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91 それって流行するものなのか

 結局、そのあとは真面目に呪符魔法の実践を見せてもらうことになった。

 途中までは魔力覆いもキープしてたんだけど、連日の魔力切れはまずいからとストップをかけられたので、もうほんと、なにも気にすることなく見学できたよ!

 そして思ったんだけど……呪符魔法って、図形を描くセンスが問われるね。ファビウス先輩の描く円がもうほんと綺麗なことったら。ものすごく安定した美しい円!


「円を描くのは、そんなに難しくないよ。君だって描ける」

「嘘です」


 食い気味に否定すると、ファビウス先輩は楽しげに笑った。


「僕を嘘つきにしたいの? 嘘じゃないよ。道具を使えば誰でもできる」


 コンパスか!

 ただ、素材によって魔力を通しづらいとか、貯めちゃうとかの問題があって。道具に魔力が通らないと意味ないし、貯まっちゃうと肝心の図形に届かないから、専門の用具を揃えた方がいいそうで……ほら! 道具なんかなんでもいい説、崩れ去ったじゃん! 自力で綺麗に描ければ別って話でしょ、達人限定じゃん!


「今夜から毎晩、円を描く練習をします」

「魔力を込めないようにね」


 おぅ、爆発予防だな……ルルベル、覚えた。円は危険。


「気をつけます。今日は、ありがとうございました」

「役に立てたならよかったよ。僕もいろいろ発見があったし」

「そうなんですか?」

「ほら、『置き魔力』の可能性とか」

「あ〜……すみません、ただの思いつきをまともに検討してもらって」


 自分の魔力を外部に保存しておいて、必要なときに取り込めると便利では? って話をしてみたところ、けっこう真面目に考えてくれたんだよね……。

 過去に研究はされているそうで、メリットがないねって結論が出ただけみたいなんだけど。でも、使える場面があるかもしれないし、魔力を貯めやすい新素材を使えば実用レベルにできる可能性もワンチャン……ないかな!


「いや、保険をかけておけるのは便利だからね。いろんな場面が想定できるし、実現の可能性を探る価値はあるよ」

「学生だったら、実習はじめる前に取り分けておくとかですね」


 そんなことを話しながら、我々は食堂に来た。

 当然だが、ファビウス先輩はものすごく注目を浴びている。おまけとして、横に立っているわたしも注目される。勘弁してほしい。


「悪いんだけど、僕は今日は用があってね」

「え、そうなんですか!」

「なんで嬉しそうなの」

「いや……だってファビウス様といると、視線が」

「なにか変? いつもと同じだと思うけど」


 あんたはな! あんたは通常営業だろうけどな! わたしは違うんだよッ!


「いえ、お気になさらないでください。忘れてください」

「ではお言葉に甘えて忘れさせてもらおうかな。ああ……こっちだ、スタダンス」


 ファビウス先輩が手をふると、スタダンス留年生が大股にやって来た。えっなんで?


「お待たせしました」

「いや、今来たところ。じゃあルルベル、あとはスタダンスにたのんであるから」


 ぽかんとしたわたしを見下ろして、ファビウス先輩はうっとりするような笑みを浮かべた。その顔がみるみる近づいて。


「王子避けが必要だろ? 今夜は大丈夫だと思うけど、王家には気をつけて」


 儀礼的な頬へのくちづけみたいなもの――つまり、軽めのハグとともに頬を寄せ合う所作をするように見せかけて、ささやかれたのだが……日本人メンタル的には、ビビるやつぅ!

 ルルベルはこれを常識として育ってるから、まぁ平気は平気だと思うだろ? だがな! お貴族様が平民相手には、やらねーよ! あり得ん! っつーか衆目を集めてる場でやめてくれマジでほんと!

 硬直しているわたしをよそに、ファビウス先輩とスタダンス留年生が言葉をかわす。


「大丈夫なんだね?」

「聖なる乙女のためにはたらくことこそ、国家を支える本質の行為と心得ております」

「君のような理解者を得られてよかったよ。じゃあ、よろしく」


 ひらりと手をふって、ファビウス先輩は食堂を去った……いやいや、いったいなにが起きてんの? 聖なる乙女って誰よ……立場的にわたしっぽいけど、似合わねぇ……似合わねぇぞ!


