78 世界にこびりついた染みのようなもの
更新が遅れて申しわけありません。
予約したつもりでしたが「つもり」だけでした!
その寂寞とした荒野こそが、自由の園。
「ハラルーシュは特別な存在だった。聖属性魔法使いたる、我が親友よりも」
エルフ校長をして天才と呼ばしめるほどである。さぞかし万能の魔法使いだったんだろうと思う反面、今なら理解できる――そんな存在、世間が放っておいてはくれないだろうということが。
わかるよ……わかりたくないけども。
「彼女の属性は、時空だった」
なんて?
「……はじめて聞きました。時空属性」
「そうだろうね」
「たしか、ジェレンス先生が……時属性もおありですよね?」
「時空魔法は、時魔法より一段階上のものだと考えてかまわないよ。僕が知る限り、彼女以外に使える者は誰もいないけれど……ひょっとすると、世に知られぬように存在した誰かはいたのかもしれないね。彼女がやがて、その道を選んだように」
時属性でさえ、ほとんど情報がない謎の魔法だってリートがいってたはず。その上を行く、って。
「もしかして、大暗黒期を終焉にみちびくことができたのは、そのかたの存在が大きかったんですか?」
「君は聡い子だね、ルルベル」
いつもなら微笑むところだと思うんだけど、エルフ校長は笑顔を見せなかった。ただ、なにかを探すように遠くを眺めている。とうの昔に失って、二度と手に入れることができない――そういう、なにかを。
「世界が闇に覆われたとき、聖属性の力だけでどうやって事態を打開するんだろうって、ずっと考えてました」
ずっと、っていってもね。入学して、歴史をまともに学びはじめてからだけども! 下町の日常には、そういう考えが立ち入る隙がなかったもので!
エルフ校長基準なら、それこそ、まばたきひとつにも満たない時間。それでも、わたしは考えつづけていた。
筋肉馬鹿と評される聖属性の王様以前にも、聖属性魔法使いは生まれていたはずだ。
聖魔均衡論が正しければ、魔王の支配が強まるほど聖属性魔法使いの誕生の可能性は上がり、力も強くなる。その中で、ようやく魔王の封印に成功したのが我が国の初代国王陛下だ。
それって、こういう疑問に通じるわけ――何人も生まれていたはずの聖属性魔法使いの中で、なぜ、彼だけが成功したのか?
大暗黒期の記録は乏しいため、ほかの聖属性魔法使いがどうやって失敗していったのかは、まったくわからない。だから比較はできないけど、なにかが違うはずだ。
まさか、筋肉馬鹿だったことが唯一の理由とは思えないし。そりゃ成功要因のひとつではあるかもしれないけど。
「初代国王陛下とともに戦われた皆様が、とてもお強かったのではないか、と。もちろん校長先生も含めて、常識では考えられないほどの力が動いたのではないか……そう考えていました」
「そうですね。エルフが介入するのは、常識的とはいえません。わたしも要因のひとつに数えてかまわないでしょう」
エルフ校長は、変人なのだろう。いや、変エルフ? まぁなんでもいいけど、エルフとしてはかなり規格外の存在に違いない。だって、三階から世界を眺めてないで、一階に降りて来ちゃうんだもんな。万象の杖とやらを作った叔父さんに似てるって、親戚にはいわれてるんじゃないかな。
それはともかく、初代国王とともに戦った皆様……って、実はこれも情報があんまりないんだよね。
エルフ校長がパーティー・メンバーでした、って話も入学してから知ったくらいだけど、じゃあエルフ校長以外に誰がいたの? ってこと、なんも知らないよね。なーんも。
「国王陛下以外の話がほとんど残ってないのは不自然だなって……気がついたのは、ほんとうに最近のことですけど」
「我が友の偉業として伝えていこうと、皆が同意しましたからね。それ以外は、消し去ろうと。仲間たちは、そうして歴史から姿を消しました。……僕は、うまくやれなかったんですよ。世界についた染みみたいに、消え残ってしまった」
エルフだから、と。ささやく声が聞こえた気がした。
「意図的に、消したんですか?」
「当初は、そこまでするつもりじゃなかったと思います。ただ、結果的には今のようになりました。僕らのことを覚えている者は、誰もいない」
消したんだな! それも、ひょっとすると。
「できるんですか? 時空魔法で、そういうことが」
「ほかに考えられないですから、きっとそうだと思います。ハラルーシュが、本気を出してしまったのだと。これは、本気を出させてしまった側の責任でしょうね」
なるほどな! 最近のわたし、そのポイントには理解が深いよ! 本気を出させるような事態が生じたんだな、なるほどな!
