9 お姫様抱っこで保健室に運ばれた
一通り、転生コーディネイターを締め上げたり無視されたりして、わたしは現世に戻ってきた。
ルルベル・ヴァージョン2βである。もうβ版に上げていいと思うよ。もはや強制的に、オープンβともいう。
戻って来たのは教室で、わたしは階段を駆け上がっているところであった……。
そんな微妙な瞬間に、急に意識が戻ると……どうなると思う?
バランスを崩すよね!
「うひゃっ」
変な声が漏れて、わたしは足を踏み外した。このままだと顔面からバチーンと階段に激突する、ああどうしてこういう瞬間って時間がゆっくり流れてるような感覚になるのかなぁ、顔から階段に突っ込んだら地味な顔面に特徴が生じるのかなぁ、そういう特徴はいやだなぁ……などと、ものすごくどうでもいいことをたくさん考えた。
これは逃避だ、知ってる。
でも、結論からいうと、わたしは顔面から階段に突っ込むのを回避した。させられた。
ぐいっと腕を掴まれ、引っ張られ、関節痛いと思う間もなく脇の下に手を入れられ、抱きとめられていた……えっ、なにがどうなってるかわからん。そもそも誰?
「平気か?」
わたしの派手な転倒を防いでくれたのは、出口の近くにいたらしい同級生だった。もちろんイケメンだ。そろそろイケメンが飽和してきて顔が覚えられないが、どうせ初対面だろう……自己紹介タイムがなかった以上、相手も、わたしについては激やば教師との対話とか、さっき投げつけた捨て台詞しか知らないはずだ。……忘れてほしい。
「ありがとうございます……」
ものすごく小声になってしまった。
今、自分のすべてが恥ずかしい。なんだろうこの……乙女ゲームの主人公に転生しちゃいましたー、自己希望で! って状況、自覚するとあまりにも恥。イケメン多めの世界に転生したいでーす、なんて……偶然転生したならともかく、自己希望ぞ!? 誰にも話せないだろ、いやそもそも話せないけどな……。
「おい新入生」
やばい、教師がこっちに来る。しかも王子も立ち上がってる。初対面の興味が持続中か! とりあえず仕切り直したいので忘れてほしい……あ〜どうしよう〜!
……ていうか待って、なんでお姫様抱っこされてんの? えっ、いつのまに。
あまりのことに呆然としていると、イケメン生徒 (固有名不明)は心配そうに眉尻を下げて、わたしを見た。
「怪我をしているといけない。保健室に行こう。先生、いいですね?」
「あー……そうだな、そうしとけ」
どういう展開? えっ、このひとも攻略対象? ……すると、生徒の中にさりげなく紛れている王族を護衛する騎士ってやつかな……眼鏡生徒会会計でも、飛び級天才少年でもなさそうだもんな……。
いやいや、でもですよ。王族の護衛のために教室にいるなら、王子を置き去りにするの、おかしくない?
はっ。ひょっとして王子を馬鹿阿呆間抜け呼ばわりしたことを責められるのかしら……だってこの世界、ガッチリはっきり階級社会である。学園内では平等って建前があるにしても、いくら先に仕掛けたのが王族(レベル:小学生/スキル:紙つぶて投げ)であっても、責められるのは平民だ。決まってる。
怖い!
ここまで考えた時点で、もう教室の外である。
二階の廊下はしんとしている。大きめの窓からさしこむ光が、壁と床に綺麗な模様を描いている――窓枠が、とても綺麗なデザインなのだ。さすが乙女ゲームっぽい世界。つる草と花の形の光を踏んで、わたしは運ばれていく……お姫様抱っこで……いやもうマジ無理な、これな!
そりゃね、イケメンにお姫様抱っこされるとか、字面だけ見たらイイ! イイ! ……って思うじゃないですか? 前世のわたしだったら思ってたし、なんならバージョンアップ前のルルベルでも思ったよ。
でも、冷静に考えてくださいよ。階段との激突から救ってくれたとはいえ、相手は知らない男よ。初対面よ。いくらイケメンでも生殺与奪の権を他人に握らせるな! ですよ。距離感おかしいよ。
「あの、平気ですので……自分で歩けます」
抗議してみると、名称不明のイケメン生徒は爽やかな笑顔で答えた。
「おとなしくしていろ。悪いようにはしない」
悪いようにはしないって、悪いようにするフラグじゃないですか? ていうか、表情と声があってない! 声、冷たっ!
「いえ、あの……お願いします」
「駄目だ。教師がまだ僕らの気配を探ってるからね。君を保護すると宣言した以上、このまま行く。保健室は常時庇護の魔法がかかっているから、そこまで行けば途切れる。だから、保健室までは運ぶ」
運ぶ……なんかすごい荷物感がある表現だな。いやまぁ運ばれてるんですけどもね、たしかにね。
「……ところで、わたしを運んでくださっているあなた様は、どちら様で?」
「名告るほどの者じゃない」
人生(前世も含む)ではじめて、名告るほどの者じゃないってリアルに聞いたわ。今日はいろいろすごいな。くっ、も聞けたしな。
「そうはおっしゃいましても、一応、クラスメイトなわけですし」
「退学したいとか、いってなかったか? それなら、クラスメイトであるにしても今日だけのことだろう。覚える必要はない」
上流階級っぽい圧に、逆らえない……。結局、そのまま保健室に運ばれた。魔法学園の保健室は、豪華仕様である。治癒魔法のエキスパートが在室していたが、こいつも隠し攻略対象であることを、わたしは知っている……。
なお、養護教諭を落とすと、魔王と戦ってもなかなか死なないという利点があるらしい。それは重要だね!
「あら、見ない顔を運んできたわね。なに? また暗殺失敗?」
いきなり不穏だな!
「いえ、こいつは退学志望の新入生です」
「なにそれ。新しいわね!」
養護教諭も、もちろんイケメンだった。もういちいちイケメンって書くのも馬鹿らしくなるけど、一応書いておく。イケメンだ。
髪が紫で、くるんくるん。保健室なのに、なんか良い匂い〜、って感じの匂いがする。消毒薬とか、魔法で癒すから使わないってことなのかな……わかんないけど、とにかく匂いが良い。ピアスとかネックレスとかブレスレットとか、たぶんこれマジで高価な石なんだろうな〜ってキラキラしたのをたくさんつけてる。あと、羽毛ストールみたいなのっていうか、羽毛ストールだな、これ! 成人式か。少なくとも保健室には似合わないぞ、羽毛ストール。
察するに、養護教諭はオネェ担当なのだろう。よくもまぁ、都合のいい人材が揃ったね……。コーディネイターの間違った方向への頑張りぶりは、認めざるを得ない。
絶対、褒めてやらないけどな!
「校長に連絡してもらえますか」
「するする。楽しそう〜。入学初日で退学希望なんて、校長、泣いちゃうわよ〜。にしても、なんで保健室?」
「階段でこけて、たぶん足を挫いてます」
そう答えながら、名称も立場も不明なイケメンが、わたしをベッドの方に運んだ。
「ベッドどれも空いてるから、適当なところに放り込んであげて」
「はい」
という流れで、わたしは適当なベッドに放り込まれた。養護教諭が保健室を出て行く音がして、ふたりきりになった――とたんに、押し倒された。
えっ。なんで!?
「おまえ、なにが狙いだ」
「えっ……。……退学?」
「退学するなら、なぜ入学してきた」
あー。そりゃ不審ですよね、うん。
壁ドンならぬベッドドンはね、でもね、なんだっけ……ほら、ゲーム倫理ナントカ的にどうなの? このあとやばい展開になっちゃったりしないですか?