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69 夕飯くらいは平民席に行かせてほしい

 まさか夕飯までジェレンス先生と一緒に食べることになるとは思わないじゃん。

 シスコとリートが恋しい……平民席に行かせてくれ……。


「おまえ、食べるときは無理そうだな」

「はい?」

「魔力」


 もう疲れたんだよっ!


「蓄積疲労の問題ではないでしょうか……」

「食べるのに全神経集中してるから無理なんだろ、疲れてなくても。思わぬ弱点だな。いや、思った通りかもしれんが」


 失礼だぞッ!

 ……いやそれでこそジェレンス先生か。失礼じゃないジェレンス先生なんて偽物だ、きっと。


「ちょっとジェレンス、食事のときくらいは気を抜かせてあげなさいよ」


 ねっ? と共犯者めいた笑みを浮かべたウィブル先生は、とても美しい……そうそう、食事のときくらい!


「休憩ってのが危ねぇんだよな」

「そうやって、ぜーんぶ危ないってことになるじゃないの」

「まぁな。それが事実なんだから、どうしようもねぇ」


 わたしはうなだれて食事をつづけた。魔力のことは、少しは意識するようにした。

 とにかく。夕食は、ジェレンス先生の奢りである。かくなる上は、できるだけ大量に食べてやる!


「ルルベルちゃんも、なにそんな決死の覚悟みたいな顔しちゃってるの。今は気を抜いても大丈夫よ」

「勝手に指導すんじゃねぇよ。ルルベル、気は抜くな」

「……」


 わたしは無言で肉をかじった。あまりお上品ではないが、テーブル・マナーをおろそかにしたぶん、魔力には意識を割いている。ほんと頑張ってるんだよ、見てくださいよ、見えないけど!


「ジェレンス、ルルベルは毎日の特訓とか、そのほかの……めんどくさいこととかで、疲れてるのよ? もうちょっと、やさしくしてあげてよ」

「魔王を指一本で倒せるようになるまで、それは無理だな」


 ハードル上がってない? ていうか、厳しめの教官を召喚する必要がないよね。ここにいるぞ、現実に。ジェレンスという名前のが。

 魔王を指一本で倒せるようになるまで、貴様の人権などないと思え! サー・イエッサー! ……つらい。無理やろ。心なしか、ツッコミの勢いがなくなった感まである。


「ジェレンス」

「わかったわかった、生徒の心身の健康はおまえにまかせた。こわれたら、直してくれ」

「こわさないでよ」


 おお。こわれたら直せばいいのよ派のウィブル先生の口から、こんな言葉が出るとは思わなかった。

 わたしは肉を噛み切りながら、ウィブル先生を見た。ウィブル先生もわたしを見ていた――口の中が肉でいっぱいなので、笑顔を見せることすら厳しい。お行儀悪くてすみません。わたしはせっせと噛んだり飲んだりすることに集中した。


「魔力」


 ……発狂しそう!


「一朝一夕で身につくものじゃないんだから! ジェレンス、今日はもう終わり。いいわね? ルルベルちゃんもよ、終わり。お・わ・り!」


 厳しい顔で見られたけど、お美しいですね……疲れてるせいか、ウィブル先生が女神様のように見えてきた……いや男神様だよな……でも羽毛ストール巻いた男神様っている? イメージしづらくない? 偏見かな。偏見かも。

 ようやく口の中になにもなくなったので、わたしは返事をした。


「わかりました。終わりました」


 終わりましたと宣言しただけで、気もちがふわっとした。緊張してたことを、今さらながらに実感した。まぁそりゃそうだよね、慣れない魔法を維持しろって命じられてたんだから……緊張もするわ。

 ふにゃっと背もたれに寄りかかり、大きく息を吐く。


「限界じゃないの。ジェレンス、気をつけてくれなきゃ困るわ。あんたは優秀な魔法使いだけど――」

「天才と呼べよ」

「――自分ができるからって、周りもできるわけじゃないことを忘れ過ぎよ!」

「忘れちゃいねぇよ。こいつが、やりたがったんだ。世界一の呪符魔法使いになる。魔王は瞬殺する。……休んでる暇なんかねぇだろ?」

「またそうやって極論に逃げる……。あのねぇ、世界一の呪符魔法使いになりたいっていわれたら、その瞬間から詰め込みまくればそれでいいとでも思ってるの? 違うでしょ。アタシたちが見るのは、完成までどうやってもっていくかの手順と調整よ。何回教えればわかるの!」


