「キミがいた」
久しぶりに、人を覚えた。
気持ちの悪いヤバい担任。
いくつもの耐え難い屈辱を受けて、もう我慢はしないと誓ったあの日から早一日。
誰よりも早く教室に来て、せっせと教卓を廊下へと運び出す作業に専念する。
運び出した後は教卓の脚に接着剤をたっぷり着けて動かないように固定して、教卓の上には適当に花瓶でも飾っておく。
うしっ。
復讐開始。
――――(♠️)――――
「は? はぁ? ……え、えっ? えぇぇっ!?」
ガタガタ。
ガタガタガタッ。
「えぇぇぇぇぇっ!? ちょっ、ちょおおおおおっ。 はぁぁぁぁ!?」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ。
「ぶ、ぶふっ……な、なんっ、あいつ何やってん?」
「あれだろ、教卓だろ? 来たときから出てたよな」
ガンガンガンッ。
ガンガンガンガンガンッ。
ガチャガチャガチャガチャガチャッ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!! 誰やった!? これ誰やったぁ!?」
『ぷっぷっぷっ……ぶふっ…ぐすっ……んっんっ』
クラスのやつら、全員が声を殺して笑ってる。
もちろんわたしも面白い。
声をかけてあげるの。
わたし、優しいから。
「大丈夫ぅぅぅ~? 授業始まってるけどぉ~?」
「……おっ」
ふぅ~、さっぱり。
仕返しは必要だかんな。
これで終わり?
終わるわけがない。
あれも、これも、それも、受けた屈辱全部返して、それで終わり。
あ~、イライラするなぁ。
ムカつくなぁ……。
キモいしウザいし無視したいし消えてほしいのに……次はなにしてくるんだろうって、わたしはなにしようって……。
なんか、ちょっと楽しい。
負けない。
絶対負けない。
全部、わたしのターン。
ここからは、怒涛の攻め大勢に入る。
「おじいちゃん、校長だな? この学校で一番偉いやつだろ? お願いがあるんだけど」
「……君は? お願いって?」
「一年の伊藤。わたしの担任、わたしのストーカーなの。クビにしてもらってもいい?」
「春宮先生。話を」
「いっ……」
職員室に乗り込み、担任の前でクビにするよう校長に直談判したこともあった。
「えぇっ!? えぇぇぇぇっ!? ……ない。ないっ! 体操服がないっ! どこいった!?」
「どうしたの? 体操服ならさっき着てなかったっけ?」
「着替えた後なくなった! なんかないっ! おかしい、なくなるわけないのに……絶対おかしいっ。おおいっ、誰か取っただろ!」
「また伊藤かよ……。今度はなに?」
「体操服ないって。ま、伊藤の体操服ならおかずに使う奴いそう」
「わぁ……そういう感じ? 普通にありそー」
「ああっ、あった! あったぁぁ!! なんで!? なんでこんなとこにあるのっ!? ………なんか、教卓の中にあった……」
「……え? えぇ……ヤバくない? 春宮が取ったってこと?」
「うわっ、ガチなら事案じゃね? ガチのやつ? これガチのやつ!?」
「他の先生呼んだ方がいいんじゃない。わりとマジで」
「んな、こんなこと……する、なんて……うぅ、んっ……信じてのにっ、先生のことっ……」
「お前ホントしょうもないな。他探してもないのに一直線で教卓探しに来る時点でおかしいって思わないか?」
「あああっ! 服裏返ってるぅ!!」
タコ。
わざと教卓の中に自分の体操着を詰め込んで、担任を体操着泥棒に仕立て上げたこともあった。
「愛沢ちゃんこっち!」
「はい……? え……ぇっ……やっ、きゃぁぁぁ」
「うおっ……っ……ちょっ、ちょおっ」
「はいっ、はいおまえ今胸触ったな? これ猥褻だかんな? 犯罪だかんな? 通報しとくかんな!」
「あっ……ぃ………っ」
「愛沢ちゃん、こいつね? 愛沢ちゃんのGカップおっぱい気持ちいとか教室で言いまくってるんだよ? 腰振りまくりながら」
「……やぁ」
愛沢をだしに、担任に本格的な冤罪を掛けたこともあって。
「はーい、今から担任のお尻撫で撫でしまーす! あよしよしよしよしよしっ。よしよしよしよしよしっ」
「止めろ……っ……離せっ」
「こら動くな。乱暴なやつはかんちょうの刑だかんな?」
「はいよしよしよしよしよし~、あっよしよしよしよしよし~、からの~~? かんちょうっ! かんちょうっ!」
「いぃっ……うぅ……んんんっ」
「あっかんちょう! かんちょう!」
「んんんんっ……ん、いいいっ…」
『ちょ……伊藤っ、それウケる』
『その辺にしとけー。普通にきたねーぞー』
「おまえ達はだまって見とけ。もっと面白くしてやるかんなっ!」
ブブッ……ブッ……ブッッ。
ブリュブリュブリュブブッ……ブッ、ブリュッ……ブブブッ…。
「………あん?」
「ごめ……ごめっ、いとぉ……っ……せ、先生な、お尻弱くて……痔なんだよ」
えっ……?
