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87 心がひとつになった瞬間

 くやしい。

 なぜかとても、くやしい……が、ファビウス先輩は教えるのがうまかった。ただ本を読むより、解説入れてもらう方が圧倒的にわかりやすかった。

 ていうか、わたしが本を読んでるのを横から見てて、だよ?

 つっかかったな、と思ったらすかさず「ここの意味はちょっとわかりづらいね」ってフォロー入れてくるの、なんなん? どこでどうしてつまずいたって、どうして丸わかりなん?

 直接訊いてみたところ、だって君、表情に出るからねとの回答を得た。

 ……くやしい。

 昼食のあいだも、本には載っていなかった具体的な事例を挙げて理解が進むようにしてくれたり……。

 ねぇ、国家資格を持ってる魔法使いって、全員、こんなに知識豊富なの? わたしはここを目指さなきゃいけないの? 無理じゃない?


「透明度を上げてみたけど、どう?」

「……よく見えます」


 で、今は研修室に移動しつつ、魔力覆いの展開を練習中である。透明度高めに染色してもらって、見えるって最高! 便利! すごい! これ以上語彙がない! ってなってる。

 魔力が見える、ただそれだけで! すごい!

 不本意きわまりないが、ファビウス先輩効果がマジですごい。


「短期間に、かなり上達したね。とても初心者とは思えないよ」


 しかも褒めてくる! ぐいぐい褒める! ジェレンス先生とは大違いである。


「ほんとですか?」

「僕は、嘘はいわないよ。君にはね」


 たまにこういうのが混ざるが、慣れたと思う!

 そう。慣れてるんだよなぁ……。だって、誓約魔法が発動しないもんな。

 今日のこの展開、特訓初日だったら、先輩の健康が不安になる勢いで誓約魔法が発動していたと思う。あの頃は、いちいちまともに嫌がっていたのに。わずか数日で、わたしはファビウス先輩の魔性モードを流せるようになってしまったのだ。

 もちろん、流しきれないときもあるけども。それでも、はっきりした拒否反応みたいなものは、ほとんど出なくなっている。

 慣れって偉大だが、あまり慣れ過ぎない方がいいのではないだろうか? 相手がファビウス先輩の場合。


「信じないって顔してるなぁ」


 そういって、ファビウス先輩はなぜか嬉しそうだ。他人に不信感を抱かれるのが嬉しいとは、ずいぶん変わっている。


「信じないなんて、いってないじゃないですか」

「じゃあ、信じてくれるの?」

「上達を認めてくださった部分は、信じてもいいかなと思います」

「うん、まぁうん、そこは信じてくれて大丈夫だよ」


 ほれみろ。そこは信じていいって表現、そこ以外は信じちゃ駄目な場合もあるって意味だからな!


「ありがとうございます」

「お礼をいわれることじゃないよ。頑張っているのは君だし、上達したのも君だ。……背中側、少し厚みが出てるよ」

「はい」


 染色してもらっても、背中は見えないからな……!


「やっぱり、見える方が楽?」

「もちろんです。見えないと、自分では控えめにしてるつもりでも、えっと……ジェレンス先生がおっしゃるには、密度はスカスカだけど分厚くなったりしたようです」

「なるほどね」


 ファビウス先輩は、にこにこしている。ちょっと不安になるくらい無邪気な笑顔だ。


「どうかなさったんですか?」

「ん?」

「なんか……笑顔になってらっしゃるから」

「ああ。それはね、僕が君の役に立ててるのが、嬉しいだけ」


 そういってファビウス先輩は意味ありげに微笑むけど、さっきの笑顔の方がよかったのになと思う。

 不安の方向性が違うんだよなぁ。今の表情は、落としに来たなって感じの不安。さっきのは……なんだろう。


「ほんとに助かってます。魔力が見えないままだったら、どんなに苦労したかって、寝る前に考えます」

「寝る前に僕のことを考えてくれるの?」


 曲解すんな!

