94 やらなければ、できないままだ
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「エーディリア嬢を泣かせたんだって?」
翌日。またしても必要書類を揃えて待ち構えていたファビウス先輩に捕まるなり、これである。
王宮には暇人しかいないのか! 噂が駆け巡る速度、どんだけー!
「びっくりしました」
「ローデンスも、おどろいていたよ」
「そうなんですか」
「うん。誰も、彼女が泣いたのを見たことがなかったみたい。すごいね、ルルベル。君はもう伝説になりつつあるよ」
そんな伝説は、いらん!
でもまぁ、すべてご存じというなら相談に乗ってもらおうじゃないか。当然のように閲覧室に同行するファビウス先輩に、実は、と切り出してみる。
「わたし、エーディリア様を自由にしてさしあげたいと思っていて」
「自由?」
「そう。そのためには、まずローデンス様が魔法の制御をきちんと学ばれる必要がありますよね」
「ああ……それは、そうだね」
「正直なところ……どうですかね? ローデンス様、おできになると思います?」
「できるだろうね」
即答! えっ、そんな簡単なら、とっくに解決してないとおかしくない?
「あの……ご判断の根拠を伺っても?」
「人間が、自分であやつれない量の魔力を受け止めるって、死ぬってことだからね」
「死……えっ?」
「制御しきれないほどの魔力は、個人の身には宿り得ない……って研究があってね。肉体が、魔力の負荷に耐えられないんだよ。つまり、魔力量が潤沢だといっても、限度があるってこと。だから、訓練すれば誰だって、制御はできるよ。所詮は、生き延びられる程度の魔力しかないんだからね」
生き延びられる程度の魔力しかない……ってまた、極端というか!
「でも、ローデンス様の場合、暴走すると周囲が危険なほどだと伺いました」
「それはそうだね。だけど、魔力の暴走なんて止めるのは簡単だよ。君は昨日体験してるんだから、わかると思うけど」
「昨日……あっ」
自分の魔力で溺れ死ぬと思ったあれか!
あれ暴走だったのか……いや、いわれてみればそんな感じだったな。なるほど。わたしも暴走体験者だった! うわぁ……教えといてよ、そのときに!
ファビウス先輩は、にっこり笑う。
「簡単に止まったよね?」
「その節はお世話になりました。あの……わたし、聖属性でよかったです。無害で。ファビウス様に、お怪我もなくて済んで……ほんとうによかった……」
「そんなの気にしないで」
かるく返されたが、あれがそれこそ火属性だったらどうなの。属性魔法の場合、自分自身の魔法で傷つくことはないのが通常だけど(本に書いてあった。重力眼鏡? あれは寝ぼけてるせいで無意識に自分を守ることすらできないんだろう……ほんとにレア・ケースなんだよな!)、たとえ本人が火で傷つくことがなかったとしても、周りはそういうわけにはいかない。止めようと手をさしのべるだけでも、命にかかわる重傷を負いかねない……。
魔法の訓練を王子が怖がる気もち、少しわかる気がするな。
「じゃあ、期待していいんですね」
「本人次第だね。たとえ可能なことであっても、やらなければ不可能なままだ」
きっぱりとした口調に、このひと天才なんだなーって実感した。
やってもできなかった経験が、すごく少ないんじゃないかな。だからこんな風にいえるのでは? ……もちろん、やらなければ不可能っていうのは、端的な事実だと思うけど。
「……ふつうは、怖いんですよ」
「なにが?」
「やってみても、できないのが。やらなければ、できないかどうかは不明なままじゃないですか。でも……やってみても、できなかったら。できないって確定しちゃうから」
少し考えるように首を傾げてから、ファビウス先輩はつぶやいた。
「なるほどね。なんで皆、やってもみないで諦めるのかなって、よく思ってたんだ」
ほら天才やっぱ天才! 凡人の恐怖をわかってない!
