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66 男たちをうまく利用するなんて無理めの無理

「まぁ、アレには落とされねぇように気をつけろ。魔性先輩には」


 自分でいっておいて再ヒットしたらしく、ジェレンス先生はまた吹き出した。……そのネタ、そろそろやめてほしい。


東国セレンダーラの回し者じゃなさそうなのに、ですか?」

「落とした女には興味がなくなるのが、あの手の男だからな。国の命令がないってことは、逆に、おまえを留めておく必要もないってことだ。落としたら、もう一顧だにしないだろうよ」


 なるほど。先輩にとっては、追われたり縋られたりするのはアウトなんだな。自分が追いかけているあいだだけ、尽くしてくれるってわけか……最低だな!


「じゃあ、ファビウス先輩のことは冷たくあしらった方がいいんですね」

「そういうことだ。少なくとも、染色がなくても魔法の訓練ができそうだと自信がつくまでは、つきまとってもらった方が助かるだろ」


 ものすごく……身も蓋もないです、先生!


「あのでも先生、ご存じかもしれませんが、実は昨日……ちょっとファビウス先輩のご機嫌をそこねてしまいまして」

「あいつの機嫌を? なにやったんだ」

「東国のために、わたしを取り込もうとしてるんですか、って質問しました」


 ジェレンス先生は眼をしばたたいた。睫毛が長ぇな、おい。


「そのまんま、訊いたのか」

「そのまんまです」


 ぶはっ、と吹き出したかと思うと、腹を押さえて笑いだしたジェレンス先生は、かなり失礼だと思う……。


「おまえ……もうちょっと、なんかこう……工夫しろよ!」

「気になったので、つい」

「つい、で尋ねる内容かっつーの! ああ、それで夕食のときに姿がなかったのか」

「あとで来てくださいましたけど」

「同じことを、ローデンスには訊かなかったのか」


 涙目になるほどのことかよ。……ことかもしれないが。


「わたしだって学習するんですよ、先生」

「そうだな。おまえは学習能力はけっこうあるな。圧倒的にものを知らない馬鹿ってだけだ」


 褒めたらすぐ貶していく。これぞジェレンス・スタイル!


「殿下には、聖属性魔法がきちんと使えるようになるかどうかは皆の命がかかっていることなので、とにかく訓練が第一、放っておいてください……と申し上げました」

「そうか。でも納得しなかっただろ?」

「はい、まぁ……」


 実際には回答を得る前にファビウス先輩があらわれてしまったから、わたしの発言への反応はよくわからないんだけど。でも、そうか、よくわかった、協力しよう! って顔はしてなかったもんな。


「ローデンスは、世界が狭いからなぁ」

「世界、ですか?」

「おまえの世界がパンでいっぱいだったみたいなもんだ。あいつが知ってるのは宮廷政治だけなんだよ。なにかあると王家の足を引っ張ろうとする老獪な貴族どもや、それとやりあう姉姫、善人だがいまひとつ覇気のない父王、最近生意気な周辺国……その中で、しっかりと立場を固めなきゃならねぇって考えが、まず根底にある」


 宮廷政治ねぇ。

 そう表現すると意味ありげだし、王子も背負ってるものは多いんだろうけど。でも実際にやってることが、聖属性の新入生をたぶらかす! ……だからなぁ。なんにも感心できないな。


「そこを理解して、うまく利用するんだ」


 またしても、ひとでなし発言が出た! 魔法学園の教師の指導として、いかがなものか。

 王族も大変なんですね〜、ってふんわりした同情くらいしかできないぞ! ましてや理解だなんて……下町のパン屋の娘には、無理でしょ。この無茶振り、さすがジェレンス先生といわざるを得ない。


「利用っていっても……あっ!」

「あっ?」

「先生、王家は魔王特効がある武器だか防具だかの装備を持ってるという噂を聞いたことがあるのですが、ほんとうですか?」


 噂の出所は、転生コーディネイターだがな!


「あー……あるにはあるが、おまえは装備できねぇぞ」


 なんだってー!


