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「バカふたり。ー俺のターン、春宮side」




――今までの人生で、レベルを上げたいと思うことはあっても下げたいと思ったことは一度もない。




 学生時代なんかは偏差値至上主義だった自分にとって、偏差値=レベルだなんて偏った考えを持ち続けていたから成績を上げるため必死になって机に噛り付いた。



 大学に入った後はほんの少し視野が広くなって、見せる相手もいないのに服装に気を使ったり美容院を利用するようになったり。



 社会人としての今、目下意識すべくは自分自身の言動にある。


 生徒が見ている。さらに言うと生徒を通して保護者が見ている。校長も見ているし教頭も見ている。



 その上で全うな振る舞いを……なんて、嫌々意識させられたり。



 必要だと感じて自分から求めるものもあれば、半ば強制的に求めざるを得ないものもある。


 幼少期から大人の今を通して、そういった一つ一つが蓄積されていき、やがてその集大成といえるものがある種の指標として個を指す『レベル』と表現出来なくもない……ような気がする。



 惜しむらくは、今の自分がしようとしてることは積み上げてきたレベルを意識的に引き下げるも同然の行為であり、その後の立場とか見られ方とか諸々の客観的評価含め、色々と大切なものを失ってしまうんじゃないかということ。





 まあ、何とかなるだろう。



 今は6月で、なんと来月はもう7月。


 夏休みという長期休暇が過ぎれば多少はリセットされることを願って。






 



 





 勝負だ、伊藤。





――――(◇)――――



~raund1~




「おうつきしろっ、おまえまた乳デカくなったなぁ! Aカップぐらいにはなれたか?」



「……あっ………伊藤さん」



「あってなんだあって。うしっ、今からわたしがデカさ確かめてやるかんな!」



「ちょっ……もぅ、やめてよ」



「やめねえから。おまえ直接触られるの嫌って言ってたな? 大丈夫、直接は触らねえから。触る素振りだけでだいたいのデカさわかるかんな。エアおっぱいいくぞ?」



「……え? えあ?」



「もみもみもみもみ」



「……なに?」



「もみもみもみもみもみもみっ……ヂュバッ……ヂュヂュ、ヂュ……ヂュバヂュバッ……ヂュヂュヂュヂュ」



「……ぇ………ちょ……」



「チュパッ、チュパッ……んっ、フゥ~……つきしろ、おまえのおっぱい最高だなぁ……。これ、Aカップ以上はあるぞ」



「やめて伊藤さん。お願いだからやめて」



「もみもみもみっ、あもみもみもみっ、もみもみもみもみもみ」





「なにやってんだあいつら? ……なあ、伊藤ヤバくね?」



「月城かわいそー。徹底的に絡まれてんな」





「うっ……ぅ………ううぅ……やめ…やめで伊藤さん」



「もみっもみっもみぃ! もみっもみっもみぃ! ううううううっもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ」



「……うぇ…うぇぇ」









「おはようさん。なにやってるんだ伊藤?」



「んんんんっ、もみぃぃ! んんんんっ、もみぃ!」




「ぁ……せんせぇ………い、伊藤さんが…」



「大丈夫、月城。チャイム鳴るしもう逝っていいよ」



「……でも」






「もみっもみっもみぃ! こりっこりっこりぃ! もみもみもみもみもみっこりこりこりこりこりっ」



「おはようさんって! 聞こえてますかぁ!? もうチャイム鳴りますけどぉ!?」



「…………おっ、もうこんな時間か。夢中になりすぎて気付かなかった……。おい、おまえ変わったな?」



「そりゃ変わるだろ。ちょうど昨日ボコボコにされたからな、このままじゃいけないって心を入れ換えたばかりだ」



「強くなったな……つきしろ。いつものおまえなら今頃泣いてただろ? 良くやった……よしよし、よしよしよしよし。今度はおまえがわたしにやっていいかんな?」



「………は、無視?」



「ちょ……ちょ、伊藤さん……恥ずかしいよ? 撫でないで…」



「うしうしうしっ……さ、チャイム鳴るかんな。席に戻るぞ」



「もうっ、引っ張んないで伊藤さんっ」



















 あーそう。



 そういう感じ?