 ……おお。ウィブル先生が、お怒りである。

 ぼんやり見ていると、やっぱりウィブル先生は女神に見えたし、羽毛ストールはとても似合っていた。夕食用にお召し替えなさったらしく、まばゆいばかりの純白にシルバーのラメが散ってキラキラのふわっふわである。


「……うるさい」

「音量だけの問題なら勝手に絞れば? そういう調整だって、お手の物でしょ。でも違うわよね。わかってるのについ忘れることを指摘されてるから、耳が痛い……っていう意味の『うるさい』よね?」

「あーあー聞こえねぇ聞こえねぇ。なんっも聞こえねぇから喋るだけ無駄だぞ」

「あら、じゃあこの際だからいわせてもらうけど――」


 ウィブル先生が早口にまくしたてはじめたのは、どうやら過去にジェレンス先生がやらかし、ウィブル先生が後始末を引き受けざるを得なかったさまざまな事例についての苦情である。

 なんか、スタダンスって名前も出てきたぞ……えっ、重力眼鏡もなんか問題あるの? いや、あのひとは問題しかないか……それにジェレンス先生は担任だな。そして、ウィブル先生はしょっちゅう面倒みてるよな、保健室で。

 まぁ、こまかいところを聞き取る余裕はなかったので、わたしは食事のつづきに取り掛かった。

 やけになって肉を食べていたから、今度は野菜スープをいただこう。きっと消化によいものを食べるべきだ……胃がやられててもおかしくないもんな。


「――それと、ローデンスの件もなんとかしなさいよね。昨日はスタダンスが報せてくれたから、ファビウスが間に合ったけど」


 知ってる名前、どんどん出てくるな。魔性先輩がどうしたって? 王宮政治に巻き込まれたとかいう話だった気がするけど……それとは別件?


「今日は、護衛が派遣されて来たぞ」

「護衛……って、ナヴァト?」

「ああ。見えないだろうと高をくくって、ルルベルにくっついて部屋まで入って来やがった」

「……蛮勇ね」


 ジェレンスに見えてないはずないじゃないの、とウィブル先生はつぶやいた。……ジェレンス先生のチートぶりへの信頼が篤い。


「ま、それで王家に反逆する気か、なんて煽られてな」

「乗ったんじゃないでしょうね」

「ルルベルが第二回大暗黒期は嫌です、って演説をしたんだ。涙目で。ナヴァトは説得されて帰って行った」


 ウィブル先生は、わたしを見た。今回はスープを含んでいただけなので、にっこりはできる……できるが、にっこりが適切な場面とも思えなかったので、スープに集中することにした。薄味で美味しいよ。


「今日は王宮で、ファビウスも演説してきたらしいわよ」

「流行でもしてんのか? 演説」

「事態が紛糾してるってことに決まってるでしょう」


 おどろくべきことに、ウィブル先生はジェレンス先生の頭を勢いよくはたいた。すぱーん! と。

 えっ、ジェレンス先生が無抵抗……だと……?

 ジェレンス先生は後頭部を撫でながら弁明をはじめた。


「俺のせいじゃねぇよ」

「だいたいあんたのせいでしょ! 生徒たちにまかせ過ぎなのよ。大人には大人にしかできない役目があるんだから、ちゃんとやんなさいよ! 政治的な根回しとか、利害関係の調整とか! 自分の得意な魔法の話だけしてりゃそれで済むって勘違いしてるんだったら、あんたの胃をひっくり返して中身をぶちまけてやるわよ」


 わたしはスプーンを置いた。今の脅しは、ちょっと具体的過ぎる。ウィブル先生なら、できそうだし。

 と、わたしの手をウィブル先生が掴み、そのまま立ち上がった。引きずられて、わたしも立ち上がることになる。……えっ、なにが起きてるの。


「ルルベルちゃん、ちょっと先生につきあってくれる? あまり時間はかけないから」


 これ、拒否権あるの? 思わずジェレンス先生を見てしまったが、先生は視線を合わせてくれなかった。

 ……えっ、マジで? ウィブル先生とジェレンス先生の力関係ってそうなの? ウィブル先生の方が強――。


「行くわよ」

「えっ? わっ、うわぁぁぁぁ!」


 わたしは悲鳴の尾を引いて、食堂から運び去られたのだった。……もちろん、入学以来三回めとなる、お姫様抱っこで。


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