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93 このままにはしておけないと思った

「お……」


 それだけつぶやいて、エーディリア様は完全にフリーズ。

 え、なに?

 固唾を呑んで見守る我々平民トリオの前で、エーディリア様は口を閉じ、開け、閉じ、それからようやく。


「ま……」


 そこでまた、口をぱくぱく。

 次に出てきたのは。


「……え?」


 ……おまえ? ちょっと溜めが長過ぎない?

 と、呑気に思う暇もなく。エーディリア様のお顔がみるみる真っ赤になって。

 そして、綺麗な眼から、ぽろっと涙の粒がころがり落ちた。映画かなにかのワン・シーンみたいで、思わず見惚れてしまったが……。

 ちょっと待って。なんで泣くの!?


「え、あの……大丈夫ですか?」


 思わず立ち上がりかけたわたしを、エーディリア様は、きっ! と睨んだ。涙目で。

 やだ、可愛い。

 そこへ戻ってきたのが、稀少合金の眼鏡をかけた世界的大富豪、スタダンス侯爵令息である。


「どうかしました……か……?」


 声かけの最後がぶれたのは、エーディリア様が上流の子女には許されない速度で駆け去ってしまったからである。

 残された全員、無言になった。心中で、今なにがあったのか把握につとめたのだろう。少なくともわたしはそうだ。

 エーディリア様になじられ(まぁ一理あった)、わたしが看板娘スマイルをぶつけ(大した威力ではないと思う)、そして泣かせた。

 ええー……意味不明なんだけど。


「なにがあったのです」


 最高に事情がわからないらしい大富豪……って呼ぶのもなんだな。しかし、留年生呼びも失礼な気がしてきたし……スタダンス様でいい? そうしよう。

 とにかく。スタダンス様に問われれば、なんらかの解答を捻出しないわけにもいかず。


「えっと……ローデンス様にも、もう少しご理解をいただきたい……といったことを話していたら、他人に理解や尊重を求める自分は相手を理解し尊重しているのか? と、エーディリア様に問われまして」

「なるほど」

「それで、してないな、って思って……今後はあらためますし、エーディリア様のことも理解するようにしますから、お友だちになってくださいませんか? って」


 あとは、スマイルである。……それだけだよな?

 わたしはリートを見、シスコを見た。リートは無反応だったが、シスコはうなずいてくれた。ありがとう!


「そしたら、ああなりました」


 エーディリア様は言葉が出なくなり、美しい涙をこぼして、睨み、駆け去った。以上!

 スタダンス様は少し考えてから、真顔でこう結論づけた。


「泣くほど嫌だったのでしょうか? 友人になるのが」


 それは違うやろ。

 ……と思いたいが、そうかもしれない。どうよ? と、ふたたびリートを見、シスコを見た。すると今度は、リートが口を開いた。


「憶測してもしかたがないですね。単に、おどろき過ぎたようにも見えました」


 それな。わたしもそう思ったんだ。


「でも、おどろき過ぎるっていうほどのこと? 友人になってほしいって、それだけなのに」

「あるかもしれませんね」


 意外にも、さっきあんな意見だったスタダンス様が、びっくりし過ぎ説を肯定!


「えっ、そうなんですか?」

「エーディリア嬢は、殿下のお近くに控えるお役目を賜って久しい。おそらく、今まで少しもなかったでしょうね、同年代の友人をつくる暇など」


 平民組三人が、あー、という顔になったのは許してほしい。

 まぁリートはいつもの顔だが、シスコとわたしは完全に、あー、としかいえない顔になった。

 だってそうでしょ、ちょっと考えただけでめげるじゃん! お役目ってさ、二十四時間年中無休ってやつじゃない? 個人の時間、ないんでしょ? 人づきあいも、無理でしょ?

 王子の魔力切れで、にわかに手に入った自由時間。でもエーディリア様は、その時間をどう自由に使えばいいかさえ、思いつかなかった……ってことじゃないの? だから、王子のためにわたしを説得しようとか、漠然とその程度のことを考えてたんでしょ。

 たまの自由時間でさえ、まったく自由じゃなかったってことだよね。

 そりゃ泣くかもしれない。

 嬉し涙とかそういうんじゃなくてさ。理解できないものを押しつけられた感じじゃない? それで、どうしていいか、わからなくなったのでは?


