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79 神魔法使いは距離の詰めかたがエグい

 エルフ校長は、わたしが飛び上がらないようにしただけでなく、くるりと向きを変えさせた。

 そこに立っている女性が声の主で、神レベルの天才魔法使い……ということなのだろうか。

 見た感じ、わたしの母より年上っぽい。老婦人というほどではないが、中年も後半にさしかかっていそうな年代。明るい金髪に水色の眼で、なるほどウフィネージュ王女やローデンス王子のご親戚ですね! ってお顔立ち。

 古風な騎士服っぽいもの――パレードなんかで見て、かっこいいって思ってたやつだ――が、よくお似合い。立ち姿がこう、凛としている。

 ふつうに生きていたら数百歳だろうけど、そんなご年齢には見えない。……もちろん、ふつうに生きているわけないよね。エルフ校長の説明が事実なら。


「あまり、おどろかさないでやってくれないか。久しぶりだね、我がうるわしの姫よ」

「やめてよ。エルフに『うるわしの』姫呼ばわりされるなんて、嫌味過ぎて寒気がするじゃない」


 エルフ校長相手に、この態度。タメ口。しかも、扱いがぞんざい!

 さっきまで、エルフ校長の微笑ひとつで全員うっとりする世界にいたので、えらい新鮮な反応である。


「相変わらず口が悪いね、我が姫は」

慇懃いんぎんな喋りをしたら、怖がるくせに。どうかしたのかいって訊きながら後ずさった日のこと、忘れてないわよ。……で? その子がそうなの?」

「新しい聖属性魔法使いの卵だよ。ルルベル、こちらが我が亡き友の姉姫だ」

「姫姫うるさいわよ、ルル。……あらやだ、今ルルベルっていった? じゃあ、あなたのことルルって呼ぶと、まぎらわしいわね」


 ルルってエルフ校長のことなのか。エルトゥルーデスだから、ルルと略されてもまぁ……不自然ではない。不自然ではないが、エルフの呼び名がルルっていうのはなにかこう、冒涜感があるな! わたしの名前に似ているせいもあるだろうけど、そんなあっさりした呼び名は似合わないよね、エルフ!

 ……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。紹介されたんだから、挨拶しなきゃ!


「あの……はじめまして、ハラルーシュ様」

「はじめまして、若い方のルル。わたしのことは、ハルと呼んでね」


 いきなり距離の詰めかたがエグい! エルフ校長を見上げると、深くうなずかれた。


「彼女が求めるようにしてあげてください」

「ではハル様」

「様はやめてよね。そういうのが面倒だから、このへんをうろうろしてるのに。そっちの年寄りの方のルルも、聞こえてる? 呼び捨てよ、呼び捨て。わかったわね、両方のルル」


 距離の詰めかたが、エグ過ぎる!

 頭の中でウィブル先生が「魔法使い族は社交能力が残念な場合が多いのよ」とブツブツつぶやきはじめたが、これも残念のパターンのひとつですか先生?

 どう応じていいかわからないでいると、エルフ校長が話を引き取ってくれた。


「たのんだだろう? ルルベルを困らせないでやってくれ」

「おどろかせるな、ってのは聞いたけど。困らせるな、なんていわれた覚えがないわねぇ。そうでしょ、ルル?」


 ……ど、どっちに答えを求めてるの? わたし? わたしが回答すべき? えっ、どうなの?

 エルフ校長が、ため息をついた。


「君は昔からそうだが、こまかいね」

「性格が変わったらおどろいちゃうでしょ。今さらよ。それで、用件はなに? 年寄りルル」

「彼女の紹介だよ。もし気が向いたら、君の呼び出し方法を教えてあげてほしい」


 呼び出し方法って……さっき秘密っていってたやつか! えっでも神魔法使いを呼び出してどうすんの?

 ……。

 あっ! そうか、魔王と戦ってもらうのか! 初代陛下と同じ戦力を手に入れるってやつか! ……結論にたどり着いちゃったよ。

 なるほど、魔王との対戦実績がある神魔法使いを味方にできるなら、鉄板じゃん。素晴らしい!


「それ意味ある? ここに来ないと使えないし、この子、聖属性なんでしょ? ひとりで来るの、大変じゃない?」

「だから、彼女に可能な呼び出し方法を、という意味だよ」

「なんのために? わたしはもう隠居してるのよ。ただの傍観者。なにもしないわ」


 ……初代陛下と同じ戦力を手に入れるのは、難しそうだ。


「彼女も隠居させるためだよ」


 たどり着いた結論が、間違っていた! えっ、そっちかぁあ!

 いわれてみれば、エルフ校長……はじめっから「さっさと逃げた方がいい」派だもんな。そうか……なるほど?

