97 見られるための場所ってどういうこと
わたしの答えになにを思ったのか、ファビウス先輩は微笑んでうなずいた。
「そうか。そうだね。君ならそう感じるのかも」
「あの、でも! ……もちろん、わかってるんです。守ってもらわなければ、今のわたしなんて……なんの力もなくて。ほんとに非力な存在だってことは、自覚してるんです」
「知ってるよ」
「……すみません」
「なんで謝るの」
ひとを利用したくないと思いつつ、筋肉代替部隊の編成は急務だからって妥協したり。無力だってわかってるのに、助力されるのを嫌がったり。
そういうの、クソ生意気でめんどくさいって思う。いや自分のことだがね。
「だって、自分で自分を守れないってわかってるのに、他人に守られるのも嫌です、なんて。筋が通りません」
白状すると、ファビウス先輩は小声で笑った。
「それ、自分でいうんだ?」
「おかしいですよね。矛盾してます」
「いつもいつも正解ばっかりは選べないのが、人生ってものじゃない?」
齢十六にしては、ずいぶん悟った台詞をつぶやいて。ファビウス先輩は遠くを見た。
たしかに、それはそうなんだけど。
「……でもわたし、間違ってばかりな気がします」
「先生にいわれなかった? 生徒のあいだは、間違ってもいいんだって」
「いわれました」
ファビウス先輩はわたしの方を向くと、すっ、と手をとった。流れるような動きで、逃れる暇もない。
「僕の前では、間違ってもいいんだよ。君は僕の生徒だからね」
そうして、そっと指先にくちづけを落とされてしまったわけだが!
せ……先生とか生徒って言葉の意味があやしげな雰囲気になるんだけど、なんで! もうほんと、円を描いて爆破するしかなくない!?
硬直するわたしに、ファビウス先輩は必殺上目遣いのままささやいた。
「たぶん見られてるから。できたら、頬を染めたりしてくれると助かるな」
「ちょ……え……?」
「でも、その反応も可愛いから、そのままでもいいかも」
反則級の笑顔を向けられ、わたしは声にならない悲鳴を飲み込んだ。うむ。頑張った。
「ファビウス様、大丈夫ですか。胸が苦しくないですか」
「誓約魔法、発動しないね。この程度のことなら、君はもう許してくれるってわかって嬉しいよ」
「ゆ……許しませんよ!」
すると、ファビウス先輩は胸をおさえて苦しむふりをした。……ふりである。白々しい!
「ルルベル、そんな意地悪をいわないで。許して……」
迫真の演技だが、声音はともかく顔が笑ってやがる!
「教師が生徒にしていいことじゃないですよ!」
「おっと、正論が来たな。……まぁ、これくらいやっておけば、当面はいいか」
ファビウス先輩が満足げにそういって、小芝居は終了となった。助かった。
そして昼食も終了。我々がここにいると、姿を見せない決まりの使用人の皆さんが近づけず、片付けられないとのことなので、さっさと引き上げる。見られてもいるしな!
「でも、見られてるって。いったい誰が見張ってるんです」
「誰だろうね? 君が知ってる誰かじゃないと思いたいけど」
「いや、知り合いが気になるんじゃなくて……」
ファビウス先輩は、かろやかに笑った。
「わかってる。背後にいる勢力の話だね? ……あそこは、見られるための場所なんだ」
「見られるための場所……」
えっ。眺望を楽しむための場所じゃないの?
「離宮の敷地内に入らなくても、外から見えるだろう? 完全に閉め出すと、相手も躍起になって潜入を目論むからね。ある程度、観察される余地を残しておいた方がいいんだ。この離宮でいえば、あの四阿とかね。だから、たぶん見られてはいるけど、どこから何人見てるのかも、かれらを送り込んだのが誰かも、ちょっとわからないな」
わからないな、って……わたしには、高貴な人々の考えることの方が、わっかんねーな! そんなのまで意識して立ち回らねばならんのか。えっ、めんどくさっ!
