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75 国を覆う呪符魔法をデザインしたのは姉の方だった

 呪符魔法が爆発しがちなのは、魔力の制御が難しいから、である。

 結局、呪符魔法であっても魔法は魔法、要所となるのは制御なのだ。魔法使いが直接発動させる場合と、なんも変わらないよね、その点は。


 呪符魔法には、必要以上の魔力を込めることになっている。必要なときに魔力不足で発動しないなんてことがないように、である。ジェレンス先生が準備した誓約魔法みたいに、外部の魔力を取り込む仕掛けを挟んでおくのは、使用期間が長期にわたる場合の施策。一般人も使える魔道具なんかも、そうなってるはずだ。

 当然のことながら、「必要以上」の度が過ぎると爆発する。円で保持しきれなかったり、あるいは円の内部に描く魔法の内容が魔力にそぐわなかったり、接点が必要以上に多くても少なくても、爆発する。

 で、だ。

 初代国王にして魔王を封印した聖属性魔法使い、しかも筋肉……が遺した呪符魔法は、国全体を覆う規模だという。当然、必要となる魔力は膨大である。呪符魔法は大きくなればなるほど危険なのだ……愛する国土を、いつ爆発するかわからない呪符で覆うなんて。

 正直「馬鹿なの?」という感想しかないが、かろうじて、わたしはそれを口にするのを堪えた。


 だって、目の前にいるのはエルフ校長である。初代国王の死を今も悼み、彼の志をきちんと継いでないからと子孫たちにヘイトをつのらせるタイプの執念深さがある長命種である。

 怖いだろ、このひとの前で初代をディスってると思われかねない発言をするのは!


「完成形が本来どのようなものであったのかにも、とても興味があります」


 この際、魔力の量について考えるのはやめよう。爆発の危険性についてもだ。

 それはそれとして、なにを目的としていたのかは気になる。


「魔属性の探知です」


 探知って、わたしができないやつじゃん。有能だな、呪符魔法。


「国内に魔族が出現したら、すぐにわかる……みたいな感じですか?」

「その通りです。場所と時刻、魔力量を記録することができたはずですよ。異常な数値が出たら、玉座に通知が飛ぶように仕掛けをして……なつかしいな」


 ……むちゃくちゃ凝ってる。


「初心者には想像もつきません。魔力感知するだけじゃなく、記録して、通信も?」

「呪符魔法による感知というものは、それだけでは意味がありません。感知したあとの処理が重要です」


 なぜか得意げなエルフ校長である……でもまぁ、たしかになぁ。感知だけしても、出力できなきゃ意味がない。いつ、どこで、どれくらいの量の魔力を感知したか、あとから参照できるのは重要なことだろう。そのためには記録が必要だ。そして、見逃せない数値が出たらプッシュ通知である。

 国をふっとばしかねなかっただけのことはあるな……。現存してたら初動で有利、って話も納得だ。

 かなり昔の、それこそ呪符魔法の研究であっちこっちで爆発が起きていた時代のものだと思えば、先進性もあるのではないか。むしろ、すでにロスト・テクノロジー化しているのでは? 規模が大きい上に精巧過ぎて、次代に伝授できなかったのかも。


「校長先生もご助力なさったんですか?」

「少しだけ。得意分野というわけではありませんからね」


 エルフの魔法は独自体系だからかぁ。

 でも、エルフ校長の表情が少し明るくなって、よかった。この話題を持ち出したときは、暗くさせてしまったから。


「初代国王陛下は、呪符魔法にも熟達してらしたんですね」

「いえ、呪符魔法は別の仲間が得意だったんです。そういえば、彼女はこの魔法にあまり肯定的な意見は持っていませんでしたね」


 描いた本人が肯定的じゃなかったとか……じゃあ、初代陛下の命令で設置した、みたいな感じなのかな?