「なんていうか……ますますエーディリア様とお友だちになりたくなりました」

「奇特なことだな」


 誰の台詞かは、わかるな? リートである。


「だって、お気の毒じゃない? 女の子にはね、女の子の友だちが必要なの! ……ねっ?」

「うん」


 わたしとシスコは目を見交わした。エーディリア様を、なんとかせねばならぬ。絶対に。

 スタダンス様が、少し困ったような表情になった。


「ですが、エーディリア嬢は嫌いますよ、同情を」

「それはそうでしょうけど、このままにはしておけません」


 同情っていうか義憤っていうか、まぁなんかそういうのであることは否めないが! だがしかし、このまま王家に利用され尽くすエーディリア様を放置するなんて。


「べつに、わたしの友人になってくださらなくてもいいです。ただ、エーディリア様にも個人の生活があり、人生があると気づいてほしいです」

「なるほど……やはり誠実なかただ、ルルベル嬢」

「わがままなんです、わたし」

大度たいどの証でしょう。自身の誠実さを、わがままと見做せるなど」


 いや、ただのわがままだよ。ナチュラルに人権が侵害されてるの、嫌なんだよ。

 この世界の常識では、王侯貴族が平民をこう……違う生き物みたいな扱いするのは、当然だと思う。平民だって、そう思ってるわけよ。階級社会だからな!

 わたしは前世記憶の補正があるし、シスコは貴族とつきあいがある上流寄りの平民だから、平民でもちゃんと生きてるんだぞって認識する素地がある。

 けど、一般的な平民の感覚なら……まぁ大変ね、くらいかな。だって、エーディリア様は本来、平民なんだし。王子様のお付きなんて、大出世。お仕えするかたのご都合にあわせて生きることくらい、当然中の当然。年中無休もよく聞く話。

 でも……そんなのが当然であって、たまるかよ。


「今日は、もう疲れてしまいました。そろそろ寮に引き上げても?」

「もちろんです。お送りしましょう」


 ちょっと遠慮したり、遠慮するのを遠慮されたりしたあと、我々は平和に寮に引き上げた。

 本日のイベントはもう打ち止めにしていただきたい。……と思ったが、結局、シスコの部屋で少しお喋りをすることになった。もうこれ、毎晩の行事みたいになってるな!


「ねぇルルベル、今夜、その……一緒に寝ない?」

「え、それ楽しそう!」


 学園の寮は、女子寮に男子が入れない、男子寮に女子が入れない……という二大制約以外は自由なので、そんなことだってできちゃうのである。

 わたしは枕だけ自分の部屋から持って来た。毛布はシスコが予備を出してくれた……学園支給の毛布も、わたしにとっては高級品だったのだが……比べ物にならないくらい、肌触りが最高だ。


「エーディリア様、こういうこともできないんだよね」

「うん」


 ふたりで枕を並べて、そんな話をした。


「なんとかできるといいな」

「そうね。難しそうだけど……」

「このまま、ローデンス様の訓練が毎日つづいて、魔力切れを起こすか、もう自分で制御できてる、って状況になればさ。エーディリア様も、自由になるんじゃない?」


 将を射るなら馬を……じゃないけど、馬を自由にするためには、将が自分で移動できるようになってもらう必要がある。


「たしかに。殿下にも頑張っていただかなければね」

「シュガの実でも差し入れる?」

「そうね。王室ルートより、うちで仕入れているものの方が上等よ。自信あるわ」


 シスコ、心強い!


「じゃあさ、わたしがなんとかローデンス様を食堂に引っ張って来ればいいのかな」

「でも、ルルベルは殿下のことが苦手なんじゃないの?」

「そりゃね。お顔がお綺麗なのと、お血筋がよろしいのを笠に着て、ローデンス様のためなら、わたしがなんでも差し出して当然! みたいなお考えのあいだは苦手だと思うけど、意識改革してもらおう」

「意識改革……?」


 きよらかで善良な聖属性の世間的イメージを体現したような人物なら、世界のためにすべてをなげうつのかもしれないが。少なくとも、このルルベル様は違うのだ。

 聖属性魔法使いが、ただで守ってくれると思うなよ! である。


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