92 理解し、深く考え、尊重すること
「王子避け……」
スタダンス留年生には、いまひとつ通じていないようだ。なにか似た響きの言葉と混ざってるのかな。
不敬な表現だし、通じても通じないふりをするのが貴族的には正しい反応なのかもしれないが、スタダンス留年生だしな……マジで勘違いしてそう。
つまり、補足が必要であろう。
「ファビウス様に、お聞きしました。ローデンス様が、その……なんと申しますか、わたしに過剰に接して来られないように助けてくださるというか……なにか、そういうことを引き受けてくださった、と。……違いましたか?」
「いえ、その通りです。なるほど王子避け。虫除けのようです」
ますます不敬表現になったけど、まさにそうだな! まさに!
話が通じたところで、リートが質問し直した。
「なぜ引き受けたんです?」
「ルルベル嬢が、迷惑なさっているからです」
ここでスタダンス留年生はわたしをまっすぐに見た。そして、眼鏡のセンターを指で、くいっと!
最高じゃん! わたしの心の中の眼鏡属性オタクが、『眼鏡くいっとして』団扇を握りしめ、気絶しそうな勢いである。
眼鏡をベスト・ポジションに直したスタダンス留年生は、わたしをみつめたまま――いや質問してるのリートなのに、なんでこっち見るんだろうか?――こう答えた。
「王国の臣として思います、聖属性魔法使いは国の宝だと。ですがそれ以前に、世界の宝。王室による独占、外交への利用……許せるでしょうか、そんなことが?」
おぅ。話が壮大になってきたぞ、眼鏡団扇の妄想にふけっているあいだに!
「なるほど。国益の確保のみに気をとられることなく、全世界の安寧のために……と」
「殿下にもお話ししましたが、おわかりいただけませんでした。ゆえに、いたしかたありません。たとえ殿下のお考えに背くとも、このスタダンス、力の及ぶ限りルルベル嬢をお助けいたします」
か……っこいい!
えっやば、イケメンなどに惑わされぬと誓ったばかりだが、眼鏡の縁(稀少な新素材合金)キラーンってするの、強いな。強っ!
思わずまじまじと見返していると、スタダンス留年生はなぜか赤面し、不意に立ち上がった。
「失礼、飲み物を取って来ます」
残された我々は、顔を見合わせた。
まず口を開いたのは、リートである。
「勝ったな」
「えっ、なんの勝負」
「スタダンス様は、ノーランディア侯爵家のご長男よ」
親切に教えてくれたのは、もちろんシスコ。
一応書いておくと、この国の貴族は大雑把な前世知識の通りに分けられている。世襲貴族は、偉い方から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。侯爵ってのは上から二番目である。本来なら口をきくどころか、一生お会いすることもないであろう……。
ま、それをいえば、王子も王女もエルフ校長も当代一の魔法使いも、もちろん忘れ去られた伝説の大魔法使いだって、下町のパン屋に生まれた小娘が会う相手ではない。
それでも、今の今まで会話していた相手の具体的な情報が入るとね……愕然とするね。
「侯爵家……」
「感心するのは、そこじゃない。ノーランディア家は、この国の国庫と同義だ。いや、それ以上だな」
「……はい?」
「国家予算級の資産を自由に動かせるの。物価の操作も思いのままよ」
「ええ?」
なんじゃそれ! 財力チートか!
そういえば、転生コーディネイター情報でも生徒会眼鏡は財力MAXとはいわれていた。……いわれていたけど、今仕入れた情報が受け入れられない。国家予算級の資産ってなに? 物価って操作できるものなの? うちのパン屋のパンの値段も勝手に上下しちゃうの?
庶民の想像力には限界があるということだね!
「おどろいたな。ノーランディア家は、政治的には親王室派とみなされている。殿下には逆らわないと思っていたが、今の様子だと、本人はそのつもりだな」
「どのつもり……」
「殿下の命令を無視してでも、君を助けるということだろう?」
あらためていわれると、ものすごい破壊力あるな!
「かっこよかったわね、スタダンス様……。あの眼鏡は東国と特別な取引ができないと手に入らないものだけど、ノーランディア家はもともと西国との結びつきが強いはずなの。つまり、今のノーランディア家は、東西どちらとも良好な取引ができているということよ。それってすごいことなの。東国の業者って、西国の業者と取引するなら切ります、なんて脅して来るところが多くて」
シスコは乙女モードに入りつつ、商家の精神も忘れていない。
そうか、つまりノーランディア家は一国の貴族というより、世界的大富豪なんだな? あれだろ、前世日本人の感覚だと、ビッグ・テックのトップみたいなやつだろ。個人でロケットぶち上げちゃったり、専用の人工衛星持ってたりする系の。
現世の感覚だと、どういえばいいのかわからない……だってルルベル、下町のパン屋しか知らないもん! 無理!