「今日ナプキン着けてなくて……大丈夫か、血とか付いてないか?」
「うえぇぇぇぇぇぇ!?」
「逃げるなっっ、雑魚っっっ!! クソザコお前っっっ!」
担任をイジメていたら、痔カウンターを喰らう日もあって。
「だから1+1の証明してって! なんで出来ないのぉ? 凄い大学入ってるんでしょ? 出来ないのはおかしいだろっ。大学でなに学んできた?」
「……いい加減にしろよ」
「バカだから出来ないんだろ? みんなやって欲しいって思ってるよ? はいっ、1+1の証明やって欲しい人っ!」
「イタズラで挙げなくていいからね、面白くないから……。じゃあ、次は」
「うしっ。代わりにわたしが証明してやるかんな!」
「伊藤……」
「はいっ、1+1は2になりますっ! 終わりっ」
「………は?」
「こんなもん2以外ないだろ。なにを証明するの? 1+1は2って決まってんだからこう書いて終わりじゃん。バカか?」
あ、頭の血管が……ビチビチって。
「い、伊藤は……証明するのに知っておかないといけない定理や定義、どれか一つでも知っているのか?」
「知らん」
「仮に、一から説明したとして理解出来るのか?」
「知るか」
「前持っての知識もなければ理解する頭もない、そのくせネットや人から聞いた知識だけで揚げ足を取るために難しいと知ってる定義や論理を説明させようとする。いざ説明されても何一つ理解出来ないのに」
「それが?」
「いいかみんな、マネしちゃダメだからな? これが一番バカなパターン。こういう奴が一番恥ずかしい。はいっ、こいつバカです!」
『ぶはっ……ぶすっ……んっんっ…』
『ぶすっぶすっ……いと、いとぉ……やめとけって……んんっ』
「あっ? あぁ!? いや違います! こいつがバカです! 本物のバカはこいつです!」
「そうやってマネするしか出来ないんだよね? はいっ、やっぱりこいつバカです! 真のバカはこいつです! これより下はありません!」
「ふざけるなっ! 下はありますっ、こいつが一番のバカです!」
「いやだからバカはお前で」
「バカはこいつでぇ」
続けて、カウンターを喰らう日もあって。
楽しい……。
楽しい、楽しい。
ホントにたのしい。
なんなんだろ、こいつ。
こんなやつ、いたっけ……。
わたしだけじゃなかったっけ……?
30センチ物差しで担任の肛門を貫いたこともあって。
大人のクセにガチ半泣きになっていて、楽しい。
担任が焦りながら個室トイレに入った瞬間、爆音の防犯ブザーを上から投げ付けたこともあって。
今までで一番大きな声でキレられて、たのしい。
担任の上着を涎まみれにしたこともあって。
クリーニング代を請求された。タノシイ。
担任の授業ノート隠したらノートなんかなくても全部覚えてるから余裕とか言い出して、ホントに何も見ずに授業始めて担任すげぇみたいな空気になったこともあって。
たのし……たのしくない。
担任が欠伸した隙に家から持ってきたぐちゃぐちゃのあんドーナツを喉の一番奥まで詰め込んで窒息させかけたこともあって。
これも、死にかけてて楽しかった。
あはっ。
あははっ。
面白い……面白いじゃん。
いつぶりだろ……こんなやつ?
もう、ずっとずーっと見ていない気がする。
昔はたくさんいて、でも学年が上がるごとに一人一人減っていって……。
こいつは同じ、こいつは違うって、少しずつ判別するようになっていって。
あまりの数の減少に絶命危惧種みたいな……もう面倒くせーから全員一緒でいいやって、わたしだけになったのいつからだったっけ?
今。
今、後ろから追いかけて来てる担任はなに?