「それが一般人ってものなんですよ」
悲しげに告げたつもりだったが、いささか呆れた口調になってしまったかもしれない。しかたない、多少呆れたのも事実だし。でも、悲しくもあるんだけどな。
「その怖さを強く感じるか否か、あるいは感じてもなお挑戦する勇気があるか否かが、分岐を生むんだろうな」
「……分岐ですか?」
「うん。君がいうように怖さがあるとしても、挑戦する者はするだろう。だから、人類は進歩してきたんだ。世界なんて、わからないことだらけなんだから。わからない、無理かもしれないで立ち止まっていたら、僕らはずっと変わらないよ」
天才マジ天才だな、おい……。
でも、過去と未来をまっすぐ語れるのは、ちょっといいなと思ってしまった。
わたしが考える過去は大暗黒期であり、未来は魔王覚醒である。陰々滅々。人類の進歩どころの話ではなく、むしろ存亡の危機である。これでメンタルがおかしくならなかったら、自分を褒めたい。
「君は、挑戦できる方だね」
「え、そうでもないです」
「だって、聖属性魔法を使おうとしてる。それだけでは不足だからって、呪符魔法も学んでる。挑戦してないとは、誰もいわないと思うよ」
「いや、どうでしょうね……」
人類の進歩とかじゃなくて、破滅を避けるためだから……華々しく前向きな挑戦ではなく、後ろ向きの防衛的な決意だからな!
わたしが言葉を濁していると、ファビウス先輩は話題を変えてくれた。
「ところで、円を描く練習はどう?」
「あっ、それがですね……昨晩はその伝説になってしまった件でシスコ嬢と話し合っていて、それどころではなく……」
「そうなんだ? じゃあ、ちょうどよかった」
よかった? なにが?
ファビウス先輩が制服のケープの内側から取り出したのは、小さな箱だった。てのひらに載る程度。それを、机の上に置く。
「なんですか?」
「開けてみて」
なんらかの罠ではないだろうなと疑いつつ、わたしは箱を手にとった。木の箱だ。蓋には凝った象嵌細工がほどこされていて、平民人生では見ないような逸品……おいくらかしらと思いつつ蓋を開けると、中には、これまた美しいコンパスがおさまっていた。そう、円を描く道具である。軸は金属かな……ちょっと不思議な色合いで、判断しがたい。
「綺麗ですね」
「綺麗な円を描くための道具だよ」
うん、それはわかるが。おそるおそる、確認する。
「貸していただけるんですか?」
「もらってくれると嬉しいな」
なんか……宝石っぽいものも飾られているような……ねぇ、これほんとマジで、おいくら? 平民の生涯収入……とまではいわないが、年収くらいするんじゃない?
「いや、こんな高価そうなもの、とても」
「僕が子どもの頃に作らせたから、もう手の大きさに合わなくて。家にあっても、誰も使わないし。お下がりで悪いんだけど、役に立つよ?」
「ですから、わたしには分不相応なお品物です」
「……君に使ってほしくて、昨晩ずいぶん探したんだけどな」
ここで、必殺上目遣いが来た! 毎度思うが、完成度高いなぁ!
「お疲れさまです」
「そこは、ありがとうございます、でしょ?」
駄目出しされても困る!
「いただく理由がありません」
「じゃあそうだな、君が道具を使わずに綺麗な円を描けるようになるまで、貸してあげるっていうのは?」
「道具を使っていたら、いつまでも綺麗な円が描けない気がしますが」
「早く実践に移りたいなら、円は正確じゃないと。使えるものは使おうよ」
むむ……そういわれると弱い……。
「わかりました。では、お借りしますね。だいじに使います」
「うん、ありがとう」
ありがとう? わたしは眼をしばたたいた。
「お礼を申し上げるのは、わたしの方だと思いますが」
「どうして? 受け取ってくれてありがとう、だよ」
いや、プレゼントってさ、もらった方がお礼をいうもので逆じゃないでしょ! と思ったが、実はね、とファビウス先輩は言葉をつづけた。
「ずいぶん考えたんだ。花くらいなら、どさくさ紛れに渡せそうだけど、押し花にしてとっておいたりしないだろう?」
「しませんが……」
知っているか。押し花なんて道楽、そんな扱いをしてもかまわない本が家にいくらでもある状況じゃないと、無理なのである。従って、下層の平民にそのような習慣はない!
「美味しいものも、食べたら終わりだ。手元に残って、見るたびに僕を思いだしてもらえるもの……ふつうなら装身具とかだけど、君には断られるってわかってるし」
「はぁ」
「だから、便利で役立って処分しづらく、君に必要なものを選んだんだ。受け取ってもらえて嬉しいよ。それを見るたびに、僕を思いだしてね?」
「……種明かしが早い!」
思わずツッコミが口から飛び出して、ファビウス先輩に笑われてしまった。




