6 王子様のメンタルが小学生男子レベルの件について
結局、王子様は「なんとなく気になって紙つぶてを投げた」だけだったらしい。命中するように魔法でコントロールしはじめたところ、どこまで魔力を弱められるか、夢中になってしまったとのことだった。
激やば教師じゃなくても、馬鹿なの? と問い詰めたくなる。馬鹿なのっていうか、前世でいえば小学生男子? って感じである。えっ、この王子様って同い年よね? まさか飛び級天才キャラでは……いや、善良なる臣民として王室の皆様のご年齢は把握してますよ。十六歳でいらっしゃいますよ。そのはずです。
……やっぱり馬鹿なのでは? 少なくとも、うちの弟より断然お子様。
「おまえはその最小魔力で最大効果を上げるための魔力関数の式を立てるべきだな。手をつけたことは、やりきれ」
「ですが先生、それは過去に証明不能とされていたかと」
話を聞きながら、足元に散らばった紙つぶてを拾った。明確にヒットしたのは三発だけど、もっと投げていたようだ。拾える範囲で七個もあった。命中率、低過ぎでは? だから魔法も使ったのか……。
まるめた紙になにか書いてあるか気になったけど、書いてあってもなくても嫌な気分になる予感しかなかったので、そのまま隣の空席に置いた。けっこう高価なのよ、紙。無駄遣いされてるってだけで、もったいないなって……ちぎって投げるような紙があるなんて、いいご身分だよね……ああもうほんと、王族だもんねぇ、ご身分!
「じゃあ手をつけるなって話してんだよ。手前でできる範囲で全力を尽くせ。証明できないってことを証明しろ」
無理めの課題を与えた上で、激やば教師は式を立てる上での取っかかりになりそうな考えかたや、参考にすべき文献、そもそも証明不能といいだした魔法使いの名前と関連論文などをずらずらと並べ、わからなくなったら訊きにこい、と結んだ。
教育は、ちゃんとできる教師なのである……態度と顔立ちがやばいだけで。たぶん、頭のよさも実力もやばいに違いないが、最高にやばいのは性格だろう。
「じゃ、不始末をしでかした婚約者をあたたかく見守るエーディリア」
婚約者!
反射的に、わたしはふり返っていた。王子(もう様とか殿下とかつける気がなくなってしまった)は肖像画で見たことあるけど、婚約者は見たことないし! ていうか、やっぱり実在するんじゃん、悪役令嬢! とか考えたのは、ふり返ってからだ。
教師の位置的に、婚約者同士であるふたりは並んで座っていたようだ。予想通り、肖像画よりキラキラした(しかし中身は小学生男子だと発覚してしまった)王子の隣、わたしに近い側。
……思ってたほど美形じゃない。
銀髪は艶やかだし、カールも綺麗にととのってるけど、お肌はちょっと荒れてるかも。思春期ですものね、わかる。かくいうルルベルも、おでこにニキビがひとつある。入学初日なのにニキビか〜……と、昨晩寝るまでは悩んでいたが、目覚めてからはニキビどころではなくなっていたので、忘れていた。いっそ忘れたままでいたかった。
ニキビがあるだけで、なんか憂鬱よね……。ご令嬢もきっと、そうだろう。お肌が弱くていらっしゃるのか、ひとつどころではない。あれはケアが大変だろうなぁ。
机の前に立つ激やば教師の圧にも屈せず、ご令嬢は答えた。
「先生、面白くない冗談は、冗談として成立しないと申し上げたはずですが」
「そうか?」
「ご存じでしょう。殿下はご婚約などされておりません」
全わたしに衝撃がはしった。
ええーっ、どういうこと。婚約してないの? じゃあなに、婚約者っていうのも激やば教師のなんらかのアレなの? つまり、面白くない冗談って、いわれたくないこと、的なサムシングでしょ!
わたしは大いに令嬢に同情した。近寄りたくはないけど、ニキビがあって、激やば教師にイジられてて、しかもこの顔面イッケイケの環境でわりと普通な感じってだけでもう、勝手に共感を覚えてしまう。
「まだ、ってことだろ? 秒読みだって聞いたぞ」
「……学園は、学問を修める場所だと思っておりましたけど。わたくしの勘違いでしたかしら?」
いいぞ、ご令嬢! もっといってやれ! 名前……名前、忘れないうちにメモしなきゃ。エーディリア、っと。
いやまぁそれはそれとして、乙女ゲームの王子に婚約者がいないなんてことある?
