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59 礼を申し述べるとき疑問形にする癖はないはずだ

 王子はスマイルをキープしていた。

 ただ、なんでか視線がわたしより上を見ていた。なに、霊でも浮いてるの? ちょっとやめてよ怖いよ、と思ってふり仰いだまさにその瞬間。声が、降ってきた。


「久しぶりだね、ローデンス」


 このタイミングで来ちゃったよ、王子妃の弟で隣国の王子様! ちっとも姿をあらわさないから、今夜はもう来ないんだと思ってた! 来てくれて助かったのか事態が悪化するのか、判断がつかない。


「ファビウス……あなたでしたか」

「ちょっと話をしないか」

「特に用件はありませんが」


 にこやかに答えてはいるが、ローデンス王子は緊張しているようだ。さっきまでと、ちょっと雰囲気が違う。腰が引けてるというか?


「そんなことはないだろう。君が今、執着していた件についてだよ。おいで、あちらに席を作ってある」


 目線で示したのは、ちょっと奥の方にある扉だった。あれなに? 個室?


「しかし――」

「君の護衛にも話は通してある。エーディリア嬢も一緒に来ていただけると嬉しいな。……今宵も実にお美しい」


 そういって、ファビウス先輩はにっこりした。たぶん。わたしの背後でやってることだから表情は見えないけど、エーディリア様の反応でわかるよね……あっ、魔性発動してる! って。

 王子が立ち上がると、エーディリア様も従った。ファビウス先輩は我々平民三人組を見下ろして、うん、とうなずいた。


「リート、お嬢さんがたを寮まで送ってあげてくれないか」


 今のうちに逃げろという意味だろう。リートはいつもの無表情で答えた。


「わかりました」

「たのむよ。ルルベル、また明日ね」

「はい。あの……ありがとうございます?」


 ファビウス先輩は、くすっと笑った。


「なんで疑問形なの? 存分に感謝してくれていいんだよ。姫の危機に駆けつけたんだから」


 ひらっと手をふって、ファビウス先輩は立ち去った……いやぁ……助かったのだろうか? よくわからんけど。よくわからんけど、今だ!


「逃げよう!」


 シスコも大きく息を吐いてから立ち上がる。


「……呼吸のしかた、忘れちゃったみたいな気分だわ」

「ほんっと、ごめん……」

「ルルベルのせいじゃないわよ。それより、早く寮に帰りましょ」


 シスコの声が硬い。……迷惑かけちゃってるなぁ。わたしはしょんぼりした気分で食堂を後にした。

 食堂が寮と別の建物にあるの、なんで? って感じだけど、これも建物ができた順番とか、それに従って用途が変化して行ったとか、そういう事情でのことらしい。

 屋内だけを通る経路もあるけど、わたしたちは戸外を歩いて帰る。開放感があるし。それに、まだ寒い季節じゃないしね。


「リート、さっきはありがとね?」

「君は礼を申し述べるときは疑問形にする癖でもあるのか」

「……いや、助け舟を出してくれたのか、ほかになにか理由があっての割り込みか、判断できないから……お礼をいったら『俺はべつに君のためにやったわけではない』とか『なんのことだ』とか、いわれそうで」


 シスコが吹き出しかけて、堪えた。今の、似てたと思うわ〜、自分でも。

 でも、リートには受けなかった。ものまねって、そういうものだよな。


「わかってるじゃないか」

「じゃあ、やっぱりお礼をいう必要はなかったのね」

「俺は誰にどう見られるかなど気にせず、やりたいようにやる、といった評価をくだしたのは君だったと思うが」

「……え。そんなこと、いったっけ?」

「だいたいそういう意味のことをいわれたな。まぁ、他人の評価はそれはそれとして、俺も早死にしたくはないからな」


 リートの話って、どうしてこう物騒なの!


「早死にって……」

「魔王と戦う素質がある人間が、練度不足でなにもできませんでした……みたいな終焉を迎えるのはぞっとしない」


 あー。そういう意味かぁ。

 それよりも、とリートは話を切り替えた。


「今夜の件は、俺から校長に報告を入れておく。寮の守りを固めてもらおう」

「え、そこまで? さすがに殿下も女子寮には突撃できないでしょ」

「エーディリアを使うかもしれん」

「エーディリア様は、寮には入ってらっしゃらないはずだけど」


 シスコの指摘に、リートはぴしゃりと答えた。


「今からねじこんでくる可能性がある」

「だから校長先生に連絡するってこと?」

「そういうことだ」


 なるほど……。リートすごいな。意識高〜い! 危機意識ってやつだけど!

