64 わたしが死んでも代わりがいるかもなので
「あの……いたいけな少女って、できればわたしの半分以下の年齢であってほしいのですが」
「感想は聞いてない。いいか、おまえの仕事のひとつは生き残ることだ。自力で生き残るのが難しい以上、最大限、周囲に守らせる必要がある。そのために、保護者を抱えろ」
保護者を抱えるって、意味わかんねー!
「先生、無理があります」
「これが最適解だ。けなげに見せるのは、魔力切れを起こしながら頑張ってれば自動的に達成される。権力者に目もくれないのも上等だ。欲がないように見えるだろ。世界のために、無私の心で頑張ってます。この路線だ」
「いや路線とかそんな」
「この基本路線を維持しつつ、ちょっと不安だなとか、ひとりで大丈夫かな、みたいな雰囲気をたまに醸し出せ」
なんの指導だよ、これ!
「それに話術を使うんですか……」
「演技っていうと、構えるだろ。まず口先から、って意味だ。おまえにはそれが向いてる」
「いやいや先生、パン屋の接客ならできますけども、そんな狙ってやるようなことは」
「接客だぞ? ただし、売りつけるのはパンじゃない。世界の命運を担いし聖なる乙女の手助けをする勇敢で高貴なる俺様、ってイメージだな」
えぐい!
「そんなの買うひといるんですか」
「いる」
食い気味に肯定された!
いや……いないだろ? いるの? マジで?
「おい、魔力」
「魔力? あっ……はい」
覆いが途切れてたんですね、わかりました! これ、考えごとしながらキープするの難易度高過ぎない?
「慣れろ。自分の属性で身体を覆うのは、単純で消耗の少ない魔法だ。呼吸みたいなもんだからな。慣れれば、意識なんてしなくても勝手に維持される。おまえ、いちいち『吸います。吐きます』なんて考えて呼吸を制御してたりしねぇだろ。その域に達すればいい」
簡単におっしゃいますが、その域に達するって難しそうです先生!
「努力します」
「あとな、今後、使えそうな男は全員『店に来た客』だと思え。おまえには、そういうイメージのしかたが最適だろう」
「あの、それって……つまり」
「なんでも差し出させろ。金でも時間でも魔力でも命でもだ。パンを売りつけるのと同じ気もちでやれ。あなたには、わたしを手助けするという名誉をお売りしますよ! とでも考えろ」
マジでえぐい!
「あの先生、ひとつ質問が」
「なんだ」
「わたし、間に合うんでしょうか。つまりその、魔王が本格的によみがえるまでに、まともに聖属性魔法を使えるようになれますか?」
こんなえぐい作戦を命じるって……それだけ事態が切迫しているということでは? 使えるものならなんでも使う覚悟がないと厳しい、余裕なんてなにもない、って状況なんじゃないの?
ジェレンス先生は、ほぼ閉じていた眼をひらいた。なぜかそのとき、先生は疲れてるんだな、と実感した。それまで、ぐったりしてようが、完全に寝る体勢に入ってようが、疲れてるようには見えなかったんだけど……この瞬間、疲労困憊してるんだって感じた。
「なれますか、じゃねぇんだよ。なるんだ」
「……はい」
「躊躇するな。もっと勢いよく」
「はい!」
「おまえは、立派な聖属性魔法使いになる」
「はい!」
「魔王なんざ指一本で封印する」
「はい!」
「そのための鍛錬は厭わない」
「はい!」
いっそ、サー・イエッサー! って返事した方がよくないか、これ……。
「が、魔王以外は周囲の者にまかせる必要がある。どんどん籠絡しろ。手足となり、駒として使える男を増やせ」
「は……いやいやいやいや、無理です!」
「魔法はイメージだ。無理だと思えば絶対に実現しねぇんだよ。できると思え。やってみせる。必ず実現する。そこから、はじまるんだ」
「話術とか、いたいけな少女とかは、魔法じゃないです!」
ジェレンス先生は、大きく息を吐いた。そのまま、少しずつ……あっ、これ眠るよね? 眠る気じゃない? ちょっと!
わたしはなにをすればいいんですか!
「魔力」
「……はい」
「俺が寝てるあいだ、途切れさせるな。それから、イメージを強くしておけ」
「魔王を倒すイメージですか?」
「誰もが守ってあげたくなる可憐な乙女のイメージだ」
ハードル上がってますよ先生! んぎゃー!