 無視とか、させないからね。 





「伊藤はこっちだろ」



「あっ…」





 少し強めに引き寄せて。





「あれ……? なんだ、なんか引っ掛かったか? おん? なにか掴まれてるか?」



「なんだその一人芝居。ちょっと揉めただけでもう無視か? おもちゃ卒業したら見えなくなるのか?」



「うわっ、汚なっ! 汚なっ、汚なっ!」






 黙らせよう。




 強引に両手で顔を掴んで、つらつらを無理やり引き合わせる。









「頭、大丈夫? 君もそろそろ卒業しようね?」 



「……ぁ」






「次無視したらぶっ飛ばすから」





 まずは軽いジョブから。





――――(◆)――――



~raund2~




「伊藤」



「………」



「伊藤って」



「…………」



「次の問題、伊藤の番だけどぉ!? 目開けてますよねぇ? 起きてますよねぇ?」






「……なあ、春宮声デカくね? どしたんあいつ?」



「知らね。つか伊藤も伊藤で正面切ってシカトこきすぎだろ」











「だから伊藤……って………ん、あれ…? 伊藤、お前鼻クソついてないか?」









「…………あん?」






「ぷすっ、伊藤さん鼻クソついてるって~。受けるっ」



「やめなってもう……っ……っっ」





『……マジ? えっ、マジな感じ……? ウソ?』





 周りの反応に、少しずつ深刻な表情へと色を変える伊藤。





「ごめんな授業中に、でも本当についてると思うぞ? あっ……ほら、それ、みどりのやつ」



「んっ!? ……っ……んんんんっ!?」





 咄嗟に手で鼻を覆いながら机に突っ伏す体勢で顔を隠す伊藤。




 へぇ、こういう時は女子なのか。





「ん……あっ! あぁ………悪い伊藤……悪い悪い。それホコリだ、光の反射で鼻クソに見えたわ。ごめん」




「……ぁ………ぁぁ…ぁ」







 さぁ、授業の終了と共にトストストスと凄い勢いで廊下を駆ける音が聞こえてくる。


 

 一応見に覚えはあるため、授業が終わった瞬間最速で職員室まで向かおうと俺自身も大急ぎで廊下を駆けてる最中ではあるんだけど……。





「おまえぇぇぇぇぇぇぇ!! ボコボコにされたいのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



「うおおっ」



「なに今のっ!? あれなにっ!? なにもついてないじゃんかっっ! おまえなぁ!!」



「無視する伊藤が悪いっ」




 はい残念。


 

 およそ半径1メートル、寸でで伊藤に捉えられる直前、職員室の扉を閉めることに成功。



 職員室は教員御用達の聖地、悪しき生徒は入れまい。






 しかし、伊藤にも恥じらう気持ちがあるとわかったことは大きな収穫と言える。





――――(△)――――





 その後も対伊藤への制裁措置は続き――。



 昼休み、伊藤が席を外した隙に勝手にその席に座ってはチラチラこちらを盗み見る薬師寺を呼び出し談笑。


 伊藤が教室に戻って来た後も席から退かずひたすら談笑。


 思い切り蹴る、引きずるといった暴力行為を受けるも必死に椅子にしがみつき死守、薬師寺との談笑を続け最後まで席を返さないという嫌がらせ行為。



 さらには生徒全員に渡す予定のプリントを伊藤の分だけ刷り忘れたとのたまい軽く謝罪、敷いてはお詫びにこちらで代用下さいと黒板に貼り付け説明するためだけに刷った徳用のバカデカいサイズの同じプリントを渡すなど、加えて陰湿なジャブも数発撃ち込み続けた。





 そしてそんな今、本日最後の授業、学級活動の時間。



 特にすることもないので自習をしておきしょうなんてわけもなく、今日の学活に限っては1年の全クラス総出で西校舎全体の大掃除が課せられている。


 大掃除というだけでも凄く億劫な行事だけど、今回に関しては校舎裏の外掃きまで任されていて、しかもそれがウチのクラス担当だというのだから尚更億劫にもなる。





 ま、やることは一つなんだけど。





「だから何でおまえが付いてくるの? 他の先生は色んなとこ回ってるけど?」



「そんなこと言うなよ……友達だろ?」




 心の底から全く思ってもいない会話をしながら伊藤の班に続く。



 伊藤の言う通り、本当は色々な班を周りながら指示・監督する責務があるんだけど勝手ながら今回はパスした。


 そんなことよりも伊藤の後ろに着いて回ってチクチクとダメージを与え続けることの方が今の自分にとっては大事だから。



 とりあえず、隙あらばダメ出しの方針でいこう。




「おい伊藤、うろちょろしてないで皆がいるとこに行けよ。あとちゃんと掃除しろ、ゴミも拾え」



「だまれ、話しかけるな。掃除とかしねえから」



 

