67 いわゆる攻略対象的な存在が出揃ったらしい
赤毛の不審者は、ジェレンス先生に尋ねた。
「いつからお気づきでしたか」
うおお、声が渋い!
いやそんなことはどうでもいい! いつから、って。今じゃないの?
……待てよ。そういえば、ドアには掛け金かかってるんだよな。ご丁寧に、何個も。そう簡単には入って来られないはずだ。ガチャガチャ音もしなかった!
「答えてやる義理はねぇな」
え、あの、これ……どういう状況?
よくわからないけど、わたしは立ち上がってテーブルを迂回し、ジェレンス先生の背後に立った。つまり、ソファも回り込んだ! だって怖いじゃん、距離をとりたいじゃん! なんか友好的な感じじゃないし!
そんなわたしに、ジェレンス先生からのありがたいお言葉。
「魔力」
今、そういう場合なの!? いや、こういうときこそ魔力覆いを切らしちゃいけないんだろうけども!
「ほかに、おっしゃることがおありなのでは……」
「紹介でもするか? ルルベル、あいつはおまえのクラスメイトのナヴァトだ」
クラスメイト……ってことは一年生なのか! 大人に見えるけど!
「そろそろ失礼したいのですが、退出しても?」
大人っぽいナヴァト氏は、わたしの方を見もしない。あくまでジェレンス先生を相手にするスタイルだ。
「せっかく来たんだ、ゆっくりして行けよ。俺の部屋に入れるなんて、滅多にない機会だぞ」
「いえ、長居をする予定はありません」
「いっておくが、勝手に入ったから勝手に出れると思ってるなら間違いだからな。……おいルルベル、なに阿呆面さらしてるんだ。愛嬌を忘れるな」
こっちをふり返らないでください先生油断しないで目をはなさないでマジ気をつけてほんと!
それに、勝手に部屋に入ったらしい不審者に愛嬌ふりまいてどうすんだよ!
「ナヴァトさんは、その……いつから?」
「おまえの後ろにぴったりくっついて、入って来たぞ」
総毛立つとはこのことだよね! 全身が、ぶわ! ってなった! キモっ! うわぁ……。
ジェレンス先生は肩をすくめ、めんどくさそうに告げた。
「おまえは隣に座れ。この姿勢、首が疲れる」
「いや……ええー……ちょっと待ってください。じゃあ、先生が仮眠をとってらしたあいだも?」
「ずっと部屋にいただろ。出られるようにはしてないからな」
怖過ぎるだろぉぉ! 顔が引きつるわ!
「そういうこと、早く教えてください……」
「魔力感知を鍛えるんだな。俺が教えなくてもわかるようになる」
いや、当代一の〈無二〉には当たり前のようにできるのかもしれませんが、わたくしまだ初心者ですので……そんな芸当、いつできるようになるか、わかりませんので……。
ていうか、こんなガタイのいい同級生、見かけた覚えがないんだけど?
ずっと潜んでいたらしい不審者を見直すと、相手がすっと視線を逸らした。……見られてたのか。
ナヴァトという男子生徒は、まぁその……よく見るとイケメンではある。お約束だな! だが、イケメンだからって許せる場面ではない。無断で入室した上、ずっと気配を殺してこっちを観察してたとか! 無理無理無理無理無理!
「魔法で見えなくなっていたんですか?」
「そうだな。こいつの属性は光だ」
出た、稀少属性! うちのクラス、おかしいだろ……。
光のナヴァトは直立不動。これは本人の意思でそうしてるのか、それともジェレンス先生が動けなくしてるのか、どっちかわかんないけどどっちにしても怖い。
部屋の空気は最悪だし、わたしにはリートのような鉄の心臓の持ち合わせはない。つまり、間がもたない。耐えかねる!
「あの……はじめまして? だと思うんですけど、ルルベルといいます。よろしく、ナヴァト様」
我ながら間抜けっぽい挨拶……。
やや青みがかったグレーの眼が、ほそめられる。え、なんか睨まれてる? とにかく返事はない。
「おまえと違って、入学前から魔法は達人級だぞ。姿を見えなくする程度のこと、簡単にできる」
呼吸するようにディスを挟まれたけど、そうか……光学迷彩か!
