8 年齢差は大き過ぎるとどうでもよくなるらしい
いやだと叫んでも、もう遅い。そんなサブ・タイトルが脳裏を過っていき、ついでに弟が「お姉ちゃんが自分で指定したんだよね?」と呆れるので、おとなしくパンを売るよう説得して我が脳内から退去させた。
お姉ちゃんが自分でね……指定したつもりだったんだけど、認識の差が埋まってなかったんだよね……。
というわけで、この際だから認識の差をできるだけ埋めていくことにした。
わたしは乙女ゲームをやったことがないし、実のところ、「悪役令嬢転生乙女ゲーム小説に書かれてる乙女ゲームって、ナイワ〜」という評価だけは知っている。つまり、わたしは今、よく知ってると思ってたけど微妙に違う世界に生きていることになるのだ。
知ってるつもりで知らない世界に死亡フラグがばんばん準備されてるなんて、ダメ、ゼッタイ!
悪役令嬢はいない!
王子に婚約者もいない!
……冷静に考えたらそうだよね、乙女ゲームなのに婚約者アリの王子にアタックするって、どうなのよ。特殊な嗜好のプレーヤーにしかヒットしないでしょ、婚約者ありのメイン攻略対象!
幸い、このスモーク空間でいくら過ごしても、現実では時間が進まないので――つまり、教室を飛び出そうとしたあの瞬間に戻るらしいので――この一回を無駄にしないため、徹底的に聞き取り調査する。
結果、転生コーディネイターがわたしに準備してくれたこの世界は、だいたいこんな設定らしい。
・攻略対象は、初対面で「ルルベルが気になる」よう調整してある。
・初対面以降はそれぞれの生きかたによるので、初対面は大事にしよう。
・攻略対象は来るべき世界の危機において有用な人材なので、親しくすると有利。
・もちろんゲームっぽいだけで本物のゲームではないので、攻略対象以外との恋愛も自由。
・ただし、こっちが友情のつもりで向こうが愛情だった場合、不穏なことになったりする。
・複数の攻略対象がルルベルに恋愛感情を抱いた場合、これも不穏なことになったりする。
・どう不穏かは、なってみないとわからない。
・世界の危機は実際に準備されている。
・ルルベルが頑張らないと世界が滅びるのはガチ。
・もちろん行動を間違うと死亡する。
・死ぬ前にここに来れば、主観的には死の直前の一瞬を引き延ばすことはできる。
・ただし、この空間にはスモークしかなく、コーディネイター(宇宙意志)しかいない。
・チートはない。
……だんだん気が滅入ってきたわ。
乙女ゲームってそんなんだっけ? いやプレイしたことないから知らんのやけど。でもさ、もうちょっとこう……頭がお花畑状態でウフフしたり胸がキュンとしたりドキッ☆ とか、キャッ♪ とかさ……そういうんじゃないの? 一歩間違うと死ぬのって悪役令嬢だけじゃないの? 主人公ちゃん死んじゃうの?
て、いうかさ。
初対面で気になる効果って、王子が紙つぶてをぶつけてきた理由、それですよね!? あんたか! あんたが原因か!
それに、初対面が重要なら教えておいてくれないと困る! もう攻略対象ふたりまとめて罵ってるじゃん……。
ヤッチマッター。
「世界を救うって、具体的にはなにをするんですか?」
「聖なる力で魔王を倒します」
「……それ普通のRPGでは?」
「アドベンチャー・ゲームでもありますよ。あと、場面と場合によっては、リアルタイム・ストラテジー要素もありますね」
だんだんわかってきたのだが、この宇宙意志……ゲーマーなのでは?
