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86 飛び級天才少年は国家資格複数持ちだった

「情感をこめた演技とか、できませんよ。素人なので」


 ファビウス先輩はわたしをまじまじと見て、それから吹き出した。ようやく本を渡してくれたので、今のうちにと勢いよくもぎ取る。よし、これで勉強できる。あとは無視すればいいだろう!


「ルルベル、違うよ」

「なにがですか」


 あっ、反応してしまった! くそぅ、つい……。


「感情をこめた演技をしてほしいわけじゃない。僕に会えなくて残念だったと思ってほしいんだ」

「それは思ってますよ。実害が出ましたし」

「実害?」

「ジェレンス先生が、ひとりでやってみろとおっしゃったので。魔力覆いをですね……たぶん、分厚く出しつづけた結果、また魔力切れを起こしました。見えないと、わからないんですよね」


 ジェレンス先生の証言を信じるなら、自分の身長くらいの厚みになったりしたようだし。そりゃ魔力も使い切るというものだ。


「……ひとりで? そんな無茶をいわれたのか」


 ファビウス先輩にしては低い声だったので、思わず見てしまった……ああ、わたしはどうしてこう! うっかりしてしまうのか!

 顎を撫でるようにして俯いていた先輩は、すぐに視線を上げた。必殺上目遣いである。このひと、この角度に持ち込むことに関して上級者過ぎない?


「ルルベル、ここだけの話なんだけど」


 なんか、めんどくさい予感がする。無視して本を読んでもいいだろうか?

 でも、ファビウス先輩の手が伸びてきて、わたしが開いた本を即座に閉じてしまった! いやもうほんと、勉強の邪魔はしないでくださいます?


「当分のあいだ、僕は君につきまとわせてもらうよ。君を誘惑してるという体でね」

「……はい?」


 なんですと?


「だから、君は適度に嫌がりつつ……もし協力してくれる気があるなら、僕に気があるそぶりも見せてくれると助かる。もちろん、ちょっとでいいんだ。ほんの少しだけ。ね?」

「なんのためにですか」

「依頼人にせっつかれないためだよ。僕はやることをやっている、効果も少しは出ている……っていう演技をしてくれたら、お互いのためになると思うよ」


 少し、考えた。

 依頼人って、例の「断れない筋」ってやつか。誰なんだろう。それは訊いても教えてもらえないんだろうな。リートの依頼人と同様だ。あっちが王子なら、こっちはやっぱり東国セレンダーラなのかな。


「監視されてるんですか?」

「されてるよ」


 マジかよ。


「それ、わたしもってことになりますよね……」

「どちらかといえば、僕より君が監視されてるんだけど、まぁそうだね」


 おお。知りたくなかった、その事実!


「ここだけの話って……大丈夫なんですか? これも誰かに聞かれてるのでは?」


 ファビウス先輩は色属性だ。ジェレンス先生みたいに空気を乱して会話が外部に漏れないようにするとか、ウィブル先生みたいに聴力を直接制御する、みたいな手は使えないだろう。

 

「図書館は何重にも守られているからね」

「盗聴もできない?」

「無理だと思うよ。一応、僕も対策してるし」


 対策? って、なに?

 ファビウス先輩は、肩をすくめて見せた。なんだその余裕。


「僕は、魔法使いの国家資格を二種とってるんだ。ひとつは属性魔法使い。もうひとつは、呪符魔法使い」


 国家資格ふたつ持ちって、さすが飛び級天才少年!

 ……いや、感心するのはそこじゃない。つまり、ファビウス先輩は呪符魔法のプロってこと?

 だからアレか、最初にジェレンス先生が持ってきた誓約魔法も、微妙に上から目線で評価してたのか! そういうことかー!


「知りませんでした」

「あんまり話さないからね。無力な染色家だと思われてる方が、やりやすいことも多いし」


 無力な染色家……。いやぁそうね、まさにそうね、わたしもそう思ってたわ!

 だから筋肉代替部隊のスカウト候補にも、ファビウス先輩は入れてなかった。ほかの微妙な面子――王子とかナヴァトとかスタダンスとか、敬称略――は入ってるのに。

 だって転生コーディネイターの話でも、ファビウス先輩のアドバンテージって「(わたしの)訓練効率が最高になる」って感じだったじゃん! ほかにも魔法が使えるとか知らんがな!

