68 巻き込まれて死ぬ係は絶対に避けたい
「俺に喧嘩を売る気があるなら買うけどよ」
……先生! もう口調と態度が完全に王立魔法学園のあらまほしき教師像を逸脱なさってます!
ていうか、気がついちゃったよね。これか! って。
これ、大暗黒期の原因じゃん! 聖属性魔法使いの取り合いでガチ揉めになり、本人が巻き込まれて――まさに発生中じゃん! このままだと、わたし、巻き込まれて命を落とす係じゃん!
「あの、おふたりとも平和的に……平和的に!」
「おとなしく、反逆者と看做されてろっつうのか」
「いやそうじゃなく。反逆とかそういう段階じゃないです。我々は協力しあい、心をひとつにあわせ、魔王やその眷属をしりぞけねばなりません! ナヴァトさん、あなたもです。先生を敵にまわしてどうするんですか。あなたがお仕えするかたのためを想うなら、味方に引き込むくらいの気概を見せるべきではないのですか!」
平和的にいってくれ、たのむ! 第二回大暗黒期は回避したい!
……という、わたしの心の声が届いたのかどうなのか。ジェレンス先生が、まず、大きく息を吐いた。
「ルルベルに免じて、さっきの発言は聞かなかったことにしてやろう。ナヴァト、わかったか? おまえはルルベルに借りができたぞ」
いやいやいや、そんなのどうでもいいですから! 平和的に済めば!
……という、わたしの心の声は届かなかったらしい。真面目二号は生真面目にうなずいた。
「承知した」
そんなのどうでもいいですからぁぁ! いやこれ、音声化しないと理解されなくない!?
叫べ、ルルベル!
「……あの! 貸しだとか借りだとか、そんなことは気にしないでください。ただその……わたしは、ほんとに! 聖属性魔法が間に合わなかったらどうしようって、そればっかり思ってるので。魔王が力を取り戻したとき、自分が役に立たなかったら、と……それが怖いだけなので! 他意は、ないんです」
叫んでるあいだに感情が昂ぶって涙目になってしまったが、許してほしい。
だって、転生コーディネイター評するところの「本人が強い(物理)」と「本人が強い(魔法)」の争いが勃発しかねない状況なんだぞ、怖いんだぞ、わたしだって!
真面目二号はわたしを見て、わずかにうなずいた。
「わかった」
わかってくれたか! って気を抜いたら実はわかってない、なんて展開もあるから身構えたまま、わたしもこくこく頭を上下に動かした。
と同時に、ガチャンガチャンと派手な音がして、扉にくっついてる掛け金が次々とはずされていった。
「行っていいぞ、ナヴァト。次はないからな」
ジェレンス先生の許可を受け、真面目二号はすうっと姿を消した。
……はぁ!?
なんで姿を消す必要あるの、えっ、どうして? と混乱するわたしを無視して、真面目忍者は扉を開いたようだ。だって開いてるし。姿を消す意味がわからないが、扉は閉じて、室内は静かになった……いや、そう表現するのは早かった。またしてもガチャンガチャンがはじまり、騒がしくなった。
「……こういう感じで、学園と王室の関係は悪くなっていくんだなぁ」
「やめてくださいよ! また大暗黒期をもたらしたいんですか、わたしは嫌ですよ!」
「ま、ナヴァト一匹くらいなら処分するのは問題ないが、あれも俺の生徒だし、少し悩むところだ」
この学園のひとたち、物騒な話しかできないの? マジでやめて!
「処分しないでくださいよ。だいじな戦力です!」
「……おまえ、それはあいつに聞かせるんじゃねぇぞ。たぶん、えっらい勘違いして帰ったからな」
「勘違い?」
「あいつ、耐性ねぇから。今頃あいつの中でルルベルは、気高くやさしい、まさしく聖属性にふさわしい乙女! みたいなイメージに育ってる」
「えっ、なんで」
「いやぁ、涙目になったの最高だったな。あれはよかった。絶対、いい感じに思い込んだ」
たしかに眼はうるんだが、それは自分が巻き込まれそうで怖かったからである。どう誤解されたというのか。
「思い込み、とは?」
「だから。きよらかな乙女のきよらかな願いだよ。いいねぇ」
いいねぇ……じゃ、ねーんだよ! なんだそれ!
「全然理解できません、先生!」
「うん、それでいい。おまえは天然で行け。そのまま、まっすぐ育て」
「もうずっと、指導の方向性がおかしいです、先生!」
「魔力」
うっ。……完全に忘れてた!
ジェレンス先生は、にやりとした。
「できてねぇよな」
「気を抜いてました」
「ま、今日一日でできたら天才だろ。天才になれ」
いやいや、ふつう「今日一日でできたら天才だろ、そうへこむな」……とか、慰めたり励ましたりするとこじゃないの? 天才になれ、は無理でしょ!
「努力します」
「で、ナヴァトを見てどう思った?」
「……強そう、です?」
「そうだな。あいつを落とすのは簡単だ。気をつけるべきは――」
「いや待ってください、先生」
「――なんだ?」
「覚悟の問題だといわれれば、それまでですが。でも、わたしはそういう風に他人を利用したくないです」
ジェレンス先生は大きく息を吐くと、しっしっ、と追い払うように手をふった。追い払われるのは、もちろんわたしである。ナヴァト忍者が出て行ったので、隣に座っている必要がなくなったという意味だろう。
なんか失礼な感じだが、ジェレンス先生の失礼ムーヴをいちいち気にしていたら、禿げてしまう。
「そうだった、おまえは天然で泳がせるんだった」
おとなしく立ち上がって向かいの椅子に座り直すと、わたしは先生を睨んだ。心情的にもう「睨みつける」一択だったからだが、わたしの睨みに効果などないことはよく知っている。なにしろ、弟の方のリートにさえ、鼻で笑われたことしかない。
「そういうの、やめてください。わたしは先生に示された路線を目指しますから!」
「お、天然路線で頑張るか?」
「魔王を瞬殺する路線です」
「……そうかよ」
「責任とってくださいよ! ご自分でおっしゃったんですからね」
ジェレンス先生は、なんだか変な顔をして眼を閉じた。
「じゃ、まずは魔力の覆いを維持しながら、ほかのこともできるようにしろ」
「ほかのこと……」
「本、積んであるだろ。読んで叩き込め。起きたら口頭で試験する」
「えっ」
口頭で試験? わわわわ、と思いながら本を手にとる。いちばん上の本の表紙には『呪符魔法基本体系』と金の文字で書かれていた。高価そうな本だ。重い。てか厚い! こんなのとても読みきれないけど、試験範囲は読んだところまでにしてもらえるのかな。
……いや。そうじゃなくて。
起きたら……ってことは、また寝るの!?
わたしはジェレンス先生を見た。
今度は横にはなっていなかったが、座ったまま、もう寝てた。……寝るの早っ!
「魔力」
「はいっ!」
うわーん、寝ながら指摘するなんてチート過ぎるだろ、あらゆる意味で!




