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96 君も、できるようになるんだよ?

 そしてわたしは馬車に乗せられ、学園外に連れ出されたのである……。


「これ、校長先生の許可は……?」

「無許可だったら、今頃この馬車は永遠に道がつづく森の中に入っているか、あるいは吹き上げられて空を飛んでいるかってところじゃない? 空を飛ぶのは、ちょっと面白そうだね」


 やめてくれやめてくれやめてくれ!


「面白くないですよ……。それはそれとして、どこに行くんです?」

「離宮」


 離宮っていうと、学園から見えないわけでもない距離に建つ、あれか。まさか、ハルちゃん様と連絡がとれるらしい岩山の話じゃないだろう。……だよな?

 馬車の乗り心地は最高で、それに不満はない。が、なんでそんなとこに行かねばならんのかが不明であるし、不安でしかない。


「あの、どうして」

「昼食を用意させてあるから」

「学食でじゅうぶんです」

「僕が飽きたんだ」


 そんな理由かよ!


「わたし帰りたいです……」

「そんな顔しないで。正直にいうと、研修室が使えないからだよ。離宮の空き部屋で、どうかなと思って」

「学園にあるんじゃないですか、空き部屋」

「学園は、各勢力が間諜を送り込んでるからね。あまり安心できない。離宮は一応、妃殿下の警護のために身元がたしかな人物しかいないし、体制も万全だ。使わない手はないだろう?」


 学園が安心できないって話もかなりアレだが今さら感もあるので気にしないこととして、それよりも!

 離宮の妃殿下っていうと、あれか……ファビウス先輩の姉君か! 隣国のお姫様で、王子謀殺を主張したせいで王室と険悪な仲になった、っていう……。

 わーお。

 まさかとは思うが、さらっと「紹介しておこうか、ついでだし」なんて話にならんだろうな? そんなの、ついででやることじゃないぞ! たのむぞ!

 ……なんてことを念じているあいだに、馬車は離宮に着いてしまった。

 えっ、速くない? 乗り心地はすごくよかったよ……ぜんぜん揺れなかったし。でも速くない? 正直、馬車なんて乗ったの、これが第二回なので比較はできないんだが。

 なお、第一回は入学初日に、王女殿下の馬車の外部に摑まり立ちさせてもらったアレである。

 冷静に考えると、馬車に乗った回数よりお姫様抱っこされた回数の方が多いって、どうなんだろうな。さすが転生コーディネイターが無限の可能性を秘める世界の中から厳選しただけのことはあるっていうか、なんていうか。


「研究所にも僕の部屋はあるけど、こっちの方が広いし頑丈だからね」


 通りすがりに、午後の実習に使う部屋も見せてもらった。

 たしかに、広い。いつもの研修室と同じくらいだし、天井はこっちの方が高い。


「頑丈」

「午後は、呪符魔法の練習したくない? 実践で」

「……えっ! したいです! いいんですか?」

「爆発予防の呪符なんかも仕込んであるからね。安心して練習できるよ」

「すごいですね。そんなこともできるんですか」


 びっくりしているわたしに、ファビウス先輩は微笑んで答えた。


「君も、できるようになるんだよ?」


 ……はい、頑張ります。

 で、そのまま庭園に向かった。昼食の支度が、外の四阿あずまやにある、とのことで。

 離宮は広大で、しんとしている。


「あの……」

「なに?」

「誰もいないんですけど……」


 そう。入口で馬車を降り、階段を上がって。巨大な扉はひとりでに開いたし、その後、廊下を延々移動しても誰ともすれ違わない。誰も見かけない。かなり広い宮殿は、まるで見捨てられた廃墟みたい……いや、廃墟というには美し過ぎる。磨き上げられた姿をそのままに、住人だけが消えてしまったような。時が止まっているんじゃないかと思うほど。


「ああ、妃殿下がね、お嫌いなんだ」

「お嫌いって、なにをです?」

「使用人が視界に入るの」


 ……おおっと。これは、どう反応していいかわからないな!