「忘れられてしまえば、つきまとわれなくて済みますもんね……」
「ですから、今日は彼女に君を紹介しておこうと思って」
わたしは眼をしばたたいた。今、なんか変な話にならなかった?
「あの……紹介って、どなたに?」
「彼女ですよ。石の乙女、ハラルーシュ」
少し考えてみた。
「石像があるんですか?」
「石像に紹介してどうするんです。本人ですよ」
至極真っ当な返事のようだが、これはおかしい。
だって、初代国王ロスタルス陛下って、とうの昔にお亡くなりになってるでしょ! 幽霊でも紹介されるのかよ! 石像よりぶっとんでるぞ!
「ええっと……まさかエルフのお血筋のかた?」
ワンチャン、長命種とか!
「いえ、彼女は人間です。ただ、天才的な魔法使いだったというだけで」
不毛な会話がここまで進んでようやく、わたしは思いついた。そう、こんなのすごく馬鹿らしい思いつきでしかないのだが……。
「まさか時空魔法って、時間を超えて出現したり……するんですか?」
「連絡すれば、会いに来てくれることもあります。ただ、彼女の主観での時間は有限です。毎回というわけにはいきません。でも、君が聖属性魔法使いだと気づけば、きっと来てくれるでしょう」
いやいや。いやいやいやいや。時空を超えるって、なに? それもう天才魔法使いの領域を突破してない? 神だろ、神!
「す……すごいですね」
ほかにどう反応すればいいというのか!
エルフ校長は、そうなんですよとうなずく。
「すごいんですよ、彼女は」
そりゃーすごいだろー。
なんかもう棒読みになっちゃうけど、心から思うよ。嘘じゃない。すごい。すごい、以外に表現できない。語彙……語彙がないから無理!
すごい。完。
「あのでも、わたしなどが……そのかたの有限のお時間をいただいてしまうのは、申しわけないというか」
「時間を割くかどうかを決めるのは、彼女です。君じゃありませんよ、ルルベル」
「はい……」
お説ごもっともでございます!
「僕が連絡をして、彼女が来なければ、それが彼女の選択です」
「連絡、というのは?」
「それは僕と彼女の秘密です」
左様でございますか! まぁそりゃそうか。そうだよな。
ひとりで納得するわたしを抱いたまま、エルフ校長は荒涼とした岩山に着地した。そのあたりは灌木すら生えておらず、ひたすら奇岩奇石がそびえている。
「あれを見てごらんなさい」
エルフ校長はわたしの両肩を掴み、くるりと向きを変えさせた。向けられた方にも、ひときわ大きな岩がある。
「なにか特別な岩なんですか?」
「輪郭をよく見て。あれが、石の乙女です」
……あー。ああー! なるほど、いわれてみれば、胸の前に手を組み合わせた乙女が空を見上げて祈りを捧げる横顔、みたいな……そう見えなくもない、みたいな?
よくある、こじつけましたねー! って感じのやつだけど、地元ではなんらかの伝説とともに親しまれているんだろうな。たぶん。
「僕がこの世界に残ってしまった染みだとしたら、彼女が残した唯一の痕跡が、あれです。自分にまつわる伝承を曖昧にまとめて、あれに引き受けさせたんですよ」
「我ながら、うまくやったと思うわ」
ぎょっとしたわたしは、飛び上がらんばかりだった――けど、エルフ校長に肩を掴まれたままだったので、無理だった。