 でも、王子に便宜をはからなくていいの? いや、便宜をはかられても困るけど……困るけど、ほんと大丈夫なの? って口から出かかったが、耐えた。だって、シスコはリートがわたしの護衛だなんて知らない。平民同士、仲良くやってていいな〜、っていわれたのは、まだ忘れるほど昔の話じゃない。夢は壊したくない。

 いろいろ考えた結果、その件は保留することに決めた。

 さすがにわたしもね……反省したわけ。我慢できずに思ったことを喋るのは、一日に一回くらいにしておいた方がいいんじゃないか? って程度にはね。ほんと。


「ルルベル、よかったらまた部屋に来ない? お茶を飲み直したいわ」

「行く行く! リートも来れたらいいのにね」


 くだらないものを見るような目をして、リートは答えた。


「俺は男で、君らは女性だ。立ち入ることができない場所くらいは、わきまえている」


 便所、風呂、寝室だな! 口にするなよ、リート! シスコが感心してるからな!

 ……しかしなぁ。王子が一緒に訓練しようって申し入れて来ました、なんて話をエルフ校長にしようものなら、やはりもう時間がありませんね、って国外に送り出されそうな気がしないでもないんだけど、いやはや。

 忙しいなぁ、聖属性魔法使い! まだなんもできないのに!


「校長先生に教わったんだけど、宮殿の屋根が本来は巨大な呪符魔法の一部だったって話、知ってる?」


 シスコは眼をしばたたいた。リートの方は平然としてるが、まぁ……リートだし。


「知らなかった。そうなの?」

「初代の王様が作ったんだって話だったよ」

「今となっては、ただの装飾だ。欠けてしまっているからな」


 さすがリートだった。知ってた!


「なんか、国全体を守れるような呪符魔法だったらしいんだけど、それがまだ存続してれば、聖属性魔法使いがいなくても大丈夫だったのかな?」


 シスコが眼をまるくして尋ねた。


「そんなに大きかったの?」

「うん」

「存続していれば聖属性魔法使いがいなくても大丈夫か、とは。大雑把な問いだな」

「大雑把に答えてよ」

「ま、大丈夫ではないだろうな。被害が軽減される、初動が有利になる等の効果はあるだろうが、所詮は呪符だ。今、機能していないのは、欠けてしまったからだ。機能していたとしても、どこかを欠けさせればいい。魔王自身はもちろん、眷属でも知恵がまわるやつならそう考えるし、実行するだろうな」

「そっか……」


 あれがちゃんと機能していれば役に立つなら、修理を提案することもできるのに。そしたら、ちょっとは責任が軽くなるのにな。

 もちろん、初動だけでも有利がとれることの意義は大きいよね、たぶん。だけど、簡単に修理できるってものでもなさそうだし、やっぱり、初代王の遺産にたよる以外のことを考えるべきだ――まぁつまり、わたしが強くなるとかそういうことだよな。

 しかし、わたしが強くなるのにどんだけ時間かかるのーって話もあるしな!

 結局、ジェレンス先生に王家の秘宝を装備させて派遣するのが、いちばんなんじゃないか疑惑もあるよね。わたしが強くなるより、そっちの方が有望じゃない?

 問題は、王家がそう簡単に魔王特効装備を貸してくれるか、ってところか……。ジェレンス先生を完全に王家の勢力に取り込んだと確信してくれないと無理そう。

 女子寮の入口でリートと別れ、わたしたちはシスコの部屋に直行した。


「ルルベル、大丈夫?」

「……シスコにまで迷惑かけちゃって、ほんと申しわけないよ」

「そんなの気にしないで。ルルベルは悪くないもの。……それにしても、殿下と対峙したところ、かっこよかったわ」

「え、わたし?」

「……ルルベルも、かっこよかったよ! けど、あの……でも、それとね?」


 えっ。シスコ、魔性にやられたの? いや、思ったことはすぐ口走らない。決意したのだ。一日一回までだし、今日はもう三回くらいやってる……ひどいな我ながら。

 堪えているわたしの顔など見もせず、シスコはこうつづけた。


「……リート」


 そっちかーい!

土日の更新はお休みします。

よい週末をお過ごしください!

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