 ため息をついたのは、今度は神魔法使いの方だった。


「ルル、あなた、まだそんなことやってるの?」

「僕だって、そう簡単には変わらないよ」

「なんでよ? 変わりなさいよ。わたしは数十年しか生きてないの。あなたとたもとを分かってから、たったの……何年かしら? 最近わたし、自分の年齢がよくわからないのよね」

「それは時空魔法を使うからだと思うよ、我が姫」


 少し寂しげに、エルフ校長は指摘した。

 なるほど……時空を跳躍してると、実年齢が何歳かわからなくなるのか。そうか……。理解したけど、あんまり使いどころのなさそうな知識だな!


「あなたのじゃないし、姫でもないって何回教えてあげたらいいの? とにかく、あなたは変わってもいいのよ。何百年も生きてるんだから、少しは変わりなさいよ」

「エルフは頑固なんだ。変わるのが嫌いでね」

「エルフがどうだかは知らないけど、ルルが頑固なのは知ってる。でも、わたしも頑固なの。べつにエルフじゃないけどね。だから、わたしの協力は期待しないで」

「以前は助けてくれたじゃないか」

「そうよ、わたしはあなたを助ける。仲間だもの。だけど、その子は違う」


 まっすぐに見つめられて、わたしはたじろいだ。目力がすごい。


「彼女を第二のロスタルスにしたいのかい」

「あの弟に第二も第三もあってたまるもんですか。あんなの、ひとりでも多いくらいよ。……ねぇ、ルルベル?」


 ……えっ? 同意を求められてるの、これ? 初代国王陛下がひとりでも多いかどうかについて一般市民に意見を求められても困るっていうか!


「あの……わたしは、わたしです」

「あら、とんちきエルフよりも立派な意見があるじゃない。……それで? あなたは、ほかになにを考えてるの?」

「隠居は、いずれはしたいです。でも、魔王をなんとかしてから、と思っています」


 神魔法使いは、口を大きく開けて笑った。手まで打っている。拍手されちゃった……。


「立派! 立派ねぇ。ルル、本人の意向がこうなのよ。あなたの望みの不毛さを、思い知りなさいな」

「この子にできるはずがない」


 ……えっ。

 思わず、まじまじとエルフ校長を見てしまったよ。

 できるはずがない、って真顔でいってるよね、これ……。そうか、やたらとわたしを逃がそうとしていたのは、わたしが失敗すると確信していたからか! なるほど?

 その予測って、どれくらいの的中率が見込まれてるの? エルフ校長の独断と偏見にもとづいてるの? それとも、ほかになにか理由があるの?


「あなた、ほんっとうに最低よねぇ」

「死なせたくないんだ。僕はもう、見送りたくない――」

「じゃあエルフの里に戻りなさいよ。あそこなら、そうそう死者も出ないでしょうよ。ご両親も、きっとお喜びになるわよ。よかったわね。親孝行してあげられるわよ」

「そういうことじゃない」

「いいえ、そういうことよ」


 お馬鹿さんね、と告げたハラルーシュ様の口調は、とてもやさしくて。同時に、揺るぎなさがあった。

 このひとは、自分の信じること、認めたことにしか手を貸さないだろうと、初対面のわたしにでもわかるのに――なぜエルフ校長には伝わらないのだろう。


「ハラルーシュ、お願いだ。この子をたのむ」

「彼女の願いは聞いたでしょう。魔王をなんとかしてから引退したいそうよ? うちの馬鹿弟にしたみたいに、道を示しておあげなさいよ。可愛くて愚かなルル、あなたにできることはそれだけよ――」


 そういって、神魔法使いはエルフ校長からわたしへと視線を移した。


「――思慮深いルルベル、あなたはあなたの信じる道を行きなさい。この最悪のエルフを含めて、もう、ほんっと! 馬鹿馬鹿しくなるほどの邪魔が入るだろうけど、助けもあるはずよ」

「はい」


 ハラルーシュ様は、にっこりなさった。力強くて、かっこよくて……励まされる笑顔だった。


「うまくいくといいわね。……ルルは、あなたと同じ方向へ進もうとはしていないけれど。でも、あなたを見捨てることだけは、けっしてない。そういう困ったやつなの。理解しろとはいわないけど、覚えていてあげて」


 すっと一歩で距離を詰めて。神魔法使いは、わたしの額にくちづけを落とした。


「これは、わたしからの祝福」

「え……」

「それじゃあね、会えて楽しかったわ。幸運を、ルルベル」


 声の余韻が消えぬ間に、時空をあやつる天才魔法使いハラルーシュは姿を消していたのだった。

 エルフ校長との意味不明な会話と、わたしへの祝福を残して。


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