74 人類は魔法に厨二病的な憧れを抱きがちである
翌日、図書館に送ってくれるリートに訊いてみた。
「ジェレンス先生に、筋肉の代わりになるように味方をどんどん増やせっていわれたんだけど、リートは味方になってくれる?」
「……任務の範疇でなら、できることはするが……筋肉?」
おっといけない、鉄面皮のリートでさえ困惑顔を見せるレベルで変な説明をしてしまった!
「ほら、聖属性魔法使いだった王様は、筋肉で魔法以外の部分をおぎなったけど、わたしはそういうわけにはいかないから。筋肉つけて物理で殴る稽古をしてる暇なんて、ないし……」
「なるほど。それなら、確認するまでもないことだ。はじめから、俺はそのための人員だからな」
護衛とはそういうものだ、と。リートは真面目な顔で告げた。いつものように賢げである。この賢げな雰囲気が詐欺であることをわたしは知っているが、シスコはひょっとすると詐欺られたままかもしれない。教えてあげるべきだろうか?
「仕事と関係なくなったら?」
「次の仕事が入っていなければ、ある程度は守ってやってもいい」
……え。ええっ? なんだって!?
どうせ見捨てられるのだろうと思っていたから、びっくりした……のが、もちろん表情に出たらしい。リートはわずかに眉を上げた。
「自分で訊いておいて、なぜ、意外そうな顔をしている」
「意外だったから」
「そうか」
納得すんのかよ! ……まぁリートだしな。
「そのときは、パンをサービスするよ。リートを雇えるようなお金、家にはないだろうけど……パンならあるからね!」
珍しく、リートはふつうに笑った。底意地が悪いのでも、爽やかクラスメイト偽装モードでもない、わりと楽しそうな笑顔だ。
「現物支給としては、悪くない」
うちのパン、気に入ってくれてるのかな? だったらよかった!
図書館にわたしを押し込むときに、リートはふと思いだしたようにつぶやいた。
「前にも話したと思うが、俺としても早死にはしたくない」
「え? ……ああ、うん!」
聖属性魔法使いの練度不足で世界が滅びて人生終了なのは嫌だとかなんだとか、そういう話だったな、たしか! なるほど、だから依頼が切れても少しは守ってやるよって話になるのか……。
「だから、俺の長生きのために有用だと思えば、雇用関係は抜きにしても、おまえを守るべきだろうと思う」
「……なるほど、そういうことね。わかった!」
「この説明で『わかる』あたり、君はかなりの逸材だな」
「えっ、なんで? わかりやすいよ」
「わかるとは、理解するのと同義ではない。ここでは、受け入れるという意味だ」
「……うん?」
「身も蓋もないことをいうと、反発を招きがちだ。ひとは、自身の価値を高く見られたい。『あなただから特別です』といった話をする方が、ずっと交渉の成功率が上がる。俺の話法は、そういう方向性を持たない。ゆえに、揉めごとと無縁ではいられない」
「なるほど?」
「はっきりいって、君にもその傾向がある」
「あー……」
今度こそ理解したわ!
そうだよね、東国のためにわたしを誘惑してるんですかってファビウス先輩に質問したり……今だってリートに、かなり直接的に訊いたもんな!
「俺がなにかいえる話でもないが、心に留めておいた方がいいだろう」
「うん、わかった。できない気はするけど、気をつけるよ」
「……そういうところだぞ」
こういうところか! でも、簡単にはあらためられないよね。性格だもん。
「うん、そっか。なるほど。助言、ありがとう」
「早死には、したくないからな。せいぜい頑張ってくれ」
結局、大いに身も蓋もない結びになったな! そういうとこだぞ、リート!
でもまぁ、これでジェレンス先生とリートを筋肉代替部隊にカウントしてよくなった……ジェレンス先生を筋肉に入れるのはどうかと思うし、ほかの呼びかたを考えるべきだろうけど。
それにしても、リートは本人の言動はあんななのに、意外といろいろ考えてるんだなぁ。考えが全然活かされてないとこが、残念感すごいんだけど……。
図書館で禁帯出本を読みつつ(前日に読み終えられなかったので、まだ同じ本を読んでいる)、レポートを書きつつ。
わたしは、ジェレンス先生の提案について考えていた。教師が生徒に示唆すべからざる内容ではあるが、たしかに、わたしには筋肉の代替となってくれる存在が必要なのだ……今、こうして図書館と学園に守られているように。常時、なにかに守ってもらわねばならない。
……めんどくさっ!