間違いなく絶命危惧種。
大人でこれは普通にヤバい。
でも……ヤバいはヤバいけど、こういう………こういうのがよかった。
わたしだけじゃなくて、一緒のが……。
そっか。
そうかぁ……。
いた。
わたしと同じやつ、いた。
――――(◇)――――
「はぁ……。はぁ、はぁ……ぁぁ………はぁっ…」
「あぁぁ……ぁぁ……あぁっ、あぁ……あぁ…」
で?
なんで担任もわたしもブッ倒れてるの?
ず――っと、走ってた。
昨日ニュースで見た凶悪殺人の容疑者の顔が担任と似てるって言いふらしまくってたら授業が終わった瞬間追っかけ回して来て……。
階段登って、降りて。
グラウンドの周りを何周もぐるぐるぐるぐる……。
確か、そんな感じだった気がする。
なんでだろ……特別なことしてるわけでもないのに、この特別な感じ。
なんか、気持ちいい。
「はぁ…はぁ……おまえホントにしつこいな……まさか本物のストーカーじゃないだろうな?」
「あぁっ…ぁぁ………バカ。伊藤がしょうもないマネするからだろ」
グラウンドを抜けて渡り廊下のすぐ手前、ウォータークーラーを目の前に大の字になって青空を見上げるわたしと、同じく胡座をかいて青空を見上げる担任。
チャイムなんかとっくに鳴っていて、お互いもうどうにでもなれって空気。
またちょっかいを掛けて続きを始めてもいいけど……まぁ、今日のところは許してやるか。
もう少しこのままで……。
「なぁ伊藤………。そろそろさ、いいんじゃないか……。伊藤も先生も、ずいぶん暴れたよ」
「あん? 全然暴れてないだろ。まだまだやれるけど?」
「やらなくていいから……。じゃなくて、ちゃんと話がしたい。伊藤のこと、教えて欲しいよ」
教えてほしい……? わたしのこと?
見せたじゃん、全部。
初めのうちだけ大人しそうなフリしてネコ被りながらイタズラしてたけど、今のわたしは普通だぞ?
なにを教えるんだ……。
「……って、教えてほしいってまさか面談のことじゃないだろうな?」
「それ以外ないだろ。伊藤も先生もここ数日これ以上ないってくらいぶつかりあってきた……もう十分なはずだ、正直言って疲れたよ。……まぁ、以外に刺激を感じて楽しくはあったけど」
担任の顔は、見えない。
空を見上げたままどこか遠くに語り掛けるような、たぶん説教モードってわけではないと思う。
だけど、ここまで来てまだ面談とか言い出すのはむしろ一周回って面白い(笑)。
ホントにしつこいなぁ……こいつ。
楽しかったのはわたしも同じだけど。
「先生だろ、授業だけしてればいいんじゃないの?」
「そうはいかないのがこの仕事の辛いとこなんだよ。最初はそれでいいって思ってたけど、色々あってさ、そうもいかないことに気付かされた……。だから、決着を付けるって意味でも落とし処として話ぐらいは付き合ってくれてもいいんじゃないか。今逃げたところで意味はないと思うぞ?」
「………逃げねぇから」
逃げるつもりなんかない。
こんなに天気が良くて、ぐったりしたこの疲れが気持ち良くて、風も、匂いも。
そもそも面談しなかったのは担任をおちょくりたかっただけだし。
あと、かーちゃんにバレたらまずいっていうのもあるけど。
どーでもいいや……動きたくない。
なんか、目を閉じてこのまま寝ちゃいたい気分。
寝ちゃいたいとこだけど……そうだな、ここまでわたしと張り合えたご褒美として努力賞ぐらいならあげてもいいか……。
努力賞をあげたら、また遊んでくれるかな?
担任と、目が合う。
少しの間が出来て、わざとらしく大きなため息を吐かれる。
口を開いて、発する言葉は聞くまでもなく予想が出来て。
「伊藤、面談するか」
笑。
そういえば、こいつの名前知らないな……。
顔も声も格好も大きさも全部覚えたけど、名前だけは覚えてない。
周りの連中にはいつもおまえって呼んでるし、名前なんか知る機械があってもどうせすぐ忘れる。
名前で呼ぶやつの方が稀だし。
だけど、こいつは絶妙危惧種だから。
これから先、もっともっと遇えなくなっていくと思うから。
もし。
もし、これが最後の一人だったらって……。
名前、知りたいなぁ。