 でも、なるほどではある。たしかに、噂話でそういうの聞いたことがある……角の煙草売りの家の長女が、裕福な商家に奉公に出たんだけど、そこの奥様がそういうかただとか。使用人のための狭い通路、使用人が物を運ぶためのリフト、使用人だけのじめじめした休憩室、専用の薄暗い食堂……などが完備された、気が滅入る職場だそうだ。

 この離宮にも、使用人専用の通路とか、あるのかな……あってもおかしくないサイズ感だ。


「目に入らないってことは、よほど大声を出さない限りは声も聞こえないってことだから。話す内容も、気にしなくていいよ。殊に、屋外はね」


 なるほど、第二弾。

 そういう意味でも安全・安心な場所ってことか……。


「中では気をつけて。二重壁の向こうで立ち聞きをする者がいるかもしれないからね」


 ほらやっぱり使用人専用通路とかありそうじゃん! むっちゃ複雑に入り組んでて中で遭難できそうなやつが!


「警備体制は万全なんじゃないんですか」

「使用人の最大の愉しみって、立ち聞きなんだそうだよ」


 おふぅ。それも否定できない!

 だって角の煙草屋以下略の噂話って、もちろん自分たちの環境の話だけじゃなかったもんな。奥様の特別なお友だちがどうとか、旦那様の浮気相手がこうとか、いろいろあったもんな。興味なかったから覚えてないけど。


「ファビウス様は、使用人の生態にもお詳しいんですね」

「仲良くしてるからね」


 特に若い女性の使用人と、ってやつだな! いわれなくてもわかるぞ!

 ファビウス先輩はなぜか楽しそうに笑い、こっちだよ、と庭園に通じる扉を開いた。

 いやぁ……温室あるじゃん! それも巨大なやつ……しかも名前も知らない花がざんざか咲いてるじゃん! 名前は知らなくても高価そうなのはわかる……わかるぞ!


「すごいですね……」

「興味があるなら、時間があるときにゆっくり見においで。君ならいつでも歓迎するから」


 すみません、わたしの興味は主として、この花集めるのにいくらかかったんだろう! という下世話なものでございます……。

 さすがに口に出すのがはばかられたので、無言でにこにこするに留めた。

 その豪勢な温室を通過した先が。


「……わぁ!」


 素晴らしい眺望の高台に建てられた、四阿だった。

 そう、この離宮は丘の上にあり、丘の向こうには河が流れているのだ……えー、河が見えるー!


「いい眺めだろう?」

「はい。とてもこう……すみません、どう表現すればいいか」

「気に入ってくれて、よかったよ」


 実のところ、エルフ校長との遊覧飛行で、高所からの景色はしょっちゅう見ているのだが。あれは命懸けだからね……。足の下がスースーしない状態で絶景を楽しめるって、最高じゃん! 人間、地に足を着けてることが重要よ!

 その絶景ポジションに、四阿はあった。テーブル・セッティングもすでに終わって、料理がびっしり並べられている。

 凝ったソースをかけた肉料理、塩を振ってある焼き野菜、数種類のチーズ、皮目がパリッと焼き上げられたソーセージ、茹で卵……えっ、わたしどんだけ食べると思われてるんだろう!

 デザートもあるぞ。シスコが部屋に持ってるような保冷箱に入ってるんだけど、箱の上部が硝子でできていて、ショーケースみたいなの……もう見た目から芸術品のケーキをおさめるのに、これほどぴったりな箱があるだろうか、いやない!

 好きなだけ食べてね、とファビウス先輩にいわれるまでもなく、わたしはせっせと食べた。どれもこれも、美味しいにもほどがある。離宮の料理人、レベル高い!


「美味しそうに食べるね」

「だって美味しいですから!」

「料理に負けた気分だな」

「勝ち負けなんて、気にしたら負けですよ」


 食事をしながらも、話題はだいたい呪符魔法についてである。


「魔力がある人間なら誰でも、訓練すれば、ある程度は使えるようになるからね。諦めずに鍛錬すれば」

「大丈夫です、諦めません。わたし、絶対に呪符魔法が必要なんで!」

「絶対に?」

「はい。だって、聖属性魔法って、魔王と眷属以外には無力ですし。自分の身を守ることすらできないですからね……」

「だけど、聖属性魔法使いなら皆が守ってくれると思うよ?」


 そりゃな。ジェレンス先生にも、皆に守らせろっていわれたし。

 そして実際、そのときは断ったものの、今のわたしは筋肉代替部隊の人員集めに余念がない。いや余念はあるか……むしろ余念ばっかりではあるが、機会があれば考えている。必要性を痛感しつつあるからだ。

 でもさぁ。そりゃ、守られるのもいいけどさぁ!


「なんかこう……性に合わないんですよね」


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