「わたし、ゲームは詳しくないので」
「アクションRPGだと考えてみてはどうでしょう」
「ひと狩り行くゲームで肉が上手に焼けないタイプの人間なんですけど、クリアできますか?」
「……なかなか現実を生き抜くには厳しいですね。残念ながら、じっくり考えてコマンドを入力する、みたいな機能は実装しかねます」
デスヨネー。
「でもわたし、ほんと、アクション苦手なんですよ。ほとんどプレイしたことないです」
「生きて動くのがもうアクションです。自機が自分です」
やっぱりゲーマーなのでは?
「でもこのゲームの自機、無限増殖しないですよね? 予備ないですよね?」
そうですね、とコーディネイターはうなずいた。
「入力されるまで待っている状態に類似のものとしては、この空間にお越しいただく、という裏技もございますよ」
なるほどな。それで究極的美声に宥められて、冷静になってから戻るんだね……いやそういう問題じゃないよね!
「もうほんと……難易度を下げるとかそういうのはできないんですか」
「現実に難易度はありませんよ」
急にゲームから離れるの、やめてほしい。
「とりあえず、その攻略対象っていうのが誰かも教えてもらっていいです?」
「ネタバレになりますが」
「命がかかっているのでお願いします」
「……隠し攻略対象も含めますか?」
なんでそんな残念そうなのよ!
結局、たのみこんで教えてもらったところ、王子も校長も担任もやっぱり攻略対象だった! あとは、王族の護衛騎士とか(さりげなく一般生徒にまぎれこんでいるらしい)、生徒会の会計とか(眼鏡キャラだそうだ)……あっ、飛び級天才少年もいるらしい。といっても、入学は絶対十六歳からなので、わたしと同い年なのにもう最終学年っていう話。
校長先生は年上過ぎませんかと訊いてみたところ、あれくらい年上だと逆にどうでもよくなるでしょうと謎回答を得た。気になったので掘り下げてみたところ、なんとエルフだった。校長エルフか! えっ公爵家ってエルフなの? さらに掘り下げてみると、この国の初代の王様がそもそも魔王を封印した勇者なんだけど、そのときの旅の仲間であり、世界の行く末を気にかけて人間界に残ってくれている……ので、王家も公爵位を与えて恩に報いている、とのことだった。
なるほどな……たしかに寿命が違う何百歳っていわれると、逆にどうでもよくなるな、年齢差……。
これも残念そうに教えてくれたんだけど、校長の見た目は人間界に適応すべく多少変えてあるそうだ。いうなれば、逆魅了の魔法みたいなやつ? でないと、ばったばったと人間どもが倒れるんですって。それはちょっと見てみたい。人が倒れるところを。
なお、王子を落とせば王家の財宝(魔王特効ありの武器防具)が使えるし、校長を落とせばエルフの隠れ里からエルフの秘宝(魔王特効ありの魔法具)が貸し出し可能、担任を落とせば本人が無類の強さを誇るらしい。担任……。
……つまり、王家の武器防具とエルフの秘宝を激やば教師に装備してもらえば無敵なのでは?
アレに借りをつくるのはいやだけど、背に腹は変えられぬ。いやでも借りをつくるためには、まず落とさなきゃいけないのか。王子と校長と担任を! いやだー……。
「わたし抜きでなんとかなりませんか」
「あなたが主人公なのですよ。絶対に関与する必要があります」
「聖の魔法とやらですか」
「そうです。乙女ゲームっぽい並行世界を探すのに、相当頑張りまして」
頑張りどころが間違ってたんやで……。なんかもう忘れてるっぽいけど、そこんとこ、反省してほしいんやで……。
「わたし、平和な世界って条件つけましたよね?」
「もちろんその条件は満たしています。今は平和ですよね? これからドラマがはじまるのです」
「いやいやいや。そんな世界の危機とかからめなくても、ドラマってつくれますよね!?」
宇宙意志は、わたしの発言をさらっと無視した。
「複数の男性がひとりの女性を取り合うからには、その女性に特別さが必要ですし、絶対に誰にも代替できない役割があった方がよいかと考えた結果、この世界を選びました」
うん、すり合わせでは埋められない感性の溝があることはわかった!