90 待っている限り主体にはなれない
わたしの答えに、ファビウス先輩は眼をほそめた。……強そう。謎の感想だけど、強そう!
はっ。これはもしや、糸目キャラ強者感ってやつでは!
……こういう話をできる相手が誰もいないの、ちょっと寂しい。
「君が考える『すごい魔法使い』って、誰?」
「え? っと……」
はじめに思いついたのは、ハルちゃん様である。
当然だよね。あれはちょっと、誰も太刀打ちできないんじゃないかなって感じだし。完全に隠棲しちゃってるっていうのも、強者感マシマシじゃない? イキらないところが、ほんものって感じする。
だがしかし、その名前を出すわけにはいかない。エルフ校長に恨まれる。怖い。
「ほんとにすごい魔法使いって、誰も知らないところで、なんかすごいことやってそうです」
苦しい……。安直に、ジェレンス先生とでも答えておけばよかったのだ! 今さらだが。
「漠然としてるね」
「はい。すみません、具体的にどうこうっていう話じゃないです。ただ、なんか……そういうの、嫌なんですよ」
「どういうの?」
「力を与えてもいいのか、みたいなのです。それってこう、与える側が偉そうじゃないですか。与えられる側を見下してる感があって。魔法使い様だぞ、偉いんだぞ、みたいなの。そういうのが嫌なんです」
ファビウス先輩は眉根を寄せて、問い返す。
「でも、現実にそうだよね? 与える側は、与えられる側より強い。そうだろう?」
「そう見えますけど、それだけじゃないと思うんですよ。たとえばパン屋だって、お客さんとどっちが偉いのかって、難しいところですよ。お客さんがいないと、パン屋はなりたたない。パン屋がいないと、お客さんはパンを買えない」
「それは一方的な供与ではなく、商取引だからじゃない?」
「魔道具だって、べつに無料で配られてるわけじゃないですよね?」
うちなんか余分なお金はないから、商売に必要なものだって揃えるのに苦労するんだぞ。
「魔法は特別だ。料金だけの話じゃないよ」
「そういうところですよ……」
話してたら、なんかイラッとしてきた。
同じ人間なのに、魔法が使えるか使えないかだけで、そんな差をつけられるの変じゃん。貴様にはまだ早い技術だったな、みたいな態度とられるのって、マジでむかつく。
魔法が使えるお貴族様には、わからないんだろうけど……。
「よくわからないな」
ほんとに、伝わらなかった!
「じゃあ、ファビウス様のことが好きな女の子たちで考えてもいいですよ」
「女の子?」
ぶっちゃけると、食堂なんかでファビウス先輩が集める注目ときたら、すごいのである。もうね、これがほんもののモテってやつか! って感じよ。
「そう。ファビウス様は、選ぶ側のつもりでしょ? 好かれる側。好意に『応えてあげる』ことができる立場って考えてるでしょ。自分が圧倒的に優位だって。でも、それってほんとに優位ですか? 好きって気もちの主体は、彼女らにあるんですよ。ファビウス様じゃない。思わせぶりな言動で制御できてるつもりかもしれないけど、そんな一方的なものじゃないはずです。好かれるのをただ待ってる限り、ファビウス様はずっと主体にはなれないんです。それなのに、自分が優位だと思ってるのは、こう――」
喋っている途中で、わたしは思った。これ、アレだろ。リートに指摘されるやつだろ……。こういうとこだぞ、ルルベル!
自覚してしまったので、わたしは演説を途中で畳むことにした。
「――錯覚ですよ、たぶん」
すると、ファビウス先輩はおかしそうに笑った。
「自分が優位だと思ってるのは滑稽だとか、傲慢だとか。そんな感じの結論かと思ったけど、違うんだ?」
なんでバレてんだよ! これは接客モードでごまかすしかない。
「まさかそんな。気のせいですよ」
「要するに、魔法使いが、魔法の素質がない人間に魔法を与えるべきか否かを判断する権利があると思うのも、錯覚だ……って話だね?」
「そうです……」
うまくまとめられてしまい、負けた気分である。
「たしかに、僕にはパンは焼けないな。魔法が使えるのとパンが焼けるのは別種の特技であり、どちらかが一方的に優位なのではなく、互いに支えあうのが人間社会ってことか」
さらに綺麗にまとめられてしまった! ますますの敗北感、どうしてくれよう。
「ウィブル先生がおっしゃりそうなことですね」
「ああ、そうだね。彼は、すごい人物だよ。……ところでルルベル、全体に魔力覆いが消えてるよ」
「……あっ」
完全に忘れてたよ! 敗北感に敗北感をかさねた上に敗北感の激盛りである。タワー型ハンバーガーもびっくりの厚みになってきた。こんなの飲み込めないよ……ううう。
あわてて魔力覆いを出そうとしたら、視界が全部、きらっきらに靄ってしまった!
