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99 母とお客さんはもう駄目だ

 これは広告効果としてどうなんだろう……と、少しズレたことを考えているわたしの前で、ファビウス先輩は優雅に喧嘩を売り直した。


「ルルベル嬢が特別訓練を受けているのは事実だね。王立魔法研究所の研究員として、僕が彼女の訓練を担当しているから間違いない。ところで、君は何者なのか教えてもらってもいいかな?」

「わっ……わたしは、テスケン家の人間だぞ!」

「テスケン?」


 今度は顔が見える角度だ。でも、どんな表情をしてるかなんて、確認するまでもない。

 美しく、愛想よく、冷淡――お貴族様の社交用の笑顔だ。


「失礼、存じ上げないようだ。子爵家までは、すべて把握しているつもりだったのだが」


 キッツー!

 せいぜい男爵だろうが眼中にねぇよ、って意味だろ! だが相手は平民だ……リート調べによる。

 まぁね、正論だよね、家の名前を持ち出すなら爵位くらい持ってるんだろうなってことだよね、わかるよ! わかるけど、これはきついだろ……。

 粘着質な客の顔が、真っ赤になった。その上、きっ、きっ、と変な音を発しはじめたではないか。……大丈夫?


「貴様っ、無礼だろう! 我がテスケン家は、畏れ多くもノーランディア侯爵家の御息女をお迎えしたこともある、由緒ある家だ!」

「……なるほど」


 上流寄りの平民だと理解したらしく、ファビウス先輩はこちらを向いた。


「ルルベル、怪我はない?」

「え、それはもう、なんにも……ですけど、あの……」

「彼とはなんの約束もないんだよね?」

「もちろんです! ただのお客さんです」

「そう? じゃあ、いいね」


 なにがどういいのか、わからないぞ!

 胡散臭さ五割増の笑顔で、ファビウス先輩はわたしの身体の向きを変えさせ、店の方へ押しやった。


「ここはまかせて、ご家族に挨拶するといい」

「でも」

「お土産を持たせてくれるんだろう?」

「はい、それはもう……でも」

「でもは禁止。僕は君の師なんだから、従って。大丈夫だから」


 不安は残ったが、これは逆らわせてくれないやつだ。なんとなく、わかる。


「あの、穏便に……」

「馬車に紋章がついてるから、限度がある。その範囲で可能な限り、穏便に済ませる。安心して」


 それがあったか! そうだよな、王家の紋章つきの馬車から降りて来た相手にイキったら、ただでは済まされんよなぁ。気の毒にな、粘着質の客。二度とさわらないでほしいけど。変なことも口走らんでほしいけど。視界にさえ入らんでほしいけど。……でも穏便に済むといいね!


 店に入ると、ポカン顔の弟と母が立っていた。あと、お客さんが数名。


「ルルベル、いったいどうしたの? お客さんは?」

「えっと……いつものお客さん、魔法研究所のひとに無礼をはたらいちゃって」


 無礼な! って叫んだ側が実は無礼っていうやつだ。


「まぁ……挨拶に行った方がいいかしらね」

「いや、まかせてほしいって。穏便に、とはお願いしておいた」

「姉ちゃんは? 大丈夫なのか?」

「あ、うん。ちょっと手を握られただけだし」


 どっちかというと、粘着質なお客さんの今後の方が大丈夫じゃなさそう。


「あのお客さん……おまえが入学しても、毎日いらしててね」

「えっ。そうなの?」

「そうなのよ。おまえが帰って来てないか、たしかめるの。どうせすぐ勉強についていけなくなる、放校される、退学処分になる、って決めつけてらして」

「あたしらも訊かれたよ。隠してるんじゃないか、見かけてないか、って」


 お客さんたちまで顔を見合わせてうなずきはじめたから、冗談でもなんでもない事実だとわかる。


「……ひどいな。わたし、ちゃんと頑張ってるのに」

「あの子、自分がそうだったから。ルルちゃんも、同じになると思ったんだろ」

「え?」

「真面目に勉強しなくて、放校されたって話だよねぇ。もう十年くらい前だっけ?」

「十年も経つかねぇ。早いねぇ」


 近所の常連さん情報によれば、粘着質な客――つまり、テスケン家の次男坊は、十六歳で魔法学園に入学したらしい。平民だし、けっこう評判になったそうだ。勉強について行けなくて辞めた……というか、辞めさせられたときも、噂は駆け巡ったという。まぁ……想像はできるな!

