58 王子様に訓練に誘われたがお断りしたい
唖然としているエーディリア様を置き去りに、わたしはさっさとテーブルに戻った。知らん知らん、なんも聞いてないし理解してない、する気もない!
テーブルの方はテーブルの方で、まったくそれどころではなかった。
「結局、魔力の圧縮とは――」
「ものを握りしめるようなものです、殿下」
「魔力を握るなど、不可能ではないか?」
「握りしめるというのは、比喩です。どうかお考えください。たとえば、訓練用のボールはお使いになったことはおありですか?」
「もちろんだ」
「あれを手でぐっと握るところをご想像ください」
「よし、想像した」
「魔力に、それと同じ処置をほどこします。これが圧縮です」
王子は、全然わからんという顔をしていた。うんまぁ気もちはわかる……気もちはわかるが、リートのいいたいことも、わからんでもない。
「わたしは、魔法はイメージだとジェレンス先生に教わりました」
そういって、王子以外にお茶を配りつつ、順番としてこれはアウトなのではないかと気がついた。まぁしかたがない。王子の飲み物はエーディリア様が持ってるんだしな。あ、エーディリア様も来た来た。早くたのみます。
「それは聞いているが……」
「ですから、魔力を握るイメージができれば、圧縮も可能なのではないですか?」
王子の完璧王族スマイルが、少し崩れている。あっ、これはアレだ。まずいやつだ。王子の理解が進む一助になればと思って口を挟んだけど、ご気分を害された感じだ!
「そういう君は、魔力の圧縮はできるのかい?」
「とんでもございません、殿下」
「ローデンス」
「ローデンス様」
しつけーな!
「自分ができないものを助言するとはね」
ロイヤルなスマイルが復活してパワーアップを遂げてる……。いやこれ怖いんだけど?
「失礼いたしました」
「それでも、ほかならぬ君のいうことだ。耳を貸すのにやぶさかではないよ」
「わたしも今、懸命に訓練しているところですので、つい……自分が教わったことを、そのままお伝えしてしまいました」
「ああ、特訓を受けているんだってね? しかし、心配でならないよ」
なにが?
……あっ、同席してるのが魔性だからか! これまたスタダンス事件と同じ展開になるのでは? それってどうなのよ。
ていうかさ、王子も国家の威信をかけたハニトラ要員って点は同じよね! わたしの理解が間違っていなければの話だが。おまえにだけはいわれたくない、的なやつじゃないの?
「殿下……ローデンス様にご心配いただくようなことは、なにもございません」
「それで、魔力の使いかたは上達したの?」
「必要な域にはまだ遠いですが、信じて訓練をつづけております」
「必要な域?」
「魔王やその眷属との戦いに、今の状態ではまったくお役に立てませんので。ジェレンス先生には、爆速で魔王を倒せるようになれ、といわれました」
あと、本人曰く、魔王と戦ってみたいそうですよ? 黙っておいてやるけど。
「そんなことが可能だと思ってるの?」
「魔王はなんとかしなければならないのでは?」
「それはそうだけど、魔王や眷属との戦いは、まかせられる者がいくらでもいるだろう。聖属性魔法使いが必要とされるのは、魔王を封印し直す場面だけだ。君がそんなに頑張る必要はないと思うけどな」
なるほど。
わたしはちょっと考えた。たしかに前に出て戦わなくて済むのは助かるというより、たぶん、そうせざるを得ない。わたしは切り札なわけだし。となると、ここぞという局面で投入される以外は、おとなしく守られて待っているしかないんだろうなぁ。
でも、切り札が守られるのは、切り札としての機能があるからだよ。
「今のわたしは、それさえできるかどうか。まだまだ訓練が必要です」
「だったら、一緒に訓練するのはどうかな?」
ホイップ・クリームみたいな笑顔で、王子が問う。えー待って、これ、ほぼほぼお断り不能だよね? だって相手は王族よ。王子様よ。無理じゃない?
でも、王室とファビウス先輩って、関係最悪なんじゃなかったっけ?
「それは、わたしの一存では……」
「学んでいるのは制御なのだろう? 制御なら、僕も専門の講師について学んでいる」
「まぁ」
専門の講師って、学外でってこと? すごいな。いやまぁ、膨大な魔力があるのに制御できないって状況を考えると、王子も必死ではあるのか。そうかもなぁ。
だったら王子もわたしに構うのは諦めて、自分の訓練に邁進してほしいところだ。
「だから、ルルベル嬢もおいで?」
いや。
おいで? て! 小首を傾げて微笑まれても、わたしは揺らがないぞ! そういうの、魔性のひとで慣れてるからな!