「わぁ」
「焦らないで。厚みを意識するんだ」
魔力の層が厚くて、なにも見えない。ファビウス先輩の声さえ、遠く感じる。
自分の魔力で窒息しそう……そんなはずないんだけど、イメージとして!
完全にパニックに陥っている、と頭の片隅で冷静ぶってる自分が分析するが、あくまで片隅だし、冷静ぶってるだけで実は冷静じゃないから、なんの力にもならない。
本気で息苦しくなってきた。やばい、自分の魔力で窒息する史上初の魔法使いになりかねない!
「ルルベル、落ち着いて」
わたしの手を、ファビウス先輩が掴んだ。そこから先輩の魔力がわたしを包み込む――え、なんだこれ。なんだこれ?
びっくりして見上げた。顔が近いけど、怯んでる場合ではない。
「な、なんですか、これ」
「これ、って?」
「なんか、魔力が切り離されました」
「うん。余分なところを遮断した。君が落ち着いたら、ゆっくり吸収しようね」
「吸収……」
「意味もなく展開した魔力を本人から切り離したら、ふつうは消えてしまうけど。君の魔力は簡単には消えないから、置いてある魔力を自分の身に纏い直すこともできそうだ」
なんか新しい手法っぽいな……。置き魔力なんてできたら、元気なうちに置いておいて……いやでも置いておくと減衰するだろうからなぁ。意味ないか。
「落ち着いた?」
「あ、はい。すみません……ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんて、なにも。君と手をつなぐ口実ができたしね」
「……もう、大丈夫です」
「そう? 残念だな。それと、ごめんね」
急な謝罪に思いあたるところがなく、わたしは眼をしばたたいた。どういうことだ? わからん。本人に教えてもらおう。
「なにがですか?」
「今のは、僕が意地悪だったから。魔力覆いが消えてるって指摘」
「……ああ!」
そういうことか。わたしの敗北感を積み増したのは、意図的なものだったと!
でもまぁ、魔力覆いが消えてたのは事実なんだし、早急に身につけなきゃいけないことだし……敗北感だって、個人的な問題だしな。気合いでなんとかなる範囲っしょ!
「いえ、必要なことですから助かります。ばんばん指摘してください。あと、落ち着いたら呪符魔法実践のつづきもお願いしたいです。実際に描いてるところ、すごく見たいので」
「すごく?」
「すごく!」
ファビウス先輩は困ったように笑って、わたしの手をはなした。
「じゃあ、ちょっと真面目にやってみようかな」
「今までは真面目じゃなかったんですか?」
「どうだろう。君といると、いつもより真面目になっちゃうから」
そういってから、ファビウス先輩は、はっとしたようにわたしを見た。それから、違うからね、といった。
「違うって、なにがです?」
「今のはべつに、口説き文句じゃないってこと。単なる事実」
「はぁ……。わかりました」
「わかってなさそうな顔だな。ところで、さっき切り離した君の魔力、ちょっと使ってみてもいい?」
「え、はい? わからないですけど、どうぞ」
真面目に答えたのに、ファビウス先輩は吹き出した。
「わからないのに許諾しちゃ駄目だよ。気をつけてね」
「じゃあ駄目です」
「遅い遅い。言質はとったからね」
そういって、ファビウス先輩はさっき拾った枯れ枝で、空中にぷかぷかしているちぎられた魔力を突いた。と、着色された魔力の形状が、安定した球になった。
「なんですか、それ」
「僕の魔力で覆ってみた。で、これを、こうだ」
もう一回。球体を枯れ枝で突くと、魔力がしゅるしゅるっと枝を伝ってファビウス先輩の手にまとわりつき、そして――消えた。
「えっ、なんですか今の!」
「自分の魔力で表面を覆うと、吸収しやすいんだよね」
勝手に、わたしの魔力を吸収された!
……いや勝手じゃなかった、許可済みだった……敗北感パネェ!