「現実って、どうしてこう……めんどくさいのかな」
もうちょっと難易度下がっても誰も文句はいわないと思うが、現実は難易度が高い。運営はクソで、公平性も皆無。いっそ虫に生まれ変わっていた方が、こんな悩みも抱かなくて済んだのではないか。
……でも、虫は嫌だな。虫好きならともかく、わたしは好きではないのだ。ていうか、虫と人間の二択に追い込んだ転生コーディネイターが悪い。たとえば猫とか提案してくれてたら、それもいいかもなって思ったはずだ。
まぁ猫であったとしても、世界が滅びるときは巻き添えを食らうわけだけど。
「めんどくさいけど、世界は滅ぼしたくないなぁー!」
とりあえず、できることをするしかない。呪符魔法の達人になるとか。
特訓初日にファビウス先輩が教えてくれた通り、呪符魔法の基本は円からスタートする。この円が魔力供給源となり、円の内部に描く図形が、実際に発動する魔法を規定する。図形が円と接する部分が多いということは、魔力を多く取り込むということで、発動する魔法は強力なものとなる――が、魔力を使いきりやすく、不安定になりがちである。爆発もする。
初心者ほど、無謀に強力な魔法を望み、失敗しやすい……。
「東国で爆発事故が起きたっていうのは、そういうことなんだろうな」
無理もないわ、と思っちゃう。魔法と無縁だった人間が、これで図形を描けば魔法が使えますよ、なんて道具を渡されたらね。そりゃ、そういう事故も起きるだろう。
人類は皆、魔法というものに厨二病的な憧れを抱きがちなのだ。わたしには、わかる。わたしもそうだからね!
魔法がイメージだというのが事実なら、そういう憧れもまた魔法使いに必要な資質のひとつなのだろうけど……でも、爆発は遠慮したいな。気をつけよう。ほんと。
ちなみにだけど、呪符魔法には基本図形ってものがある。三大魔法なら、三角形が火、二回以上巻いてる渦巻きが風、一箇所だけ交差した線が水……らしいよ。これを組み合わせて有効な呪符を創作していくわけ。
この基本図形を発見するまでも大変だったらしい。呪符魔法の歴史の本によれば、三大の中ではじめに発見されたのは風。自棄になってぐるぐる渦巻きを描いたんじゃないかとわたしは思っている。水がその次。意外にも、火が発見は遅い。なぜかというと、対策なしで三角を描いてしまうとすぐ発動して燃えるから、失敗爆発の一種だと思われていたらしい。
……呪符魔法に歴史あり!
「質問してもいいですか?」
お昼に迎えに来たのがエルフ校長だったので、わたしは挨拶もそこそこに尋ねた。
「もちろん。なんでしょう?」
「先日、教えてくださった、国全体を覆う呪符魔法についてなんですけど」
「……ああ、我が友よ……うち棄てられし遺産よ」
いきなりエルフ校長がなにかの世界に入ってしまわれたので、わたしはおとなしく待った。
エルフ校長は三階の住人であるし、なにを考えているかわからない。ジェレンス先生でさえ、やべぇと感じる存在なのだ。わたしに至っては、やべぇどころの騒ぎではない。聖属性で滅せる相手でもないしな!
暫しの瞑目を経て――たぶん、ご友人に祈りを捧げるとか、なにかそういう感じのことが起きていたのだろう――エルフ校長はわたしを見た。
「あの魔法がどうかしましたか?」
「呪符魔法について勉強しているので気になったのですが、国全体を覆う大きさとなると、魔力供給だけでもたいへんな量になりますよね? それを未発動のまま保持できるのか、気になって」
エルフ校長は、うっすらとした笑みをくちもとに浮かべて答えた。
「よい質問ですね、ルルベル」
「ありがとうございます」
……で、お答えは?
「可能かどうかでいえば、可能です。そうでなければ、この国は吹っ飛んでいたでしょう」
物騒にもほどがあるーっ!