「あの、ほんとにそれは、わたしの一存ではなんとも」
「君は気にしなくていいんだ。僕から話を通しておくから」
気にするわい!
だってその講師の先生とやら、有能なんですか、ねぇ? 大丈夫なの? わたしの聖属性魔法、ガチのマジで間に合わないと大変なことになるのよ世界が!
「ですが殿……ローデンス様。わたしはファビウス様がいらっしゃらないと、まともに訓練ができない段階ですので」
「どういうことだ?」
「殿下、同じ制御の訓練と申しましても、殿下が必要とされているものとルルベル嬢が必要とされているもの、このふたつは別物です」
急に割って入ったのは、リートだった。えっリート、大丈夫なの?
「それは、どういう意味だろう?」
「聖属性魔法の特性は、ご存じのように、『魔王とその眷属以外には効果がない』ことです。彼女が魔法を使おうが使うまいが、周囲にはなんらの変化ももたらさない。目で見ることも、感じることもできません。そこで、研究員が魔力を着色することで、ルルベル嬢の魔法を視覚化するという対策がとられました。ルルベル嬢の訓練には、この魔力の視覚化という下支えが絶対に必要です」
そう! それ! リート、よくいった! ……でも大丈夫なの?
わたしの心配をよそに、リートはド正面から正論をばんばん並べていく。
「ですが、殿下の魔法ははじめから可視化されています。ファビウス研究員が同席する必要はありません。また逆に、殿下の大いなる魔力の制御という課題に取り組んでいる講師が、不可視の魔力の扱いを彼女に教えることができるとも思えません。よって、殿下がルルベル嬢とご一緒に訓練をなさっても、なんの益もありません」
……だ、大丈夫なの?
と思ったのは、わたしだけではなかったようだ。
「お黙り。殿下にいらぬ差し出口をするなど、無礼でしょう」
エーディリア様である。まぁね、そうだよね。平民が王子様にいっていい台詞じゃないでしょ。……実をいうと、わたしの差し出口からスタートしてるんだけども。
つまり、責任はわたしかぁ……。ええー、これどうすればいいの?
「エーディリア、そういわないでやってくれ。彼も、よかれと思って口にしたのだろうし」
「失礼いたしました」
口を閉じると、エーディリア様はまるでお人形のようだ。イケメン王子と並ぶと多少……ほんとに多少ね? 多少、引けをとってしまうのだが、手入れの行き届いた髪、制服、しゃんとした姿勢。どれも一級品である。
自制心のかたまりみたいだな、とわたしは思った。わたしには不足してるやつだな、自制心。
「しかし、僕は是非とも君と一緒に時間を過ごしたい。君がいつも訓練で忙しそうだから、ならばと思っての提案だったが……どうしても駄目だろうか?」
くっそめんどくせぇ!
夢の王子様、これがコミカライズの一コマとか小説の挿絵として見るなら萌え転がる勢いでタイプだけど、目の前にいるとめんどくせぇ以外の感想がなくなるんだな……。ねぇ、顔面で転生先を選んだ自分を呪っていい? いやほんと、あのときなに考えてたの? なにも考えてなかったな?
……もう駄目だ、本気でいくぞ。
「殿下、わたしの魔法の訓練は遊びではございません」
「……僕の訓練は遊びだとでもいいたいの?」
「聖属性魔法には、命がかかっております。わたしひとりではなく、この地上に生きる者すべての命です。わたしの魔法は、魔王やその眷属がよみがえらない限り、なんの力もございません。ですが、いざ凶事が生じてから訓練をはじめても遅いのです。わたしの寿命が尽きるまで、魔王は復活しないかもしれません――」
転生コーディネイター情報によれば、必ず復活するっぽいけどな!
「――その場合、一生を無駄にしたことになるでしょう。それでも、聖属性魔法をきちんと使えるようになっていなければ、わたしは自分を許せないと思います。失礼を承知で申し上げます。わたしのことは、放っておいてください。それが世界のため、ひいては殿下の御ためにもなることです」
どやっ!