 ゴミを拾うためのトングを片手に、ガチャガチャ音を鳴らしながら同じ班の生徒達にずいぶん遅れてのそのそ後を歩いていく伊藤。


 今いる場所は校舎裏の筋道で、人気ひとけが少なくある程度のアプローチなら難しくはない。




「おまえ今日一日ずっとしつこいな。そろそろマジ我慢の限界だかんな? 次なにかやったらマジぶちギレるかんな?」



「キレていいから掃除してくれ。ゴミ拾えゴミ」



「くっ……くぅぅ」




 明らか機嫌が悪そうに表情を歪めて、まさしく爆発一歩手前といったところ。


 ガチャガチャ煩かったトングの音もシンと静まり帰り、その様に伊藤の心までどこか読み取れてしまう。




――そろそろ詰めだな。



 時間的にもこれ以上構うのは厳しいし、適当に揺さぶって明日に持ち越す形で今日は締めるとしよう。





「なあ伊藤。先生がさ、どうしてここまで伊藤一人にちょっかいを掛け続けるかわかるか? どうして他の誰でもない、伊藤なのか」



「……あん? 知るかっ。ストーカーなだけだろ」



「誰がストーカーだ……って、えっ? 伊藤のお母さん!? あっ、ど、どうも……えーっと、い、いま、学活の時間中でして」



「かーちゃん!? なんで!? えっ、どこ? えぇ?」







 ちょいちょい。


 こっちこっち。







「ん?」



「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」






 実に子供地味た騙し討ち。


 大人がやる分には情けなさで軽く挫けそうになるけど……まあ、入学式のあの日、似たような方法でハメてきた張本人がこの伊藤でもある。


 数ヶ月越しのお返しと考えれば爽快感を感じたり感じなかったり。






 さぁ、今目の前で尻もちを付きながら口をあんぐり、茫然とこちらを眺める少女に向かって、何て言葉を掛けようか?







「バーカ、いるわけないだろ。学校の中だぞ?」



「あっ……あぁ……おま……おまっ」



「どうして伊藤にちょっかいを掛けるのか、それはな」










「それはぁ、なぁ」







 伊藤の手をグーっと力強く握って、自分の顔をありったけぐちゃぐちゃにして。



 にちゃあって……にちゃーって。


 にっちゃにっちゃに、それはもう伊藤のことをバカにするためだけの顔。



 声は自分の耳が拒絶するぐらい喉から気持ち悪い音を凝縮して、絞り出す。





――届け、伊藤。












「おまぇのこどがぁぁ……ぎらいだがらぁぁぁ」











 快芯の一撃と、言えるのだろうか。



 あまりにもバカバカしくて、それはもうとてもとても恥ずかしくて………ただ、目の前の伊藤が初めて見る顔をしている。




 なんだろう、この顔は。





「わっ、うわっ……ついたっ! ついたっ!」




 ついでに自分から握った伊藤の手を雑に離しながら、汚ない物に触れてしまって最悪だという低学年小学男児並みの幼稚なリアクションで止めを刺す。








 どうだ?





















「おまえ、頭おかしくなったのか?」







 あーそう。


 第一声がそれなのね。






 構わないよ、俺は俺で返事を用意してるから。






「《《おかしくなってやってんだよ》》」





――――(▼)――――





 一つ、示せばいいと思った。



 周りが何も視えていない、自分の世界だけで完結してるこの子にとって、有象無象じゃなくはっきり映る何か。



 俺がその何かになって、伊藤の中で示す必要があると思った。




 きっと本当の意味で向き合いたいなら教師としてじゃダメで、立場や体裁も必要なくて、文字通り同じになってあげないとそもそも中に入れない。



 何なんだこいつって、とんでもねぇなこいつって、ひたすらにドン引かれてもいいから何かを示す。



 示せて、初めて向き合うことが出来ると思う。



 今日のやり方だときっとまだ足りない。



 まだバカになりきれてない。


 まだ保険を張っている。



 周りからはだいぶ白い目で見られていたけど、そこを割り切ってもっともっと醜態を晒していく。

 


 したくてやってるわけじゃない。


 しないといけないからやっている。



 どれだけ嫌でも来年の3月いっぱいまで彼女の担任で在り続ける以上、ここで伊藤を抑えよう。





 少し前までは何もしない受け身系無気力教師。


 そんな無気力教師による問題児更正熱血指導物語……なんて、言ってみたり。



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