81 二極化するより足して二で割ってほしい
すぐに、エルフ校長は落ち着きを取り戻した。まぁ仮にも校長先生だしな。この程度のびっくり、短時間で復旧してもらえないと不安でしかたがない。……すでに、いろんな意味で不安ではあるが!
「断りましたよ、僕は」
「ええ。でも、お気が変わるかもしれませんし」
「変わりませんよ。さっきもいいましたが、僕は頑固なのです。こうと決めたことは忘れませんし、気もちを変えることもありません」
はい皆さんご一緒に! 気をつけよう、エルフは根に持つ長命種!
ここは、論点を少しずらすのがよさそうだ。
「わたしを死なせたくないと思ってくださること、とても嬉しいです。死なないためにも、わたしには多くの力が必要なんです。力不足なのは、おっしゃる通りなのですから」
そう。わたしは吹っ切った。
ひとりでは無理だ。
つまり、味方が大量に必要だ。べつに恋愛的にたらしこむ必要はない(というより、これも無理だ)けど、ともに魔王封印を目指してくれる仲間は、何人いても困らない。
初代国王陛下に比べて魔力の質も量も技術も劣る聖属性魔法使いでございますゆえ。
「……君は、めげませんね」
「そんなことはないです。ちゃんと、めげてます。でも、それはそれ、これはこれです。わたしは弱くて、すべてを背負うことなど無理であることは理解しました。だから、仲間を増やそうって思うんです」
魔法はイメージだ、はじめから負ける気では勝てない――これは、ジェレンス先生が教えてくれたこと。
思い詰めるな、ひとりで背負うな――それは、ウィブル先生が教えてくれたこと。
だから、わたしは勝つ気で仲間を集める。そう決めた。今決めた。決めたから即実行だ。
「同じルル仲間として、校長先生にも支えていただければ、こんなに心強いことはないです」
「ルル仲間……」
そうつぶやいて、エルフ校長は笑った。いつものエルフエルフした微笑じゃなくて、おだやかだけど楽しそうな笑いだった。何百年と生きているエルフに向かって、こんな感想を覚える日が来るとは思わなかったが……可愛い。
ええー、可愛い系もいけちゃうの、エルフ校長! もうやだ、万能じゃんエルフ!
「ルル仲間だったみたいですよ。びっくりしました」
「僕をルルなんて呼ぶのは、ハラルーシュくらいですよ。……でも、君にも許してあげましょう」
「はい?」
エルフ校長のルル呼びを許されたってこと? いや……正直そんなの許してもらう必要ないっていうか、校長先生をルル呼びできねぇだろぉ常識的に!
にっこりと、今度はいつものエルフ的微笑をたたえて。校長先生は、わたしの手をとった。
「帰りましょうか、ルル」
結局、エルフ校長も仲間になってくれるのかはわからないけど……まぁ、機会をとらえて誘っていけばいいだろう! しつこくならない程度に。いや、どうかなぁ。しつこいくらいの方が効果あるかなぁ。
こういうの、お客さんによって違うんだよね……と「お客さん」なんて単語が思い浮かんでしまうあたり、思考のベースがパン屋だ!
まぁでもそういうことなのだ。お客さんによって違うの。全員に通じる最適解はない。
たとえば、買ってほしいパンをしつこく勧めた場合、流されて買ってくれるお客さんや、苦笑しながら買ってくれるお客さんが多いけど、ガン無視するお客さん、こんな店二度と来るかって勢いでキレるお客さんもいるわけ。話しかけただけで逃げていくお客さんもいるよね……ごく稀にだけども。
エルフ校長はどうやって押す(あるいは引く)のがいいかについて考えているあいだに、学園に到着。いつもの研修室にほど近い中庭に降り立つと、エルフ校長はわたしを見つめてこう告げた。
「今日のことは、他言無用ですよ」
「あ、……石の乙女にお会いした話ですね」
なるほど、歴史から自分を消し去ったひとだもんな。存在を知られたら……本人に危険は及ばないにしても、めんどくさいことになりかねない。ちょっと想像しただけでも地獄だったので、わたしは思考をやめた。喋らなければそれで安泰なのだ。
「たのみますよ」
「昼食をどこでとったかは、訊かれると思うんです。それは話してもかまいませんか?」
「ご自由にどうぞ。居酒屋の宣伝もしてあげてください」
そんなのお安い御用ですよ! あんな場所、ほいほい行けるのジェレンス先生くらいだと思うがな……。
別れ際、エルフ校長は念を押した。
「ハルの生活を乱さないであげてくださいね」
あんたが乱したんやないけー、と思いつつ、わたしは看板娘スマイルで受け流した。
「おまかせください。校長先生も、考えておいてくださいね」
すると、ふたたびエルフ校長があの笑顔になった。ちょっと可愛い系のやつ。
「ルル仲間として?」
渋みと美しさと翳りとしょんぼりのみならず、可愛い系まで実装してくるとか……ほんと、あり得ない。エルフは三階にいてくれ。ときどき下界を覗いてくれればそれでいいんだ……隣を歩くには、破壊力が強過ぎる!