「ルルベル嬢、今宵も夕食をご一緒しても?」


 スタダンス留年生は丁重に尋ねてくれたが、順番おっかしいだろ! もう完全に決まってんだろ! ……と思ったら、魔が差した。


「お断りしてもいいんですか?」

「ええ。卓をともにすることを許されない場合、あなたの給仕をつとめましょう」


 全然……全ッ然! 断れてねーじゃん! 事態が悪化するだけじゃん!


「……是非、ご一緒に」


 諦めの境地で平民組を探した。わたしが逆の立場だったら、巻き込まれたくなくて逃げるだろうが、シスコは天使だし、リートは仕事だから逃げないはずだ。逃げないでくれ、たのむ。

 わたしの祈りが通じたのか、シスコが手をふって居場所を教えてくれて、我々は合流を果たした。シスコ……ほんと天使!

 なお、ファビウス先輩には微妙に及ばないってだけで、スタダンス留年生もけっこう視線は集めるよね。生徒会役員だしイケてるし、眠ってなければプロ魔法使い並みの実力だし。なにより貴重な眼鏡キャラだし!

 そういうわけで、その夜の話題は眼鏡になった。


「スタダンス様はその……視力があまりよくないんですか?」

「ああ、眼鏡。眼鏡のことを訊きたいのですね?」


 まぁそうだけど。意外なことに、シスコが興味を示した。


「スタダンス様の眼鏡、気になっていたんです」

「気になる? なにがでしょう」

「その素材ですけど、もしかして東国セレンダーラから輸入したものではないかと思って」

「おお、よくわかりましたね。その通りです」


 なんとか鉱がとか、特殊な合金がとか、重い軽い強い脆い柔軟性があるない……などの話が盛り上がり、わたしは完全に聞き流し役に徹することになった。疲れていたから、助かった。

 ていうか、シスコ詳しいなぁ。

 いつものように気を利かせたリートが食後の飲み物を運んで来てくれたところで、専門的な会話は一段落したようだ。これでようやく、わたしも質問できる。


「シスコは金属が好きなの?」

「好き……っていうのとは違うかな。最近、東国で合金作りが流行してて――」


 合金作りって、流行するものなのか……。


「――それはもう、たくさん発明されているの。もちろん、商品化に至るものは少ないんだけど、スタダンス様の眼鏡に使われているのがその貴重な新合金。……家の商売のことを考えちゃうの、悪い癖だわ」

「シスコが悪いなら、わたしなんか最悪よ。毎日パン屋の話をしない日はないと思う」

「今日もしたのですか? パン屋の話」


 スタダンス留年生の問いに、わたしはこう答えるしかなかった。


「はい。ファビウス様に……」

「おとなしくパン屋の話を聞いてくれましたか?」

「わたしの話が終わってから、もっとうまくまとめ直してくださいました」


 スタダンス留年生は、なんだか子どものいたずらを眺めるオッサンみたいな顔をした。……情緒のない表現だとは思うが、下町でさんざん見たやつだ。いわゆる、保護者面。


「ルルベル嬢は、お好きなのですね。パン屋が」

「ほかのことを知らないだけです」

「でも、ルルベルがパンの話をするの、わたしは好きよ」

「は、え、ちょっと待って、わたしシスコにもパンの話してる?」

「うん。ほら、お菓子を食べるときに話してくれるじゃない。『うちのパン屋にもこういうの並べたい』とか」


 ……覚えがあるな!

 いやもうこの話題はやめよう、危険だ。開けてはいけない、くっだらない暗黒の蓋が開く心地がする! 話題を変えよう!


「ところでスタダンス様は、なぜ、その……ファビウス様のご依頼で、一緒に食事をしてくださっているようですけど」

「そうですね。彼の相談を受けた結果、ここにいます」

「生徒会の役員として、ええと……お立場とか……」


 まずい。まずいぞルルベル、これまたアレだろ? そういうとこってやつだろ! 王子の仲間のはずなのに、なんで王子じゃない方に味方してんだ……ってストレートに訊く流れになっちゃうぞ、やめろやめろ!

 って、わたしは口をつぐんだのに。


「親王室派なのに、王子避けの依頼を受けたのは、なぜです?」


 リート! そういうとこだぞおおおおっ!


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