ちを吐き出すかのような……その様に、まるで伊藤の心そのものが具現化してるかのように見えた。
伊藤の気持ち、全てをわかるとは言えない。
何となくで変わってきた人間が、ここでわかるって言っちゃうとそれは嘘になるから。
でも、そうか。
伊藤はその何となくが許せない子なんだ。
みんなが深く考えもせず通りすぎていくようなことに、自分自身納得が出来ないと立ち止まってしまう思う子なんだ。
幼い、という言葉だけで片付けてはいけない気がする。
自分の心の在り方に、これだけ悩んで考えられる子がどれだけいるだろう?
俺が……俺が伊藤と同じ中学生のとき、同じこと思えたかな?
「でも、もういい……。大丈夫になったから………同じやついたから、もういい」
今度はちゃんと目が合った。
伊藤の方から合わせにきた。
なんだろう……今の同じという言葉、色々な光景がフラッシュバックして即座に訂正願いたい。
無理だろうなぁ……。
伊藤の中では折り合い着いたみたいな流れになってるし、非常に突っ込み辛い。
ただ教師は教師。
これまではこれまでで、これからの話もしないといけないから。
伊藤にも、自分にも、妥協点を突き付けるという意味でしっかり線引きをしよう。
「同じじゃないぞ。フリをしてただけだ」
「……ぇ」
「相当痛い目に遭わされたからな、伊藤に特化した対策を考えていたらこうなった。バカみたいで恥ずかしかったけど……同じじゃない。同じにはなれないよ」
なりたくない。
心の底から、本当に。
「でもまぁ……一度こうなってしまったら元に戻すことも難しい。また伊藤に絡まれたとして、またバカみたいな仕返しをしてしまうことになると思う。何だかんだそれが有効だってわかったわけだし」
「あ……っ? んっ?」
「だから、これからも同じだと思うことは伊藤の勝手だ………同じではないけど。その代わり、伊藤も伊藤でフリぐらいはしてくれ。……出来るんだろ? 浮かないフリ」
伊藤は、俺を同じと言った。
同じだから大丈夫と言った。
同じにはなれないけど、大丈夫になれるならフリぐらいはしてあげてもいい。
その代わり、変わる必要はないから少しは自分を自制して大人しくなるフリをする。
そんな約束はどうだろう。
「あん……? あぁん? ……つまり、これからもイタズラしまくっていいってことか?」
「いいわけねぇだろ……都合の悪い部分だけ切り取るな…。いいか伊藤、原則は禁止だ。誰かれ構わずイタズラはしない。……本当に………本っっ当に、
どうしても我慢出来なくなったときにだけ許してくれる友達か先生に仕掛けてこい。潰してやるから」
「あぁんっ!? なんだその条件はっ!? ふざけるなっ! 断るっ! 断るかんなっ!」
断られた、、
わりには……スッキリした表情で、怒りながら笑ってるようにも見えて、また大の字になって寝転がる伊藤。
根本的に解決してあげられたわけではない。
ただ、伊藤なりに一つの落とし処を見つけられたのならひとまずはこれでいいのかな?
一応、伊藤の話が終わりなら本来始める予定だったこっち側の面談に移りたいとこだけど。
それはそれ、これはこれだから。
これからのことはともかく、これまでやってきたことの清算はしなければならない。
しっかり叱った上で、1年の各教員陣への謝罪参りなんかも控えていて、それだけは何としてでも実行させないと後々の禍根を残すことになる………ん、だけど。
「なんだフリって……先生のクセに……。ふっ、ふふ…っ………そうかぁ……そうかぁ…」
これも後でいいかな。
それなりに長く話していたつもりが、まだ10分程度しか時間が経っていない。
後10分は待つことにする。
気持ち良さそうに黄昏てる伊藤をもう少しこのままにしてあげて、今の空気をリセット出来たらまずは愛沢先生の話から始めよう。
この数日で受けてきたクレームの猛攻を、唾を撒き散らす勢いで話してやって……そうだ、校長に掛けられたストーカー疑惑もイタズラであることを説明してもらうよう説得する必要がある。
あとは……。
「おまえ、名前は?」
「………………えっ?」
嘘だろって。
ここまで来て冗談だろって。
わざとおまえって言われてたと思ったけど、普通に名前知られてなくて笑った。
まずは、そこから始める必要があるらしい。
~fin~