「大変ですね」
「ん?」
「だって、ファビウス様も、妃殿下も、いつもそういうことまでお考えになってるんですよね。とても真似できないです」
「気にしてくれるの? やさしいね。ありがとう。……ところで、なにから学ぶ?」
「はい?」
「呪符魔法。絶対に使えるようになるための、はじめの魔法だよ」
びっくりして、ファビウス先輩を見た。真面目な顔だ……つまり、これは本気発言っぽいぞ。
「自分で選んでいいんですか?」
「うん。もちろん、初心者には無理な魔法は教えられないよ。だけど、君が望む方向性にあわせて代案を提案することはできるから、やりたいことを教えて?」
「それは……でも、はじめは基本の三種から、とかじゃ?」
「これをやりたいっていう明確な欲は、習得のなによりの力になるんだ」
「欲、ですか」
「そうだよ。人間の進歩って、欲が原動力だからね」
欲って言葉、どこかマイナス・イメージがつきまとってるけど、そうと限ったものでもないか。
「やりたいことを目指す方が、上達しやすいってことですね」
「そういうこと。基本は重要だ。それを否定はしない。だけど、漠然と『魔法が使えるようになりたい』って感覚だと、失速しやすいんだ。明確な目標がある方がいい。だから、まずひとつ、やりたいことで成功体験を得ておこうって感じ。君は向上心が高いから、呪符魔法の上達も早いと思うよ。魔力覆いも、短期間にすごくよくなって来てる」
「……今、全然やってませんけど」
「やらなくていいよ。魔力は温存しておいて。呪符魔法で魔力を使い切らないようにしたいし」
やったことがないことをやるって、そういう危険があるからね――と、ファビウス先輩は説明してくれた。なるほど、魔力暴走なんかもしかねないのか。危険なのは爆発だけじゃないな。
……それで思いだした。
「スタダンス様に伺ったんですけど、頻繁に魔力を使い切ると、魔法が使えなくなることがある……って」
「その通りだよ。だから、気をつけてほしいんだ。一緒にいるあいだは僕が気を配るけど、ひとりのときはルルベル、君が自分で気をつけるんだよ」
かなり真剣な口調でいわれてしまったので、わたしも真顔で答えた。
「わかりました。心に刻みます!」
と、こんな感じの話をしながら我々は研修室代わりの部屋に戻った。
この部屋で、若かりし日の――今もべつに若いっていうか、わたしと同い年だが――ファビウス先輩も呪符魔法の訓練を積んだそうだ。
はじめの魔法は、難易度や便利さを考えて、光に決めた。
ほんとのほんとに本心をいうと、転移陣を描けたら最高だと思うが、さすがに初心者が手始めに教わる魔法じゃない。ジェレンス先生は気軽に描いてったけど、本来は運用にもいろんな規則がある高難度魔法だ。本に書いてあった。たぶん、わたしの部屋にあるやつは法律違反である……怖い。
「そういえば、保険、掛けてみない?」
「保険?」
「置き魔力だよ」
そういって、ファビウス先輩は着色した魔力をふわっと宙に浮かべた。いつ見てもキラッキラである。大きさは、バスケットボールくらいか。
「これ、君の魔力で覆ってみて」
急に! さらっと! やったことがないことを! 要求されましても!
……と思ったが、わたしは頑張った。あまり迅速ではなかったが、なんとかなった……しかも、元の魔力が綺麗な球形だから、わたしの覆いが定着しても球形のままで、まるでわたしが制御上手みたいに見える。
「できたね」
「なんとかなりました」
「君の魔力って残置に向いてるのは、もうわかってるよね?」
「え、はい」
「でも、ただ魔力を出して置いておくだけだと、保険としては意味がない。損をするだけだ」
「そうですね」
外に出したら、時間経過で減衰してしまうから、置き魔力しても意味はないはず。
「別人の魔力を君の魔力で覆えば、君が提供するのは覆いの、表面の部分だけだ。それに、覆った本人は、魔力を吸収しやすい。魔力切れがあっても、すぐに対処できる」
わたしは魔力ボールを見、ファビウス先輩を見、そしてまた魔力ボールに視線を戻した。
「あれ、わたしが吸収するんですか?」
「その練習もしようね。うまくいけば、誰の魔力でも借りられるよ」
他人の魔力を吸収するのって、なんか抵抗が……あるんだが……。
わたしが無言になったのを見て察するものがあったのか、ファビウス先輩は苦笑混じりにこう告げた。
「もちろん、覆いをとれば、中の魔力を出した本人も再吸収できる。誰が使ってもいいんだ。だから今日はまず、あれがどれくらい維持できるかを確認しよう。いいね?」