「魔力を維持しながらできそうなら、本でも読め。腐るほどあるからな。だが、俺の見たところ……まだ無理だろ……」
すぅぅ……って!
喋ってる途中で呼吸が深くなって、一瞬で寝やがった、こいつ! ……あっいかん、魔力。魔力の維持……維持しながらなんだっけ? 可憐でいたいけ? えっ無理じゃない?
魔力。
色気があったら魔性が鉄板とかいうくらいなら、魔性先輩に教えを乞うべきなのだろうか……いやでも、あれは無理。無理って思うの禁止でも、無理なもんは無理。
……あー、魔力魔力!
そんなこんなで魔力に気をつけつつ、無理のイメージばかり積み上がっていく状況で、遂にジェレンス先生が目覚めた。
灰色の髪の毛をかき回しながら立ち上がると、先生はわたしを見下ろして告げた。
「駄目そうだな」
いや、なにが!? ていうか、起きていきなり全否定ってひどくない?
「魔性は無理です」
「それは同意見だが、いたいけな方はどうだ」
「パンを売るようには売れないです」
だって、わたしが売ってたパンって、銅貨で買えるような値段のやつだよ。たまに、お釣りはとっといていいよなんて甘いこというお客さんがいたら、そりゃ、ありがとって笑って受け取ったよ? でもさぁ……対魔王戦における、危なそうなことすべて引き受けてね、なんて商品に値段はつけられない。誰かの命がかかってる。
「そうか。覚悟がたりてねぇんだな」
「それは……そうかもしれません。でも、自分を守るために誰かが怪我をしたり死んだりするかと思うと、びびりますし、そのために仲良くなってほしいとか考えられないです」
「おまえさ、自分が稀少属性なのは知ってんだろ? おまえが死んだら、マジでやばいんだって。大暗黒期、第二回だぞ」
いやまぁうん。それについては、わたしも考えたよ。考えたけどさぁ!
「もうひとり。いるかもしれないと思うんですよ」
「は?」
「聖属性」
ジェレンス先生は眼をほそめた。
「なんの話だ」
……って反応を見たところ、ジェレンス先生は知らないんだな。
わたしだって、エルフ校長の話でしか知らない。八十年くらい前に、エルフ校長に逃げたいかと問われ、即逃げたいと答えたらしい――聖属性の生徒。
「ハーフエルフだから、生きてるかもしれないんです」
「だから、なんの話だよ」
「そのひとに託すのは気の毒だと思うんです」
だって、即逃げだもんな。よっぽど嫌だったんだろう……まぁ、エルフ校長の話を信じるなら、ってことだけど。
わたしは、そこまで嫌じゃないというか、自分のせいで大暗黒期第二回が来るのは嫌だから、頑張れる範囲では頑張るつもりだけどね。今のところ!
「だけど……いざとなったら、ほかに方法がないですよね」
「なんの話をしてるんだ、つってんだろ。はっきりしろ」
「誰に聞いたかは明かせませんが、何十年か前に、聖属性のハーフエルフが学園から姿を消した、と」
ジェレンス先生は、わたしをじっと見た。そして、吐息のように小さく尋ねた。
「で?」
「今後、わたしが力尽きたら、そのひとを探してください」
「自分が死んでも代わりがいるってか?」
前世で一世を風靡したアニメの有名な台詞を連想してしまい、あのキャラだったら「守ってあげたい男子」がどんどん立候補しそうな気がするなぁ、と考えた。しかし、真似できる気はしない。無表情系は無理。口数少ないのも無理。
ジェレンス先生が、わたしの頭をガシッと掴んだ。これは伝説の頭ポンポン、荒っぽいバージョンか? しかし、あれは好感度の高いイケメンがおこなう場合のみ許されるのである。ジェレンス先生はイケメンだが好感度が高くは――痛っ。
いたたたたたたたたーっ!
「先生、痛いです!」
これ、よしよしポンポンじゃない! 痛い! 握りつぶす気か!
「おまえが馬鹿なことぬかすからだ。いいか、自分が死んでも代わりがいるなんて考えで戦いに臨んだら、負ける。何回教えればわかるんだ。魔法はイメージだ」
「魔法関係なくないです? 痛いです」
わたしの頭を掴んだ力を一切弱めることなく、ジェレンス先生は断言した。
「じゃあ、わかりやすく言い換えてやろう。この頭に叩き込んでおけ。人生はイメージだ。戦う前から負けてんじゃねぇ。俺が許さん」