「構成を考えたのは、女性だったんですか」

「ええ。我が友人ロスタルスの姉君あねぎみですよ。弟君おとうとぎみを守るために、呪符魔法を学ばれたのですが――天才というのは、彼女のことでしょうね」


 わたしは眼をしばたたいた。そんな話、聞いたことなかったから。


「すみません、無知なもので……初代国王陛下にお姉様がいらしたことを、はじめて知りました」

「ああ、無理もありません。彼女が天才的な魔法使いであることは、秘匿されていましたから」


 えっ! それ、わたしが知っていいことなの?


「忘れた方がいいですか?」

「問題ありませんよ。どこにも記録されていない、今となっては我が記憶の底に降り積もるだけの話です。彼女を忘却の霧に押し込めた者たちも、すべてこの世を去りました。今を生きる者たちは誰も、彼女の存在さえ知らないでしょう。あなたが知って、覚えて、なんなら書き残してくれてもよいのですよ。人々がそれを信じるか否かはまた別の問題になりますが」


 なんか……きな臭い話題になってきた気がするぞ。

 身構えているわたしに、エルフ校長は微笑んだ。空気がきよらかになりそうな笑顔である。エルフすごい。やばげな話題なのに、笑顔だけで浄化されてしまう……。


「ところで、今日の昼食はどこにしましょうか。選んでいいですよ」

「国内でお願いします」


 思わず即答してしまった。

 が、それはこれまでのエルフ校長の気遣いを否定することでもある! と、すぐに気づいたので、わたしは慌ててつけたした。


「すみません、小心者なので国外に出ることに怖さがあって……。ですが、校長先生のお好みにあわせます! 連れて行ってくださるのですから」

「僕の好み? そうだな……国内でも、あなたに見せておきたい景色はいろいろあります。うん、久しぶりに思いだしたことですし、彼女が隠棲していた離宮に行きましょう」


 きな臭い話題の舞台に突撃することになった!

 ……まぁ、今さらだな! うん、今さらだ。エルフ校長は三階の住人だけあって、一階の事情がなんかこう……通じてないわけじゃないはずなのに、通じてない感がある。たぶん、ご自分の価値観に忠実に行動されるからだろう。


「どこにあるんですか?」

「さほど遠くはありませんよ。国内ですからね」


 そういって、エルフ校長はわたしの手を掴み、次いで腰を抱き寄せた。

 あっ、これは飛ぶ構え! 飛びたくないっていえばよかったーっ!

 後悔先に立たず、わたしが硬直しているあいだにエルフ校長は精霊との交流を果たし、わたしたちは上空高く舞い上がっていた……マジしんどい。怖い。


「あの頃も、呪符魔法の配置を確認するために、かれらを抱えて飛んだものです」


 なつかしいですね、とエルフ校長は眼をほそめる。

 わたしはそれどころではないが、黙っているとますます怖い考えになってしまうので、必死で相槌を打った。


「そうなんですか。皆様、高いところはお好きだったのですか?」

「いいえ、我が友人は大嫌いでしたよ。姉君の方は、とても楽しんでくれていたと思いますが」

「大嫌い……」

「ええ。怖いだの、すぐ下ろせだの、じたばた騒いで大変でしたよ」


 つまり。エルフ校長には、じたばたする筋肉馬鹿を抱えて飛ぶ能力がある、ということか。えっなにそれ、怖っ!

 わたしがふるえているのに気づいたらしく、エルフ校長は少し困ったような顔をした。


「君も暴れますか?」

「いえ……」


 怖くて無理です。落とされたら終わりだもん! 絶対、おとなしくしてるよ。だから落とさないでほしい。


「眺めはいいでしょう?」


 話をふられてしまったので、わたしは下を見た。見ないようにしていたのだが……。

 はるかかなたへと蛇行する川は銀色にきらめき、山々は濃淡のある緑に、王都もなんだかミニチュアの玩具みたいなサイズに見える。学園の敷地、思ったより広いな……王宮といい勝負では?

 ていうか、今回、前回より高く飛んでる気がする……。いや、これは気のせいではない。高い。高い高い高い!


「現実感がないくらい、地上が遠いですね」

「そうですね。こうして空を飛んでいるあいだだけでも、君が課せられた、つらい使命を忘れられればいいのですが」

「……つらくはないですよ」


 大いにめんどくさいけどな!

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