 悪評が立った結果、階級的に自分が属すべき場所には居づらく、ド庶民が住む下町に出入りするようになった、と。そういう流れだったようだ。

 なにもかも、きっつい……。


「それより、一緒にいたのは誰なんだい?」

「ああ、ええっと……王立魔法研究所の研究員で、今はわたしの特別訓練を指導してくださってるの。すごい天才なんだよ」


 なにひとつ間違ってはいない情報だが、ファビウス先輩がどんな人物かを伝えられた気がしない。なぜだ。


「ちらっとしか見えなかったけど、ものすごい色男じゃなかった?」

「そうそう、もっと見物してもいいかね?」


 お客さんは全員、ファビウス先輩のイケメンぶりに興味津々だ。まぁそうなるよな。わたしだって、無責任に鑑賞できるなら……できるなら、どうなるかなぁ。のぼせ上がったりするかな? もう想像がつかない。


「ものすごい色男なのは保証するけど、人様を見物なんかしちゃダメですよ!」

「ルルベルは良い子だねぇ……男に騙されるんじゃないよ?」

「ありがと、気をつける! お母さん、お土産になるようにパンを少し包んでくれない?」

「いいけど――」


 母は顔を寄せ、小声で尋ねた。


「――とっても上等なパンしか食べてらっしゃらないと思うよ?」

「うん。でも、うちのパンだって美味しいもん」

「美味しいもん、じゃないでしょ。この子は、まったく」


 笑って、母は奥へ入った。たぶん、焼き立てのを持って来てくれるんだろう。

 弟は店先へ出て、なにが起きているかを見聞中のようだ。ほんの数日ぶりだというのに、後ろ姿が妙に大人びたように感じて……姉ちゃん、ほろりとしちゃいそうだよ。


 ややあって、ファビウス先輩が弟と一緒に店に入って来た。


「ルルベル、待たせたね」

「いえ、あの……どうなりました?」

「穏便にという希望だったから、そうしたよ。ところで、紹介はしてくれないの?」


 笑顔がまぶしい。薄暗い店内で、ファビウス先輩だけかがやいている。かつての日常だった風景に、今の日常であるファビウス先輩が……似合わない。違和感がはたらき過ぎて、過労死しそう!


「こちらがわたしの母で、先輩の後ろに立っているのが弟です。お母さん、こちらは研究所のファビウス様」

「娘がお世話になっております。なにかご迷惑をおかけしていませんか?」


 イケメン光線に舞い上がっているはずの母だが、パン屋のおかみさんモードでにこにこしている。さすがである。見習いたい。


「いえ、迷惑なんて。ルルベル嬢は着眼点が新鮮で、僕も勉強になっています。熱心で、地味な訓練も諦めずに取り組みますし、覚えもいい。素晴らしいお嬢さんですね」


 いつぞやのジェレンス先生を上回る勢いで褒められた……ちょっとサービスが過ぎるのでは? ほら、弟が信じてない顔してる! ちょっと! 姉ちゃんはちゃんと頑張ってるのよ!

 弟はともかく、お客さんたちはすっかり魔性の笑みにやられてしまい、ぽわ〜って顔だ。乙女か。乙女モードか!


「それより、店の前で騒ぎを起こし、ご迷惑をおかけしました。あの男には、二度と近寄らないよう厳しく申しつけておきましたが、かまわなかったでしょうか」

「お心遣い、ありがとう存じます。行き過ぎたところのあるかたで、困っておりましたので……助かります」

「なら、よかった」


 にっこり笑ったファビウス先輩に、お客さんが完全に魂を抜かれた。……うん、気もちはわかるよ。あの笑顔、至近距離で浴びるとダメージすごいよね。

 ていうか、下町には刺激が強過ぎるわ! もうファビウス先輩は連れて帰ろう、そうしよう。


「ファビウス様、お土産も用意してもらいましたから、もう戻りましょう。お母さん、騒がせてごめんね」

「そんなのは、かまわないけど……あんた、大丈夫なの? なにか困ってることはない?」

「大丈夫。今日いちばん困ったのは、さっきのお客さんだし」


 請け合ってはみたものの、ファビウス先輩にもけっこう困らされてはいるよね! 高級過ぎるコンパスくれたり、昼食だーって離宮に連れて行かれたり……でもまぁ、見返りが大きいからな!


「お嬢さんのことは、おまかせください。身の安全に関しても、魔法の訓練についても――僕が力を尽くします。どうか、ご安心を」

「まぁ……」


 ……これは落ちたな。母とお客さんは、もう駄目だな!


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