あっそうか、じゃああの悪役令嬢っぽい子もやっぱり転生者で、死亡フラグをへし折るために婚約者になるのを回避している……って可能性もあるんじゃない? なのに激やば教師に婚約者なんて揶揄されたら、そりゃ笑えない冗談にもなるわ。うん、なるなる。怒っていい。
「間違っちゃいないな。だが、この阿呆のお目付役としておまえが存在するのも事実だろう、エーディリア」
ご令嬢の表情が、かたまった。
「先生、エーディリア嬢と僕を愚弄するのも、たいがいにしてくれないか」
王子が割って入ったので、わたしは少しだけ彼を見直した。さすがメンタル小学生男子、激やば教師が相手でも戦いを挑む無謀さ!
「俺はエーディリアと話してんだよ。おまえは式を立ててろ」
うんわかった、この乙女ゲーム世界の俺様属性キャラは、この教師で決まり。こいつ以上の俺様がいたら、俺様ゲージが振り切れちゃう!
「しかし――」
「だいたい、俺はここで生徒を教えてる現実に不満があんの。教師なんて向いてねぇんだよ。なんだったら、王様に泣きついて俺を教職から追放してくれるか? 喜んで出て行くし、おまえらには二度と会わねぇぞ。さて、それはそれとしてエーディリア、なんで役目を怠ったんだ。おまえがこの席に座ってんのは、王子を教え諭す役目を期待されてるからだ。それができないんじゃ、ここにいる理由もないだろう」
なんだこいつ、我慢できない。
一瞬で、わたしはいろいろ考えた。フィクションのキャラクターに実際遭遇したら、けっこう鼻につくかもな〜……とは考えたことがあるけど、ここまでとは思わなかったわ、とか。言動に問題はあっても有能そうな教師が教職を追放されるよりは、生徒が放校される方が簡単そうだな〜、とか。いっそ退学処分を受ければ、乙女ゲーム的なすべての要素から逃れられるのではないか? とか。
結果として、わたしは勢いよく立ち上がり、床から拾い上げた七個の紙つぶてを、ていっ、と教師に投げつけた。
「……なにしてんだ、おまえ」
「先生はご優秀でいらっしゃるのでしょうが、態度が許せません。さっきから聞いていれば、そこの……えーっと――」
わたしはメモを確認した。エーディリア、だ。名前覚えるの大変だよね、たくさん一気に出てきたしさ、名前。
「――エーディリア様に向かって、殿下のお目付役として存在するとか、役目を期待されてるとか、なんかそういう……つまり、ご本人を無視した発言のすべて! そう、そういうのが許せません! えー、エー――」
エーディリア。そろそろ覚えよう!
「――エーディリア様は、エーディリア様です! わたしも平民でも雑草でもなくルルベルですし、そちらにいらっしゃる王子殿下も、馬鹿とか阿呆とか間抜けとかではなくローデンス殿下にあらせられます! 王立魔法学園がこんなところだとは思いませんでした! 現場からは以上です、失礼します!」
わたしはノートと筆記用具を持って、急いで階段を駆け上がった――ほら、教室がすり鉢状だからね。出口は上と下にあり、上は二階、下は一階に出られるんだけど、二階の出口の方が近いのだ。
「あ、おい」
間抜けとは激やば教師もいってなかったと思うが、わたしの正直な所感だったので、ついほとばしってしまった。まぁいい、退学でも放校でもなんでもいいから、学園に来られなくなれば目標達成である。
わたしが間違っていた。
乙女ゲームっぽい世界への転生なんて、しかもヤバげな学園に入学する当日に前世の記憶がよみがえるなんて、絶対に選んではいけなかったのだ!
生まれる前からやり直したい! 転生コーディネイターを詰めっ詰めに詰りたい!
と、思った瞬間。世界から、一切の音が消えた。色も。
そして、究極的美声が響いたのだ。
「お久しぶりです。おすこやかなご成長、およろこび申し上げます」
……って、転生コーディネイター、キター!