「基本は穏健路線だし、後ろ盾としては最強じゃないか?」
「え、王室より、ってこと?」
「王室より金を持ってるからな」
世知辛い!
「でもわたし、後ろ盾とかそういうのがほしいわけじゃないよ。ただ、魔王を封印するためには、ある程度の武力とか物資とか……いろいろ必要なものは多そうだけど……」
国家規模の予算も必要になるかもしれないとは、話しながら思ったけど。
でもさぁ!
「まず必要なのは、わたしの熟練度上げだと思うんだよね。だから、初手は『邪魔をしないでほしい』と『邪魔にならない範囲で協力もしてほしい』なんだけど……」
「それは難しいやつだな」
「……そうっぽいね」
たとえばエルフ校長は、わたしを逃がしたがり過ぎる。協力は、まぁ……ジェレンス先生を付けてくれたり、本来は研究員であるファビウス先輩が学園に来るのを許してくれたり、図書館で防備を固めてくれたりはしてるから、助かってはいるんだけど。でもとにかく、逃がそうとし過ぎ。
ジェレンス先生は有能な教師だと思うが、ちょっとばかり天才過ぎて、わたしがどれだけギリギリかを理解できてなさそう。だからウィブル先生に叱られる……ウィブル先生とセットでならバランスとれるけど、基本的には思いやりがたりてない。
ウィブル先生は人格者だと思うし、甘やかしてもらうのも嫌いじゃない。でも、ウィブル先生にだけ従っていると、魔法の上達に時間がかかり過ぎると思う。
ファビウス先輩は、聖属性魔法の上達になくてはならない存在だし、呪符魔法も教えてもらえる。けど、意味深なこと口走り過ぎだと思う。気が散る。
王子は……今のところ、なんも役に立ってなくて邪魔なだけ。護衛の忍者も含めて、わりと迷惑だ。
「邪魔にならないかどうかってさ、わたしをよく理解しているか、深く考えているか、が反映されるのかな……」
「それと、尊重する気があるかどうか、だろうな」
なるほど……たしかに、それもそうだ。
王子なんかは、理解もしてないし考えてもいない以上に、尊重する気がなさそう。いやもう王子、悪い例にばっかり使ってごめんね! ごめんだけど、現時点ではプラス評価できる要素が顔以外にないし。
「ずいぶん一方的な話ですこと」
冷ややかな声。おどろいて、わたしは声のした方を見た。
……エーディリア様!? なんでここにいるんだ。もしや王子も……いないな。いない。光学迷彩忍者は、いてもわからん。
それから、わたしは気がついた。
王子は魔力切れだから、エーディリア様のお役目はお休みなんだ! 魔力の暴走にそなえて常時おそばに侍ってるらしいけど、今なら暴走しようがないもんな。それでわたしを見張りに来たけど、スタダンス留年生がいて近づけなかった……ってことじゃない? なるほど勝手に納得!
「わたしにおっしゃったんですか?」
「ええ。理解し、考え、尊重せよ……ですか? そんなことを要求するあなたは、殿下を理解し、考え、尊重しているとでもおっしゃいますの?」
「いいえ」
……あっ。即答してしまった。
エーディリア様は、なんともいえない顔をなさっている……ごめん、気もちはわかるよ!
「弁解させていただきますと、わたしは、殿下とお近づきになりたいと思っているわけでは――」
いや、待てよ。王子とも、お近づきになる必要があるのか。戦力増強のためには!
ていうか、エーディリア様とも仲良くしないといけないんじゃないの? 思いっきり嫌われてそうだけど。
わたしの台詞が途切れたので自分のターンだと思ったのか、エーディリア様はピシャリと指定してきた。
「あなたがどう思おうが、関係ありません。理解だの尊重だの、一方的に求める態度がどうかしているという話です。人間として、恥ずかしいと思いませんの?」
「たしかに、一方的なのはよくないと思います。今後はローデンス様のことも理解につとめます。それが、同じ学園で学ぶ生徒同士としての、あるべき姿と感得いたしました。ご忠告、ありがとうございます――エーディリア様も、是非」
「……是非?」
「理解させてください。どうか、お友だちになってくださいませんか?」
食らえっ、パン屋の看板娘スマイル!