「そうなんですか……」

「いっただろ。初代は筋肉馬鹿だった、って。王家の秘宝ってやつは、筋肉馬鹿の大男用の装備だ。武器はおまえには使いこなせんだろうし、防具も重たくて動けなくなるだけだ。だいたい、武芸は嗜んでないって話だったろ?」

「ジェレンス先生が装備して魔王と戦うのはどうです? 戦ってみたい、っておっしゃってましたよね」

「俺が肉弾戦をやると思ってんのか?」


 わたしはジェレンス先生を見た。つまり、イケてる顔以外の部分である。うん……筋肉馬鹿の大男の装備が似合う体型には見えないね。うんそうね。ひょろっとしてるね。


「失礼しました」

「頭を使え。あの武器防具は、あれを使いこなすことが可能な人材とセットで供出させるべきだ」

「供出……」

「そのためにも、ローデンスはうまいこと扱え。惚れさせろ」

「自信ありません」

「ファビウスと競わせるのが楽だと思うぞ」

「ですから、自信がないです」


 ジェレンス先生は、大きなため息をついた。


「魔力」

「……あっ、はい!」

「自信は、つけろ。おまえならできる」

「自分がやられて嫌だと思うことを、ほかのひと相手にできません!」


 結局、それだよな。わたしは人格者でもなんでもないが、悪人でもない。ただの、下町の女の子なので。

 どんなに嫌な気もちだったか、はっきり覚えてるので。エルフ校長に、王子とファビウス先輩は国のためにわたしを取り込もうとしてるって聞いたときの、あの感じを。

 あと、その疑いをファビウス先輩にぶつけてしまったときの、あの気分も……。


「おまえは、そういうやつだな」


 ジェレンス先生がしみじみといって、視線が合った。


「どういうやつですか」

「手に負えないほど愚かで善良ってことだ」


 いや、それほどでも……と謙遜していい場面とも思えなかったので、わたしは黙って先生を見返した。

 よく考えてみると、前世のフィクションでさえ、複数攻略ルートみたいなやつは萌えなかったのだ。転生悪役令嬢ちゃんが、あっちでもこっちでも男子を惚れさせてるのを読みながら、いやおまえ本命一筋でいけよ! と思ったものである。

 ……まぁ、イケメンに取り合われる展開が、まったく楽しくなかったのかといえば……ちょっと楽しかったのも正直なところだが、でもね、ここ重要ね! フィクションでさえ、いまいち萌えなかったのだ! それを自分ができるかっつーと、無理!

 ジェレンス先生は、なにか考え込んでいる。万人に好かれる美少女作戦が開始前に頓挫したので、ほかの作戦を立案中なのだろうか?


「先生は、どうなんですか?」

「……ん?」

「一緒に戦ってくださるんですか」

「魔王と? そりゃ当然だろ」


 面白そうだしな、って副音声が聞こえた気がしたよね……。こんな機会は滅多にないとか、いい時代に生まれたもんだとか、こっそり思ってそうだもんな。

 そんなことを考えているのがバレたのか、ジェレンス先生はわりと真剣な顔でつづけた。


「それに、おまえが生徒である限り、教師として。俺には、おまえを守る義務がある」


 イケてる顔でそういう台詞を口走られると、ちょっとこう……ぐっとくるね!

 でも。冷静に考えると、魔王とは能動的かつ自発的に戦ってみたくて、わたしを守る方は職責って感じか。……どこもロマンティックではないな!


「あーそうか、俺のことは落とさんでもいい。むしろ、落とすな」

「先生を落とすなんて、そんな大それたこと――」

「教職にある者が生徒とデキるのは外聞が悪い」


 あっ。……そういうやつ?


「――じゃあ、ウィブル先生もですね」

「ウィブルは落とすくらいの勢いで行った方がいいかもなぁ。あいつ、魔王と戦ってみたいとか思ってねぇし」


 ふつうは誰も思ってないですよ、先生!


「話を戻しますけども、わたしは誰も落としたりしません。そんなことに気を逸らしてる場合じゃないです」


 なんだか魔力っていわれそうな予感がしたので、わたしは魔力覆いを確認した。うん大丈夫、途切れてない……たぶん。


「わかった。じゃ、正攻法だな」


 つぶやいて、ジェレンス先生はわたしを見た。……いや、違うな? わたしの後ろを見てる。えっなに? なにが見えてるの? 怖いんだけど?

 思わずふり返ったわたしは、ひっ、と声を上げてしまった。

 壁際に、見知らぬ男が立っていたからだ。

 短く刈った赤毛の、がっしりした――それこそ肉弾戦向きの体格。あれ……でも、制服? えっ、このひと生徒なの?

 いや、おどろくのはそこじゃないよな。この部屋、ほかに誰かいたっけ? どういうこと?

 混乱したわたしの耳に、ジェレンス先生の声が届いた。


「聞いてただろ、ナヴァト。こいつは、おまえのだいじなご主人様に害をなすような存在じゃねぇよ」


 ナヴァト? ……誰?


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