いやでもなんで光学迷彩を使ってまでジェレンス先生の部屋に忍び込むんだよ。刺客? 諜報員?
……発想が物騒になってきたが、入学以来の我が身を取り巻く環境を思えば無理もないといえるだろう。平和な自分に戻りたいよ!
「先生」
「なんだ」
「事情を説明してください。あのかた、なぜここにいらっしゃるんですか?」
より強い表現を使うと、はじめから気がついてたんなら、なんで部屋に入れたのかって話だよ!
「おまえの監視を命じられたんだろ、ローデンスに」
「はぁ?」
ええー、ちょっと待って。王子の命令って……これ、アレじゃん。王家の護衛じゃん。転生コーディネイターが攻略対象として挙げた人材じゃん!
リートが、護衛はいるけど見えないっていってたのが、こいつだろ! 歓迎会のときは見えてたらしいが、記憶にない。あのときのわたしは、とにかく無理だった。重力眼鏡の存在さえ、ほぼ空気。見えたり見えなかったりする護衛など、覚えているはずもない……。
「わかっただろ、ナヴァト。俺はおまえがいるのを知ってたが、こいつはまったく知らなかった。王子や周囲の男どもを落として利用しろという現実的な提案を却下したのも、芝居じゃない。自分がやられて嫌なことは、やりたくない……それが理由だ。実に真っ当な精神の持ち主だと思わんか?」
「自分は、彼女に関して意見を表明する立場にありません」
……真面目二号だ。一号は、いわなくてもわかるだろう。スタダンス留年生である。一号が留年生で、二号が同級生か……。いや、一号も同級生だったな!
立場ねぇ、と小さくつぶやいたきり、ジェレンス先生は黙ってしまった。
この沈黙どうすればいいの、わたしこそ発言する立場にないよ! と思ってたら二号が口を開いた。
「先生、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
「おまえが質問とは、珍しいな」
「自分の魔法が解除されたのは、なぜですか?」
「そりゃ、見えない誰かがずっと部屋にいるのは気もち悪いからに決まってんだろ」
少し考えてから、真面目二号は表現を修正して同じ質問をした。
「自分の魔法を、どのような手法で解除なさったのですか?」
「おまえには無理な方法だよ」
「具体的に教えてください。今後の活動の障りとなりかねませんので」
「教えてほしければ、おまえもちゃんと俺の生徒になれ」
「自分は魔法学園の生徒です」
「いいや、違うな。おまえは生徒である以前に、王家に雇われた護衛だ」
やっぱりこれ、攻略対象確定だな!
つまり、転生コーディネイターに教わった「いわゆる攻略対象的なイケメン」が出揃ったということだよ。
説明しよう! カモであるイケメンたちが背負っているネギは、以下の通りである。
×王子……………………魔王特効のある武器防具
・王子の護衛……………本人が強い(物理)
・生徒会会計眼鏡………財力MAX
△飛び級天才少年………聖属性魔法の訓練効果アップ
×校長……………………エルフの里の秘宝
◎担任……………………本人が強い(魔法)
・養護教諭………………死にづらい
×をつけた項目は「ネギのゲットが非現実的」なやつだ。ゲット済みという意味ではない。
担任は魔王と戦ってみたいらしいから協力的態度に◎、ファビウス先輩は……まだ協力してくれる気があるかどうか自信がもてないので△。ウィブル先生とスタダンス留年生については、全然わからない。スタダンス留年生は真面目だから、たのめば助力はしてくれそうな気がするよね。このへん、たらしこむ必要なくない?
しかしそうか……王子をうまくなんとかすれば、魔王特効のある武器防具をナヴァトさんに装備してもらって護衛(物理)として貸し出し……なんて展開も望めるのかぁー!
わたしは真面目二号を見た。見た目の印象でしかないが、強そう。転生コーディネイター情報が間違ってなければ、ほんとに強いはずであり、見掛け倒しではないだろう。
「そのようにおっしゃるのは、賢明ではないと思われます」
「ほう。おまえ、俺に説教するつもりか?」
「自分を王家の護衛と認識なさった上で、依頼を拒否される。それは、王家への反逆と看做される行為です」
……この真面目、方向性が物騒!