 ていうか、最高にめんどくさいスカウト候補出現だわ……。


「その『つきまとい』には、わたしの特訓につきあうことも含まれますか?」

「お望みなら、もちろん。それに、呪符魔法なら教師の資格もあるんだ」

「……それはつまり」

「教えてあげられるけど、どう?」

「よろしくお願いします!」


 転生コーディネイター! 絶対これ知ってただろ、転生コーディネイター!

 聖属性魔法に限らず、わたし個人の戦闘力が上がるってのがファビウス先輩が背負ってるネギだろ 、余さず教えとけよー!

 まだなにか隠し玉が転がり出て来るんだろ、絶対! わたしは詳しいんだ!


「一応、校長先生の許可ももらった。……ねぇ」

「はい?」

「校長、ちょっと雰囲気が変わったと思うんだけど。君、なにかした?」

「……いやいやまさかそんな。わたし風情が校長先生になんらかの影響を及ぼすなど、あり得ません」

「認識が甘いなぁ」

「そんなことはないです」

「いや、甘い。だって、エルフは聖属性に弱いんだから」


 ……はい?

 なにそれ初耳!


「弱いって……こう、聖属性魔法をかけるとコロッと倒れるとか?」


 わたしの問いに、ファビウス先輩は眼をまるくして、それから笑い転げた。え、こんな容赦なく笑うファビウス先輩、はじめて見たわ……いつまで笑うの?

 ……おい、失礼だぞ!


「違うんですか」

「違う違う。聖属性魔法でやられるなんて、エルフが魔王の眷属みたいじゃないか」

「だって、弱いっておっしゃったから」

「弱いっていうのは、僕が君に弱い、みたいな意味の方。エルフは聖属性に無条件で惹かれる性質があるんだ。これは、あまり知られていないことだけどね……僕も君に惹かれてるから、実はエルフの血が入ってるのかな」


 そういって、ファビウス先輩は謎めいた表情でわたしを見た。

 カラーチェンジする眼は、今日はかなり青っぽく見える。それだけで印象がぐっと変わるけど、まぁなんにせよ……イケメンだなぁ!


「エルフなんですか?」

「いいや、残念ながら僕の血統はとてもはっきりしてるね。人間だよ。でも君には弱い」

「ちっとも弱くないじゃないですか。今日だって、ご自分の要求ばっかり通してらっしゃいますよ」

「君の得になることしかしてないと思うけど?」


 ……まぁ? 書類が全部揃えてあったところが最大の感動ポイントだったにせよ、例の断れない依頼の躱しかたの提案とか、そして呪符魔法を教えてくれるって話とか、わたしに都合がいいことばっかりではあるよ? だけどさぁ!


「この部屋に入ってから、一切、勉強が進んでいない点に関してはどうお考えでしょうか」

「ルルベルは厳しいな」

「もう邪魔しないでいただけます?」

「一段落つくまで黙っててもいいけど、個人授業をはじめてもいいんだよ?」


 ファビウス先輩と個人授業って言葉がもう、掛け合わせるとあやし過ぎる……。


「……わからないところがあったら質問しますから、ファビウス先輩はなにかご自分のご用事でもなさっていてください」

「いいよ」


 わたしは本を読みはじめた。

 視界の隅にファビウス先輩のきらっきらしたご尊顔がなんとなく見えるのが気になるが、心頭滅却すればイケメンもまたフツメン。……いや無理だな。

 ていうか、むちゃくちゃ視線を感じるな!

 意を決してそちらを見ると、案の定、ファビウス先輩は頬杖をついてわたしを見ていた。


「気が散るんですけど」

「だって、ルルベルがそんな真剣に本を読んでるところ、はじめて見たから。可愛くて、つい」


 んぎゃー、ウィブル先生みたいになりたい! 醒めた目つきで「ファビウスの褒め言葉は機械的」っていうあの境地に達したい!


「今は誰にも監視されてないんですよね? だったら、まとわりつく必要ないですよね!」

「僕が君に弱いっていうのは、事実だからね。依頼なんかされなくても、ずっと見ていたいな、君のこと」

「確実に監視されてない今くらいは、見られたくないです!」


 もう勘弁してくれマジで!

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