 まぁ、慣れたのでね! この程度は秒でスルーできるよ。


「魔力があるっていわれても、実感ないですからね……色がついて見えるようになると、これがそうか、って思えるし」

「見えてるあいだの方が安心ってことかな。……じゃあ、寝るときは不安なの?」

「たぶんそうですね。見えないし」


 たぶんもなにも、不安に決まってる。自分は聖属性魔法をまともに使えるようになるのか、魔王に対抗することができるのか、って。

 最近、魔王の眷属の話を聞かないけど、結局どうなったんだろう、吸血鬼。ジェレンス先生が倒しちゃったの? いつも忙しなくて、そのへん質問する暇がない。


「それなら、冗談じゃなく、僕のことを考えてよ」

「……はい?」

「不安が湧いてきたら」


 いやいやいやいや。あなた様も、別の意味で不安要素のひとつなのですが?

 わたしが黙っていると、ファビウス先輩は困ったように笑った。


「僕に、送りつけてよ。ひとりで抱えないで」

「物理的に無理があります」

「精神的に、分かちあいたいんだ。世界の命運なんて、ひとりで背負うものじゃないよ」


 まぁそうだけど。


「ほんとは飛んで行って君の頭を撫でてあげたいけど、女子寮には入れないからね」

「たとえ入れても、頭を撫でるのはご遠慮願いたいです」

「でも、つらいときは身体的な接触も有効だからね。シスコ嬢にでも頭を撫でてもらうといいよ」


 それはナイスなアイディアだ!


「シスコにたのんでみます」

「うん。頭の周りが、ちょっとふくらんできたよ」

「えっ……わ、ほんとだ」


 やっぱり、喋りながら魔力覆いを維持するのは難しい。

 ときどき膨張を指摘されつつ、それでもまぁまぁ魔力覆いをキープして、わたしたちは研修室に着いた。

 扉を開けようとすると。


「立ち入り禁止です」


 この声……光学迷彩忍者だ!


「どういうこと?」


 ファビウス先輩は動じてない。この状況で動じないっていうのも、どうなんだ。誰もいない場所から魅惑のイケボが聞こえてくるのに。

 見えてるの? いや、魔力感知は不得手なはずだから、そんなことはないよな。


「ジェレンス先生により、立ち入り禁止と命じられました」


 このシチュエーション……覚えがある。


「まさか、ローデンス様が特訓中でいらっしゃる?」

「言及しないよう命じられている」


 誰もいない場所に話しかける勇気をふり絞ったにもかかわらず、ぞんざいな扱い!

 ジェレンス先生……先生は、光学迷彩忍者は単純だからもう落としたも同然だぞみたいに話してらっしゃいましたが、全然ですよ!


「なるほど。昨日聞いた話は事実だったんだね」

「昨日?」

「王宮で噂になっていたんだ」


 下町も、噂が広がるスピードは爆速なのだが、王宮もけっこうすごそうだ。


「どのような噂でしょうか」


 虚空から問うイケボに、ファビウス先輩は王侯貴族モード全開の尊大さで答えた。


「君が知る必要はない。それより、ジェレンス先生に取り次いでくれないか? 僕の名前を出すといい」

「この扉は閉ざされています。ジェレンス先生の手で。危険なので、余人を近寄らせるなと申し渡されています」


 あー、そういえば昨日もなんかそんなこといってた!


「昨日と同じです。危険だから近寄らせるなって」


 まぁ昨日は光学迷彩忍者が拒否するところからスタートだったけど……もう、扉を守るってことで話がついたのか。それもそれで、すげぇな。よく説得したな、ジェレンス先生。それとも王子が命令したのか?


「この場所は本来、ルルベルの特訓のために用意されたん――」


 ドボカッ!

 ……としか表現のしようがない変な音が、部屋の中から聞こえた。

 え。なんの音? 想像つかないんだけど?


「――だけど、中は佳境に入っているようだね」


 虚空からのお告げは、こうだ。


「ずっと佳境です」


 なるほど。わたしはファビウス先輩を見上げ、先輩もこちらを見下ろした。

 我々は、無理にこの部屋に入る必要はない――ふたりの心がひとつになった瞬間である。


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