わたしはスマイルをキープして、なんとか持ちこたえた。接客モード、接客モード!
「ええ、ルル仲間として! では、一歩でも前に進めるよう、特訓を受けて参ります!」
研修室に入るとき、頑張って、という声が聞こえたような気もするし……聞こえなかったような気もする。
でも、もし励ましてくれてるとしても、すぐには許さんぞ。わたしはまだ静かに怒ってるんだからな! 生徒のやる気を削ぐディスりっぷり、すごかったからな!
「ルルベル、参りました!」
「遅ぇぞ」
広い研修室に、ジェレンス先生は本を大量に積み上げていた……。えっ、また読書系?
予告通り、ファビウス先輩の姿はない。今日も魔法の流れが見えないのかと思うと、つらい……。
「どこまで昼飯食いに行ってたんだ」
さっそく広告発言のチャンス到来! 勢いよく答えようとして、わたしは気がついた――地名がわからない!
「すみません、地名を教わってないです」
「国内か」
「国内です。今日は国内ってお願いしました」
「おまえ、やる気あんのか?」
話のつながりが見えない。
当惑して立ち尽くすわたしに、ジェレンス先生はいかにもウザったそうに告げた。
「魔力覆いだよ、魔力覆い」
「あっ! ……はい、はい今すぐ!」
魔力をにゅるっと押し出してすぐに、気がついた。どこまでも押し出せてしまう……つまり、ジェレンス先生がガワを作ってくれてないということでは? えっ、ひとりで覆いをキープできる気がしないんだけど?
情けない顔をしたわたしに、ジェレンス先生が告げた。
「俺が平民を学園に入れるのに反対なのは、基礎ができてねぇからだ」
反対だったのか。そういや、入学当初はむちゃくちゃ差別発言されたなぁ。すっかり忘れてたわ。いやもう、毎日毎日、それどころじゃない事態の連発だからね!
ジェレンス先生は、わたしに指を突きつけた。
「基礎以前の問題だな。心構えが違う。生きていく上で、魔法を意識する場面が少な過ぎる。だから、すぐ忘れる」
うむ……たしかに、生活に浸透している魔道具だってただの「便利で高価な道具」に過ぎないし、自分が魔法を使う側だと思ってなかった時間の方が長いし……魔法に関しては意識低過ぎぃと煽られてもしかたないだろう。
「心がけます」
「おぅ、そうしろ」
「でも先生、昨日の今日で、自力のみでの魔力覆いの展開維持は、まだ無理です」
「無理だった場合、どうなる?」
「えっと……魔力切れを起こします」
「正解。魔力切れを起こすまで、頑張れ」
さらっというけど! あれ、マジガチで気もち悪いんだぞ……もう体験したくないよぅ。
「嫌です」
「おまえさ、昨日なにを覚えたの。薄くていいっつっただろ。もう忘れたのか。魔力、このへんまで来てるぞ」
ジェレンス先生は、自分の前に手をかざして見せた。
……えっ!
いやいや、ジェレンス先生とわたしのあいだ、二メートルくらいあるよ? それなのに、ジェレンス先生から腕一本ぶんの距離くらいまで魔力がはみ出してるってことは……相当じゃん!
「……気をつけますけど、まだ制御がうまくできなくて」
「とりあえず、一旦薄くなるまでは俺が見ててやる。薄くなったら、ここにある本を順に読むこと」
そんなの、集中が切れて魔力覆いがうまくいかなくなる未来しか見えない。今のわたしには無理に決まってんだろ!
なんでもかんでも無理だできない諦めろってディスってくるエルフ校長と、能力以上の課題を出して魔法は「できる」イメージだと煽ってくるジェレンス先生、どっちも振り切り過ぎ!
足して二で割ってちょうどいい感じの教師、どこかにいないの?




